その先にあるもの。
Story１１ あの子の故郷
「練習、はかどってるか？」
「ジョアン。
うん、まぁ順調……だよね？」
「ミック以外はね。」
「うぅ……。
そんなに僕をいじめて楽しい？ボルト。」
「楽しい。
楽しいけど、別にいじめてる訳じゃないって。
覚えるのが遅いのは事実じゃんか。」
「そりゃそうだけど……。
こういうのやったことないんだからしょうがないでしょ！」
またもや僕たちは学校にいる。
夏休みもついに折り返し、文化祭の練習も日々熱を上げている。
そんな中悪いんだけど…。
とうとうレナの実家に行く日が明日と迫っている。
つまり、２週間練習に参加できなくなっちゃうんだよね。
今の僕のダンスの仕上がり具合からすると、こんなことしてる暇ってないんだけど…。
飛行機のチケットが取ってあるからキャンセルもできない。
だから今日はボルトにみっちり絞られてるってわけ。
僕だけ別部屋で、ボルトにマンツーマンでダンスの講義を受けていたんだ。
僕としては結構上達したと思うんだけど…。
かれこれ３時間はやってるんだし。
あ、何でボルトが僕の指導ができるかって言うと…。
彼、実は全部のグループの踊りができるんだよね…。
ビックリでしょ？
すっごく覚えが速くて、一日一緒に練習してるだけで覚えられるみたい。
どんな体の構造してるんだろう…。
「まぁ、とりあえず流れは覚えたよな？
流れさえつかめば、あとは技術磨いてくだけだし…。
あとはコレで頑張れ。」
ボルトが小さな円盤状の物を手渡してきた。
な、何だろうコレ…。
初めて見る物だけど。
「？？？
何コレ？」
「は？
法陣盤（ほうじんばん）を知らないのか？」
「知るわけないだろ？
コイツは昔からそういう機器には疎いんだ。
それなのに、何で魔導実験が得意なのか未だによく分かんないけど…。」
「まぁてっとり早く言うと、これで音楽が聴けるんだ。」
「へぇ〜！
世の中には便利なものがあるんだね〜！」
「………はぁ。
で、この法陣盤にはダンスの曲が入れてある。
これでレナの家に行った時も練習できるだろ？」
「そっかそっか♪
ありがと、ボルト！」
「使い方は……分かんねぇよな…。
この……メモと同じ魔法陣を描いて、その中央にこれをセットすればいいんだ。
再生・停止・早送りの呪文も書いてあるから、それ読んで何とかなるよ。」
「わぁ〜〜〜♪
ありがとう！
法陣盤かぁ…初めて見たなぁ…。」
「オレも見るのは初めて。
これってすっげぇ高くないか？」
「まぁな。
でも、なんかよく分からんけどウチにたくさんあるんだ。
一枚くらいならくれてやっても大丈夫さ。」
「ボルトって……ボンボンの生まれなんだな。」
「それはミック。
お土産、楽しみにしてるから♪」
「え？
買ってくるの…？」
「もらうだけもらってそりゃ無いだろ〜。
よろしく！」
ボルトって何だかんだ言いながら結構優しい。
それと同じくらい不思議なヤツだけど。
クラスの足を引っ張るわけにはいかないし、これ使って練習しなきゃね。
その日の練習も、いつも通り日が落ちるまで続いた。
最初はみんなバテバテだったけど、流石になれてきたらしい。
今では一日ぶっ通しで踊っても疲れなくなっていた。
僕は３時間が限度だけど。
やっぱり体を鍛えたほうがいいのだろか…。
練習を終えて部屋に戻ると、僕は荷物の準備をし始めた。
服は洗濯してくれるって言ってたし、５日分くらい持ってけばいいか。
夏休みの課題の実験はもう終わってるから、あとはレポートにまとめればいい。
あとは……何が要るだろう……。
これと言って特別なものは要らないし、これでいいかな。
旅行カバンに荷物を詰めると、丁度いい具合に呼び鈴が鳴った。
きっとジョアンが夕飯に呼びに来たのだろう。
ドアを開けると、やっぱりジョアンがそこには居た。
珍しく……ノールが一緒だ。
「ご飯…だよね？
ノールが居るけど。」
「まぁ…ミックの行ってらっしゃいプチパーティーだ。
食べるものなんて知れてるけどさ。
コイツが言い出したんだぞ。」
「お、おぅ。」
何か…いつものノールじゃない。
照れくさがっちゃって。
そっか、ノールってこういう風に人にしてあげるのって初めてだから…。
