酔った身体に潮風が心地よい。
 
 漁師の父と兄達は上機嫌だった。
 
 「頭ばかりのお前にしては上出来だ」
 「今年は、いやずうっと魚に困ることもない」
 
 焼酎焼けした顔をますます赤く腫らして呑み騒いでいる。
 
 大学を卒業してから3年。
 小さな島では、たとえ教職についているわけでなくとも、教員免許は有り難がられるようだ。
 地元網元の家庭教師に雇われ今まで食いつないできた。
 身体の弱い私は漁師には到底なれなかったし、たくさんの生徒を抱えて右往左往する生活も望んでいなかった。
 
 そこに網元からの縁談の話。

 相手は網元の娘「九頭 竜子」(くとう たつこ) 
 真夏でも分厚い膝掛けを乗せ、学習机から動いた所を見たことがない。
 無口だが、指に触れるとホゥと顔を赤らめ、下を向いてしまう、そんな娘。
 不自由な娘の為に、網元や地元漁協に逆らうことができない父を持つ私に白羽の矢を立てたのだろうか。
 
 縁談とは思いもしなかった。
 家で肩身の狭い思いをしているよりは幾分か顔も立つものかも知れない。
 獄中で囚人が感じる安堵とは、このようなものか。
 
 ふと、黒く波立つ海に呼び声を感じる。

 「先生〜〜〜!スマ先生〜〜〜!」
 
 今まで聴いたことのない黄色く、澄んだ呼び声
 
 「竜子君!こんな夜中に何を!上がりなさい!」
 
 いつもと違う彼女の様子に戸惑いがあるのか、口から出た言葉に幾分かの荒い語気。
 普段、部屋で見る彼女の顔とは全く違う、生気に満ち溢れた美しい少女の顔。
  
 口元に薄く微笑みを浮かべ、少女は夜の海へ身を沈めた。
 自分が泳ぎが不得手であることを忘れ海へ飛び込んでしまう。
 あっというまに上下が判らなくなり、水を吸った服はまるで鉛のようだ。
 
 海面の白い月がはるかに高い場所にある
 そのことに気が付き諦めが頭によぎる
 
 フワリ 身体の軽くなる感覚。
 
 白く美しい「何か」が私の身体を抱き寄せ、月に近づけてくれる。
 
 「先生、勉強ばかりじゃなくて、泳ぎも覚えないとね。私のお婿さんになってくれるのでしょう?」
 
 白い月に照らされる少女は屈託なく笑った。