【帰ってきた悲しさ】





 右手を上げる、その動作に説明は不要でしょうね。でも、目的を説明するとしたらその必要性は生まれてくる。
 上げた右手の中には小瓶で中には星砂が入ってる。そして目の前には海・・・もうわかるでしょ? 私がその小瓶を海に投げ捨てようとしている様を・・・
「嘘つき」
 彼は嘘をついた。その罰として私は彼からもらったこの小瓶を捨てるんだ。
 でも、それは無理に終わっちゃった。上げた手を掴む人がいたんだもん。暖かくて毛並みでふんわりしてて、それでいて肉球もあるその手は虎の彼の手。この彼なんだ、嘘をついたのは…
「捨てないで欲しいな。僕はちゃんと帰ってきたんだ、嘘は言ってないし約束も守ったよ」
 私が嘘つきって言ったことは聞こえてたみたい。でもそれはどうだっていいの。彼は今まで戦争に行ってた、それで行く前に私にこの砂をプレゼントしてくれたんだ。
 行く前に気弱な彼がこう言ったのよ。
「この砂に願って、無事に君のところに帰るよ」
 って・・・気弱で臆病でどうしようもない虎だけど、約束だけはちゃんと守ったやつだった。だから無事に帰ってきてくれた時は嬉しいのが半分、やっぱり帰って来たんだなって気持ちが半分あった。
 彼が私のところに帰ってきたら私は泣かずに笑顔で迎えようと思った・・・でも、彼を迎えるはずの笑顔を私はできなかった・・・
「ふざけんな・・・アンタは言ったでしょ? 私のところに無事に戻るって」
「うん、言ったよ。だからこうやって」
「嘘言うなバカ!」
 帰ってきたのは本当、でも無事って約束は彼は守れなかったんだ・・・
「じゃあ何なのよ、その顔の傷は!? 片目見えなくなって、顔にそんな大きな傷つくって、それでも無事に戻ってきたって言うの!?」
 そう、彼ったら一生残っちゃうような傷をつけて帰ってきちゃったんだ。その部分だけ毛は生えず、顔の横半分に走る縦の傷跡。虎特有の横に走る模様もその傷で途切れちゃってるほど。
「戦争だから仕方がなかったんだ。それに、手や足が無くなっちゃった人だっていたんだ。その人たちに比べたら僕はまだ・・・」
「そんな事わかってるし聞きたくない!」
 御託はもういいの。そういう人たちだっているってことも、この虎の彼がまだマシってことも本当にわかっていたの。でも、やっぱり許せない自分が居たりしたんだ。
「無事って言うのはね、そんな風に傷つくって眼が見えなくなる状態のことを言うんじゃないの! 両目でしっかり自分を待ってくれた人を見て、感じてその人のもとに帰ってくる…これが、無事に戻るってことじゃないの!?」
 私、凄い我がまま言ってるでしょ? 本当は彼にこんなに怒るつもりなんて微塵も持ちたくないんだ。
「ゴメン、僕・・・」
「あやまんなバカ」
 本当に私悪い子だ。謝るのは私の方だって誰もが思っちゃうのに…彼は優しいからこう言うんだ、そんな彼が…虎の彼を私は好きだからさ。
「傷、怖かった」
「怖いの?」
「私、大好きなアンタがそんな傷つくって、眼見えなくなって痛そうで…それ思うの怖くてその傷嫌」
 泣いちゃった。泣かずに笑顔で迎えようと思った自分忘れて泣いちゃった。上げた右手もダランて降りちゃった。もう、何もかも力抜けてしゃべるのも難しいよ。
「でも、慣れれば大丈夫だよ。片目でも生活できるほどにはなるだろうって医者も言ってたし」
「違う」
「え?」
「アンタは見る世界半分失っちゃったんだ。私を見るにもその半分で精一杯見なくちゃいけないんだよ? 私は、全部で私を見て欲しかったんだ・・・」
 我がままだからこうとしか思えなかった。自分にムカついて、この虎の彼にもムカついて世界にムカついて・・・だから私、この砂を投げ捨てたかったんだ。八つ当たりでね。
「そっか、じゃあ君が僕をもう2倍増やして見てくれれば僕は満足だよ」
 この虎も無茶言うわね。どうやって2倍も見ろって言うのかしら?
「それどうやったらいいの? 私はもうアナタだけを見ている状態なんだよ?」
「僕がプレゼントするのを受け取ってくれるだけでいいんだ。今度は物じゃないから捨てるなんてことはできないしね」
 物じゃないプレゼントってなんだろう? プレゼントって言えば形あるもののはずなのに・・・
「ねえ、僕と・・・・」

 確かに良いプレゼントだったわ。それこそ、私を泣かしちゃう位のプレゼント。
 でも、そのプレゼントは本当に形が無いから形に表さなくちゃいけないわね。

 楽しみだわ。これからずっと左薬指につける物が。


戻る