「ありがと、ノール！」
「おぅ！」
「良かったな。」
「う、うん。」
…？
やっぱり違和感を感じるけど…。
そんなことはすぐに忘れてしまった。
そして僕たちは食堂で夕飯を食べながら、わいわい話をした。
お土産の話とか、レナのこととか…。
一旦離れるこの土地を楽しんだ。
２時間にわたるプチパーティーも終わり、僕はそのままベッドに入った。
朝８時。
僕の部屋の呼び鈴が鳴った。
一時間前から起きてはいたが、眠い目をこすりながらドアを開ける。
「おはよ、ミーちゃん！
準備、できてるよね？」
「うん。」
相変わらず白を基調にした服の取り合わせ。
そこに居るのは僕の一番大好きな子だった。
ここから空港までは、電車で３０分。
９時発の飛行機に搭乗するんだ。
そんなに早い時間の飛行機でも、着く頃には夕方になってしまう。
勿論こっちの時間帯は。
こことクレアドル公国との時間差は大体９時間。
フライト時間が１０時間くらいだから…。
向こうに着くと実はまだ１０時だったりする。
何か変な感じがするね。
電車で空港に着くと、僕たちはすぐに搭乗手続きをした。
チケットを見せて、荷物を調べられて…。
飛行機に乗る頃には、既に離陸時間間近になっていた。
「飛行機か〜♪」
「もしかして、ミーちゃんって飛行機乗るの初めて？」
「うん。
旅行なんてしたことないもん。
飛ぶ時ってどんな感じがするんだろ？」
「全然飛ぶ感覚はないよ。
良かったね、窓側の席で。」
「うん！
あ〜あ、早く飛ばないかなぁ♪」
「ふふっ。
ミーちゃん、子どもみたい！
尻尾まで振っちゃって♪」
「だって楽しみだもん！」
そう。
僕は今までに旅行というものを一切したことがない。
父さんの仕事柄、まとまった休日は取れないから…。
小さな頃に、近くの公園まで遊びに行ったくらい。
それ以降は本当に一度も家族で遊びに行ったりすることなんて無かった。
だから今日、初めて飛行機に乗ったんだ。
飛行機がついに離陸体制に入る。
機内アナウンスが流れ始めて、僕はますます興奮した。
「レナ、今から飛ぶんだよ！
飛行機が飛ぶんだよ！」
「そうだよ。
飛ばなかったら飛行機じゃないってば。
ふふっ、初々しい♪」
でも期待とは裏腹に、飛ぶ感じってあんまりしないんだよね…。
もうちょっとジェットコースター乗る感覚に近いと思ったんだけど…。
う〜ん、残念。
飛行機は順調に飛行を続けた。
どれだけ時間が経っただろう。
いつの間にか眠ってしまっていた僕は、目を開けて窓の外を見ると、
飛行機はまだ雲の海を渡っていた。
でも下の大地もちょっと見えるから、高度は大分下がっているらしい。
今どの辺にいるんだろう…。
もう僕の住んでる大陸から離れちゃったのかな。
そんなことを考えていると、隣で寝ていたレナも起きたみたいで…。
「…どうしたの？」
「えっと…。
今どの辺を飛んでるのかなぁって。」
「…もうすぐ着くと思うよ。
ほら、１０時近くだし。」
「あ、本当だ。
やっと着くんだね！
レナのお家ってどんな感じなの？」
「どんな感じって……。
学校付近より自然は多いかな。
森林が多いの。
でも薄暗いわけじゃなくって…。
ま、自然を満喫するにはちょうど良い場所かも。」
「ふんふん♪
うわ〜、楽しみだなぁ…。」
「でも、娯楽って結構少ないんだよ？
遊び場なんてないし。
自然そのものが遊ぶためのものって感じだったかな。」
「良いなぁ、良いなぁ！
僕、そういうとこに住んでみたいと思ってたんだ！」
「そう？
あんまり面白くないと思うけど…。」
その時、不思議な音とともに機内アナウンスが入った。
どうやら本当に空港に到着みたいだ。
う〜ん…飛行機、つまんないかも。
機内からでも聞こえるような、ゴゴーッという音でゆっくりと飛行機は着陸した。
飛行機から降りた瞬間、僕はものすごい状況に戸惑いを隠せなかった。
だって…。
「うわわぁ…！
何て言うか…平たい。」
「？？？ 何が？」
「ここまで開けた視界のトコ、初めて見たよぉ！」
僕の住んでる場所だと、大きな建物が視界を狭めている。
だから向こうの方を見ても、遠くの景色は狭いんだ。
