第55章 大いなる道のり
目が覚めると、俺は冷たい石畳の上に寝転がっていた。
毛布はなく、下に布を敷いてあるだけ。
目だけで辺りを見回す。
正面には鉄格子、そして、後ろから指してくる光から、四角い窓があるようだ。
よく見慣れた牢獄。そう、俺は牢獄へ運ばれたのだ。
欠伸をかみしめて、起き上がる。
いつから寝ていただろう、それもわからなかったが脇腹や足に激痛が走ったとすると、連れてこられる際暴行を受けたようだが……
「……ヒール」
痛みのある場所へ手をかざして魔法を唱える。
俺は処刑されるんだろうか?
そんな事考えながら、痛みのあった足へと視線を移す。
「ずいぶん、弱ってるな……」
ふと、視線を上げると、そこに狼の獣人が立っていた。
大剣をかついでいて、バンダナをした下から紅めの色をした髪が出て、目の下には奇妙な模様が描かれていた。
見たことあるやつだった。
「……ガルム……」
「懐かしいか? それほど時間が立ってるようにも思えないがな……」
すうっ、と立ち上がり、鉄格子を挟んでガルムの胸倉を両手でぐぃっと掴む。
「お前か!お前の仕業なのか!」
ガルムを睨みながら問う。しかし、ガルムは表情を変えず。
「だとしたらどうする…?」
「……返せ……」
「ん?」
「返せ!俺が食するべく料理の数々の時間をおおぉぉぉ!」
「おぃ、ちょっと待て」
「パキアスのスパイシー料理!ジビア・シティの宮廷風オボロ鍋!」
「お前は、食べることしか頭に無いのか……しかも後者の料理名怪しいぞ」
呆れた声をだすガルム。
「当たり前じゃない、人の至高に至福は食事と眠り!」
更に溜息を吐く。
「んで、その人生の終止符が……ここか?」
「いやじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
っと、ふと自分の口を塞ぐ。
ガルムがすんなり通れたのはわかるが、大声あげても誰一人としてこない。
しかし、あんまり考えなくとも答えはすぐ出た。
自然の音、風の音や鳥の音までも聞こえなくなったのである。
となると、答えは一つしかない。
「いつの間に結界張ったんだよあんた」
「魔族の専売特許だ、お前との会話が始まった時にはすでに結界の中だ」
「ふぅん、そう言えば、どうして俺の目の前に現れたか、聞いてなかったな……なんでだ?」
一度は生きるか死ぬかの戦闘を繰り広げていた相手だが、まったくといっていいほど殺意がない。
だからというわけでもない、魔族なんて殺気を起こそうと思えば簡単に動けなくなるほどの殺気を放ったりするし、かと思えば、小動物のごとく小さな気配しか生まない。
ガルムは、まっすぐと俺に瞳を見ながら口を開く。
「警告だ。魔王様が復活なされた」
沈黙。
いや、沈黙としかいえない。
「それと同時に、お前らの命が狙われている。お前が殺されれば当然我が主の命も絶たれる。それを黙ってみてるわけにいかん」
はふっ、と溜息を吐く。
「魔王、ってか、話がいきなりすぎてわけわからんての……それに、命狙われるからって俺には関係ない気がするんだが、てかどうして俺なんだ?」
「白犬族の子供がどうなってもいいのか?」
その言葉に、俺はビクンと体を震わせる。
嫌な予感が頭の中をかすめる。
「レンは……魔王に?」
「そうだ……さて、あいつもそろそろいいはずだな……」
窓の外、まあ、結界の中だから合わせ鏡のように続いてるけど
「とにかく、お前を殺させるわけにはいかない……」
「……ふぅん……ま、今ここでとどまってるわけにもいかないし、任せるわあんたに」
「んじゃ行くぞ……」
手を差し伸べるガルム、俺がその手を掴むと、そこに残るのは、少し前まで温かかった石畳だけ。
「さて、説明しなければなりませんね」
そう口を開いたのは、紫色の髪を撫でる犬獣人、レインである。
「俺達は、魔王反対派の者ですよ。ひそか、でもありますけどね」
いつものとおりニコニコした顔で変わらない口調で喋る。
俺がガルムに連れられて出た場所は、街の外れにある廃墟である。
そして、その後すぐにレインがエル達と荷物を連れてきたのだった。
話がいきなりすぎて、なんだかわけわからないところを今レインに説明してもらっている。
「魔王様はクレス、そしてそれもろともフェンリル様を消し去ろうとしてます。普通ならば、俺達は協力しなければならないのですが……」
レインがガルムの方へ目を流すと、 ガルムが話の続きを言う。
「……フェンリル様が嫌だと言って聞かないのだ……」
「ワガママっ子かよ!」
「いや、まぁ、誰でも消されるってわかれば、嫌に決まってる……」
「そう、ですからひそか、でありますけど、不本意ならが貴方達のサポートを任命されたのですよ」
「へぇ……でも、話がいきなりやしないか?」
「では、その腕輪を外していただいて、これで終りって言う方法もあるんですよ」
クッ、ニコニコしながら脅迫しやがる。
「しかし、まぁ、フェンリル様が今はそれを望んでいないようなので、やっていませんけどね……」
全員が、疑問の表情をうかべる。
ゼロギガは戦ってないからわからないだろうが、フェンリルの凶悪さを知っていればその発言は聞き違いじゃないかと間違えるだろう。
まあ、魔族なんだし、自分達、人間のこと考えてないってのが人の偏見であるにはあるが……
「ふぅん、んじゃ最終手段で俺の腕輪を外して、魔王の命に従うってことか……」
「そうなりますね」
「しかし、俺等をサポートするって言っても、それって結局イタチゴッコなんじゃないか?やっぱり元を断たないと……」
その言葉に、驚愕の表情を浮かべる一同。レインとガルムさえ、揺らぐ気配を感じ取れてしまう。
「クレス、お前は自分で何言ってるか分るのか?魔王を倒すって言うことだぞ?」
ゼロギガが真剣な表情、目つきで俺に話しかける。
「わかってる、けどね、レンがそこにいるから結局は魔王を倒さないといけないんじゃないかって……
馬鹿だと思ってくれてもかまわない!」
そして言葉を続ける。
「それにね、勝てないと思ってる相手に勝ってみるのも、なかなか楽しいと思うよ?
強敵はあるけど、絶対勝てない相手はいないんだから」
俺は言う。
ゼロギガはふぅっと溜息を吐きながら、手を額へ持って行く。
「……なんでこいつらがこんなひょろひょろしたやつについていくのが分った気がするな」
「へへ、人徳ってやつ?」
親指を立てて、笑ってみせる。
場の空気が、一気に明るくなる中、レインとガルムだけが表情を曇らせていた。
魔族の王を倒すなんて言うんだ、魔族にとっては気持ちいいものでもない。
はっ、と気づいたようにレインが口を開く。
「なら、魔王様への道、シルフィティアへの道を教えねばなりませんね……」