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語省略の話

 今日は語省略の話をしようと思います。

 例文:「お客さん、男でもいいヒト? 男がいいヒト? それとも男じゃないとなヒト?」

 この例文の第一文言から、何かが「男」と対比されている、つまりこの文章において「(○がいい、)男でもいい」と補填されるべき対象のあることが窺えます。おそらくこのような場合、数多の項目から最初に想定されるのは「女」でしょう。対義語の観念に起因する省略補填†だと考えられます。つまりこの文章は、「女」と比較して「男でもいいヒト」か「男がいいヒト」かそれとも、というように選択回答を求められている、と被質問者は推測することでしょう。


 それでは順を追って、第一文言「男でもいいヒト?」から考えていきます。これは上述の通り「(女がいい、)男でもいい」と補填され、それによって「いい」に対する「女」と「男」の位置づけについて考えさせます。「女がいい、男でもいい」という言い回しは、「女」と「男」が同位にあると捉えられますが、あるいは「男」が「女」に対して下位にあり、ありていに表現すれば代替物的な意味合いを含む可能性があります。同位であることをさらにはっきりと意識させる補填として、「(女でもいい、)男でもいい」が考えられます。これは第一文言において、「男でもいい」と同じ言い回しになるように「女」に対し補填が行われた結果でもあります。「女」の代替物的な意味合いである「男」を示すには、「(女がいい、しかしまぁ)男でもいい」と砕けた表現にする手があります。


 第二文言「男がいいヒト?」は、ひとまず「(女がいい、)男がいい」と補われます。このとき「女」と「男」は同位だと考えられますが、第一文言との兼ね合いによって改めて補填が行われます。

(1)第一文言を「女」と「男」が同位だという意味合いだと受けとった場合、第二文言では「(女より)男がいい」というように、「男」が「女」より上位にあることを示す補填がなされるでしょう。すでに前の文言で同位の補填がなされているので、後ろの文言で同様の意味合いを示すことはないと被質問者は推測することが窺われます。

(2)第一文言を「女」が「男」より上位という意味合いだと受け取った場合、第二文言では「(女より)男がいい」と「男」が「女」より上位にあることを示す補填、あるいは「(女がいい)、男がいい」という同位の補填がなされると考えられますが、後者は稀でしょう。なぜなら、もし第二文言で「女」と「男」が同位であるという意味合いを示したかったのならば、質問者はよりはっきりと「男もいい」と言い表しただろう、と被質問者は推測するからです。しかし実際には「が」が用いられているため、被質問者がわざわざ同位を表す補填をすることは考えにくいです。

 つまり、第一文言の二通りの解釈にかかわらず、第二文言は「女」より「男」が上位にあることを示す補填がなされると考えられます。


 第三文言「男じゃないと(○)なヒト?」について、○に省略されているであろう語に関して考察します。その手がかりとなるのは、文章において重複している語です。たとえば「お客さん、男でもいいヒト? 男が(○)なヒト?」と問われた場合、後ろの文言に何かしら不自然さを感じることから、重複している「ヒト」に目を付け、後者は前者の語を省略したものと解釈し、「男でもいいヒト? 男が(いい)×ヒト?」という補填が行われると考えられます。このとき「な」という語が欠落しますので、よりなじみやすい言い回しにするため「いい」が類義語に置き換わり、「男でもいいヒト? 男が(グッド)なヒト?」などと補われることが考えられます。ちなみにここで前後の「いい」の語解釈に多少違いが生じていますが、これについては後述します。
 例文について考えていきましょう。まず、三つの文言で重複しているのは「ヒト」です。そして、第一文言と第二文言では「いいヒト」が重複しています。このとき被質問者は、第三文言の「ヒト」の前には「いい」が省略されてはいない、と推測するでしょう。なぜならば、もし第三文言で「いい」が省略可能なのだとすれば、第二文言でも同様に省略可能だと考えられるからです。しかし、第二文言では省略されていません。つまり、第三文言では「(いい)ヒト」ではない、ということです。
 次に、「それとも」という言い回しについて考察します。これは「男でもいいヒト」と「男がいいヒト」に対して、「男じゃないとなヒト」が並列に置かれているのではなく、改めて置き直されていることを窺わせます。
 さらに、「じゃないとな」という言い回しは、「でもいい」「がいい」に対して文字数が多い――「それとも」まで含めると、第三文言は全角14文字で、「お客さん、」を除いた第一文言の8文字、第二文言の7文字に比べとりわけて長い――こと‡、「ない」という否定語が含まれていること、この二つの理由から、第一文言・第二文言に対して第三文言を際立たせていると考えられるでしょう。
 以上の三点から、前二つの文言と同様の「いい」を第三文言に補うことは、被質問者にとって違和感のある行為でしょう。
 それでは、「男じゃないとなヒト」はどんなヒトなのか。ここで先述した「男」に対する「女」のように、対義語の観念に起因する純粋な省略補填を試みます。すると、第一文言・第二文言の「いい」に対して補われるのは「悪い」だと考えられます。しかし、「悪い」は「良い」の対義語であり、「いい」というひらがな表記が含む他の「好い」「善い」といった意味合いを汲みきれていないと思われます。加えて、先に「男でもいいヒト? 男が(グッド)なヒト?」という解釈を挙げたのと同様に、例文においても第一文言の「いい」より、第二文言の「いい」のほうが「好ましい」という意味合いが強いと考えられます。第三文言の「いい」は第二文言の「いい」により強く影響されると思いますので、ここでは「好ましくない」という意味合いが盛り込まれると考えられます。「な」の欠落を考慮すると、第三文言は「それとも(女ではなく、)男じゃないと(ダメ)なヒト?」と補うことができます。


 以上のことを総括し、例文をより具体的に補填すると、
第一文言の言い回しは
「(女でもいい、)男でもいい」――女=男――あるいは
「(女がいい、しかしまぁ)男でもいい」――女>男――、
第二文言では
「(女より)男がいい」――女<男――、
第三文言では
「(女ではなく、)男じゃないと(ダメ)」――×女○男――、
と補われることが考えられます。

 第一文言についての解釈が二つに分かれてしまうのを防ぐためには、「男もいいヒト?」という新しい文言を含めるのが効果的です。これにより、「も」はほぼ間違いなく並列関係、つまり同位関係として「女」と「男」を結びますから、「男でもいい」という言い回しから同位を推測することを困難にさせます。すなわち、
「お客さん、男でもいいヒト? 男もいいヒト? 男がいいヒト? それとも男じゃないとなヒト?」
――順に、女>男、女=男、女<男、×女○男――
という解釈をさせてくれます。


 ところで、第二文言から「いい」が省かれた「男でもいいヒト? 男がなヒト? それとも男じゃないとなヒト?」の補填を試みると、「(女がいい、)男でもいいヒト? (女がいい、)男が(いい)×ヒト? それとも(女がいい、)男じゃないと(いい)×ヒト?」となります。第三文言に含まれる「男じゃないといい」という言い回しはこれまでにない新たな解釈を生じさせるので、より具体的に補填すると「(女がいい、)男でもいいヒト? (女より)男が(グッド)なヒト? それとも男じゃないと(グッド)なヒト?」
――順に、女=男あるいは女>男、女<男、○女×男――
となることが考えられます。


†あるいは、グループとなっている語に起因する省略補填。たとえば「バナナが好き」という言い回しは、バナナが属しているグループ、たとえばフルーツの中でとりわけ「バナナが好き」、という意味合いに解釈されると考えられる。

‡さらに小文字が文章中唯一含まれている(「ゃ」)ことも、第三文言を視覚的に他から際立たせる要因になっているかもしれない。

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