でもここは違った。
空港を降りただけで分かる。
視界を狭めている建物はない。
否が応にも広がる大自然。
遮るものは何も無かった。
ただ、広い。
そんな印象だった。
こんなに遠くが見渡せるものだから、平たいって思ったんだ。
「行くよ、ミーちゃん！
空港の入り口でお父さんとお母さんが待ってるんだから。」
「う、うん！
待ってるんだ…。」
「そうだよ。
前言ったでしょ？
お父さんもお母さんも楽しみにしてるって。」
「そ、そりゃそうだけど…。
待ってるなんて一言も言わなかったじゃん！」
「あれ、そうだっけ？
良いじゃない♪
行こうよ！」
レナは何の躊躇も無く、僕の手を握ってきた。
予期していなかった出来事に、僕は一瞬で顔が熱くなった。
そんな様子を見て、レナはクスクスっと笑っていた。
こういう時って、やっぱりレナの考えてることが分からない…。
空港を出ると、僕はさらに驚いた。
「いぃっ？！」
「どうしたの？」
「ここ、すごい国だね…。
幻想族の人ばっかりいる…。
あ、あの人！
狼に似てるけど違う…。」
「あの人はマルコシアスって言う種類の人かな。
他にもまだ幻想族の人は居るよ！
家に行ったら教えてあげる♪
ほら、お父さんとお母さんはあそこにいるから。」
「…？
あの竜族の人たち？
ってこのまま手繋いで行く気…？」
「大丈夫♪
ちゃんと事情は説明してあるから♪」
「えぇっ？！」
「ほら、行こっ！」
普通両親にそういうこと話すのかなぁ…。
僕は一切喋ってなんだけど。
「ただいま、お父さん！ お母さん！」」
「お帰り。
さ、家に帰りましょ♪」
「うん！」
「よく帰ってきた！
偉いぞ、レナ！」
「何が偉いのよ…。」
「君が噂のミック君かな？」
「ひゃ、ひゃい！」
「レナから色々聞いてるよ！
ウチはレナしか居ないから、息子でもできたような気分だな♪
ゆっくりしてってよ！」
「あ、ありがとうございます。」
何だか…思っていたような人たちだった。
のほほんとして、平和そうな顔したレナのお母さん。
ニコニコしてて、気さくそうなレナのお父さん。
本当に想像通りだ。
でも引っ掛かることが一つあった。
ほら、レナって見た目で竜と犬のハーフだってのは分かるんだけど。
両親は純粋な竜にしか見えない。
お祖父さんかお祖母さんに犬の血が混ざってたのかも…。
よく分かんないけど。
空港から車に乗って１０分程度。
広い道路沿いにそれはあった。
後ろに森林を控えたその家は、見事に森林に溶け込んだ配色だった。
家を擬態でもさせてるのかな…？
モスグリーンの塗装を帯びている家。
造りは…普通の家と変わらない。
けど、大きさがあまり普通とは言えない。
やっぱり竜族って大きな人が多いから、家もちょっと大きく造らなきゃいけないのかな…？
分からないことだらけだ…。
「わぁ〜、でっかぁい…。」
「そう？」
「うん！
すっごく大きい！！！
僕の家、こんなにも大きくないもん。」
「はははっ！
だって君は犬族だろ？
竜族は大きいのが多いからな〜。」
「ハハ…。」
本当にレナのお父さんなんだろうか…。
確かに考えてた通り気さくな人なんだけど…。
どうやって教育したら、前にレナが言ってた”前のレナ”ができるんだろ。
そんなことを考えながら、僕は家の中に通された。
「ミーちゃんが使う部屋はこっちね。
私の部屋の前♪
あ、お母さん！
ちゃんと掃除しといてくれたよね？」
「当たり前じゃない。
お客様を埃だらけの部屋に泊められないもの。」
「あ、えと…ありがとうございます。
空き部屋って、まだあるの？」
「そうだよ。
この家って結構昔からあるらしくて…。
一時期は結構な大家族で暮らしてたらしいから。
ここの他にもまだ数部屋空いてるの。」
「へぇ〜…。
何だかホテルみたいだね…。」
「ふふ♪
何かあったら呼んでね。
私、ちょっと荷物の整理してくるから。」
「あ、うん。」
…何だかいい匂いがする。
レナの…匂いがする。
家の中全体からそんな匂いがして、僕はとても幸せな気分だった。
ここで２週間。
たったそれだけの短い期間。
でも長い期間。
僕はこの２週間の生活にたくさんの期待を抱くのだった。