第49章 道標
静かな時が流れている、昨日の争い事は嘘の様に、街の人たちはそれぞれの行く先に歩みを進める。
空を見上げると、とっくに頂上まで来ているお日様が強い光を与えてくれる。
結局、俺は見ているしかできなかった、魂と言うか、姿と言うか、どう言う仕組みなのか分からないが、
―俺と魔族が入れ替わっていた。
そんなことを考えながら、俺は宿屋の窓から市場へと続く道をずっと見ている。
一度離れた体に、慣れるのにそう時間はかからなかった。
―まあ、あの二人のおかげと言うべきか……―
俺は、昨日のことを思い出す。
クリス、そして、グレン……
何故クリスとグレンが、そう思っていたが、謎はすぐ解けた。
俺が定期的に送った資料等で、レンの病気についても送り、二人がそれを目を通し、二人で俺たちを追ってここまできたそうだ。
ずいぶん、根気がいる作業である。
単純に考えてみよう、資料のみで知らない土地に、数人の旅人を追って旅をするだろうか?
もしかしたら、入れ違いになったり、もしくは情報がなく、あたりを見渡す形になったりする可能性もある。
まあ、今回は運良く俺たちを捕まえたようだが、そんなことが度々起こるはずがない。
ともあれ、実際に二人が今ここにいるのだ。

「なんで?」
俺の第一声がそれだった。後ろにいる二人の気配はあきらかに困ってるような気配を放つ。
「何でと言われてもなぁ……」
困ったように言うクリス、その横で、グレンも同じように困っている。
部屋には俺達以外いなかった。レンとエル、テットは市場のほうへ行ったようである。
あんな事があったのに、のんきというか……レンの場合じゃ、行っておかないと落ち着かないんだろう……
「俺がここにきたのは、レンの病気を治そうと思いまして……」
その言葉に、俺はグレンの方に振り向いた。
「冗談、じゃないよな?」
静かに俺がもう一度聞くと、グレンがうなずく。
「クレスは、ハザード=インレイルというものを探しているんですよね?」
こつこつと、グレンがローブを引きずりながら俺に近づく。
「それが俺……いや、私だったら、どうします?」
一人称が変わり、グレンの瞳がいっそうに真剣な光を放っていた。
俺は少したじろいながらも、グレンの瞳をじっと見る。
そして、グレンの前に2本指を立てた手を突き出し――
「ならふたつ……二つほど聞きたい事がある」
「なんなりと」
グレンがにこやかに言う。
「あんたはどうして、ウィレッツ大陸、俺達の大陸にいたんだ?
出会った時も、この大陸と俺達が住んでいた大陸には……封印の結界がかかっていただろ?
どうしてなんだ?」
「私も不思議でした、しかし、ある意味この杖のおかげ……」
そう言って、俺に向かって杖を差し出す。
先にある赤く燃える様な宝石は、綺麗に輝いていた。
「私もよく知らないんですよ、この杖の事を……しかし、私が気づいた時には、あの大陸の中でした」
「つーことは、結局分からないんだな……んじゃ、次の質問……
何故あんたは100年も生きてるんだ?」
昔からだが、気になっていた事……
聖都市ウィルディで、初めて歳を聞いたが、100年も生きつづける人が、こんな若々しくないと……
だからと言っても、傷つけば倒れ、死にゆく……邪竜との戦いの時も、グレンは一度息を引き取った。
「呪い、ですかね……」
グレンが、上に着込んでいるローブを脱いだ。
「――ッ!」
俺は絶句した。グレンの体には、獣毛、そして、肩から腕にかけて、獣毛は抜けてかわりに印が刻まれていた。しかも、両腕に。
黒く刻まれているその印は、俺も見た事ないものだ。いや、全く知らない物、のほうがいいだろう。
「なんなんだ?それは……」
「死の刻印……を逆さにした印ですよ」
「何故そんなものが?」
少し空気が重くなったのを察し、グレンがいつもの口調で話す。
「俺も知らないときに、突然浮かび上がってきた印です。
死の刻印は、健康状態のものが突然倒れる刻印、しかし、その逆は不健康な体をもちつつも、死に強い刻印、生き地獄な物ですよ」
苦笑しながらグレンがローブを着る。
しばし沈黙――
「おい」
沈黙を破ったのはクリスの声。
「レンを助けるんだろ?こんなとこでぼやぼやしてて良いのかよ?」
「あ、あぁ……」
返事をしつつも、俺はグレンを見る。
グレンの中に、ハザード=インレインを見た気がした。
レン達を探しに宿を出て、しばらくして、エルとテットがこちらに向かって走ってきた。
次の瞬間、俺の予想に反した言葉を発した。
「レンがいなくなっちまった!」
と……