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菱餅クァの右往左往
01 3匹分の右往左往

 「元気そうですね」
 という挨拶は、菱餅クァにとっては聞き慣れないものである。
 日差しの温い放課後、保健室で簡単な健康チェックを受けながら、センセと会話。アーウィンと結ばれて以来、ときおり顔を出すように頼まれている。曰く、好色度の異なる2匹のおつきあいには、定期的な現状把握が不可欠、とのことだ。
 上着の裾を捲りあげながら、菱耳をぴくり、と反応させる。そういえばあんまり不調じゃない、と瞳を見開き合点すれば、聴診器を手に微笑んで、続ける白い烏天狗。
 「アーウィン君とまぐわうと、身体を強くする効果があるようです。だからこそ、運動系研究会からは『勝利の獣神』などと崇め奉られ、試合前にそれこそ下半身を持ち上げられていましたけれど、もう過去の話、ですね」
 にっこりされても、笑い返していいものか迷う。
「そ、そうです、か」
 体中の管という管が不調だったクァのカラダは、アーウィンと性交渉を重ねることで着実に、快復へ向かっている。思いもよらぬ副作用。ギザ耳獣人の後孔へ、体液と愛情をともに流し込む習慣は、心の充実だけでなく、体の強壮をも齎していた。
「ふふ、喜ばしいことです。クァ君には丈夫になってもらわないと。これからのためにも」
 聴診器をしまい、物腰柔らかに笑う保健室の白烏。ほかの鳥人にはないさらさらの後ろ髪が、烏天狗の証拠である。いつもの白衣姿で回転椅子に腰かけ、湯呑みを両手で包みこみ緑茶を一口。それから表情を曇らせた。
「でも、反対にアーウィン君が、ね」
「ふーセンセ?」
 白い烏天狗の名は「麩」という。1文字だと呼びにくいので、たいていの学庵生からは「ふーさん」だの「ふーちゃん」だのと愛らしく、語尾伸ばしに接尾辞をつけて呼称されている。保健室の主、つまり面倒を見てもらえる相手、という認識があるので、親近感が沸くのだろう。クァのように、センセと呼ぶ庵生はあまり多くない。
 「アーウィン、体調良くないの?」
 募る懸念。
「体はまったき健康です。ただ、少し気になっていることがありまして」
 まさか。朝晩もにもにしてるけど、変わった素振りは見かけなかった。同棲生活3ヶ月、何か見落としているというのか。心配でいたたまれずに、椅子から身を乗り出した。
「オレ、あ、私、何かできること、ありませんか」
「クァ君は優しいですね」
 また和やかに嘴を綻ばし、そして真顔に戻る。
「恥ずかしがらないで、答えていただきたいのですが」
「はい」
 アーウィンのために、何でも答えよう、とクァはもちろん思った。
「先週1週間で、アーウィン君と何回交尾しましたか?」

「この1週間で、何回菱餅クァ君ともにもにした?」
「15回」
「あーあーあー」
 失意を示すオーバーアクションで、頭をかかえる悪魔。進路指導室で狼狽するヴェノムセンセと、押し黙るアーウィン。机の上に広げられている見開きの紙は、テストの点数通知である。
 成績が揮わなかった、という話で済めばよいのだが。理数系教科にめっぽう強い、というか大修部並みの知識を持っているアーウィンが、うっかりミスでマーク忘れ。
「1日2回とちょっとじゃ、なぁ」
 以前のアーウィンは、日課3回、だった。少なくとも。
「んで、律儀に菱餅君以外とはヤってない、と」
「はい」
 問われて頷いた。クァとの行為は、たいてい中出しが1日1回。あとは兜合わせであったり扱き合いであったりと、ライトな行為を合わせて、週15回である。
「それが原因、と断定するワケじゃないけど、慣れきった環境が変わったせいなんだろうなぁ」
 先尖りシッポの先端で、所在なげに八の字の弧を描く。毎回満点近いアーウィンが、9割付近でうろうろしている原因は、以前と比べて性行為の回数が減ったからだ、とセンセは勘繰っている。そして腕組みのまま指を順番に立て、順に解決方法を告げる。
「そのいち、菱餅君にもっと積極的になってもらう。そのに、つがいに第三者を介入させる」
「に、はダメ。クァが怒る」
「そっか。んじゃ、そのさん、アーウィンの薬を増やす」
 菱餅クァと付き合い始めたその日以来、アーウィンはふーセンセのところで、性欲を抑える薬を処方してもらっている。それは菱餅との約束、ほかの相手ともにもにしない、を、自分の力だけで守れるとはとうてい思えなかったからである。アーウィンの下腹部から込み上げる性欲は、経口投薬によっておよそ半減している。
「よん、はダメ。クァといっしょにいたい」
「お幸せに」
 思考を読まれ、言い出す前から釘を刺された。ヴェノムセンセが思いついた4番目は、前と同じ生活に戻るコト。すなわち、お付き合いを解消し、アーウィンは運動系研究会の集団に身を任せる日々を取り戻す、というコトだ。
 「んー、少し様子を見るよ。ただし、アーウィンの成績を下げたままにするワケにはいかない、いくら心身ともに幸せでもね。それが進路指導のツラいトコさ」
「わかってる。よろしく、ヴェノムセンセ」

