第59章 泣いても笑っても最終決戦
空間が歪む、おそらく、俺達が出てきたところを見たものはそう思うだろう。
ドーム上に包まれた天井、白い装飾がやたらと神聖さを出している。
室内だと言うのに、魔法の一種か、昼間のように明るくまぶしくない明りが室内全体を照らす。
しかし、俺達が見えた光景は、死体の山。
前に見た、シオンと言われる神族が着ていた服と同じ者が倒れていた。
死屍累々……。
壁は白い装飾をものともせず赤い血が染まり、血が絨毯の代わりのように地面に染まっていた。
俺達はそれぞれの武器を取り出した。
絨毯の先にいるものに向かって。
俺は驚愕の表情を浮かべるものの、なんとか動揺を押し込んだ。
「まさか、アンタとは……師匠……」
玉座に座っているものは、青い毛並みを持ち、水色の長髪をゆんでいる狼。
瞳は左右違うはずなのに、今は紫に統一されていた。
見間違うこともなく、ウォルト=エイリクス、彼だった。
しかし、彼の穏やかな表情は変わらなかった。
「ふふ……やっときましたか、クレス……」
「レンはどこだ?」
黒く薄い水晶の双剣を構える、すぐに壊れそうな材質をしている割には岩を簡単に断ち切る一品である。
ウォルトは笑みを浮かべながら言う。
「レン、レン、レン、こんな白犬族ごときに、何を熱心になってるんですか……」
静かに言う、口調はたしかにウォルトだった。
睨む瞳に力を入れる。
それに気づいたか、ウォルトはパチンと指を鳴らすと、
その後ろに、水晶体に入って目を閉じているレンがいた。
「レン!」
「ふふ……しかし、嬉しいですね……」
笑みを浮かべながら、隣にある杯の中に手をいれ、
そこからはかすかに魔力が篭った赤い色をした玉を取り出す。
「師匠の私が、弟子である、貴方を殺すんですから……」
ゾワッと、背筋に悪寒がはしった。
動揺を隠しながらも見据えると、ウォルトは赤い玉をその口に放り投げる。
「師匠には、やっぱり敵わない、そういったことは昔から……そして今も……
あなたは私を乗り越えることができないでしょう?」
次に、緑色の、そして金色の……
どこかで見たことある
「……まさか……」
気づいてしまった。
今、ウォルトが飲み込んでいるのは、精霊が結晶化したもの、と考えたほうがいいだろう。
それを自分の体内にとりこんでしまったのだ。
「さて、精霊がいなくなってしまいましたね……誰の所為でしょう?ふふ……」
全員に緊張が走るとともに、背中に悪寒も走った。
ウォルトであるが、ウォルトではない、
何者かに変わっていることが、その場にいる全員が確信を持って気づいた。
「あ、私の所為か、これはこれは……少々いきすぎましたか……」
なおも笑いながら、言う。
「さて、始めないのですか?クレス?ふふふ……」
その言葉と同時に、俺が呪文の詠唱を開始する。
その行動を合図に、エルが呪文を唱えながら走り出し、ゼロギガもエルより先に大地を蹴る。
クリスのほうも魔法を唱え始めながら、横へ移動する。
「ほほぅ……」
感心した、あるいは見下すかのように聞こえる声。
その声を断ち切るかのように、違う声が響く。
「狼風斬!」
ゼロギガが虚空を斬ると、風をまとった狼のような真空が生まれる。
真空は複数に分れ、それぞれ意思を持つかのように、広がって形勢を取る。
そして、玉座に座っているウォルトに向かって飛び込んで行く。
はっきり言って、すさまじい技術である。
仕組みが分らない限り、この技を見抜くすべは無いだろう。
しかし、その狼達はウォルトの目の前で消滅して風のみがウォルトの髪を撫でる。
「な、っ!」
驚愕の声を上げる、おそらく、誰もがかわすすべは無いと思っていただろう技である。
しかし、動揺をしながらも俺は確信していた。人の編み出した技や術じゃ、勝ち目は無い、と。
「そんなものですか?」
邪笑、そんな笑みだった。
しかし、攻めをやめてはいけない、ここで詠唱を止めてしまったらやられてしまう!
俺とエルの声が同時に響く。
『フレア・アロー!』
簡単な呪文であったが、めくらましには十分なはず。
続いて、次の呪文を唱えようとしていた瞬間。
「これまた、なめられたものですね……」
数十本の炎の矢は形を変えることなく進んで行く……が
「……やはり人の考える魔法は弱い……」
炎の矢は、ウォルトの目の前で止まると、静止するかのようにその場にただずむ。
「……返しますよ!」
急に、炎の矢が逆方向へ向かって飛ぶ、ゼロギガに。
「くっ!とりゃあぁっ!」
ゼロギガが、剣を振るい、炎の矢を斬っていっている。
そして、彼に当たるものはすべて消え去った時、左右に炎の矢が地面に突き刺さった。
「ほぉ……なかなか……」
この状況を楽しんでいるようにしか見えない笑み。
呪文はまだ完成しない、だが、エルもゼロギガも更に追い討ちをかけることができない……
その時。
「とりゃああぁぁぁぁ!」
テットがウォルトの上から落ちてくる。
その更に上を見ると、コウとトキノが宙を浮いている。
おそらく、コウとトキノに頼んで飛ばしてもらったんだろうが……
「テット危ない!」
ウォルトにコブシが当たると思われた瞬間、テットが空中で静止する。
「え、え!?何…?これ……」
「邪魔です……」
ザシュッ
斬撃の音が聞こえると同時に、テットの体がこちらに吹っ飛んでくる。
慌てて呪文を中断し、テットを受け止めようとする。
「テット!!」
エルが叫ぶ。
テットを受け止め、次に見た瞬間が、手、足、体が血まみれのテット。
「……断ち切れなかったか、精霊の力の所為か…?なんにせよ、それは続かないな」
ウォルトのほうを見ると、オーラを出している剣、と言えばいいだろうか?
白く濁った色をしているその剣ともいえないものは、中心の剣部分がまったく見えない。
いや、あのオーラみたいな物自体が剣だとしたら……
「……くれす……」
その声に反応して、テットを見る。
すでに息が切れ切れ、抱いている手にも、だんだん冷たくなっていくのが分る。
「僕……やくに、たって……たかな……?」
「テット、今までも、これからも役に立つって……だから……」
「……みんなで、ぴくにっくいって……僕のお弁当、また食べて、くれる………」
「テット?……テット!!」
死。
人の死、今まで何度も見たことはあるが……
テットが……
『シギャ!』
白竜の2匹が、こちらにむかって、いや、テットに向かって飛んでくる。
白竜の出す鳴き声には、誰も答えてくれなかった、テットも……
俺は、テットを床に寝かせると、白竜もまたそのそばで泣くように鳴いている。
「泣く暇があったら攻撃を続けろ!クレス!」
クリスの声が響く。
泣いてた?
自分の頬を確かに冷たく落ちていく。
「スピリッツソング!」
闇に似た黒い塊がウォルトに向かって飛ぶ。
しかし、それもむなしく空中で止まり、ウォルトの左右に分かれる。
ゼロギガも、また剣でウォルトと対峙しているが、明らかにウォルトに圧されている。
エルの魔法もむなしく防がれている。
「くそ!なら……」
クリスが目を閉じ、精神を集中するように詠唱を始める。
―闇よりも暗き者
 悪魔よりも亜しき者
 魔物達の王
 魔王の僕

