この世界じゃないどこかの世界・・・そこには私たちのような人間と獣の頭を持ち、体は人間の形の獣人が存在している・・・そんな世界がありました。
その世界の国のヒトツに狼獣人の王様が治める国がありました。
その王様には娘が一人います。美しい白の毛並みに流れるようで綺麗な髪をもち、獣人からも人間からも美しいと感じさせるお姫様、名前はエル・・・でも、そ
んなお姫様には困った事があります・・・
「それっ!」
狼のお姫様エルはそう威勢の良い掛け声と共に城下町の屋根から屋根へとその狼の運動能力を使って飛び移ってました・・・
そう・・・エル姫は勇ましいくらいにおてんばなお姫様だったのです。しょっちゅう城を抜け出しては城下にフラフラと遊びに行く始末、王様もそんなエル姫に
女の子らしい教育を受けさせようとさせましたが、当のエル姫は・・・
「こんなのツマンナイ!」
と言い放ち、さらにおてんばな性格へとなっていきました。でも、そんなエル姫を国民は大好きでした。皆と優しく、勇ましく接するお姫様は国民にとっては雲
の上の人ではありませんでした・・・と言ってる間にエル姫は目的地に到着したようです・・・そこはちょっとした診療所でした。
ガタンッ!!!
エル姫は威勢良く診療所の扉を開け中へと入っていきました。患者は今のところいないようです。そしてエル姫の足は診察室へ・・・
「こんにちわっ!!!」
診察室へ入るとそこには医師らしく白衣を着た狼獣人の男性が机に座ってカルテを書いているようでした。
「やぁ、エル姫こんにちわ。またお城を抜け出したのですか?」
「いいじゃん別に、だってお城にいたってツマンナイだけだもん!」
「ハハハ」
そう笑うこの狼獣人の男性はこの診療所の主治医であるロウファ医師、国王・・・つまりエル姫の父も絶賛するほどの腕の持ち主で、国王やエル姫が風邪をひい
たときにはロウファ医師に頼るほどです。
「ねえねえ、アイツは?」
そうエル姫は尋ねました。実はエル姫がここに来た理由はある人にあうためでした。
その人物はこの診療所にいるからです。
「奥の部屋で書類整理をしていま・・・」
「わかった!」
ロウファ医師の言葉が終わる前にエル姫はすぐさま診察室を飛び出していました・・・
「まったく・・・」
言葉では困っていても、ロウファ医師の顔は全然困った様子はありませんでした。
「おりゃ!!!」
なんとまぁ・・・豪快にエル姫は目的の部屋の扉を足で開けていました・・・そこに女の子らしさのかけらはあまりありません・・・
「ち〜すっ! フィーいる?」
「な!? エ、エル姫!?」
エル姫が訪ねた部屋の中には資料を整理している男の子が一人いました。
男の子の名前はフィー、この診療所で医師になるために勉強中の男の子でエル姫とは小さな頃から仲良しの男の子です。
「何しに来たんですか、姫?」
「ム・・・」
何がいけなかったのでしょう? エル姫はいきなりフィーにグィッと近づき、なんとフィーの頭をガツンと一発叩いたのです。
「ク〜・・・何するんですか〜」
「かしこまる時意外はタメ口だって約束したじゃん! これはその罰よ!」
「そんなこと言われても・・・仮にお姫・・・」
「もう一発ブツわよ」
「ごめんなさい・・・」
「よろしい」
どっちが強いのか一目瞭然です、エル姫の強気な性格は昔からで、フィーもつくづく困り果てるほどでした。そんな力関係はご覧の通り今でも続いています。
「で、ここに何しに来たの?」
「ん? なにってフィーをからかって困らせるために決まってんじゃん」
「本当にそんな理由で?」
「当たり前よ、なんたってフィーの困った顔見るのめっちゃ楽しいもん!」
「それをあえて本人の前で言う・・・普通?」
「いいの、それにいざアンタが文句言ったって私が言わせないようにしちゃうもん」
「ハァ・・・」
ため息・・・でもこれがエル姫なんだとフィーは悟るしかありませんでした・・・
「ねえねえフィー」
「なに?」
「どっか遊びに行こうよ!」
「な!? みてわかんないの? ボク今忙しくて・・・」
「そんなのロウファ先生に休憩もらえばいいじゃん」
「そんな簡単に・・・」
「つことで行こ行こ!」
「あ!? ちょっとエル!」
エル姫はフィーの手を無理やりとって引っ張りました。その時にたくさんの資料がバラバラになってしまいましたがエル姫は気にしません・・・
「ロウファ先生! 今日もフィー借りてくね!」
「ハイ、どうぞ」
というやり取りが一瞬で行なわれた後にエル姫とフィーは診療所を後にしていました・・・そこにフィーの意思なんてこれっぽっちもありません・・・