 保健室をあとにして、クァがいつもの購買に向かうと、砂堀サブレが品出しをしていた。目が合って、お互い律儀に頭を下げる。
「クァさん、こんばんは」
「ああ、うん」
「何かお探しですか?」
 壁一枚隔てて全裸同士、というこないだの縁で、2匹は以前より少し打ち解けたご様子。
「あ、えと」
 サブレは購買研究会、つまり腕利きの売り手である。数あるラブトイの中から、自分の勘で見極めるよりは。
「オススメの、ラブトイ、教えてくれないかな」
「え?」
 声が小さすぎたようだ。首を傾げるデグー獣人に、もう一度、恥ずかしい質問をしなくてはいけない。ふーセンセに、「性行為の量と質とを充実させることで、アーウィンの学業低迷が改善するかもしれない」と聞いたからには。

 3匹で夕食を囲み終えてから、当番制のお皿洗いを片したクァは、食卓で本を読んでいたアーウィンに声をかけた。
「アーウィン」
 返事はないけど。本に栞紐を挟んで、ちゃぶ台に置いたアーウィンの視線が注ぐ。
「今夜、お風呂、いっしょに入ろうか」
「うん」
 同棲しているのだから、朝も夜もお風呂でもベッドでも性の饗宴を繰り広げたいアーウィンに比べ、クァは淡泊である。毎晩かならず1回はするけれど、お風呂でしたらベッドではしないし、ベッドで重なり合うのであればお風呂は別々。これまでのアーウィンの回数からすれば物足りないのだが、薬の効果と愛情が絡み合って、それなりに満足させてもらっていた。
「それで、あの、時間長めでゆっくり入りたいんだ」
「うん」
 ギザ耳シッポがパタンパタンと床を数回叩いた。長い間いっしょにいられるということは、行為自体もじっくりたっぷり愉しめるという期待。
「それと、いっしょに寝たくて」
「え」
 シッポが止まる。目線を床に落として、頬を赤らめて、一心に台詞を紡ぐクァ。様子がいつもと違う。お風呂とベッドの両方を、そんなふうに望むのは、この菱耳獣人には、なかったはずだ。
「こ、今夜はいっぱいしたいんだ、アーウィンが、満足するまで」
 もうこれ以上ないというくらい、額まで真っ赤にして、クァが呟いた。そしてそのまま押し倒される。
「んっ!?」
「嬉しい、クァ。キスしていい?」
 耳元にマズルを押し付けられ、熱い吐息とともに囁かれる。
「う、うん」
 どうにか頷けば、目の前に愛しい相手の顔。物欲しそうに微笑んだかと思えば、手のひらをクァの頬に添えて逃さないようにしてから、口内に舌を滑り込ませた。
 中で捕まえたクァの舌に、絡めて、体液を交換する。歯列に沿わせ、頬の裏を舐め、ぴちゃぴちゃといやらしい音を立てる。一通りテクニックを試してからマズルを離せば、自身の匂いに発情させられた獣人が、陶酔した瞳でこちらを視認していて、菱形のシッポもピクピクと震えている。
 このまま相手のズボンを引きおろし、自らも一糸纏わぬ姿になって、後孔に導いて互いに果てたいとアーウィンは心底思ったが、クァが珍しい申し出をしたのだから、相手のペースで動いたほうが気持ちいいだろうと思い直し、のしかかった体をのけた。
「お風呂場、行こう」

