その先にあるもの。

Story14 帰ってきたね

 

「ミーちゃん、準備できたー?」

「あ、うんー。
 今行くよー。」

 

レナの家に来てから既に二週間が経った。
つまり、僕たちが学校に戻らなければいけない日が来てしまったワケだ。
あの日、レナに真実を告げられて以来。
全く別の生き物みたいだった僕の下半身は、
いつの間にかちゃんと僕の言うことを聞くようになった。
どうやら発情期が過ぎたみたい。
でも…。
なるべく考えないようにしていたけど、
僕はこの二週間ずっと悩んでいたコトがあった。
それは………分かるでしょ?
あの…何て言うか…性欲処理をどうしようかなって。
毎日してたから、それが癖になってたし…。
レナに「我慢する」って言った手前、やっぱり…ねぇ?
何より、ココはレナの家なワケで。
家の人に見つかっちゃうとマズイし、何か後ろめたい気もするし…。
ってコトで、ここに来てまさかの禁欲だったんだ。
それに加えての発情期も来ちゃって…。
欲望に打ち勝つってことがどんなに大変なのか、
それがよく分かった二週間でもあったね。
そんなワケで、別の理由で僕の下半身はウズウズしてる。
でもまだ帰るのに10時間以上かかるんだよなぁ…。
あ〜あ、ツライなぁ…。

 

「ミーちゃん!
 ほら、早くしないと置いてかれるよー!」

「えーっ?!
 ちょ、ちょっと待ってよーー!」

 

レナのお父さんが車のエンジンをかけるものだから、本当に焦ってしまう。
う〜ん。
何か…、ここを離れるのが名残惜しい気がする。
そんなコトを思いながら、僕は渋々車に乗った。

 

「さ、じゃあ私たちの学校に帰りましょ♪」

「うん!
 ジョアン、元気かなぁ…。
 エマと喧嘩してないかなぁ…。
 ノールは大丈夫かなぁ…。」

「ははは!
 ミーちゃんが心配しなくても、絶対みんな元気だって!
 こういうのって、心配してるのってミーちゃんだけってコトが多いんだから〜。
 ほら、学校戻ってみるとみんないつも通りってコト♪
 きっとジョアン君なんかはミーちゃんよりお土産を待ってるかもしれないよ〜?」

「う…。
 そ、そうだけどさぁ…。
 やっぱり何かその…。」

「分かってるって♪
 今から帰るんだし、帰ってみれば分かるよ♪」

「うん、そうだね〜。
 ボルトにはちゃんとお礼を言わなきゃなぁ…。」

 

ポケットから円盤状の物を取り出す。
所謂「法陣盤」って言う物だ。
ほら、ボルトにもらったヤツね。
コレのおかげで、多分人並みには踊れるようになったんじゃないかなぁ。
レナに見てもらった時も大丈夫って言ってもらったし…。

二週間前来た道を戻り、また同じ空港までやってきた。
いよいよ帰らなきゃいけないってなると、やっぱり寂しくなる。
荷物を全て持つと、僕たちはまっすぐ搭乗口へと向かった。

 

「じゃあお父さん、お母さん。
 また行ってくるね!」

「あぁ。
 次は冬休みに帰ってくるのかい?」

「う〜ん、そのつもり。」

「あの………。
 何でずっと先の冬休みの話をしてるの?
 別れ話とかじゃない、こういう時って……。」

「そう?
 ま、良いじゃない♪
 しんみりすると、すぐお父さんが泣いちゃうしね〜。」

「むっ!
 お父さんはそこまで泣き虫じゃないぞ!!!」

 

言葉にはしないけど、じゃあ何で今うっすらと涙浮かべてるんだろう…。
やっぱりスゴイよね。
僕から見ると、そこらの親子より縁が強いって思う。
最初にも思ったけど、ちょっとうらやましい…。

 

「お母さんも元気でね。
 また電話するから♪」

「はいはい。
 楽しみにしてるよ♪」

「じゃ…。
 ミーちゃん、行こ!」

「あ、うん。
 二週間、ホントにありがとうございました!」

「いやいや〜。
 息子ができたみたいで楽しかったよ♪
 冬休みもまた一緒に来てくれるのを待ってるからね。」

「ありがとうございます。
 ではお元気で!」

 

挨拶を終え、僕たちは僕たちの学校へと帰っていった。
これから起こるコトなんて、全く知る由も無く。
そう、これから起こるコトなんて、少なくとも僕は予想だにしていなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

何故気がつかなかったんだろう。
何故気がついてしまったんだろう。
そんなの、考えたことも無かった。
まさか…まさか…オレが……。
オレが…。

 

 

 

アイツを好きになるなんて。

 

 

 

それに気がついたのは、遊園地から帰ってきた後だった。
認めたくは無かった。
でも心地が良かった。
心に嘘はつけなくて、オレはこのまま受け入れることにした。
苦渋の選択だけど、これで良いと思ってる。
だってオレは……。

 

 

 

ミックを好きになってしまったから。

 

 

 

アイツにはレナがいることは分かってる。
それは分かってる。
そう頭では理解している。
頭だけ、理解している。
心はそれを理解しようとしない。
はっきりと拒絶している。
どうしてもオレのものにしたいんだ、ミック…。