「ね、ねえエル・・・」
「なによ?」
「その・・・手、痛いんだけど・・・」
「え?」
そう、エル姫はフィーの手を強く握ったまま飛び出していたのです。
「あ、ごめんごめん。でもアンタトロイから私が手を繋いでないとどんどん私から離れちゃうじゃん」
「ボ、ボクはトロくなんかないよ!」
「そうかしら? 私にとっちゃフィーはトロトロのトトロ君なんだけどなぁ〜」
「それはエルがハイテンションナだけで・・・」
「口答えはしない・・・わかった?」
威圧のある顔でフィーを睨むエル姫にフィーは言葉を詰まらせてしまいました。
「ハ、ハイ・・・」
小さなフィーと大きなエル姫、見てるヒト皆が口をそろえてそう言えてしまう光景がそこにありました。
その後二人は町を一緒に歩いていました。でも、二人が歩くその姿に「並ぶ」という言葉はありません、いつもエル姫がフィーの前に立ち、フィーの前を歩くか
らです。そんな様子が今も二人にありました・・・
「遅いよフィー!」
「そ、そんなこと言ったって・・・エルが速いから」
「私はこれが普通なの、フィーがもうちょいキビキビ動けば問題ないじゃん」
「そ、そんなぁ〜」
はたから見ればエル姫がフィーをいじめてるという風景にしか見えませんでしたが、行きかう町のヒトにとって二人のこのやり取りは日常茶飯事、なので皆はこ
の二人のやりとりを面白おかしく見物するのが楽しくて仕方がありませんでした。
「まあまあ姫様それくらいにしてやんなよ」
「?」
いきなり声をかけられたかと思うと、そこには果物を売っているウサギの獣人のおばさんがいました。
「はい、これ姫様とフィー君にプレゼントだよ」
ウサギのおばさんはそういうと二つのリンゴをエル姫とフィーに投げ渡しました。
「サンキューおばちゃん!」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして・・・でも姫様、あんまりフィー君を振り回すのはほどほどにね?」
「あら、失礼しちゃうわぁその言葉。私はこいつを振り回しているつもりはないんだけどな」
「そうかい、なりゃいいんだけどさ・・・あ、そうそうお城の兵隊さんが姫様のことを探し出したよ」
「嘘!?」
「ホントだよ、気をつけてね姫様」
「うん、わかった! リンゴありがとね!」
エルはそう言って駆け出しました。
「あ、エル! 本当にリンゴありがとうございます」
「いいって、ほら姫様を追いかけてやんな!」
「ハイ!」
フィーもそう言って駆け出しました・・・
城下町にはお城の兵隊さんがたくさん走っていました。そんな中エル姫とフィーはうまく見つからないように町を駆けていました。
「あ〜も〜来るのが早いわよ!」
「仕方がないよ、エルを探すのがあの人たちのお仕事なわけだし・・・」
「そりゃそうだけどさ・・・」
その時、駆けている二人の視界にある建物が映っていました。
「あ、ねえフィーあそこ登ろうよ?」
「あそこって・・・時計台?」
エル姫が言ったのは城下町に一際大きく建っている大きな鐘付きの時計台の事です。一階は教会になっており、人々に時間を教えるためにその大きな鐘が鳴った
り結婚式には新たな生活を送る夫婦に祝福を与える音が鳴ったりします。
「そ、あそこなら見つかる心配ないでしょ?」
「でもいいの? 勝手に入ったりして・・・怒られないかな?」
「いいっていいって、私たち何回も黙って行った事あるじゃん!」
「そ、そうだね・・・じゃ、行こう」
「よ〜し! 決まり!」
エル姫はフィーの手を取り、また駆け出しました。フィーはエル姫に引っ張られるようになってしまい、エル姫について行くことが精一杯でした・・・
「ちょ、エル! やっぱりもう少しスピード落としてよ!」
「や〜だも〜ん!」
そう意地悪に言うエル姫でしたが、その表情は物凄く楽しそうでもあり、嬉しそうでした。
「やっぱここの景色っていいわね〜」
そう言うエル姫の間の前は城下町が見下ろせるほどでした。フィーとエル姫は時計台のてっぺんで町と立派にそびえ立つエル姫の家、つまりお城を眺めていまし
た。
「エ、エル、危ないよ」
「大丈夫、私はフィーみたいにドジじゃないから」
時計台のてっぺんには柵がありません。なので少しでも身を乗り出してしまうと落ちる可能性があるのです。エル姫は危ない事にギリギリの場所で町を見下ろし
ていました。
「それに、私が落ちて怪我でもしたら未来の天才医師が私を治してくれるんでしょ?」
「未来の天才医師って誰?」
