第48章 偽者どれだ
闇の空にぽっかりと天を支配する満月、その光が木々を葉を縫い、射しこんでいる。
困りに困ったことがあったそんな夜、俺は宿へ帰れずにいた。
今の自分は、闇が森を支配している、そんな色と同じ色。
つまり、自分の姿がないということだ。のんびりと話しているがこれでも困っている。
手をかざすと、満月の色を隠し、黒い影ができる。
あれからどうなったのか、俺は何故こんな姿をしているんだろうか・・・疑問が頭をよぎる。
魔族の本当の恐ろしさを知ったのは今日かもしれない。
あの後、俺の本当の姿は、魔族に盗られてしまった。名前も、姿も・・・
「さ〜て、どうするか・・・」
冷静を装いつつも、俺は魔族が住む、あの塔を見る、今ではものけのからである。
魔族の向かう先は、たぶん俺の仲間がいる宿、そこで襲われる可能性があるが、今の姿、名前を盗られた状態では何もできない。しかし、どうやら装備までは真似しかできないようだ、黒く塗りつぶされている自分の腰あたりに剣があるのがわかる。
しかたなしに、俺は仲間がいる町へ向かう、少し離れた場所にあるその場所はほんの数分で着くぐらいの距離であるが、町と町では隔離されている。
しかし・・・魔族の対策が思いつかない。何故俺の姿名前を盗るのだろう?
ふと、こんなことを思った。
―俺は誰なんだろう・・・?
普通の人なら変な人の一言でこの疑問は吹き飛ばすであろう。
これが、名前を盗られたという確信である。
しかし、知っているが、言えないってとこだろう。
「時間が無いことだし、やっぱし飛んでいくか・・・レビテーション!」


「クレスって、明日帰ってくるんだっけ?」
レンが窓の外を見ながらそう言った。時刻は夜中、満月が空に顔を出している時。
「そう言ってたけどな、ま、どっかで盗賊でも遺跡荒らしでもしてるんじゃねえの?」
「また遺跡荒らし・・・。クレスはそう言うのが好きだよね・・・」
「まぁ、あいつの趣味みたいなものだからな」
どんな趣味だ!とつっこむやからもいるだろうが、誤解せぬように、俺は単にちょっぴり盗賊からお宝を巻き上げて、ちょっぴり遺跡からお宝を盗って、ちょっぴり換金しちゃったりなんかしてるだけである。
魔導師にとってはこれは娯楽でもあるのである。俺の周りでは一般的である。
「クレスもこりないよね・・・まぁ、こりたことないけど・・・」
「悪人とかそういうのいじめるの好きだからな・・・」
レンとエルが苦笑じみた口調で口々にそう言う。
レンが外の空気で冷たくなった窓ガラスに手をついて、外を見る。
落ち葉が風にゆられ、暗い町並みへと消えていった。
「え……」
レンの口から小さく声が漏れた。
「ん?どうした?」
テットの服を持ちながら、エルはレンと一緒に窓の外を見る。
しかし、そこには冬の町であるように、落ち葉や小嵐が吹いているだけであった。
エルは、じっと外を見るレンを見て、首をかしげながらテットの服をたたみはじめた。
「クレス……」
レンは、水の精霊石を自分の白い毛が覆っている手で握り締めて祈った。
バタンッ、と勢いよく部屋の扉が開けられ、レンとエルが扉の方へ振り向いた。
「クレ・・・!・・・ス・・・?」
レンは彼の名前を呼ぼうとしたが、それをやめた。
真紅の髪に瞳、紅く光るその目は見ただけで熱くなりそうな目をしている。
彼の獣毛は灰色で、光に当てると銀色に光りそうである……
しかし、いつもの俺であれば、レンは名前をしっかり呼んでいただろう。
レンには、何かが違うと感じたのだ……
「遅かったな、クレス」
エルがテットの服をたたみ終え、彼の方へ歩き出す。
「すまねぇ、いろいろあってな……」
エルに応える彼の笑いは、俺と同じ笑い方である。
「……クレス……?」
「おぅ?どうした?」
「……クレスじゃない……誰!」
レンが背中に壁をついて、引き出しの上にのっている剣に手をかける。
その反応に彼とエルは驚いたような反応をし、エルはレンを止める。
「お前、どうしたんだ……」
「クレスじゃない、アレはクレスの姿をした別の人物……」
「別の人物だぁ……?」
エルは彼の方をじろじろと見つめて――
「でも、あいつは見た目は女性に間違えられ、体が細いから弱いと見られて、遠くから見ると清楚な女性っぽく見えるからよく男にナンパされて……」
……………………
獣油で燃えているロウソクがゆらゆらとゆれ、辺りの光が空気をよりいっそう暗くする。
「ヨクワカッタナ」
俺の声で、そいつはレンに答えた。
次の瞬間、爆発が宿を襲った。

