少女がまた今日もお休みするよ。枕元には会いたいと願い描くことしか出来なかった狼男の絵が描かれたノートを置き、そっと目を閉じた・・・
 
 
 
 
森を裸足で歩く少女、歩くときに踏んでしまう木の枝や木の葉の音を耳に止めながらその暗い森の獣道を歩く・・・
手には会いたいと願って書き綴った狼男の絵が描かれたノート、なぜだろう・・・この道に進むと会えるような気がした・・・夢にまで見た存在に・・・
 
暗き森の向こう側に見える一つの影・・・
 
少女はそれが夢にまで望んだ存在だと知るのに数秒も
かからなかった。
 
だが・・・体は震えていた・・・
 
怖いから? 嬉しいから?
 
そんな考えを持つ前に、少女の足は自然とその存在に向かっていった・・・狼男へと・・・頬に手を触れる少女、その暖かさはその存在が狼男だと認識させ る・・・少女にある気持ちはただ純粋に一つ・・・
 
楽しさだけであった・・・
 

少女はニコリと微笑み毛深いその頬をなでる。

「・・・・誰だ?あんた?」

対して狼男は目を伏せ、マユをよせ、愛想なく少女に聞いた

しかし少女は、

「ずっと会いたかったの。」

・・・質問の答えになっていない・・。

「なんで俺なんかに・・。で、あんたは誰なんだよ?」

「私?私はねえ・・・・う〜ん・・」

自分の顎に手を当て悩み始める少女。

(なんで自分を名乗るぐらいで悩むんだよ・・。)

しばらくして少女は口を開いた

「私はねえ・・・『あかずきんちゃんかな』」

「はあ?」

「なんてね。私はルビイ」

「るびい?」

「そ!赤い宝石の名前よ。あなたは?狼さん。」

少女首をかしげて聞いた。少女の長くて綺麗な髪が揺れる。

「俺か?・・俺に名前なんてねえよ。」

狼男は少女を突き放つように答えた。どこか寂しそうな瞳で。

しかし少女はひるむことなく笑顔でこう言った。

「じゃあ私がつけてあげる。」


しかし、いざ名前を考えようともそう簡単にいくはずがありませんでした。名前は本当に大事なもの、少女はそのことを自覚していたからです・・・
その時、雲によって覆われていた月が姿を見せ、その月光により少女と狼男を照らし出しました。改めてみる狼の毛並みは月光で反射するほどの美しき青・・・ 青銀の毛並み・・・

「キレイ・・・」

その美しさに思わず見とれてしまう少女・・・だけど、そこに名前のヒントがあったのは言うまでもありませんでした。

「そうだ・・・決めたわ・・・あなたの名前!」

「俺の・・・名前?」

「うん! あなたの名前は『シアン』、キレイな青って意味よ」

「シ・・・アン・・・シアン、それが俺の名前か・・・」

「そうだよ。もしかして・・・嫌?」

名前が無かった者に名前が与えられる喜びはどんなものにも変えられないもの・・・その感情を感じられるのは狼も例外ではありませんでした・・・そう、その 美しい青の名を受け継ぐ狼でさえも・・・

「いや・・・悪くは無い・・・むしろ良い名だ」

「ホント!?」

「ああ、ホントだ」

「やったぁ!!!」

「お、おい!」

自ら考えた名を良い名と評してくれた狼に少女は思わず抱きつきました。その純粋な笑みに狼・・・いや、シアンはルビイの喜びと嬉しさを心身共に感じていた のでした。

(変なやつだな・・・こんな風に嬉しいのは俺のほうなのに・・・)

シアンはそう思いながら、抱きつくルビイをその青の毛で覆われた腕で包み込みました・・・

「ありがとう、ルビイ・・・」

心から思う言葉を本当に伝えたいヒトに言いながら・・・
その時、シアンは地面にあるものが落ちてることに気が付きました。それは、ルビイがいずれ会いたいと願い今まで書き綴った狼男の絵が描かれたノートで す・・・


ヒョイとノートを拾い上げて中を見てみるシアン。

「・・へったくそだなあ・・」

「なっ!ひど〜い!!」

ルビイはぷくっと頬を膨らませた。

「これでも一生懸命かいたのよ!」

「ああ、そう。」

シアンは素っ気なく答えると パラパラとノートめくってみました。

しかしそのノートにはどのページにもどのページにもルビイが憧れ続けた狼男が描かれてるのでした。

「なんだこれ・・?同じ奴しか描いてねえじゃねえか。」

「それは貴方よ!シアン!」

ルビイがニコリと笑って答えました。

シアンは目を丸くし

「俺?!・・・・・この犬が?」

「犬じゃないもん!!」

ポカポカとシアンをパンチするルビイ。

シアンはくすぐったくって仕方ありませんでした。

「わかった!わかった!わるかったって・・・。・・で、なんでお前は俺のことばっかり描いてんだよ?」

シアンが首を傾げてルビイに尋ねました。

するとルビイはそばにあった切りカブに腰をかけて言いました。

「私のパパはね、絵本の挿絵をかくお仕事をしてるの。」


「挿絵?」

「そう、パパの描く絵が私大好きなの。その中でも狼男が一番大好きで、私も『こんな可愛い狼男さん描きたいな〜』って思って描き続けてたら狼男さんが大好 きになっちゃったの!」