「誰って・・・フィーのことじゃん」
「ボ、ボクは未来でもそんな風に呼ばれるほどの腕はもてないよ・・・」
「そうかしら? 先生もお父様もフィーは将来立派で優秀な医者になるって太鼓判おしてたわよ」
「国王様が?」
「ええ」
「・・・」
フィーは耳を疑うばかりでした。国王様がそんな風に自分を評価してくれる事に・・・またエル姫の冗談かと思いましたが、エル姫が嘘を言ってるようには見え
ませんでした。
「エルはボクがそんな風になるって思う?」
「え、私? 私は・・・ごめん、あんまわかんない」
「そう・・・」
「でもね」
「?」
「私の知ってるフィーは、頼りなくて、おどおどしてて、とろくて、私の跡ばっか着いてくる男の子・・・ってことしかわかんないんだよね・・・」
「ハハ、全然良いイメージって無いね・・・」
「そ、良いイメージはあんまりだけど・・・それとは別にあることは知ってるんだよね、私」
「え、なに?」
すると、エル姫は急にフィーの方を向き、フィーのその胸を指差し言いました・・・
「フィーはすっごい輝いているんだ・・・私が知ってる人の中で一番ね・・・」
「輝いている?」
「そ、輝いているの・・・フィーの夢って立派な医者になることだよね?」
「そうだよ、だからロウファ先生に付いて学んでるところだけど・・・」
「それだよ」
「え?」
いきなり「それ」と言われてもフィーには理解があまり出来ません、けれどエル姫は言葉を続けます。
「フィーはそうやって自分の夢に向かって一生懸命だもん・・・そういう強い気持ちは私にとって輝いて見えるんだ・・・」
「エル・・・」
そう言うエル姫はなんだか辛そうです・・・フィーはエル姫が何を思い、何が辛いのか知りたいと思いました・・・
「エルはそんなボクを見て・・・辛いって思ってるの?」
「え? ・・・わ、私は・・・」
「そんな風に話すエルはなんだか辛そうなんだ・・・もしかすると、ボクはエルを辛くさせてるなんて・・・・」
「そんな事無い!!」
「!!」
いきなりのエル姫の叫びにフィーはビックリしてしまいました。
「私はそんなフィーを見てなんだか嬉しいんだよ! 見てて胸が熱くなるんだよ! ・・・でも、私は・・・輝いてないから・・・」
「輝いていない?」
フィーは耳を疑いました。自分より輝いているエル姫の口からそんな言葉が出てきたのですから・・・
「輝いていないって・・・エル、どういうこと? なんでエルは輝いていないって自分でそう言うの?」
「だって・・・私はあんまり夢がないんだもん・・・こんな風にはしゃいでいるのだって夢が無い自分を隠すためだから・・・」
「でもエルはこの国の姫として立派に・・・」
「違うの・・・」
辛さ・・・今のエル姫にはそんな気持ちしかありません・・・
「確かに私はこの国の姫・・・でも、その肩書きを取っちゃったら私に何が残るの?」
「・・・」
エル姫の質問にフィーは答えられませんでした。その時、エル姫の頬に涙が一筋流れてしまいました・・・
「ホラ・・・私には何も残らないじゃん・・・姫っていうことだけが私ってことなんだ・・・」
「それは違うよ・・・」
「え?」
「エルはエルだよ・・・いつも笑顔で、ハイテンションで、皆に愛されて、そしてボクの前をいつも歩く狼の女の子・・・」
「私がフィーの前を歩くのはただの強がりなんだよ・・・それもいつか無くなって、フィーが私の前を歩いちゃうんだ・・・」
「ボクは・・・歩かないよ」
「え?」
「ボクはエルの前を歩かない・・・」
そう言うフィーの顔は決意に満ちていました・・・本当に強い男の子の顔です。
「どうして歩かないの? 私の後ろを歩くのは卒業しないの?」
「しないよ・・・だって、エルの前を歩くってことはがエル見えなくなるってことだよね? そんなのボクは嫌なんだ・・・それに、せっかくエルと一緒に歩い
てるんだよ、急ぐなんて勿体無いじゃん」
「なっ!」
エル姫は嬉しい気持ちと気恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。フィーは言葉を続けます・・・
「それにね・・・」
「?」
「エルも輝いてるよ・・・」
「わ、私も?」
「うん、ボクが見ればエルだって輝いてるよ。強いし、前向きだし、明るいし・・・ボクもエルみたいになりたいって何度も思ったんだよ」
「・・・」
「でも、ボクはエルのそんな辛さに気づけなかった・・・こんな憧れを持つよりもまずその気持ちに気付くべきだったよね・・・」
「フィー・・・」
