その先にあるもの。

Story13 一人で戦うツラさ

 

今日でここにきて5日目。
いや、正確にはもうすぐ6日目になる。
晩御飯を食べ終えた僕らは、いつもリビングで話をしてるんだ。
レナのお父さんやお母さんも混じって。
一家だんらん、って言っても良いかもしれない。
何か…すごく良いんだ。
まるで自分の家に居るみたい…。
僕の家じゃないのにすごく温かいし、何より落ち着く。
それはレナが近くに居ることでより一層、かも知れない。
そんな普通のようなことが、本当に幸せだと感じる。

 

「…だよね、ミーちゃん!」

「え?」

「もー、聞いてなかったの?!」

「ご、ごめん…。
 だってさ、すっごく幸せだな〜って思ったの。」

「ははは!
 いきなり何?」

「本当だよ〜。
 心が温かい、って言う感じ?
 レナが羨ましいな、こういう家に生まれて…。」

 

それは本心だった。
でも何かがいけなかったらしく、レナはすこし俯いてしまった。
僕、何か言った…?
よく見たら、レナの両親もいつもと違うような表情をしているように思えた。

 

「あれ…?
 どうしたの?」

「……そっか。」

「え?」

「あ、何でもないよ!
 何でもないの♪」

「何それ〜?」

 

そんな僕たちの会話に割って入るように、レナのお父さんは優しい口調で言った。

 

「レナ。
 話も良いが、時間を考えたほうが良いんじゃないかな?
 お前がそんなに話に夢中になってるのはかなり新鮮だけど…。」

「えー?
 …ホントだ、もう0時回ってる…。
 でも夢中になっちゃうのはしょうがないじゃない♪」

「ま、まぁ…。
 いや、そうじゃない!
 お父さんが言いたいのは、お父さんもミック君と話がしたいというワケだ!
 ……ダメ?」

「もう、しょうがないなぁ…。」

「すまんな。
 男同士の話をしてみたくてなぁ。」

「ははは♪
 じゃ、今日はお父さんに譲ろうかな。
 ミーちゃん、先に寝るね♪
 おやすみ〜。」

「え、あ、うん。
 また明日ね。」

 

物足りなさそうな顔をしながら、レナは渋々2階へと上がっていった。
う〜ん……。
レナも何考えてるか分かんないトコがあるけど、このお父さんもそういうトコあるなぁ。
僕の有無を言わさない辺りが特に。
親子だなぁ〜って思う瞬間だった。
レナに続いて、レナのお母さんもいつの間にか姿が消えていた。
な、何でこんな状況に…?

 

「すまないね、ミック君。
 取り残すようなマネしてしまって。
 まだ、大丈夫かい?」

「あー、まだ大丈夫です。
 それに最近あまり眠くならなくて…。」

「…発情期、だからかな?」

「えぇっ?!」

 

ビックリした。
二人きりになった瞬間にいきなりそんなこと言われて…。
なるほど、男同士の話ってこれかな?
って何で知ってるんだろう…。

 

「あの…」

「『何でそんなこと分かるのか?』って?
 分かるさ。
 一応これでも、僕は獣人生物学者なんだよ?
 生理学もやってたんでね。」

「えぇっ?!
 そうだったんですか…。
 でも毎日自宅にいらっしゃいますよね…?」

「まぁね〜。
 今はちょっと大学を休んでるんだよ。
 もちろん愛娘のレナのためにね。」

「本当にレナは愛されてるんですね〜。
 羨ましいや…。」

「羨ましい?」

「はい…。
 あ、別に僕の家では愛されてないっていうことじゃないけど…。
 こんなに自分の子どものことを大事にされてる家庭って、すっごく温かいな〜って。」

「まぁ…余計、だけどね。」

「???」

「ところで…。
 キミのその若干上気ばんだ顔。
 そして特有のその目。
 見る人が見れば、発情期だってバレバレだよ。
 ずっと隠してたみたいだけど、ソレ♪」

「へ?」

 

レナのお父さんが指差したのは、紛れも無く僕の異常反応したモノだった。
レナが居なくなったから、そこに乗っけていた手をどけていたんだ。
どうせ見られないだろうって思ったから。
だからその動作を見た瞬間に、僕は心を見透かされたようでこの上なく恥ずかしかった。

 

「………。」

「キミ、本当にいいリアクションくれるねぇ♪
 素直って言うか、バカ正直って言うか…。
 でもね、恥ずかしがることじゃあない。
 それは生理現象なんだからさ。」

「で、でも…。
 色んな人にバレて恥ずかしいです…。」

「?
 はっはっは、レナにもバレちゃったワケか♪
 まぁしょうがないさ。
 父親が言うのも変だけど、キミの一番好きな子が近くにいるワケだしね〜。
 しかも同じ家で寝泊りしてる。
 キミにとっては絶好のチャンス、って感じかな。」

「あ、違うんです!
 あの…。」

 

誤解されているのが嫌で、僕はこの前思った全てのことを話した。
こうすることで、自分への戒めにもなれば…って思ったしね。

 

