アスファルトがあまりの熱にとろけて靴に張り付いてくる。学校指定の冴えないスニーカーなので構いはしないのだが、それにしても歩きにくい。一歩歩くごとににちゃにちゃと、ガムを踏んでしまったような気分になるし。暑い。
 隣の木山もかなりひどい状態だ。口の端から涎が垂れているのに気付いていないみたいだし、足取りはしっかりしているものの、どうも初心者の竹馬と動きが似ている。この暑さ。同じ猫系でも、ベンガルで短毛種の私より虎人の木山はもっと辛いんだろう。
「木山、生きてる?」
「死んでたらこうして歩いてねーだろ」
「そーね……」
「なんつーか、あれだ、強火」
「分かる。分かるけど暑くなるから言うな」
「俺も今言わなきゃよかったって思った」
「言うなー……」
 ふらふらぐだぐだ、私たちは坂を下る。いつもは楽な学校から家までの道のりが、こんなに遠く感じられるなんて。木山の家は私の家より更に遠いから、この苦しみが長く続くことになる。暑い。暑い、考えるだけで暑くなるが、考えなくてもどっちみち暑いのだから、暑い。
 毛皮を通り越して制服まで汗でじっとりと濡れている。洗濯しないといけないだろうか。さっきから自分の匂いが嫌に鼻を占める。ああ、汗臭くて恥ずかしい。木山だって汗臭いしお互いさまなのだけど、雌が雄に体臭を嗅がれるとか恥ずかしいのだけど。熱で木山の鼻とか頭がやられているといい。熱い。
「あ、そうだ」
 木山はぽんと手を叩くとカバンを漁り始める。汗がぽたぽたと垂れて中の教科書やノートに染みていた。それらを押しのけて、木山のおっきな手がカバンの底から細長い布の包みを取り出す。折り畳み傘。
「雨降ってないよ木山」
「知ってる。ほら日傘とかすれば涼しいんじゃね?」
「あれただのお洒落だと思ってたんだけど」
「いや涼しいんだよきっと」
「そうかな」
「やらないよりましだって。だって日陰だぜ? 歩く日陰だぜ?」
「そうか日蔭か。日陰が歩くのか。ごめんよく分からない」
「よしやってみよう」
 ぐにゃぐにゃうろうろ、私たちは坂を上がる。家はまだ遠い。木山はほんとに折り畳み傘を広げた。広げたときに起こった風がちょっとだけ涼しい。尻尾が汗で濡れて重たいが、もう振りまわす気にもなれない。暑い。
「どう?」
「まだ分かんね」
 横から見ていると木山がけっこう頭おかしい人に見える。かんかん照りの下汗だくで傘をさす雄。もうちょっと筋肉付けたらかっこよく見えるだろうか。多分見えないだろう。まったく、木山も残念な雄だ。わりといい奴なのに。
「あ」
「どう?」
「涼しくなってきた気がする」
「マジで」
 そう言われると羨ましくなってくる。そうか日蔭か。涼しいに決まっている。
「よーこーせー」
「駄目」
「なんで」
「涼しいから」
「いーれーてー」
「駄目」
「なんで」
「狭いから」
 木山がこんなに冷たい雄だとは知らなかった。どうせ冷たいのなら周りの空気を冷やすくらい冷たければいいのに。ああ冷たいものが欲しい。なんでもいいから冷たいもの。冷えた缶ジュースが売っていたら千円くらいは出してしまいそうだ。この通りには自販機が一つもない。坂ばっかりで歩きづらいくせに。
 暑い。暑い。熱い。まるでなにかのおまじないみたいだ。ノウミソをくちゃくちゃにとろけさせてしまう魔法のことば。ああ、なんて熱いんだろう。頭がどろどろに溶けて、体がじゅくじゅくに溶けて、今ここにいるのが私なのか、私でない私なのか、ぐずぐずに混ざって、分からなくなる。
「ねえ木山木山」
「どうした」
「にゃー」
「……」
「かわいい?」
「……」
「にゃー」
「……」
 木山スルー。そうか私はかわいくないのか。だらだらと汗が体を滴り落ちる。暑い。熱い。
 と思ったら木山が傘に入れてくれた。
「いいの?」
「いいよ」
「いいんだ」
「いいんだよ」
 つらつらくらくら、私たちは坂を下る。家までは後少し。この坂を下って、もう一度坂を上がれば家に着く。見上げた坂の下は陽炎でぐらぐらと揺れている。このまま歩いていても永遠に辿り着けなさそうだ。ああ、なんて遠いんだろう。暑い。熱い。熱い。
「そうだ木山」
「なんだ」
「私の家で涼んでいきなよ」
「いいのか」
「いいよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 冷蔵庫の中には確か冷えた麦茶があったはずだ。どれくらい分けてやろうか。半分ではなんだかかわいそうな気もする。雄だし、私よりたくさん飲むに違いない。でも全部飲まれてしまうのは困る。どうしようか。どうしよう。
 麦茶のことを考えただけで渇きがぐわっと大きくなって私にのしかかってきた。口の中は信じられないほどからからになっている。舌が動かせない、空気ががさがさする、歯茎が痛い気さえする。かさかさになった鼻を舐めようにも肝心の舌が渇いているのではどうにもならない。
 ふと、気がついた。
 熱いのは木山だ。
「ねえ木山」
「雛川」
「熱いね。熱い」
「雛川」
「うん」
「お前の匂いってさ、いいな」
「やめんか」
 つっこもうとした手はがぶりとおっきな手に掴まれてしまう。傘が道路に落ちてかこんと言う。背中に逞しい腕が回されて引き寄せられる。落としてしまったカバンの中でペンケースがかたんと跳ねる。硬い胸板に押しつけられて木山っていい体してるんだと知る。熱に焼け焦げた瞳で覗きこまれて、もとめられていることにきづく。
 なるほど、とおもったら、キスされていた。
 じゅぷ、と分厚い舌が入りこんでくる。でぃーぷだ。ざりざりした舌が牙を歯茎を頬を探って唾液を残していく。あまり探検されてしまうのも嫌で、でもいてほしくて、舌を伸ばしたら絡め取られてしまった。ああ、舌まで大きい。
 舌を弄ばれている間にも木山の唾液がどんどん流れてきて私をおぼれさせる。だってそうだ、私の方が背が低いんだから。腕は勝手に逞しい背中を抱きしめかえしている。気がつけば立っていられなくて足まで絡めていた。
 口の中に溜まった唾液をごくりと飲みこむ。私とは違う熱をもったものが私の中を落ちていくのが分かる。木山の熱は私の肉体をさんざん熱でいたぶった後、じゅんと切ない疼きを残して股から染み出た。
 ふと、気がついた。
 熱いのは私もだ。
 熱くて、熱くて、もう一つの熱を求めて、止まらなくなっている。下着を濡らしているのは汗じゃない。滴となり股を伝っているのは私の熱だ。
 家はすぐそこだった。

 玄関に入るなり押し倒された。のしかかられて押し潰されているのに、制服越しに胸が床に押しつけられるのさえ気持ちいい。乱暴にスカートをめくられて下着をずりおろされる。粘液が糸を引いて床に垂れるのが股の間から見えて、私は心底欲情しているのだと思い知る。
 今の私は上半身を抑えつけられたまま腰だけを突き出すような格好になっている。本能が教えてくれるもっともシンプルでやりやすい方法。かちゃかちゃと金属音がしたかと思うと、私の入口に木山が押しつけられた。こんなに熱いのに、自分の熱じゃないと分かる。ああ、なんて熱。壊されてしまいそう。
「みゃん……」
 柔らかい肉の表面だけを擦られて、尻尾を逆立ててしまった。二度、三度と繰り返されて私は悲鳴をあげてしまう。そんなやわな、穏やかな熱では足りない。私たちが欲しいのは、もっと、もっと、激しい熱でしょう?
 いくら待っても、木山の熱は擦りつけられるばかりで、一向に私に入ってこようとしない。ふりかえると、牙を食いしばって、とても怖いかおで、でも困ったかおをしている木山と目があった。
 ああ、私への入り方が分からなかったのか。木山もいっぱいいっぱいなのだな。私よりずっと、いっぱいいっぱいなのだな。
 いいよ木山。私の初めてを君にあげる。ちゃんと開けてあげるから、好きなようにしたらいい。
 右手で捕まえると、雄は怯えた動物のようにびくんと跳ねた。ぬらりと私の手から逃げていこうとするそれをしっかりと握って逃がさないようにする。駄目だよ、大丈夫。私の中に入りたいのなら、黙って食べられなさい。
 いつも一人で愉しむ穴に熱をそっと押しつける。おずおずと進んでくる木山が入りやすいように、腰を高く上げてやる。
「にゃうっ……」
 今まで指しか入ったことのない場所を桁違いの大きさを持った熱くて硬い雄が押し広げていく。苦しくて、辛くて、けれど、奥底に近づかれるごとに毛の一本一本まで何かが満ちていくような心地。がくがくと暴れ出しそうな私の体を大きな体がぐっと抑えつけて動けなくしてしまう。ばたばたと尻尾が勝手に跳ねまわっては汗の玉を撒き散らす。
 ずんっ!
