【すっぱいチョコ】
あぁ、神様。今宵はお話せねばなりませぬ。この2階建てアパートの一室に住まいし一匹・・・失礼、一人の狼が熱を出して寝込んでしまったお話をです。
え? んなくだらないお話聞くよりかは女神ちゃんからのバレンタインチョコ(本命)をもらったほうがましだって? そげなこと言わずに聞いてくださいなってぇ〜。だって、運命をつかさどる神様の気まぐれせいでこの一人の狼は
最高な時期に最悪になっちゃったのですから
「ぶ・・・ぶ・・・ぶわぁっくしょん!!」
1DKの部屋一帯に広がる正体は言わずもがなクシャミそのもの。そんで、この声の主はこの部屋の主(賃貸なので主という表現は誤り可能性あり)の狼。一言狼といっても、形はそれこそ人間っぽいので獣人と言えばわかることだろう。
「ざぁ〜びぃ〜・・・・・」
開く口はガタガタ震えるのでこんな風に聞こえることは許して欲しい。無論、この言葉を訳すと「寒い」になるだけだがそれを聞いてくれる他人は今この部屋にはおらず、虚しい独り言になってしまう。
気を紛らわそうにもゲームは到底無理、本も頭痛で読めやしない。テレビに関しては・・・
『バレンタイン特集』
『必見、バレンタイン専用チョコレート・・・』
『本命と義理、バレンタイン・・・』
どのチャンネルにあわせても『バレンタイン』の文字が視界に入ってうざいことこの上ない。お気づきの方もいることだろう、今日は楽しい(?)バ レンタイン。各国習慣は違ってくるが、この国では女の子が大好きな男の子にチョコをプレゼントしその気持ちを伝えるという・・・なんとも甘いことが2乗し
てしまう日だ。
男の子(モテルやつとか彼女持ち限定)にとっちゃ最高な日に風邪を引いたこの狼君は気分最悪になりつつあるわけでして・・・一応この狼君にも彼女はいる。しかし、そこは一風変わって人間の女の子なのだが・・・
ドンッ!!!
あ、今のはこの部屋のドアが勢い良く開いた音で・・・
「ちぃ〜すッ! 元気に死んでるかぁ〜?」
などと支離滅裂なことを言いながら入ってきたこの少女こそ他ならぬ狼君の彼女つことです。典型的な噂をすれば何とやらな展開に誰もが肩の力抜くことでしょうね。
「お前は元気でいてほしいのか死んでほしいのかどっちだ?」
「さぁ? どっちだろ?」
「自分で行ったことに責任持て」
お風邪のせいで端的なツッコミしか入れられない狼君、いつもならこれにもう一捻りは入れるのだが痛む喉がそれを許してはくれない。
「本当に辛そうね〜・・・まったく風邪菌め、私の可愛いワンコになんということを」
「一応俺は狼・・・ゴホッゴホッ!」
いつもなら「だ」で終わるはずのツッコミもふぬけた感じになってしまう。
「アンタ今カッコ悪いよ」
「俺だってそう思ってる」
「ふ〜ん」
そこで納得する彼女だが、狼君は何がどう納得したのか見当はつかない。すると彼女は自分のバッグの中をガサゴソと探っている。この流れから察するに・・・
「元気付けにチョコでもくれるのか?」
「違う」
RPG風に言えば『狼君の精神に500のダメージ』とテロップが流れるだろう。予想されていた答えが違うこととこの即答の合間が0コンマ単位の反応だったからだ。
「あったあった。ハイこれ」
彼女が自慢気に見せつけたのは・・・
「レモン・・・すか?」
「うん、レモン」
「レモンかぁ・・・」
「そ、漢字で書くと檸檬」
そんなこうやって文章見ている人間にしかわからないボケはやめて欲しいものですね(汗)
彼女はお構いなしにレモンをグイッと狼君に近づけてくる。あまり考えたくないのだが、これを意味するのは若しかしちゃったりする。
「食え」
一言の単語だがすべての答えが凝縮しすぎて一瞬で頭が混乱してしまいそうだ。しかしそこはめげない狼君であり、少ない可能性を賭けることにしてみた。
「それってつまりは・・・紅茶とかお菓子に使えと?」
「違う、まんま食え。レモンのビタミンは豊富だぞ!」
狼君にとって淀みなき澄んだ眼が逆に恐ろしく感じたのはこれが人生初だろう。それでもなお彼女はグイグイッとレモンを近づけてくる。だが、ここで屈するわけにはいかない。
「嫌だ。レモンというのは切って紅茶に入れるとかケーキに使うのがベストなんだ。それをまんま食えだなんて・・・」
「大丈夫よ、私レモン剥くの上手なんだから」
その言葉は嘘ではないらしかった。どこで会得したのか器用に爪を使いながらレモンを剥いていく彼女。レモンの中身はあんまりミカンと変わりがないことに少し感心しながらも自分の身に迫る恐怖は無くならない。
「ほ〜ら、準備完了よ!」
「お、俺は食わないぞ! 第一それは・・・」
「良いから食え、このワンコロ」
文章表現じゃわかりにくいかもしれませんが彼女のこの声には殺意の純度は100パーセントです。それこそ、狼君が従うほどなものでした。
「は、ハイ・・・」
「よし、んじゃあ目をつぶってね」
言うとおりにしないとレモン以上の罰ゲームが待ちかねない。ならばこのレモン一個で事が済むのなら安い話と判断した狼君はもはや言われるがまま強く眼をつぶり口を開いた瞬間・・・
ポイッ!
口に何か放り込まれたようだ。レモンだろうと思い一気に噛まずに舐めるのだが・・・何かがおかしい?
「・・・あれ?」
「どう? レモンのお味は?」
目を開けるとイタズラっぽく笑う彼女。その手には無事な姿のレモンを持っている。しかも口に放り込まれたはずのものがなにやら濃厚な甘さが広がってきている・・・
「だましたな?」
「いやぁ〜イジリ甲斐はあったわよ」
中に放り込まれたのはお約束にチョコだ。舐めていくうちにそんじょそこらに売ってある10円チョコの味がしてきた。安いチョコに意地悪な彼女の言葉は呆れを生ませるしかできない。
「安いチョコ・・・俺らの愛もこんなに安っぽいのか?」
「あら? 私的にこの気持ちは億万長者のつもりよ」
彼女のイタズラな笑顔はとても可愛い。だから、狼君の頬にキスする様もイタズラ心はあっても、狼君にとってこれほどの良薬はないくらいだ。
「早く直しなさい。そんで私がせっかく用意したチョコを美味しそうに食べること! これ、命令ね!」
「ハァ〜・・・了解しました」
どうせこういう事になるだろうとは少なからず予測はできた。でも、予測できた分こういう風に彼女が思ってくれた気持ちは風邪引きの体に染み込む。
「明日までに治さなかったらマジでレモンいくから」
・・・染み込んだ優しさが抜けていくのは気のせいにしたかった狼君でした。
愛の大きさってその味でしょうか? それとも大きさでしょうか?
はたまた、酸っぱさだったりします?w
戻る