九尾神楽 カギヤッコ作
 夏の暑さは残るものの、朝晩の空気には少しずつ秋の涼しさの混じりつつある九月半ば。既に多くの田が金色に染まった稲穂を刈り終えた茶色の大地を露にして一時の休息を迎えている。
 そしてこの夜は中秋の名月。月明かりに照らされた田畑はどこか幻想的な空気を感じさせ、人の住む世界と隣り合わせながら直接交わる事のない世界の者達が当たり前の様に闊歩してもおかしくはない。
 もっとも、そう言う存在とは行かなくとも山林に近いこの地では山から下りてきたサルや狐が時折降りてくる事もあり、農家との軋轢も少なくはないながらもそれなりに共存はしている。
ヒュル……。
 今夜もほんのりと涼しい秋の夜風に導かれる様に狐達の群れが集っていた……。

 小川のほとり、既に刈り終えた田との狭間にある岸辺で狐達が集っていた。
 円陣を組む様に座って語らい、時には軽くじゃれあっているメスの狐達。それ自体はもしかすると狐達の世界では当たり前の光景かもしれないが、この狐たちはその点では「当たり前」ではなかった。
 彼女達の顔は白地に目元口元、そして耳が赤い縁を彩り、そのどれもが無表情であった。
 それでいてその口からは明るい声が漏れている。
 そしてその後ろには長短や茶色、黒の違いはあれど長い髪がなびいている。
 さらに言うなら彼女達の全身は金色の毛皮どころか尻尾さえもなく、前足は地を駆けるより物をつかむ事に特化している。
 その胸には大小の違いはあれど一対の柔らかい「実り」がなっている。
 そう、しいて言うなら彼女達は狐の顔をした人間―いや、生まれたままの姿に狐の面を被った人間の女性達である。
 かの地では田植えが終わる時期の夜に導かれる様に狐面を被り全裸となった女性達が田畑を回って稲を育て終えた大地をねぎらうように舞い踊ると言う不思議な習慣がある。
 もちろんその事実は外部のものはもちろん肝心の女性達さえその事を「その時」が来るまで知るよしもない。
 そして仮に同じ様に踊る女性達を目にする事があってもその素顔を見せ合うことどころか声をかける事もない。あたかもそれが彼女達が「裸に狐面を被って舞い踊る」と言う人間としては「禁断の快感」を得る為の必須義務であると認識している様に。
 ゆえに彼女達がこうして一堂に会すると言うのは文字通り稀な事である。
 集ったのは10人。みなこの地、あるいはその周辺に住んでいる十代から二十代の女性達らしいと言う事以外はその顔から下の肢体から見て取れるが、それ以外の事は何もわからない。
 そして彼女達自身も自分の本名など「面の奥」の事は互いに伏せ、たわいもないやり取りに終始しながらもにぎやかに語らい続けている。
 宴が終われば互いにそれぞれ別々の場所に散らばり、そこで面を外して衣服をまといもとの人間の女性としての日常に戻ってゆく。
 もちろん道で出会っても気づく事はないであろうがゆえ、彼女達はこの一夜の縁をかみ締めるように語り合っていた。
「ねえ皆さん、わたしこんなの持ってきたんですけど、頂いてくれますか?」
 宴たけなわの中女性の一人が取り出したもの、それは竹の筒だった。
「なになに?」
 1人がそれを手に取り中身を確かめる。
 その筒の上には何かの栓がしてあり、軽く振ればチャポチャポと水の音がする。
「これ、わたしが作った果実水です。もちろん未成年の方でも飲めますよ」
 そう言われて女性達の中でも少し小さめの体格をした面々―おそらくは学生だろう―もホッとしたように手を伸ばす。
 そして一同は食事を取っていた時のようにほんの少し面をずらして筒の中の果実水を喉に流し込む。踊りつかれていた彼女達にとってそれは何よりの「恵み」であった。
 そして喉と心を潤わせた彼女達は再び談笑を始めていたが、その肌は少しながらほんのり赤みを帯びてきていた。
「…暑くなって来ない?」
 1人がそう言った。
「そうね、ちょっと蒸し暑くなってきたかも」
 別の1人がそう言う。
 しかし、秋の夜の空気は湿気よりも涼しさをまとい、吹き抜ける秋風は幾度となく彼女達の裸身にひんやりとした刺激を送っていた。