「まぁ…キミも思春期だ。
 性的なことに興味が向くのは分かる。
 それを促進するのが発情期って時期なワケだ。
 だからその時期に入ると、とんでもない過ちを犯してしまうことがある。
 でもキミは偉いよ。
 話に聞いてた通り、本当に優しい子なんだね…。」

「そんな、優しいなんて…。
 僕はただ、レナに悲しい思いをさせるのが嫌で…。
 ごめんなさい、よりによってレナのお父さんにこんな話をしてしまって…。」

「いや、僕は別に良いんだけどな。
 僕も男だからよく分かるよ、その気持ち。
 竜族はいつ発情期が来るか、予測不可能でね…。
 つまりキミたちのように周期が無いんだ。
 だから若い時は大変だったなぁ〜。
 我ながら盛んだったよ、一人でね♪」

「は、はは…。」

「キミは大事なことをよく分かってる。
 だから変な過ちは犯さないと思ってるよ。」

「僕は……ひゃぅっ!」

 

言葉を言いかけたちょうどその時、
レナのお父さんはいきなり立ち上がって窓の外を眺めだした。
本当にいきなりで、僕はすごくビックリした。
何か…ビックリさせられることばかりだなぁ、こっち来て。

 

「あ、あの……何か?」

「今日は月が綺麗みたいだ…。
 外で話をしないか?
 キミに伝えておきたいことがあるんだ。」

 

レナのお父さんに連れられて家の外に出た。
周りに殆ど家が無いせいか、月明かりがより一層綺麗だった。
そして…。
上空には温かくも冷たい月がぼんやりと輝いている。

 

「本当だ…。
 月が綺麗だ…。」

「……本当はね、キミと話したかったことはアレだけじゃないんだ。」

「???」

 

レナのお父さんが、優しい目をしてこちらをじっと見つめる。
僕は、何故だか動けなくなった。
本当の話……。
何か重大なことを聞かされそうで、怖かったのかもしれない。

 

「さっきはとても嬉しかったよ…。」

「???」

「羨ましい家庭だと言ってくれたことがすごく嬉しかった。」

「あれは思ったまでのことですけど…?」

「そうか…。
 キミは不思議に思わなかったか?」

「何が、ですか?」

「そうか…。
 キミがこれを聞いてどう思うかはわからないが…。
 実はね。
 あの子は…レナは…。
 …………。

 本当の娘では、ないんだ。」

「え…?」

 

どこから来たのか、風がざあっと吹き抜ける。
ドクン、と心臓が強く鼓動する。
よくある話、とは言うけど…。
まさか……。

 

「不思議だと思っただろう?
 レナは明らかに純潔の竜族では無いからね…。
 見れば分かるが、あの耳と長い毛。
 レナは犬と竜の間に生まれた子なのだろう。
 この辺りでは珍しいんだがね。」

「…そのこと、レナは…?」

「知っているよ。
 高等学校に出す時に、私の口から伝えたんだよ…。」

「でも、そんなの関係ない!
 だって…レナはレナだし…。
 それに、お父…おじ…?
 え、えっと…。」

「ん?
 あぁ、僕のことはおじさんで構わないよ♪」

「すいません…。
 おじさんとレナの関係を見る限りだと、本当の親子だって言い張っても良いと思います。
 本当に羨ましい家族だって思います。」

「そうか…ありがとう。
 僕たちもね、一般家庭以上にレナを愛してきたつもりだよ。」

「レナは本当に良い子です…。
 僕、そんなレナが大好きで…。
 って、あ……。」

 

言い終わった瞬間に、僕はすごく恥ずかしくなった。
だって好きな子のお父さんに、娘さんが好きですって言っちゃったんだよ?
何か挑戦行為みたいじゃない…。

 

「ははは!
 僕も嬉しいよ♪
 レナをそこまで好きになってくれる子がいてさ。」

「………。」

「こんなことを頼むのはおかしいかもしれないけど…。
 ミック君。
 レナのこと、お願いしてもいいかな…?」

「…僕に何ができるか分からないけど…。
 頑張ってみます。
 僕はただ…レナと一緒に居られるだけでいいから。」

 

それを聞くと、僕に微笑みかけて、おじさんはゆっくりと家に入っていった。
とても複雑な気分だけど…。
レナはレナ、そうでしょ…?

眠れない高まった感情に相まって、
告げられたことがあまりにも大きくて、まったく眠気が表れなかった。
何分、何時間こうしているかは分からない。
…レナは…このことを知ったとき、どう思ったのかな…。
ただ一人、家の外にいる僕の横をさらさらと涼しい風が通る。
この環境が僕をそれしか考えさせなかった。
ぼんやりと輝く月が、まるでレナのように思えた。
そうして月をぼ〜っと眺めていると、後ろから音が聞こえた。
家の出入り口の扉が閉まる音。
…レナだった。

 

「どうしたの?
 まだ寝ないの?」

「レナ…。」

「もう3時だよ?
 寝なきゃ体がおかしくなっちゃうよ。」

 

つまり、僕は2時間以上もこうしてここに居るわけだ。
ただ同じことを考えていただけなのに…。

 