「可愛い狼男ね・・・そういうの、本末転倒って言うんじゃね?」

「ほんま・・・難しい言葉を知ってるのねシアン・・・」

「ルビイが知らなさ過ぎるだけかもな」

だけど、このノーといっぱいに描かれた絵は思いの表し。思ってくれることへの気持ちとしては悪い気持ちは生まれず、むしろ嬉しさやや感謝の気持ちがシアン には強かったのです。

「それじゃあ、ルビイから見ればオレはこんな風に可愛く見えるのか?」

「うん、そうだよ。シアン可愛いじゃない!」

「そうか・・・カッコイイ・・・は、ないのか?」

「う〜ん・・・確かにカッコイイけど・・・やっぱシアンは可愛い狼さんにしか見えないよ!」

「まったく・・・男はカッコイイって言われると嬉しいもんなのに・・・ま、可愛いって言われるのも悪くないな」

「でしょ!?」

そして、シアンはノートのページをめくっていくともうそのノートのページは最後の空白の一ページを残すだけとなっていたのです。

「なんだよ、描くに描いたんだなルビイ」

「そうだよ。だから新しいノートを買わなくちゃいけないの・・・」

「そっか・・・」

そのとき、シアンは思いつきました。

「そうだ、オイ、ルビイ・・・本物を描いて見ないか?」

「本物?」

「ああ、そうだ・・・本物の狼男を・・・この最後のページにさ」

そう言って、シアンは口角を上げ笑う表情を見せました・・・


「わあ!」

「なんだよ・・何ポカ〜ンとしてんだ」

「だってえ!シアンって笑うんだあって思って」

「なんだよ?わるいか?」

「ううん!笑って方がずっと素敵だもの」

ニコリと笑うとルビイの細くて柔らかな長い髪はふわりとゆれます。

飾りっ気のないルビイの言葉にシアンすこし調子がくるってしましました。

「と・・とにかく!描くのか?描かねえのか?」

照れを隠すようにシアンを慌てていいました。

「かく!」

ルビィは切り株によいしょっと、腰をかけノートの最後のページを開きました

あれ?描くものは?と思うでしょう。

でも大丈夫。ルビイは小さなポーチの中に色鉛筆をいれていつも持ち歩いてるから。

「なんだ、お前。いつも色鉛筆なんて持ち歩いてるのか」

「『素敵なことはいつ起こるかわからないわ』ってママがポーチを作ってくれて、パパは何も言わずに色鉛筆をプレゼントしてくれたの」

「ずいぶん愛されたご家庭だことで・・。」

「うん。ママはいつもニコニコしてルビィを抱きしめてくれるし、パパは何も言わないけどいつもルビイのことを心配しているのよ」

「子煩悩か・・」

「こぼ・・?」

「いや、なんでもねえ。ほれ、描けよ」

「うん」

ルビイはノートに大きな赤い瞳を向けて水色の鉛筆をノートに走らせました。

シアンは何も言わずルビイの前に立っててくれました。

(・・・使いこんでるんだな・・。水色。)

