第50章 悪しき策略?
「アイザーン山脈か……」
レンとウォルトを抜かした5人は、山へと続く街道にいる。
アイザーン山脈、こっちへ来て多少文献を読んでみたが、ここには長所と呼べる長所が全くかかれてない。
それもそうだろう、アイザーン山脈は別名で「悪魔の山脈」と呼ばれているそうだが……
まぁ、文献といっても、詳しく書かれてるわけでもなく、尾びれ背びれが混じったような人の噂のようにあいまいな言葉しか書かれていなかった。
役にたたねぇっと思いながらも見ていたが、噂が広がりすぎているのか、ほとんどの人がその山脈の話をしようとはしない。
一部、話してくれた人によれば、強靭な肉体を持つ騎士と魔力を持つ魔道士が、山へ入ってずっと帰ってこなかったとか、悪魔になって帰ってきたとか、色々な返事がかえってきた。
そして、その異名を持つ山へ行く俺達は、レンを助け出しに……
街の人たちに話を聞いてみたら、白い犬の子を抱えた男が山のほうへ向かっていったと……
ずいぶん、話がうますぎるが……そこな気にせずに。
んで、現在にいたる。
師匠のほうは、たぶん……迷子になってると思う。
おそらく、町の一角で猫と話でもしてるんだと思う……そういう人なんだ、師匠は……
―こんど、まいごふだをつけようとおもいます まる
「世界の高い山ベスト10にランキングされてる山だな」
どこからか、エルがガイドブックを取り出し説明が入る。
「アイザーン山脈、別名で、悪魔の山脈……その異名を持つ理由は、山に入ったものは二度と帰ってこなかったや、魔族の仲間になってしまったとか、色々な噂が、この山を悪魔の山脈と呼ぶようになったのだろう。だってさ」
のんびりとガイドブックどおり読み、エルがぽんと、本を閉じた。
「よく、ガイドブックなんて持ってるね……」
「旅は楽しくしなくちゃならないだろう?」
「不謹慎って言葉知らない?」
「なんだそりゃ?」
『…………』
「ふきんしんってなーに?」
沈黙を破ったのは、テットが俺に服を掴んで聞いてきた声だった。
「ああいう人の事だ」
「迷わず俺を指すなよ……」
エルのつっこみを軽く無視し、俺は山へと目線を移す。
「行くぞ、レンを助けに……」
「だな……」
クリスの言葉に、軽く返事をして、俺達は山へと走っていった。
続く道は砂利道!岩道!獣道!
多少はしょうがないとは思ったが、ここまで続くと、上る気力が失せてくる。
しかし、誰も何も文句を言わずに進んでいく。テットなんか面白そうに進んでいく、途中でこけていたが……
そして、急に視界が開けた。
「……なんだこれは……?」
山頂へと続く、またも岩々が重なっている道があるが……
俺たちが言ってるのはそのことではない。
岩の陰に出来ている、ぽつんと開いた大きな穴……
ただの穴ならいいが、人工的に作られたように、柱が立ち、隠しているのかどうかも疑わしいぐらい目立つ。
「……さぁ……」
同じ思考を持つクリスも声に疑問の色が混じっている。
もしかしたら、わなという可能性もあるが……
いや、そのほうが手っ取り早いか。
「どうする?」
「待って、クリス……聞いたって俺と同じ事考えてるんだろ?」
「あぁ、おそらくな」
苦笑しながらクリスが黒い髪をいじりながら言う。
「考えても仕方ない! 正面とっぱー!」
そう言って、俺は洞窟に向かって走り出す。