「なんだろ……この感じ……ちょっとムラムラして……気持ち良い……」
 最初に筒に手をかけた女性がふらりと立ち上がり歩き出す。その先には筒を勧めた女性が座っている。
 女性は迫ってきた相手に驚く事無くごく自然に体を広げてそれを出迎える。
ドスン。
「あっ」
 その柔らかい重みを受け止めた時、座っていた女性は軽く声を上げる。
 二人はしばらくそのまま重なっていたが、どちらからともなく腕を回し、互いに押し付けられる形になった乳房を揺り動かす。
「あん……」
「あっ……」
 抱き合う女性達を見ていた他の女性達はその光景を息を呑んで見つめていたが、それに刺激されるように互いに目を向けた相手と同じ様に体を重ねていった。
「あんっ、はんっ、はぁんっ」
「あっ、きゃんっ、ふぁんっ」
 最初に体を重ねた二人は既に乳房を重ねる段階を追え、互いに足を絡めてその奥にあるものをこすり合わせている。
 狐面のみの全裸の女性同士がまるで獣のように交わる姿は妖しくも美しいものを感じさせる。
 互いに攻め、互いに受け、まるで主導権争いをするかの様に体を重ね、交えていく。面越しに顔は見えないが、その顔は恍惚感と闘争心に彩られているのかもしれない。
 そして、とりあえずの主導権を握ったのは迫った方の女性であった。迫られた方の女性は四つんばいとなり、その小さくも形のいいお尻を前に突き出す。
 迫った方の女性はそれに自分の前の部分をそわせ、そのまま体を前後に動かし始める。
ペチッ、ペチッ、ペチッ、ペチッ……。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
ピチッ、ピチッ、ピチッ、ピチッ……。
「あっ、うっ、うっ、うっ」
 突き出したお尻と女の証がぶつかり合う柔肌特有の響きが鳴る。
 互いに女同士である以上構造的には直接触れ合う事はない。しかし、あたかも本当の雌雄の獣がそうするように2人は感じあっている。オス役の女性は髪を、頭を、乳房を激しく揺らしながら腰を打ち込み、メス役の女性は同じ様に揺れ動きながらその腰を受け止める。
 そして、オス役の女性の高ぶりは極限に達した。
「うわぁーっ!」
ズバッ!
 彼女が声を上げたのは妄想とリンクした絶頂だけでなく、もっとダイレクトな感覚。自分の中から何かが突き出した、そんな感覚ゆえだった。
 恐る恐るそれに触れて見る。
「あ……あは……やった……」
 自分の中から本来の自分には存在するはずのないものが現れた驚きや恐怖よりも自分が「本当の意味で」“オス”になった喜びの表情をうつろな顔で浮かべた彼女はおもむろに生まれたてのそれをメス役−いや、メスの女性に突き入れた。
「うっ!」
「あっ!」
 互いに貫通の声を上げながら2人はさらに行為を進めてゆく。
 周りを見渡せば他の女性達も「オス」になった者が「メス」達を貫いている。
ズッ、ズッ、ズッ、ズッ……。
「うっ、うっ、うっ、うっ」
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!
「あっ、あっ、あっ、あっ」
 紛れも無い本物の「オス」が「メス」を往復する音、そしてより激しさを増した肌の打ち合う音が響きあう。
 すでにオス役の女性は体や声こそ女性のままだが、股間のものとその動きは完全に「オス」であった。
 そして、メス役の女性も「狐面を被った全裸の女性の姿をしたメスの獣」のようにひたすらメスの快楽の中にいる。
 文字通り雌雄に分かれて交わりあう女性達。一見みだらな光景ではあるが、かつてこう言う行為は文字通り自然、そしてそこに住まう者達との「交わり」を意味するともされていたと言う。
 彼女達が先ほどまで田畑を舞い踊り続けていた事を考えれば、これもまた「みだらにして聖なる儀式」と言うべきなのかも知れない。
 そうこうするうちに彼女達は二度目の「自然の境地への接触」を行なう時を迎える。
「ううっ……ううぅ……ううっ……うあーんっ!」
「ああっ、あっ、あっ……あーんっ!」
ズプッ!