 湯気を立てる浴槽には、オレンジ色の液体が溜まっている。
「クァ、これ」
「あ、あの、説明するね」
 鼻を擽るオレンジの香り。膝立ちになって、腕を伸ばし湯を掬うクァ。さっきの刺激で8割がた立ちあがり、お風呂場の熱で7割くらいまで収まった、角度のついた股間のままで。
 とろり、と湯らしからぬ挙動を示し、洗面器から零れる液体。
「コレ、ローションみたいになるの、入れてみたんだ。オレンジ、嫌いじゃなかったよね」
 不思議そうな顔つきだったアーウィンが、得心して笑う。
「クァ、今夜は激しい」
「あ、あああ、そんな……うん、えっと、激しくしてみたい、な」
 しどろもどろなクァがかわいくて、アーウィンはまた抱きつきたい衝動に駆られる。理由はわからないが、今夜クァはお風呂からベッドまで長丁場、しかも下準備は抜群に、めいっぱい絡み合いたいと思っているらしい。それなのに、ひとつひとつ恥ずかしがっているせいで、全体的にぎこちない。
 湯船に浸かる前に、頭から泡を含ませて、シャワーの湯で流す。思いついたアーウィンが、泡まみれになった体をこすりつけ、クァを洗ってあげようとする。なのに、向こうで達したいから、と水面を示された。
「ゴメン、オレがもっと強かったら」
「いい。アーウィンはそのままでいい」
 いつものやりとり。本当はクァだって、アーウィンと泡を共有したいのだ。だけど、そうしたらたぶん、5分と待たずに達してしまうから。
「滑らないように気を付けてね」
「うん」
 ゆっくりとアーウィンが湯船に足をつき、体を沈める。お次はクァだ。
「よ、よいしょ」
 ぎこちなく片足をつっこんで、それから両足。肩まで浸かる。
「あ、そんなに感度高くならないね、入ったとたんに出しちゃったらどうしようかと思ってた」
 開いた手の平を水中から空中まで持ち上げ、指の合間からとろとろとローションを流れさせながら、クァが自嘲する。
「そう?」
 アーウィンが近づく。
「え、ああっ」
 指のあいだの弱い皮膚に、するりと指を通される。
「ひ、ひぁぁっ」
 そのまま、手の平の真ん中をくりくりと刺激されて。
「くっ、くすぐったっ」
「クァ、感じやすい」
 自分の発言がいとも簡単にひっくり返された羞恥と、皮膚を伝う感触の両方に、クァの顔が耳まで染まる。アーウィンは、やっぱり、といった顔をしていて。
「クァ、好き」
 そしてまた、熱烈なキスが降ってくる。