闇に響く大勢の足音、湿った冷たい空気が自分の毛を撫でていく。
壁は綺麗に整備され、突き出している岩が、オブジェにも見える。
闇の奥へと続く道を見すえながら、俺達は走っている。
どれくらい走っただろうか、見当もつかない道を走り続け、全くゴールの見えない闇の奥。
―おかしい―
いくら人口に作られたとはいえ、曲がり道も、分かれ道も存在しない洞窟など……
侵入者対策として、分かれ道を枝分かれのように作っていくのは当然のような気がするが……これは……
俺は急に立ち止まり、後ろを振り向く。
途中から、音が消えていたのだ……自分以外の足音が……
「!!」
当然と言ったら当然だろうか、そこには俺一人で、ただただ長い通路を走っているだけだった。
この感覚は知っている。昔、魔族と戦う時、周りから援軍がこないようにか、空間に閉じ込める結界を作り、自分と、相手を一対一にさせる戦法。
「……こりは厄介だぞ〜……」
俺はゆっくりと前を向き、その場に座る。
いくら歩いたところで空間から出れるわけもない、ただ考えるだけである。
だからと言って、考えてどうにかなるような結界じゃない。
―音が聞こえた。
結界の外から来たのか、突然、音が響く。
鈴のような音が、足が地面につくタイミングと一緒に鳴り響く。
――いや、これは……
俺は立ち上がり、腰にさしてある、二つの剣を引き抜く。
洞窟内では、暗くて見えずらいが、うすく黒く濁った水晶で作られた剣である。
普通の水晶よりも、かなりの強度があり、鉄の床にたたきつけても傷すらつかない代物。
そして、水晶に含まれる魔力。最近まで使っていたオリハルコンと同様、魔法を消滅、倍増にすることができる。
睨みつけるような目つきで、俺は、虚空へと続く暗黒を見据えた。
あの足音は、一歩一歩、俺に確実に近づいている。
そして、闇から出てきたものは……人の形をしていなかった。
いや、昔は人だったと言えばいいだろうか?強靭な肉体、その色は気味悪く緑色で、髪の毛は数えるほどしか生えておらず、目は片方がなくなって、左目のみになっている。
『こんなところに、人が来るとはな……』
薄気味悪い声。
「あんた誰よ!」
『自分から名を名乗らず、相手に名を聞くとはな、無礼にもほどがあるぞ娘……』
「むす……あいにく、気味悪い人に名乗る名前なんてないのよね」
『小娘がでしゃばりおってからに……仕方がない、我が肉体の一部にしてやろう。ここに来た事を後悔するがいい!』
何が仕方ないのか、それは分らなかったが……ぶち倒していいってことだけは分かった。

戦いの決着はそう簡単につかなかった。
当たり前だろう、おそらく俺の今相手にしているのは、魔族である……
通路が多少幅広くて、何とか助かっている。
しかし、なまはんかな魔法じゃ、魔族を倒すことができない……
「アイシクル・レイン!」
『言葉』とともに魔族の頭上に氷柱を生み、雨のように降らせる。
――やっぱり手応えがない
魔族は氷柱の雨をもろともせず、こちらに歩み寄ってくる。
こちらの状況を楽しんでいるらしい……
俺は後ろに下がりながら、呪文を詠唱を始める。
口元で簡単な呪文を唱えつつ、腰にさしてある双剣を抜く。
そして―
魔族が動き出した!こちらに向かって手を広げ、その手から黒い触手のようなものがこちらに向かってくる。
うわ。気持ち悪。
「ライトニング・ヴォルト!」
唱えておいた呪文を触手に向かって発動する。
閃光と雷撃が扇のように術者から広がっていくそこそこ広範囲の魔法。ただ、人に殺傷性が弱いせいか、
あまり使うことが少ない、しびれさせるぐらいだったら使うかもしれないが……
まばゆい光が、黒い触手を襲い、なぎ払っていく、はずだった……
触手は雷撃を透り抜け、速さを変えないままこちらに向かって襲ってくる。
やっぱり、一筋縄じゃいかない!
俺は双剣を構え、触手と対峙する。
数本の触手が上下左右と襲ってくる。
これじゃあ後ろにかわすしかない!
力強く地をけり、後ろに跳ぶ。
虚空を突く触手は、左右の壁をぶち壊し、平然として見える。
これじゃあ消耗戦になってしまう。
呪文を唱えたままだが、双剣を触手に向かって斬りつける。
黒水晶が不気味に光を反射しながら、剣の軌跡をえがく。
―きぃんっ!
斬りつけた触手から、金属特有の音が響く。
打つ手なしか……
黒水晶でできた剣は、魔族を斬りつけられるはずだった、だけど、普通の魔族とは違う、なんだこいつは?
どでかい魔法は、ここじゃ使えないって言うのが一番痛いところである……
触手がまた俺に襲い掛かる前に、俺は後ろに跳び間合いをとる。
しかし、触手は俺に襲い掛かることなく、魔族も触手に命令するしぐさを見せない。
何かを感じたように、俺を見る。
『娘、今回はこれで許してやる……まさか、あの方の……ううむ…』
わけの分らないことを言う。
「見逃してくれるなら、こっちはこっちで嬉しいけどね……」
『あの方の目的を邪魔するのは、恐れ多いからな……』
あの方?恐れ多い?
しかし、質問をする前に空間が歪み、洞窟に吹き付ける涼しい風がまた肌に感じる。
元の空間に戻ってきたのだ、しかし、なんでまた魔族が人を見逃すのだろう?
疑問を感じながらも、剣をしまい、先へと進む……

自分が空間に閉じ込められているときに、先へ行ってしまったのだろう。
結構、みんな冷たいのね。
走っていく音のみ響き、いつまで続くのか分らない洞窟を進んでいく。
そして、一つの大きな部屋に出る。
「……なんかありきたり……」
部屋に装飾はなく、ドーム状にできているその部屋は、洞窟とは思えない作りである。
部屋に入って、少し歩いたぐらいだろうか、突然扉が閉まり、帰り道と進む道が閉じる。
振り向き、逃げ場を失ったことを確認する。
罠か……?
進む道へと視線を戻した先に、人が立っていた。