やっと知る事の出来たお互いの辛いところ・・・それを知ってもエル姫にもフィーにも喜びは余りありませんでした・・・
「エル、ちょっといい?」
「?」
するとフィーはエル姫の毛に覆われた手を優しく、そしてとても大事そうに握りました・・・
「フィ、フィー?」
エル姫の突然の事で何がなんだかわかりません・・・そしてフィーは言いました。
「ほら・・・暖かい・・・エルの手ってこんなにも暖かいんだよ・・・こんなに暖かい手をしているエルが輝かないわけ無いよ」
「それは私が狼で・・・こんなに毛で覆われて・・・」
「そういうことじゃないんだ・・・」
「え?」
「ボクはこの手を握っていると暖かくなるんだ・・・身も心も・・・悲しいときも、辛い時もこの手の暖かさを思い出ていたんだ」
「それで・・・それでフィーは悲しいこと、辛い事を乗り越えてきたの?」
エル姫のその質問にフィーは笑って答えました・・・
「そうだよ、エルがくれたこの暖かさのおかげだよ」
「そう・・・あ〜あ、ずるいなぁ〜」
「え?」
いきなり不機嫌な風になったエル姫をフィーは呆気に取られたように見ていました。
「フィーはそんな暖かさがあったからそんな風に強くなれたんだ・・・私にはそんなの無かったから・・・」
「エル・・・」
落ち込むエル姫にフィーは悲しさを覚えてました・・・でも、エル姫は急にパッと何かを吹っ切れたようになりました。
「でも・・・私にも・・・私にとっての暖かい手の持ち主がいるって実はわかってるんだ」
「え?誰?」
そうフィーが言った瞬間、エル姫はフィーの胸に顔をうずめ、フィーに抱きつく形になっていたのです・・・本当に・・・愛しそうに・・・
「エ、エル!?」
驚くフィーでしたがエル姫は構わず口を開きました。
「わかってたの・・・フィーの手を握って走るとき、フィーの手って凄く暖かいってこと・・・だから嬉しかったの・・・フィーも同じ気持ちでいてくれ
て・・・」
「・・・」
「私が輝いてるって言ってくれて嬉しかった・・・私の手を暖かいって言ってくれて嬉しかった・・・だから私もいってあげるね・・・フィーも輝いてる
よ・・・こんなにも暖かい気持ちになれるから・・・」
「うん、ありがとう・・・エル」
フィーのその心は感謝の気持ちでいっぱいでした・・・でも、実はエル姫は複雑な気持ちでした・・・それは
「獣人の・・・狼の女の子が人間のフィーにこんなこと言っちゃったら迷惑・・・だよね?」
「エル?」
「ちゃんとこういう気持ちになるのは人間の女の子の方がいいよね・・・だって・・・」
「エル・・・それは違うよ・・・」
「え?」
「気持ちに人間とか獣人とかは関係ないよ・・・ボクはそう思う・・・」
その言葉はエル姫が最もかけて欲しかった言葉でした・・・その言葉に、エル姫の頬には一筋の涙が流れました・・・
「エル?」
そう心配そうに声をかけるフィー、でもエル姫の心は嬉しさでいっぱいです。
「フィーはいつもそう・・・私がかけて欲しい言葉をいつもかけてくれるね」
「そ、そう? ボクは思ったことを言ってるだけなんだけど・・・」
「でもいいの・・・だって・・・」
「だって?」
「・・・」
エル姫はそこで言葉を閉ざしました。その言葉の続き・・・それは、フィーの言葉全てががエル姫にとって宝だということです・・・でも、エル姫はそのことを
言い出せませんでした。だから変わりにはにかんだ笑顔でこう答えました。
「うん・・・だって、自分にとって輝いてるヒトの言葉は強く感じるんだもん・・・」
「エル・・・」
「ねえフィー・・・お願いがあるの」
「なに?」
「もし私が・・・自分でもわかるくらいに輝きを失っていたらね・・・またこんな風にフィーにすがりついてもいい?」
「・・・」
そこでフィーは改めて感じました・・・自分はこの目の前にいる狼獣人の女の子に本当に必要とされていることに・・・だからフィーはエル姫に負けない笑顔で
こう答えました。
「うん、ボクはキミの輝きを大切にしたい・・・キミの輝きを消さないためにもボクは輝き続けるよ」
と・・・・
輝くこと・・・それはヒトとしてとても暖かいことです・・・
この世界のこの二人は互いに輝いてることを見つけ出して自分の暖かさ、その人の温かさを感じていました・・・
アナタももし、自分が輝いていないと思ったらこの二人の輝いている思いを思い出してください・・・
この世界で奏で出す、この輝く二人の歌を・・・
【Fin】
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