「みぎゃぁっ!?」
 叩きつけられるような一突き。
 ずんずんずんっ!
「ぎゃあっ! ぎゃおうっ!」
 容赦なく叩きつけられて、私はケダモノの悲鳴を上げる。引き抜かれて、突き刺されて、引き抜かれて、突き刺されて、私はどんどん暴かれていく。胎の中をこりこりとすりつぶされているようでいたいのにだめなのに、涙がとまらない。ああだって、きもちいい。きもちいいのだもの。
「うにゃああああっ! うにゃおおおう! ぎゃああおう!」
 身体の奥から見知らぬ私が歓喜の雄叫びを上げる。こうやってのしかかられて抑えつけられて広げられて押しこまれて、ああなんて、なんて嬉しいんだろう。結合部を源泉にして毒のような熱が全身に回っていく。頭がじんわりと熱に蕩かされて、しあわせになっていく。
 どれくらいこうしているんだろう。時間の感覚なんて熱にやられてなくなってしまった。できることならずっとこのままでいたい。木山と繋がったまま、こうしてずんずんがんがん雄を叩きつけられて、ぐちゃぐちゃにされていたい。ずっと熱に身を浸してゆすられていたい。
 木山の気づかいも何もない律動に確かな変化を感じ取って、私の下腹がぶるぶると蠢いた。今まで意識することもできなかった子宮が疼いているのが分かる。
 来るのか。
「っあっぐっ……くっ!」
 木山は苦しげな叫び声をあげると、ずどんと一番奥まで雄を押しこんで動かなくなった。
 来る。
 来る、来る、来る!
「くあっ……!」
 びしゅるるるるっ!
「うみゃあああああああん! にゃおううにゃうにゃあああん! ひにゃあああああっ!」
 凄まじい熱が弾けて、私の肉体は吹き飛ばさんと荒れ狂う。これは、暴力だ。こんなの、こんなことをされてしまったら、耐えられるはずがない。だって、だって、こんなの、こんなの……
 そして、世界から色が消えた。


 無色の海をふわふわと漂っていた私を打ち上げたのは耳を滑るぞっとするほど冷たい氷の感触だった。
「みゃっ!?」
「雛川、大丈夫か?」
「な、なに? なんなの?」
「氷だよ氷。悪いとは思ったんだけど、勝手に冷蔵庫開けちまった」
「木山躾けが悪い」
「いやだって、お前気失っちゃってるしさ。ほっといて買いに行くってのはちょっとなしだろ」
「……ん」
 私は裸に剥かれてリビングのソファに寝かせられていた。脇の床にはくしゃくしゃになったタオルが何枚か投げ捨ててある。額に乗せられた氷枕をどかそうとしたところで、下腹に抉られるような痛みが襲いかかった。
「いた……」
「……ごめん」
「なんか、あそこに包丁差し込まれてる感じ」
「……ごめん」
 木山は耳を伏せ体を小さくしてとても申し訳なさそうにしている。これが玄関を開けるなり私を押し倒した雄で、私の初めてを奪っていった雄なのだと思うと、とても不思議な感じだった。でも、確かに彼を受け入れたのだと、つきつきと痛む私の秘部が教えてくれている。
「私、初めてだったの」
「……俺も」
「へたくそ」
「……うん」
「らんぼう」
「……ごめん」
「これからはもっと優しくして」
「え?」
「これからは場所に気をつけて。道とか玄関とか、なしだから」
「あ、えと、うん」
 こくこくと頷く木山。キスしたいな、とちょっと思う。舌は入れずに、触れるだけのキスを。
「これから後始末と証拠隠滅してね。私木山のせいで起きられないから」
「あ、えーっと、とりあえず床とお前と俺は軽く拭いて、荷物は全部玄関の脇にまとめておいてある。それで、その……」
「私の部屋入ってパンツとかブラとか服取ってきて。入って右の壁にかけてあるやつでいいから」
「あ、うん……いいの?」
「いいけど漁ったり盗んだら怒る」
「はい」
 木山は氷枕を私の額にきちんと置くとリビングを出て行った。階段をどこどこと重いものが登っていく音が聞こえる。あんなのが私の上にのっかっていたのだと、しみじみ思った。
 木山泣きそうだった。戻ってきたら頭を撫でてあげようか。いいよ、って言ってあげよう。木山が気にしてるような、無理矢理とかレイプとか、そんなんじゃないよ、って言ってあげよう。
 だって私は「これから」と言ったのだから。
 これからなのだ、何もかも。
 そう、これから。




アトガキ