 2人が達した瞬間、オス役の女性は交わっていた場所から引っ張られるような感触を覚えた。
 達した余韻の中でそれが何かを確かめようとしたが、それをする間もなくその体は文字通りメス役の女性の中に吸い込まれていった。
カランッ。
 残された狐の面が乾いた音を立てて地面に落ちる。
 メス役の女性はしばし二重の恍惚に酔っていたが、その声が少し荒くなる。
「はぁん……ふぅんっ……ああぁん……」
 体の中で何かが駆け巡る感覚。それは自分の中に吸い込んだ女性があらぶりながらうごめいているものだろうか。
「あぁっ!」
ニュルッ!
 達した瞬間、そのお尻から何かが突き上がった。
フワサッ……。
 秋風に舞う穂草のように揺れ動くそれは間違いなく狐の尾だった。
「ふうっ……」
 それをいとおしそうに抱きしめる女性。
 しかし、それを確かめる間もなく別の女性が近づいてくる。そのお尻からはふさふさの尻尾がなびいている。
「来て……」
 迷う事無く体を広げる女性。
 それに魅了されるかのように迫ってきた女性の足の間からムクリと「オスの証」がせり上がる。
ズブッ!
「うっ!」
「あっ!」
 今度は前ふりなしでそのまま交わりだす二人。すでに雌雄の役が決まっていた事もあってかその辺りはスムーズなれども動き自体はより激しくなっている。しかし……。
フサッ、フサッ、フワサッ
「うっ、きゃっ、あんっ」
 メスの肉体にオスの精力とその象徴を表し極度に敏感になっていたオス役の女性にとってメス役の女性から伸びていた尾は余りにも酷な代物だった。
 柔らかくも弾力のある毛に覆われた尾がその背中を、乳房を、腹を、お尻をなでまわす。
 さらにそれに呼応するように自分の尾も自らを撫で回す。
 突き動かしている時点で自分が主導権を握っていたはずだったのにいつの間にか快感に酔わされている。
 しかし、既に動きは止まらない、いや、止めたくない。オス役の女性はそのまま動きを続け……。
「うわぁぁーんっ!」
「あーっ!」
ズブッ!
カランッ!
 絶頂の声と共に狐面を残してメス役の狐の中に吸い込まれて行った。
「うっ!」
フワサッ……。
 そのあと、メス役の狐のお尻から2本の尾が伸びる。計3本の尾を揺らしながらメス役の女性は面の中で恍惚とした表情を浮かべる。
 そこにまた別の女性が現れる。5本の尾をなびかせて。
「ああ…気持ちいい……もっと、もっとちょうだい……」
 その威圧感に三尾の女性は気押されがちになるが、今度は自ら五尾の女性に飛び込んでいった。
くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ。
ネチャッ、ネチャッ、ネチャッ、ネチャッ。
 両者のせめぎあいは何時果てる事無く続いた。共に感じ、感じさせる壮絶な戦い。
 両手だけでなく両足の指を、乳房を、尾を、そして面越しの下を駆使しての主導権争いに勝利したのは……五尾の女性だった。
 そして、股間から高らかに「オスの証」を掲げた彼女は膨張寸前の素肌をそのまま計8本の尾に導かれ……。
「ああーっ!」
ズブッ!
 三尾の狐の中に消えた。計9人の女性を飲み込んだ女性はゆるりと立ち上がり、そのまま両手で股間を押さえる。
「ふうっ……はぁ……これは……ちょっとすごいかも……ああ…」
 髪を振り乱し、3本の尾を揺らしながら彼女はそれでも股間に添えた手を外さず体をそらし続け……。
「はぁぁぁぁぁぁーんっ!」
 中からの大爆発をその身で受け止める。
ズバッ!
