第4章 Memory!出来事は突然に?
いつもどおりの静寂の中、時々ではあるが、これが飛行する物の中にいることを忘れてしまう。
僕は自分に与えられた部屋の中で時を過ごしていた。
今の夕暮れの太陽が水平線へと消えていく時刻、そろそろ夕ご飯時みたいだ。
ええっとそういえば、ちなみにこの船はころころと名を変えている。
この前は『イリアス船大吾朗号』なんて名前だったが今は『インフェニティブレイカー』なんていう名前になっていたりする。
まあ、イリアスの気分しだいで名前の変わる船だったりするのだ、正式名称はまだ無いと考えたほうがいいかもしれない……
そろそろ呼ばれることをふまえて、僕は軽装のまま部屋を出た。
金属を軽く叩くような足跡が響く、といってもそれほど大きな音ではない。
通路を抜けて、曲がり角を曲がり、階段を上ると20人は収容できそうな大食堂に着いた。
時々、どうやったらこんな大きなものが入るのか聞きたいぐらいだが、イリアスに聞いたらおそらくこう返ってくるだろう。
『そんなの簡単なことよ、むしろこれ以上小さくするほうが難しいわ』
まあ、想定のうちでしかないからそのうち聞いてみることにする。
「よう、レンか」
カウンターのような場所で座る少し……いや、だいぶ太った銀髪の狼、一応、メンバーの中でリーダー役になっているアレク=レグリアム。
彼の左目とその下に描かれた模様がこの団のシンボルとなっている。<
前歴を聞くと前に盗賊なんかやってたようなことを聞いていたのだ。まあ、この船の乗組員がアレクの部下となっているようだけど……
片手をあげて挨拶をするアレクに、僕も手をあげて返す。
「アレク、僕が部屋に入ってからもずっとそこにいなかった?」
「いやぁ、腹が減ってしまってな、軽く飯を食べようとしたのだが……」
はぁ、とため息を吐く。
「イリアスに止められた……?」
苦笑しながら言う僕にアレクは重々しくうなずいた。
この船の財産管理は主にイリアスが握っているので、使用される食材も燃料も支給される給料、まあ小遣いのようなものもイリアスの許可が無ければ何も出来ないのである。
まあ、大概は許してくれるはずなのだが……どうもアレクには厳しいらしい……
「レンよぉ、イリアスに言ってくれぇ何で俺だけいじめるんだあいつは」
若干涙目になって言うアレク。
「まあ、愛情の裏返しみたいなものなんじゃない?」
あんまり確信はしないが、自分はおそらく愛情の裏返しだとは思っている。
イリアスとアレクは僕達と知り合う結構前から二人で旅をしていたとも聞いている。
なら、やっぱりアレクをいじめるということがイリアスにとってはコミュニケーションの一つなんじゃないかな、と思ってたりもする。
「口には出さないけどね……」
「なんじゃ?」
「ううん、なんでもないよ」
「なんだお頭、また戻ってきちまったのか?」
アレクの隣の席に座るとカウンターの奥から爬虫類……ワニの獣人種のおじさんが顔を出した。
僕はこの船に乗るまで、会うのは初めてなのだが、僕の住んでた大陸にもいたらしいが……
そんなことを話していたら残念な顔をされたからちょっと申し訳なかったかな。
バンダナを巻いたおじさんにアレクはやっと声を搾り出すかのように。
「何度行っても同じだ、『この船であんたの食費が一番かかるんだから我慢しなさい!』だとさ……まるで親か何かのような言いがかりじゃ、酷い……」
あー、テーブルに突っ伏しているし……
「まーまー、水分はくれるぐらいまだいいじゃねぇか、っと、レンの坊主はなにか飲むか?」
「んー、僕はアイスティーがほしいかな……ちょっと体が火照っちゃって」
苦笑しながら話す僕に、おじさんは顎辺りを撫でながらニヤニヤしていた。
「火照っちゃって……ねぇ?」
「火照っちゃって……のぅ?」
「う、別になんか……そういったものじゃなくて……と、とにかく体が温まっちゃったから冷やしたいの!」
へいへい、と笑いながらおじさんが厨房の奥へと消えていく。
ふぅ、と落ち着いてテーブルにひじをつくと――
「それでどうじゃ?イけたか?」
「今終わったんじゃなかったのその話!?」
元盗賊達っていつもどんな生活を送ってきたんだろうと、少し疑問に感じてしまうが……数日過ごしてしまえば、だいたいどんな生活を送ってきたのかが予想できてしまう。
しばらくして、おじさんが奥からコップを持って出てきて、僕の目の前に置く。
「レンの坊主は砂糖とかいらなかったよな?」
「うん、大丈夫」
そういって僕はコップに口をつけて飲む。
「お頭も何か飲めばいいじゃねぇか?」