「フフッ」

本当に楽しそうに水色の色鉛筆を走らせるルビイ、夢の狼男を描ける喜びに水色の色鉛筆の短さなどお構い無しでした。

「その水色で俺を描いてくれてたんだな・・・」

「うん、この水色は私にとって宝物なんだ。本当に全部使い切るまで使っちゃうんだから」

「そうか・・・」

ルビイの決意にシアンも何か心強いものを感じました。

「ルビイはそうやって絵を描いているが、将来はやっぱり絵を描く人になりたいのか?」

「そうだよ。そしてね、私、皆に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

「うん・・・狼男は怖くなんか無い、本当は優しいって皆に伝わるような絵を私は描きたいんだ」

「・・・」

今の人間から見て狼男は怖い存在、そのことはシアンも自覚はしていたのですが、やはり悲しい気持ちになるのは事実でした。

「皆、ルビイみたいに思ってくれる日がくるといいな・・・」

シアンのその言葉にルビイは走らせている鉛筆を止め、強い眼でシアンを見つめました・・・

「ど、どうした?」

「私が・・・」

「?」

「私がそうさせちゃうもん・・・私が、シアンや他の狼男さんは優しくて可愛いって思うくらいの絵本作っちゃうもん!」

「そうか・・・」

ルビイの強い決意の言葉にシアンは微笑みながら腰かけているルビイの頭を撫でました。

「その夢・・・絶対に叶うって信じてるからな」

「うん! 待っててね!」

撫でられるルビイは照れ臭そうに笑っていましたが、シアンの暖かな手で撫でられる心地よさを本当に感じていました。

「・・・・・・・」

シアンは大きな赤い目に恐怖を感じました。

その深い赤い瞳孔の奥に飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥り、一瞬息も出来ませんでした。

 

「シアン。大丈夫?」

その声にハッと気がつくと、目の前の少女はいつの間にかふわふわの髪を揺らし

明るい目をしたルビィになっていました。

 

(・・・なんだ・・今の)

先ほど自分に恐怖を与えていた瞳はまるで自分の幻覚だったかのように思えます。

「ねえ、続きかくよ?」

小首をかしげてルビィはたずねました。

「あ?・・ああ、頼む」

おくれてシアンは返事をするとまた少女の絵を待つことにしました。

 

さっきみた瞳が喉につっかかってどこか苦しくかんじながら。

 

「う〜〜ん・・今日はうまくかけないなあ・・」

首をひねりながら悩んでいます。

「いつもあんなんでうまくいってるほうなのか?」

からかうようにシアンが言いました。

「ああ!ひどおい!!!」

膨れてる少女に青い狼はケラケラと笑いました。

 

「ところでシアン。」

「ん?」

「この森ってあなた以外に誰かいないの?」

「はあ?しらねえよ。いねえんじゃねえの?俺以外はみたことがないぜ?」

「そんなことないよ。ここには他にも住人がいるはずだわ」

「なんでお前がそんなこといえ・・・」

 

 

「ほっほっほ・・楽しそうじゃのう」

 

聞き覚えのない声にシアンが後ろをふりかえると・・

大きな巨体が全身銀色の体毛に覆われた熊の老人がそこで髭を揺らしながら笑っていました。

 

「ほおらね!」

ルビィは得意気に言いました。

「誰だよ!!!おまえ!!!」

すばやいシアンのツッコミが入りました。

 

 

 

「わしか?お前さんよりずっと前からこの森に住んでるものじゃよ」

シアンは愕然としました。

ここにいつからいたかは覚えてませんが、自分より先に住人がいたことに。

 

「久しぶりじゃなあ、大きゅう育ったなあ・・ルビィ」


「あ! テーベお爺ちゃん!」

シアンが困惑する中、当のルビィは飛び跳ねたようにその銀色の熊獣人さんの名前を呼びました。

「ルビィや、元気だったか?」

「うん!」

その光景は孫に久々にあえてうれしいお爺ちゃんのようです。しかし、その空気に屈することなくシアンは疑問を投げかけました。

「おいルビィ! そいつは誰だよ?」

「え? テーベお爺ちゃんだよ」

「そいつか? お前が言ってたほかの住人ってのは?」

「そうだよ。テーベお爺ちゃんのおかげで私、シアンに会えたも当然なんだもん」

少々驚いた様子でシアンはテーベお爺ちゃんの方を見ました。当の本人はルビィに自慢されて「ほっほっほ」と笑いながらその長い髭を触れてました。

「儂はルビィと前に会っておったのじゃよ。そのときのこの子の喜びようは今でも忘れられんのぉ・・・」

「喜びよう?」

「左様、儂みたいな獣人がいるということはシアン、お前さんのような狼男もいてもおかしくないと思ってはしゃぎ回ったんじゃよ」

テーベお爺ちゃんはルビィの頭を優しく撫でました。頭を撫でられてルビィも心地よさを覚えているのでしょう、照れ臭そうに笑ってます。

「そこで儂は教えたんじゃよ。『狼に会いたいと願えば必ず会える』とな・・・」

「根拠も無い事を言うんだな・・・もし、ルビィが俺に会えなかったら爺さんはどう責任取るつもりだったんだ?」

二人が多少口論になっていてもルビィは描くその手を休めません。とても集中してるのでしょう。そんなルビィの様子を見てテーベお爺ちゃんは微笑んだ後、自 信満々に言いました。

「大丈夫じゃよ。それは、他の子でもない、『この子』だからじゃ・・・」

「・・・?」

意味含んだテーベお爺ちゃんの言葉にシアンは首を傾げるしかありませんでした。