夜にきらめく光は、月の光だけじゃなかった。
紅蓮に燃える炎、光に反射してうつる氷の表面。
それは赤く、青く、光を生み出す。
その光を作り出しているのは三つの影、一人はレン、一人はエル、一人は、『俺』……
街の中であるからには、レンとエルは、まともに戦えない、しかし、『俺』は容赦もなく攻撃魔法を繰り出している。
本当なら起きてるはずの街の人たちは、実は起きているが出てこれないのだろう、誰も文句を言わず、誰も加勢せず、レンとエル、『俺』は攻防を続かせていた。
勝敗は見えていた、まともに戦えない、レンとエルでは、倒すことは不可能に近い。
そして、『俺』のほうは、容赦なく大技を繰り出す。
レンは、呪文を詠唱しながら、裏路地へと走って行く、敵は上、しかも俺に似た敵、戦いにくいだろう。
―と、次の瞬間、月の光に影ができた。
上を見上げてみると、『俺』が放った火炎球が飛んでくる。
とっさに、唱えていた魔法を発動させる。
「炎封滅殺!」
レンの頭上に、紅い魔法陣が生まれ、それが盾となり炎がレンを避けるようにして広がっていく。
「フリーズ・アロー!」
エルの声が響いた。
『俺』にむけて放たれた氷の矢は、あっさりと避けられ、虚空へと飛んでいく。
氷の矢を避けた瞬間、エルに向かって、暗黒とも呼べる、黒い球体がこちらに向かって飛ぶ。
―まともに受けたら無事じゃ済まされない!
思った時は遅かった、左右と後ろに壁が詰まっていて、避けれるところはない!
これまでか、とエルが諦めた瞬間。
黒い球体は、音を立ててはじけた。
『俺』もよく分からないような顔をしている。
「街中で暴れるとは、ずいぶんとやってくれるじゃん」
声が空に、街に響いた。
「ダレダ!」
『俺』が声を上げる。
レンが空を見上げると、中天に浮ぶ月に、人影が見えたような気がする。
「それはクレスの体だろ?お前には必要ないはずだ」
それは、屋根の上に降り立つと、黒い髪をなびかせ、黒い服で身を包んでいた。
そのシルエットには、見覚えがあった、かつて、同じ大地で敵対して戦っていた。
漆黒に染まった黒い髪に、瞳、顔立ちは変わらず、能力が本人よりもずば抜けている。
「……ひさしぶりだな、レン」
クリスの姿が闇夜に浮んだ。

勝負は一瞬だった。
クリス、はたまた『俺』が一気に詰め寄せ、クリスは飛び、『俺』はそれを追いかける。
クリスがにやりと笑う、『俺』もそれに気づいたのか、びくりと体を振るわせる。
瞬間、クリスの目の前に黒い魔法陣が生まれ、『俺』の体に魔法陣が埋め込まれる。
「グアアアアアアアァァァァァッ!」
『俺』の断末魔が夜空に響く。
すぅ、と俺の体は地に向かって落ちていく。
地面に叩きつけられなかった、エルがちょうど下に待機していたようで、俺を受け止めてくれた。
意識を失った俺を。
そして、この場に、俺と、俺の体、そして、クリスが立ち会わせた。