 アーウィンの指で、腕で、全身で。クァの首が、腹が、太腿がこそばされた。ローションに浸したどこの部分に触れても、びくびくと痙攣して触覚に酔わされ、甘い声を上げるクァ。それでいて欲望の象徴はちっとも萎えず、ずっと潜りこむのを待ち侘びているみたいに屹立している。オレンジ色の湯の中で、存在を主張する下腹部の突起、以外に触れて、撫でて、舐めて。クァの反応を心底愉しんでから、アーウィンはようやく跨った。
 湯の中もなんのその、硬く聳えたった熱棒。クァは浴槽の底にぺたりと尻をつく。アーウィンが膝立ちの姿勢で、ギザギザシッポの裏の入口に、先端の照準を合わせているのを、熱に浮かされたまま眺めている。
 「クァ、入れたい?」
 愛しい相手の首に腕を回し、垂れた菱形の耳に囁く。
「いっ、入れたいっ、触ってよぉ」
 なにしろ、さっきから粘液で敏感になった素肌のそこここをアーウィンにさすられているのに、隆起した股のあいだには、鼠蹊部に指を這わすだけでおあずけ状態。今夜はアーウィンの好きにさせようと決めていたけど、こんなにガマンさせられたのは初めてで。むしろ、これまではアーウィンが、真っ先にそこに食いついてきていたのに。
 恥ずかしさを飛び越えて、涙目で訴えかける上半身の緑色。下半身の白色はオレンジ色の湯船の中に溶け込むも、股間の桃色は濃さを増して位置を示している。目印の菱形。
 「わかった、入れる」
「ふぁい……」
 とろん、とした目のクァと対照的に、アーウィンの瞳は性行為が続くほどに鮮鋭に輝いてゆく。もにもに、好きなんだなぁ、と、ぼぅっとした頭でクァが考えた瞬間、つぷり、と先端が熱の穴に飲みこまれた。
「ふぁっ、アーウィンっ。あついっ」
 熱を逃がさない粘液に、じっくり浸したアーウィンの後孔は、あつあつでとろとろで極上だ。そのまますっぽりとクァのすべてを咥えこんで、しばらく動きを止める。
「あ、アーウィン?」
 いつもなら、すかさず腰を振って、内奥に収めた肉棒の摩擦と圧迫を貪るはずなのに。往復を始めないアーウィンが不思議で、待ちきれない気持ちも少しあって、クァが尋ねた。
「ローションの中で、上になってるほうが動くと滑りやすいから」
 と、適切な説明。
「クァが、んっ、動いて」
 甘い声の原因は、アーウィンが腰を持ち上げて、クァのペニスの半分くらいを外に逃がしたからだ。
「ん、うん」
 クァは思う。こうして自分が技巧を凝らして、特別なもにもにのために心を砕いても、アーウィンはきっとどこかで経験済みなのだろう。拙い工夫も算段も、アーウィンの知見と経験には、とても及ばないだろう、と。でも、それでも。
「はぁっ! んっ、クァ」
 ぎこちなく差し入れて、また引き抜く。浴槽の中で、欲望に塗れて腰だけを上下させる行為は卑猥で、その上で喘ぐアーウィンはもっと卑猥で。気持ち良くて、気持ち良くて。つながっていることがひたすら心地良い。
「んんっ! アーウィン、ごめっ、ああっ、はぁぁっ」
「クァっ」
 そして早くも射出に至る。
 物足りなげなアーウィンに手を引かれ、浴槽を出てシャワーを浴びる。自ら言い出したベッドでの2ラウンド目が、少し不安だ。自信はないけど、愛があれば何とかなる。そう自分に言い聞かせるクァであった。

 菱餅クァとアーウィンが寝室でまぐわっているとき、ナシゴレンは2段ベッドの上でだんまりしているか、リビングに布団を引っぱっていって寝ている。ただ、今夜みたいにお風呂場からベッドまで、部屋のどこもかしこも愛の儀式の舞台となるときや、菱餅が来る前に開かれていたホームパーティーという名の乱交のときなどには、お隣さんのお世話になることが多い。
 今宵はとりわけ激しいのだろう、と察知した紫色の生き物は、寝巻を持参して隣室のチャイムを押した。
「おー」
 鍵を開けて出迎えてくれたのは不定形の塊、いちおう人型を模っている。口にあたる部分に空洞があることからして、そこが発声器官なのだろう。ビブラートがかった独特の声で、ナシゴレンを労った。
「ひさしぶりじゃないか、3匹になってからあんまり来なくなったな。おまけで済し崩しに抱かれてるのか?」
「そんなこと、ない」
「どちらでもいいさ。こっちの部屋はいつも通り。気兼ねなく寛いでくれていい。泊まってくんだろ?」
 こくり。
「俺らは今寝るトコ、というか寝てた」
 途中で起こされたというのに、眠いとか迷惑とかそんな素振りもみせないのは、スライムだからだろうか。
 パジャマに着替えたナシゴレンは、いつものように2段ベッドの上を借りることにした。本来の主であるスライム、個々装含は床に置かれた金盥に滑りこむ。下のベッドには敷布団がなく、そっけない板の上に棺桶が置かれている。トントンと梯子を上っていくと。
「……安寧な夢を、ナシゴレン」
 蓋がするりとずらされて、中から視線を覗かせたのは木乃伊絆創膏。こちらも個々装と同じく、睡眠というよりは休息、という状態なのだろう。わざわざ挨拶をするために動いてくれた木乃伊に、こくり、と返事して、ナシゴレンは上の布団に潜りこんだ。傍らには金盥と棺桶。隣室の激しさとは反対に、静かな夜が更けていく。

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