オレは悩んだ挙句、ジョアンに相談することにした。
アイツなら真剣に話を聞いてくれるだろうと思ったから…。
同性を好きになるという、異質なオレの話を聞いてくれるハズだったから。
思った通り、ジョアンはものすごく驚いていた。
ま、そりゃそうだよな…。
前まで女の子女の子って言ってたこのオレが、今はミックだもんな。
でも、ジョアンは決してオレに白い目を向けなかった。
幼馴染と言えども、オレはアイツの心の寛大さに思わず涙してしまった。
その後も親身に相談に乗ってくれた。
心に溜め込んだ思いを一気にぶつけることができた。
初めて、ジョアンを親友だって思えた瞬間だった。
こうして、オレはミックに恋心を抱いてしまった。
このオレ、ノール・フォード・レスターは。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

2週間だけ離れてた土地。
でもどこか懐かしい気がする。
…帰ってきたんだ、僕たちの場所に。
僕たちの学校に。
向こうを出たのはまだ午前中だったのに、既に太陽は沈み終わろうとしている。
僕たちの旅行に終わりを告げるような空だった。

 

「えっと…。
 2週間、ありがとね。
 すっごく楽しかったよ!」

「私も♪
 今度はミーちゃんのお家に行ってみたいかな。」

「えー?!
 それは止めた方がいいよー!
 家に来ても、レナの家の周りみたいに面白いものがあるワケじゃないし!」

「そんなのみんな一緒だよ♪
 私だってそう思ったけど、ミーちゃんは楽しんでくれたみたいだしね〜。
 だからミーちゃんの家に行っても、きっと楽しいよ!」

「そうなのかなぁ…。」

「そうだって!
 うん、きっとそう!」

「その自信はどこから来るのさ…。」

「私がそう思うからそうだって言ってるの!
 分かったぁ?」

「えー?!」

「ははは♪
 じゃ、また明日ね!」

「うん、また明日!」

 

名残惜しいような気がするけど、僕はレナに軽く手を振った。
バイバイとでも言うかのように、レナは笑顔で手を振り返してくれた。
それでも……やっぱり……!
僕は耐え切れず、またあの時を繰り返した。

 

「レ、レナ!」

「…もう、遅いんだから…。」

 

次の瞬間、僕たちはお互いに何も言わないままキスをしていた。
夏なのに、柔らかくて温かくて甘い、そんなキスだった。
離れるのが嫌だったけれど、僕は渋々自分の部屋へと戻っていった。

エレベーターが15階に着き、すんなりとドアが開く。
この感じも久しぶりだ。
…僕の部屋の前に、人が待っている光景も。
こっちは随分と久しぶりだ。
待っているのはジョアンとノールだった。
レナの実家に行く前も、ご飯食べるときに二人で迎えに来たんだっけ…。

 

「ただ」

「お帰り!
 どうだった?
 大丈夫だったか?」

 

…ビックリした。
ノールが…。
僕にただいまを言わせない程の速さで話しかけてきた。
って大丈夫だったか?ってどういうこと?
ケガすることでもしたのかと思ってるのかなぁ…。

 

「お帰り。」

「うん、ただいま、ジョアン。
 あのさー、僕にただいまくらい言わせてよ、ノール?」

「あ、ゴメン…。
 えっと…お帰り。」

「ただいま、ノール。」

「ま、帰ってきてそうそうアレだけど…。
 一緒にご飯食べないか?
 それとももう済ませてきたのか?」

「あ、ちょうどお腹空いてたんだよー!
 食べに行こ!」

 

そうなんだ。
飛行機の中ではお昼を食べただけ。
それ以後はずーっと移動だから、お腹も減ってるんだよね〜。
疲れも残ってるけど。

 

「良かったな。」

「あ、うん。」

「???」

 

何が良かったんだろう…。
この前の時もそうだったけど、何か変だよねこの二人。
とりあえず、僕は自分の部屋に荷物を放り込み、二人と一緒に食堂に行った。
適当に食べ物を注文して席に着く。
………?
珍しいコトもあるんだね〜。
ノール、ご飯とお味噌汁しか食べないつもりらしい。

 

「ノール、それだけで足りるの?
 いつもはご飯3杯は軽く食べちゃうのに…。
 おかずまでおかわりするのに、今日はおかずもないんだ?」

「あ、えと…」

「あー、コイツ?
 最近食欲無くてなー。
 所謂夏バテってヤツかもな。」

「あー、そっかぁ。
 こっちは暑かったんだね〜。
 レナの家の方は結構涼しかったよ♪」

 

一瞬だけノールがジョアンと目を合わせた。
その時、「ごめん」って聞こえた気がした。

 

「で、でさ!
 お前…レナとはどうなったんだよ!」

「んー。
 普通かなぁ。」

「え?
 普通ってコトは……やっちゃったのか?!」

「……あのさぁ、ノールの普通ってそこまでいっちゃうの?」

「じゃ、じゃあ違うのか?
 違うんだな?!」

「あ、うん、そうだけど…。」

「はぁ、(……良かった)。」

「何か言った?」

「い、いや!
 何でもない!!!」

「???」

 

その後、レナの家での生活について報告をした。
人生初の発情期とかね。
お前、やっと来たのかー!って言ってバシバシ叩いてくるノールは、
以前のノールそのものだった。
さっきからおかしくなったり元に戻ったり…。
こんな不思議なヤツだったかなぁ。
そんな風に2時間くらいずっと話をしていた。
その中で思ったんだ。
また、ココに帰ってきたんだなって。
勉強とか文化祭とか大変だけど、明日からまた頑張っていこっと!
レナがいるから頑張れる。
そう思った。

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