【愛する居場所】




山の主と恐れられし大きな白狼、主といえその存在は物の怪(もののけ)と同類の存在になっていた。
しかし物の怪といえどもその山の主。山に害成す者現われればその者達を追い払う役目を担っていた。故に山の者からもふもとの村の者達からも『山神様』と奉 られるものとなっていた・・・

そんな山神である白狼も、物の怪と同類の存在となれば山の一辺の小さな変化も肌で感ずることができるくらいになる・・・事はそこから始まった。

「ん?」

刻は深夜、そこは小さな洞穴だ山神たる白狼がねぐらとする場である。入り口から来る外からの風は心地よさと変化の風を運んできた。

「このような時に人間が迷い込んだか・・・」

変化の風は人間のにおいを運んできた。深淵の暗さ生むこの刻の山に人間が入り込めば、その危うさは命をも落としかねないほど・・・だが、逆の見方を感ずれ ば・・・

「自らの命を無くしにきたか・・・」

それは珍しい事柄ではなかった。しかし、問題はその人間が命を落とした後のことである。その際、山には人間の血肉の臭いが蔓延り、山を汚す一環となってし まう。
なので、白狼はその人間の居る場へと向かう・・・『死を望むなら山を汚すな』そう忠告するために・・・









山に幾百年住む賜物で、人間からしてみれば足場の悪いところも白狼の手にかかればお茶の子さいさいのもの。その人間の元に向かうのに数分とはかからなかっ た。

「あやつか・・・」

視界に入ってきたのは人間の女。齢は二十歳もいくかいかないかであろう。白狼は適当な高さのところに身を置くとその女の後ろから声をかけた。

「娘よ、このような刻に何をしにきた?」

思いがけない声に身を強張らせたのだろう。声の主を探すために前後左右首を振る娘。そして、その声が後ろからかけられたものに気づくとその視界に入ったの が山神と恐れられている白狼と判明しさらに驚愕をしたのだろう。

「や、山神様・・・」

「もう一度聞こう、このような刻に何をしにきた?」

自分を見て驚愕する分はかまわない。この山に来た大方の理由は分かっていたから・・・

「わ、私は・・・そ、その水浴びに・・・」

「嘘を申すな。そのように挙動不振な声で言っても我には通用せんぞ」

「っ・・・」

「死を・・・望みにきたか?」

白狼のその質問に娘は首を静かに縦に振る・・・やはりと白狼は思ったのだろう。ため息をついた。

「なぜ死にたいかは聞かん。だが、場所を考えてもらおう。この山に貴様のような人間の血肉の臭いを残されたくないのでな・・・」

「でも・・・私は・・・この山しか思い出せませんでした・・・死んだ母との思い出があるこの山しか・・・」

よくよく話を聞いてみれば娘はふもとの村の有力者の侍女だそうだ。だが、都の有力者の目に留まり、縁談が持ち上がったそうで故郷の村とこの山から離れなけ ればならないそうだ・・・

「縁談を断れば主にご迷惑をかけます・・・だけど、私にはこの山から離れるなど考えられません・・・」

娘は顔を手で隠し、涙した・・・白狼はその涙に同情はしなかった・・・在る気持ちは


嬉しさ



「この山を愛(いつく)しみ、涙を持つ・・・今の世にこのような娘が居るとはな・・・」

「山神様・・・」

山神は娘と対峙した。その泣き顔を見るためではない・・・

「娘よ、ヒトツ問おう・・・」

「・・・」

覆い尽くされた手のおかげで返事は皆無になってるのだろう。だが、気にせず白狼は問う・・・

「その命・・・我に譲れぬか?」

「え?」

刹那、白狼は牙を立て娘に襲い掛かろうとした・・・その巨体故に口は喉元に届き、娘の喉笛を噛み切ろうとした・・・

「!!」

殺される・・・そのような思いが生まれぬほどの驚愕が娘に襲った・・・だけど・・・その牙は喉を噛み切ることなく、寸でのところで止められていた。

「や・・・・山神様・・・」

「フンッ・・・」

白狼はその牙を離し、改めて娘と退治した・・・変わってる事といえば、娘が恐れおののいている事だけだった・・・

「いまの我が牙で村の者としてのそなたは死んだな」

「え・・・?」

「これからは、今の牙の誓いに沿って山の者として生きるがよい・・・」

「や、山神様!?」

言いたき事は分からなかった。そこが幾百年の年の差であろう・・・だけど、ヒトツ分かるとすれば娘はもう村に戻ることは許されぬ存在だということに・・・

「山神様・・・なぜ、私は山の者になる資格が?」

「この場を愛すのであろう? なら、資格はある・・・それに・・・」

「それに?」

「試したくなったのだ・・・大切な者を守るという人間の大儀を物の怪である我が成就出来るかをな・・・」

牙の誓いの意は幾千の通り・・・白狼の誓いの意は「決意」。それが他の者に向けられし意味は・・・「大切な者」

「会って間もなき狗に『嫁になれ』と言われ、不服且つ不愉快か?」

「・・・」

通常ではありえぬ縁談・・・だが、娘は思った。この白狼の嫁になれば自分の居場所にずっと居る事が出来る・・・母と愛したこの山に、自分は本当の意味で居 る事が出来る・・・居場所をなくしたくない娘は白狼の縁談に答えた・・・

「山神の妻になれることを私は誇りに思います・・・」








大切なヒトとの思い出が詰まった場所

自分と言う存在が確定された場所

その二つの共通点は『自分の居場所』だということ

自分の居場所を愛し、愛され守りし者達の絆は

揺ぎ無いもの・・・


アナタの居場所を大切にしてくれるヒトはいますか?





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