「うん…。
 どうしてレナはこんな時間に…?」

「何故か目が覚めちゃって…。
 今日は月も綺麗だし、外で眺めようかなって。」

「そっか…。」

 

また、優しい風が通り抜ける。
その風のせいなのか、話がピタっと途切れてしまう。
僅かな沈黙。
僕とレナは、同じ月を同じように眺めていた。
そんな沈黙を破ったのはレナだった。

 

「ミーちゃん。」

「ん?」

「驚いた?」

「え?」

「聞いたんでしょ…?
 私のこと。」

「え…?
 ど」

「『どうして』って?
 これでも、ずっとお父さんに育てられてきたからね。
 変だなって思ったんだ。
 きっと、私に気を遣ったんだと思うけど…。」

「………。」

「多分聞いたと思うんだけど…。
 今の学校に上がる時に、そのこと教えてもらったんだ。」

「うん。」

「実は……それより前から知ってたんだ。
 自分が本当の子どもじゃないってこと。」

「え?!
 どうして……。」

「よくある話だけどね。
 中等学校の1年生の時に、二人で話してるの聞いちゃったんだ。
 『いつになったら本当のことを話そうか』って。
 話を聞いてたら、さすがの私も分かっちゃってね…。」

「やっぱり…ショックだった?」

「う〜ん…ちょっとだけね。」

「ちょっとだけ?」

「納得、の方が強かったから…。
 その時悩んでたの。
 何で私は、こんな犬族の人みたいな耳がついてるんだろって。
 どうしてこんなにも毛が長いんだろって。」

 

※この世界の竜族は、毛が無いかすっごく短い。

 

「だからね、それ聞いて納得できたんだ。
 あ、だから私はお父さんともお母さんとも違う姿なんだって。
 それを知って、私はもっと頑張ろうって思った。
 本当の子どもみたいに思われるように、愛されるように…。
 勉強だって何だって頑張って見せた。
 でもそれは、結果的に嫌いな私を作ってしまった。
 頑張れば頑張るほど、私はどうして良いのか分からなくなって…。
 とりあえず真面目に暮らしてきた。」

「レナ……。」

「途中で気が付いたの。
 お父さんとお母さんに愛されるように頑張ってきたつもりが、
 いつの間にか真面目になるように頑張ってた。
 私、よく分からないよね……。」

 

苦笑いをしているレナの顔は、いつになく辛そうな顔だった。
言葉では言い表せない、とても辛そうな顔だった。
レナは……ずっと一人で戦ってきたんだ。
ただ愛されたいがために、ただひたすら頑張ってきたんだ。
辛さをツラさで押しつぶしてきたんだ…。

 

「だから、ミーちゃんに会えて本当に良かった。
 お母さんにね、『随分変わったのね』って言われたのよ?
 嬉しかった。
 でも、悲しかった。
 ミーちゃんに愛されるようにとしてきたために、
 今度はお父さんとお母さんに愛されるようにすることを忘れてた。
 私は……。」

「レナ…。
 あのね、レナは頑張りすぎだと思うんだ。
 そんなに頑張ってどうするの?」

「だって……だって……!」

「そんなに頑張らなくても、レナは充分に愛されてるよ。
 僕、本心で言ったんだ。
 『レナが羨ましいな、こんな家に生まれて』って。
 そう、レナはこの家の子だよ。
 少なくとも僕の目にはそう見えてる。
 頑張らなくても、レナの両親はレナを愛してる…、絶対。
 ぼ、僕も……愛してる。」

「ミー…ちゃん…。」

「だから、そんなに他人のために頑張らないで?
 自分のために頑張ろうよ。
 ね?」

「ミーちゃん……。
 ……あ……。」

 

レナが笑顔に戻ったその瞬間。
レナの目から、一筋の涙が零れ落ちた。
それを見た僕は、何も考えずレナをぎゅっと抱きしめた。
そうしなきゃいけない気がした。

 

「泣かないで…。
 だって、本当のことだもん。」

「うぅ……。
 あぁぁっ……!」

「頑張りすぎないで…。
 何ができるか分からないけど、僕も半分背負ってあげる。
 レナがこれ以上頑張らなくても良いように…。」

 

きっと、ずっと我慢してたんだと思う。
その我慢してたものが、今涙になって流れているみたいだ。
抱きしめている僕には、レナがどれだけ泣いているか見えないけど、
僕にはどれだけ我慢していたのかは分かった。
抱きしめているレナが、こんなにも震えているのは初めてだったから。
声を押し殺しているけど、漏れ出す泣き声。
こんなにも苦しんでるレナに、僕は気付いてあげられなかった。
それが何だか悔しくて、いつの間にか僕の目からも涙が出ていた。
そして、今度こそ心に決めたんだ。
レナを泣かせたりしない。
……絶対に!
だから……今日で、泣くのも止めよう…。

気が付くと、いつの間にかレナは眠ってしまっていた。
泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
何とかレナをおんぶすると、僕はレナを部屋に運んだ。
よく見ると、レナの顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっている。
軽くタオルで拭いてあげてから、そっとキスをして、僕も寝ることにした。
あれだけ異常反応したモノは、何故か完全に落ち着きを取り戻していた。

 

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