 その瞬間、彼女のお尻から6本の尻尾が生え、顔を覆ってた狐の面が砕け散る。
 そこから現れたのは明らかに人間のそれとは異なる―狐の顔だった。
 静かに前足―すでに獣のそれに変わっている―を地面につける頃にはその乳房も体の中に引き込まれ、代わりに全身は金色の毛皮に覆われていた。
“ふう……最近の人間は文明のせいで霊的な力が衰えたとは言っても侮れないものが多いの……”
 狐は見事なまでにたわわな毛皮をまとい、たくましくも弾力的にゆらぐ9本の尾を見つめてそうつぶやく。
“まあ、なればこそ我の役目もこうして果たせるし、我自身も身も心も癒す事ができるのだから悪くはない話ではあるな”
 そう言いながら狐はその尾を巧みに操り、地面に転がった面をつかむとそのまま尾の中に飲み込んでいく。
“うんうん、今年の巫女達はより活力にあふれておる。これほど地に気力が満ちれば来年もこの地は豊作間違いなしじゃ。”
 そして狐は軽やかに田に降りると鮮やかに身を翻して舞い始める。9本の尾もそれに合わせて軽やかに動く。
 その中で9人の女性達は文字通り身も心も一つになって交わり、舞い続ける。
 狐と一つになった時点、いや、互いに一つとなり続けた時点で彼女達の記憶や意識は蕩け、純粋に求め合い高めあうエネルギーのみの存在になっている。
 そのエネルギー同士のぶつかり合いはこの地を守る稲荷狐の化身である九尾の狐、そしてこの地に大いなるリフレッシュを与えているのだ。
 そして、舞は何時果てる事無く続くのであった……。

 しかし、時は過ぎ宴にも終わりは来る。
“……そろそろか……名残は惜しいが開きとせねばなるまいの……。”
 名残惜しそうに狐はそう言うと、田畑から飛び上がりいずこかに姿を消す。
 そしてたどり着いたのはとある草むら。
 その口元を器用に使って取り出したのは一組の衣服である。
“色々世話になったの、これからも息災で暮らせよ”
 そう言うと狐は衣服の中に腰を下ろす。
ムクッ、ムクムクッ!
 狐の足の間から何かがせり出され、衣服の中に潜り込む。
 それを確かめる事無く狐は別の場所に消えて行った。
 その後、衣服の中で何かが少しずつうごめき始める。
「……ぎゃぁ……ふぎゃぁ……おぎゃぁ、おぎゃあ……」
 それは一人の赤ん坊であった。激しく全身を動かし、命の証を立てるように泣き叫ぶ赤ん坊。
 その姿はどんどん大きくなってゆく。
「おぎゃあ、おぎゃあっ、ああっ、ああ、あ……」
 赤ん坊から幼女、少女を経て一人の女性に……。
「はあ……はあ……わたし、何してたんだろ……」
 全身を満たすけだるさ、そして心地よさにしばし動けないまま仰向けの姿勢で彼女は我に返る。
「確かここまで散歩に来て、そこで妙に気持ちが盛り上がって服を脱ごうとした所までは覚えているけど……なんなんだろ?」
 女性はしばし首を傾げるが、東の空が少しづつ明るくなっている事に気がつくと仕方なげに身を起こし、改めて身支度を整えると自身の日常に戻って行った。

 同じ様にかの地に導かれ狐と一つになった女性達は同じ様にもとの人としての日常に戻り、二度と狐と交わる事はなかったが皆それぞれに息災に、そして幸せに暮らしたと言う。
 それが地鎮を司る稲荷狐の巫女としての任を全うした彼女達への狐の例であるか否かは定かではない。
 ただ、この儀式はかの地が続く限り代を越えて続く事に変わりはなく全ては秋の穂と風と月と稲荷狐だけが知っている話である。


 おわり
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