〜1〜
海の波の音が聴こえ、数々の花咲きし場・・・
この世界の片隅に存在せし場所にある言い伝えがあった。
心通わせし者供この場に居合わせしとき歌を感じん・・・
歌の言は理解せねども、その澄んだ旋律を感じし互いの思い人は
未来永劫、その愛に包まれるであろう・・・
そう言い伝えられていた。
どのようにしてこの言い伝えが伝わったのか・・・
どうして互いを思う人々はその歌を感じることが出来るのか・・・
私は紡ぎましょう、この場所で起こった奇跡の歌声を・・・
私は伝えましょう、この場所で誓った絆を貴方達に・・・
広大な草原、道と呼ぶにはあまり整っていないところを歩くは一人の男・・・しかし、男は獅子の者、草原の風によりなびく美しき鬣を持ち、体の形態はヒトな
れど、その肌は獅子の体毛で覆われ太陽光により黄金の光を放つように見受けられた。獅子の男の名はレグルスという。
レグルスは旅をしていた。格好はそれこそ軽装で動きやすいように着こなしてはいた反面、荷物が少ない状態であった。旅の目的は無い・・・ただ、己を高め世
界を知るための旅を続けていた。
「ム・・・風か・・・」
草原に吹く風、その風によりレグルスの鬣は綺麗に揺れその風の強さを物語る。
(風に混じって水のにおいがする・・・人里があれば泊めてもらうか最低でも野営だな・・・)
その獣人特有の身体能力で離れた場所のにおいも感じ取れた・・・水のにおいのするほうへ足を運ぶと次第に木々が生い茂っていく。どうやら森の中に泉か川が
あるようだ。
「ヒトの気配は無いか・・・ん?」
そう呟くレグルスだが、己の発した言葉が間違いだったことに気付いた。
「ヒトの声・・・これは・・・歌?」
微かに聞こえてくる歌声、その旋律は遠くて聞き取れにくいがどうやら歌っているのは少女のようである。レグルスは森を歩いた・・・その美しい歌声の主に出
会うために・・・だが・・・
(な、なんだ・・・この歌は?)
聞こえてくる歌は旋律はとてもよく心地の良い気持ちにさせる・・・しかし、使用する言語はレグルスが今まで聞いたことのあるどの言語にも当てはまらない言
葉・・・
(詩はわからぬ・・・しかし、この歌を聞いたときの気持ちはなんだ・・・温かな、それでいて落ち着くようなこの気持ち・・・)
レグルスは知りたいと思った。この歌を歌う主はどういう思い出その言葉を使い自分の心をこんなにも穏やかにしてくれるのかを・・・
そして・・・辿り着いた・・・
(・・・!)
そこは森の中の泉、泉の真ん中にある島に立つは一人の少女・・・レグルスのように純潔な獣人ではなく獣の耳と尾を持ち、他は人間の体を持つ亜人族の少女。
猫科の種族の者と見たが、その尾はどう見ても犬科の尾を持ちし少女・・・しかし、レグルスが驚いたのはまた別の事柄であった。
歌を歌う少女の周りにはほのかに光る球体・・・それは、この世界を形作るために必要不可欠な存在・・・【精霊】だった。
(精霊が彼女の歌と呼応しているのか・・・?)
そう思う刹那、一匹の精霊がレグルスの鼻元に現れた。盗み聞きしている者へと罰を与えるために驚かしてやろうという精霊の悪戯であろうが・・・
「うおっ!!!」
当の驚かされたほうは本気で驚いてしまっていた・・・
「!」
無論、レグルスの驚いた声によって歌を歌っていた少女もレグルスに気付いてしまい歌も止めてしまった・・・
「・・・」
「・・・」
互いの沈黙・・・精霊もいつの間にか消えてしまっていた。そして、その沈黙を破ったのはレグルスだった・・・
「その・・・今の歌、なんという・・・」
レグルスの言葉は最後まで続くことは無かった。少女が間を入れずにその場から逃げ出してしまったからである・・・
「あ・・・」
なぜだろう・・・その気持ちを持ったときにはレグルスは少女の背を追いかけていた・・・少女の歌のことを知りたい。あの綺麗で純粋で自分の心を穏やかにし
てくれるあの優しい歌のことを・・・
「・・・!」
走り続けているは木の根につまづいてしまった・・・勢いよく転んでしまったせいで少女が起き上がるには時間がかかってしまっているようである。
「だ、大丈夫か!?」
少女の身を案じて駆け寄るレグルス・・・しかし・・・
パアァン!!!
レグルスの差し伸べた手を少女は払いのけてしまう始末・・・少女のその眼は、その可愛らしい容姿には似つかわしくないほどに殺気立った瞳・・・
(なんという瞳だ・・・この少女のなにがこの瞳にさせるのだ・・・?)
その悲しみを持つレグルスに少女はさらにその殺気を強め、さらには手当たり次第の石を投げつけてしまっていた・・・
「や、やめてくれ! 私は敵ではない!」
少女の石から身を逃れるために後退してしまうレグルス・・・ある程度お互いの距離が遠ざかったところで少女は石を投げるのをやめてしまった・・・
「・・・る・・・な・・・」
「・・・」
歌以外で初めて聞いた少女の声・・・しかし、その声にも殺気が混じってしまっている・・・
「くる・・・な・・・出て・・・いけ・・・」
その少女はなぜか声を出すのを辛そうにしていた・・・
「私は、そなたの歌を聴いてただこの森にやってきただけだ。もし、聴いてしまってそなたに害をなしたなら詫びよう・・・」
「・・・」
「教えてくれ、あの歌はなんというのだ? あの歌に使われていた言葉はなんなのだ?」
「出て・・・いけ・・・」
これ以上は会話にならないとレグルスは察したのか、諦めたように俯いてしまった・・・その瞳にあるは悲しさを宿した瞳・・・自分をこれほどまでに拒絶する
少女に対しての気持ちだった。
「わかった・・・すまなかった、騒がせて・・・」
「・・・」
元来た道を引き返そうと後ろを向き、その場を後にしようと考えた矢先、どうしても言いたかった言葉があることにいまさらながら気付いたレグルスはまた少女
の方を向いた・・・
「ヒトツだけ良いか?」
「・・・」
少女の目はあの殺気がまだ残留している・・・レグルスはそのことにも気に掛けずに己の言葉を進める。
「そなたの歌・・・綺麗であった」
「・・・」
これがレグルスにとっての歌に対する最高の褒め言葉、その歌によって自分の心は一瞬で純粋になったことに対する言葉・・・しかし、少女はその言葉に反応を
示さずただあの殺気だった目をするだけであった・・・
「さらばだ・・・」
その言葉を残して去るレグルス・・・しかし、あわよくばあの少女とまた会いたい・・・その願いを胸に秘め去ったのだ・・・
そんな少女もレグルス去った後はただ力の無いヒトになり俯いたまま自分の歌を綺麗と言った獅子の者のことを思っていた・・・
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