人形師の父が鬼籍に入った

 親族会議の議題は「僕に交際相手がいるかどうか」であった。
 遺産の分配などに関係があるのだろうか。
 
 27にもなって一人身とはなかなか言い出せず、テキトウに受け答えをしていると、叔父が懐から厚さ1センチほどの封筒を取り出した。
 
 手切れ金とのことだ。
 
 特別な相手はいないが、このようなことを勝手に親族に決められてしまうのは気持ちが悪い。
 
 訝しがる僕に、祖父が眼をしょぼしょぼさせながら口を開いた。
 
 
 「婚約者がおる。お前には。」
 
 さっと、辺りを見渡す。
 親族は何故か眼を合わせようとはしなかった。

 父は人形師であった。
 この地方に伝わる「犬とり」という儀式の為の人形を作り、生計を立てていた。
 後で知ったのだが、父の作る人形は非常に高価なもので、外車二、三台分位するものもあったのだそうだ。
 
 狐の嫁入りだとか、イヌガミツキだとか、よくは知らないのだが、家の長男と「神様」を婚姻させ、その家を繁栄させる・・・・・とかなんとか、胡散臭い因習だと思っていた。
 
 続いた叔父の言葉によると、僕の婚約者というものは、どうやら・・・・
ソレなのだそうだ。
 
 父の遺作にして最高傑作
 
 「白姫」(しろひめ)
 
 唖然とする僕をよそに、ソレが運ばれてきた。
 白い前掛けのようなモノを身に着けた、美しい少女の人形。
 しかしよく見ると鼻や耳などが人のソレとは違い、おまけに尻尾など付いている。


 部屋に「白姫」と僕を残し、親戚一同は「離れ」に議場を移した。
 
 寝息が聞こえてきそうなほど、みずみずしく、その肢体は艶めかしさを讃えていた。
 
 人形とは、思えない。

 寡黙であった父が、どのような思いでコレを作ったのだろうか。
 
 葬儀の準備などの疲れが出てきたのだろうか・・・・・・。
 瞼は重く、身体はフワフワと頼りなく揺れている。
 ふと、手の甲に何かが触れるのを感じた。細く、滑らかなソレは少女の指を思わせる。
 
 夢心地のままその感触を楽しんでいると、耳元に囁きが聞こえる。
 
 「ふつつかものですが・・・・・・これからよろしくお願いいたします・・・・旦那様・・・・・」
 
 はっと眼を覚ます
 白姫が身体を僕に預けるように座っている。
 
 何がおきたのか、親戚一同の悪ふざけなのだろうか。
 
 すう、と何かの開くような音
 
 白姫の目が開いていた。
 眼と眼が合う。
 花のような唇の両端がゆっくりと持ち上がる。
 
 美しい笑顔だった。