第52章 シルフィティア
―時は満ちた―
頭の中で声が響く。
―我が野望、遂行せり―
大きな闇にうごめくそれは、低くくぐもった声を出していた。
そしてそれは、真紅の瞳をギラギラと光らせ、こちらを見る。
―王の復活だ、僕達よ、我に集え―


「…んー……」
気のない声を発しながら、テーブルの上にあるモーニングの目玉焼きの目玉を潰した。
変な夢を見たのである、しかし、その内容もあいまいな程度しか覚えていない。
「うめているなんてらしくないな、どうしたんだ?」
反対側に座っている竜人、エルが声をかける。
「変な夢を見たんだ、内容はあんまり覚えてないけどね」
「はは、お前、夢でそこまで悩むたちなのか?……謝るからそのナイフをこちらに投げようとするな!」
「ちっ、ま……エルの言うとおり、ただの夢ならふつーに流すだろうけど、ちょい気になってね」
「クレスは前にも変な夢見たってね?そっちの内容のほうはあんまり覚えてないみたいだけど」
「忘れっぽいんだね」
「ですね」
「……お前らな……」
レンの言葉にテット、師匠も口々に同意の言葉を出す。
そう言えば、レンは病気を治ったものの、左目の下に紋章のようなものが浮かんでしまったが……
特には害はなさそうだ。たぶん。
「それに、お前が見た夢の内容まで俺達は知らないぜ」
「さっぱり忘れたほうがいいのかもね……」

「世界が変われば魔法も変わるもんだな……」
隣町まで行くという荷車に乗せてもらい、のんびりと本を読みながら俺はつぶやいた。
「世界の中心となった世界じゃ、俺達の世界はちっぽけな一部にすぎなかったんだなぁ……」
「そうだな、大きな山脈に囲まれた大掛かりな結界、それがまぁ、外との流通を断ち切ったわけだが」
「魔族の本当の目的……それが見えないのよね……」
「目的……か……だが、俺達は魔族の作られた監獄とも言える場所で生活してたわけだ」
「そ、一番の謎はそれなんだよ」
エルが疑問の表情を浮かべる。
「というと?」
「わからない?魔族は監獄とも呼べる場所で殺戮を始めるわけでもなく、ましてはウィレッツ大陸じゃ魔族事態珍しく、人によっては脅威に思える存在なんだ」
パラパラと魔法書をめくる。
「その魔族が何もせず、監獄という自分達の手が届くとこで人の発展を見ていたことになる、それっておかしいと思わない?」
「まあ、世界の大戦だったか?そのあとに魔族が戦力を断ち切るために張られた結界って俺は聞いたけど?」
「大部分はそれであってると思う、だけど、魔族の目的は別にあるんじゃないかと思ってるのよ」
んー、とうめきながらエルは黙る。
レンとテットはもちろん聞いちゃいないが……
「もし……」
ウォルト、師匠がぼそりとつぶやいた。
「もし、別にあるとしたら、どんな目的だと思います?」
眼鏡を通して見える紫色と蒼色の瞳。
「自分の考えだと、魔族の餌、または神や精霊を見つけ滅ぼす。このどっちかだと思ってる」
「ほぉ……――!」
急に師匠が真剣な目つきで遠くのほうを見る。
俺とエルがつられてそちらの方角を見るが、特には変わったところはない。
「――来る!」
「え?」
俺が疑問の声をあげてると、師匠がこちらにむかって―
「飛び降りて!」
師匠の声に俺はとっさにレンを抱え、飛び降りる。
すると、荷車が大きな黒い爆発を起こした。
「のわっ!?」
爆風でより勢いがつき、思ってた地面より遠くへ飛ばされる。
「え?何……?」
レンがその光景を見て驚愕する。
今自分達が乗っていた荷車が跡形もなく吹き飛ばされたのである。
そして、空間から突然人の形をした者が現れる。
「誰だ……」
俺はレンを後ろに移動させ、対峙する。
「クレス!大丈夫か!」
エルがテットを抱えて、こちらに向かって走ってくる。
「エル!テット!大丈夫か?」
「大丈夫だよぉ」
いつもの調子のニコニコした顔でテットが答える。
『クレス、だな?』
男とも女とも区別ができない声だが、口調から性別的に男だと断定した。
「だとしたらどうする?」
『そうか、お前が………』
意味ありげな口調で男は続ける。
『まあいい、来てもらおう』
「やだって言ったら?」
『質問ばかりしていると、いい大人にはなれんぞ』
「おあいにくさま、魔族なんかに心配されるような人生送ってないわ」
「魔族に心配されてもしょうがない気がする」
レンがぼそりとつぶやいた。
「どこが!?ちゃんと人としての道を走ってるじゃん!」
「盗賊狩り」
「遺跡のお宝荒し」
「お山とかもふっ飛ばしちゃうよねえ」
「…………」『…………』
沈黙が辺りを支配する。そして、それを破ったのは魔族のほうだった。
『お前、どんな人生送ってるんだ』
「うるせ!」
『まあ、嫌だというなら、無理にでも来させる』
魔族がパチンと指を鳴らすと、魔族の元にレンが現れる。
「レン!?」
後ろを見るとレンがいない!
ふたたび視線を魔族のほうへ向けるとレンは掴まれてるわけではないが動けないでいるようだ。
「く、クレス……」
『明後日、シルフィティアにこい……』
空間の中に、魔族と、レンが消えていった。
俺は走って捕まえようとしたが、手は空をつかんだだけだった。
「レン!!!」