「いや、俺は飲み物よりも食い物がほしい……」
「……少しはお腹満たされると思うよ……?」
でものぅ、としぶるアレク。
まあ、ここの収入がある程度いらないジュエルを売ってまかなってるもんだから、あんまり使えないことは事実ではあるが……
そもそもジュエルはこうやって集中的に探してみないと、一般的な人にとってはかなり珍しい品物。
いらないジュエルだからといっても、そのジュエル自体に魔力が篭ってるからということで高値で取引されている。
自分の今セットしてあるジュエルを売るとしたら、おそらく一生遊んでいても暮らしていけるほどのお金になるはず。
そう考えるとなると、いらないジュエルだとしても極貧生活を送ることはないのだ、今現在飲み物なら飲み放題なのはそのせいだと思う。
ただ、食べ物まで食べ放題にしたら……
「……ん?なんじゃレン?」
「あ、えっと、なんでもない……」
すぐに底尽きるだろうなぁ……たぶんそのせいで決まった時間の食事なんだろうけど……
「あ、みんな〜!」
後ろから昔から聞く声を聞いて僕は振り向いた。
縞模様が本来なら強そうに見えるのだろうけど、今の彼には可愛らしさに見えてしまう。
「やぁ、テット!」
「もうご飯の時間過ぎちゃった?」
ちょこんと椅子に座る。
「いや、まだそんな時間になってないよ」
「むしろもう飯を出してくれ……」
後ろから悲痛な声が聞こえる。
「ほえ?そっかぁ、まだだったら良かった!寝過ごしちゃったかと思ったよ〜」
「……って今まで寝てたのテット!?」
「お昼寝してたらほわわ〜んって眠くなっちゃって寝すぎちゃった」
てへっと頭をかくテット。
「コトラは何かいるか?」
「え〜っと……僕はオレンジジュースで!」
「あいよ」
そういっておじさんは奥へと入っていく。
おじさんはテットのことを『コトラ』と呼ぶ……それはなんでか聞いてみたところ、そのまんまの呼び方だったらしい。
子供の虎、だからコトラと呼んでるようだ。
まあ、テットって呼んだほうが早い気がするが……本人とテットも気に入ってるようなので何も言わないでおく。
そんなこんなで夕食時、この時間帯が一番人が集まる時間である。
といってもほとんどがアレクのしもべというか、盗賊の仲間である。
船を操作する者以外ほぼすべての人がここに集まってくる。
当然のことながら、イリアスもなにやら難しい顔をしながら、僕達が座っているカウンターへと近づく。
「やあ、イリアス」
「ん?あぁ、レン……ってみんなおそろいね、ちょうど良かったわ!」
「ほえ?どうしたの?」
テットがジュースを飲みながらイリアスのほうを向く。
イリアスはアレクの隣のイスに座ると適当な飲み物を頼んで持っている紙を僕に渡してくる。
「ティアランクって街でちょっとしたイベントみたいなものがあるのよ。ただのイベントなら興味がまったくわかなかたんだけど……」
どうもそれに書かれているのはお祭り開催のお知らせであった。
その中での催しなどを書いてあり、その一つにこんなことが書かれていた。
―あなたもレースに出て賞品ゲット!プロ・アマ問わずに参加できます。ぜひ参加してみてね♪―
「レース?」
「そ、レース!」
「えっと、それが……?」
イリアスが人差し指を一本立てる。
「つまり、そのレースに参加して賞品をゲットすればいいのよ。もちろん賞品はジュエルじゃないけど、その賞品ちょっと必要なんだけど……優勝賞品のみらしいのよ、だ〜か〜ら〜、あんた達がレースに出場して優勝してきてほしいのよ!」
相変わらず突然……
「いきなりだな……」
カウンターに突っ伏しているアレクがコップの奥のほうにある氷を取りながらぼそりと言う。
イリアスはアレクの頭に手を置いて全体重をかける。
「痛いイタイイタイイタイイタイいいいぃぃ!?」
「あー……イリアス?流石にそれは痛いからやめておこ?ね?」
「しょうがないわね……とりあえず、このレースに出ることは決定しちゃってもいいわね?」
僕はテットと顔を見合わせ、いつものごとく口を開く。
「僕はかまわないよ、といってもイリアスはイヤっていってもきかなそうだしね」
笑いながら言う僕に満足そうにイリアスが笑みを浮かべる。
「決まりね!ちなみにレースは明後日だから、明日の昼にはその街に着くはず。前日から普通のお祭りみたいな行事はやってるみたいだから、街を見学するのもいいわね」
むしろお祭りのほうを期待していそうなんだけど、たぶん気のせいではないだろう。
明日……かぁ……
「とりあえず、飯ぃ……」
ずっと机に突っ伏しているアレクが弱弱しく呻いていた。