ウォルトが笑みを浮かべる。
ダメだ。俺の頭の中で、警鐘が鳴る。
その技を使ってはいけない……

 汝に願う
 我が身になりて
 我が力となりて
 汝の魂を今ここに―
「ふふ、出来損ないのわりには、楽しめそうですね……」
そして、クリスの声が響くと同時に呪文が完成する。
「我が身にのりうつれ、ウルフデビル!」
クリスの全身が黒く染まり、瞳が紅く不気味に光る。
その強さと凶悪さのため、魔王の僕と言われた獣魔。
その魂を自分のみにのりうつらせ、力を得るという魔法。
クリスが、四つ足で地を蹴り駆け出す。
黒い残像のみが残り、一気にウォルトに近づく。
「しかし……役不足ですね……」
ウォルトが自分の眼鏡をあげて言う。
その言葉と同時に、急にクリスの動きが止まる。
ブシュッ……
鈍い肉を断ち切る音、そして吹き上げる紅い血。
黒い体毛を包むからだから、鋭利の黒い物質が地面から突き出し、クリスの体を貫く。
「――っ、!」
言葉にならない悲鳴だった。
クリスの獣毛が元に戻るが、ローブが、赤い血の色に染まっていた。
「クリスーッ!」
ゼロギガが叫ぶ。
短時間で、精霊の力を受けた二人を殺してしまった。
「師、いや、ウォルトおぉ!」
「ははははは、何を怒ってるんですか?仲間が死んだから?ふふ、なんてことないですよね?」
睨み対峙する3人。
ウォルトはそんな3人を前に、笑いながらふと思い出したかのように言う。
「あ、そうそう……私を殺したら、クレスも死にますよ?」
「なっ!」
「そんなでたらめなことを!」
「嘘じゃないですよ……」
ウォルトが言った、と思ったが、その言葉は後ろから響いた。
後ろを振り向くと、いつからそこにいたのかレイン、ガルムが立っていた。
しかし、レインの表情がいつもより険悪な顔をしていた。
「魔王様、その一片を受け継いだフェンリル様は魔王様が死んでしまえは、同時に消滅してしまう」
「……どう転んでも、クレスは死ぬ、確実にだ」
俺が死ぬ……?
「ふふ、さあ?どうします?」
邪笑しながら言うウォルト。
エルもゼロギガも苦虫を噛み潰したような表情になる。
俺は声を張り上げ。
「エル!ゼロギガ!」
二人ともこちらを向く。
「気にせず集中しろ!どちらにせよ、倒さなきゃここまで来た意味が無い!」
『…おう!』
「おやおや、つまらないですね……」
そして、こう言葉を続けた。
「もう終りにしましょう」
言い終わると、ウォルトが消え。
その瞬間、鋭い痛みが体中を駆け巡る。




俺は自分の体を見る……オーラを漂わせたような剣が俺を貫いている。


一瞬で、終わってしまった。

剣に引っ付いた俺を捨てるように横に投げると、剣が抜け、ウォルトの表情が見えた。

返り血に染まった顔に、楽しそうな表情。





「まずは一匹、いや三匹目ですか?」










意識が遠のいていく、体中から血の気が引いていく……

















俺は、もう戦えないのだろうか…?











レン、ごめん……