彼女は静かに部屋を去り、ビデオカメラだけを手に倉庫の外に出る。
ヒュルル……。
少し冷たい夜風が草むらを駆け抜け、かすかな飾り毛以外は産毛もほとんど無い彼女の素肌を駆ける。
「うっ……」
思わず身を縮ませるが、気を振るう様に身を震わせる。寒さで一瞬戻ってしまった「人間としての自分」を振り払う様に。そしてビデオカメラを壁沿いの資材跡に置くと、向かい合うように置かれている小さな岩に腰掛ける。
「うん……うぅ〜ん……」
そのまま両手を付いて大きく体をそらす。月をバックに浮かぶそのシルエットはまさに官能的な美しさを見せる。彼女は両脚を静かに広げ、カメラに自分のあられもない姿を見せる。こんな行為、人間の時には絶対にやらない。いや、普通の狼だってやるはず無い。
自分のやっている行為の卑猥さをマスクの中で彼女は自嘲するが、これもまた彼女の求めるものを得るためには越えなければならない壁だった。
「ふう〜、はぁ〜っ」
彼女はそのままの姿勢で大きく息をし、体を前後にそらす。その脳裏にあるものを意識しながら。
「ふう……うう……」
上体を前後にそらす一方で彼女は腰にも力を入れる。彼女の中にあるかすかな草原の奥にある門を押し開ける様に。既にその門の周りは夜露に濡れているが、その門はまだ開かない。
ガバッ!
何度か上体を動かしたあと、彼女はおもむろに乳房をわしづかみにする。
「うっ、うっ、ううっ……」
それこそ狼が得物をむさぼる様に彼女は両腕に宿った狼の顎で人間の女性の乳房を貪り食わせる。
「はぁっ、あっ、ああっ……」
頭の中で自分が人間の女性から今の姿、そして新たな姿に変わってゆくイメージを意識しながら彼女は腕に、腰に力を入れる。そのイメージは彼女の中に激しい快感をもたらそうとする。
「はぁ、はぁ、わ、わたし、わたしは、わたしぃはぁ……」
両手で乳房をもみしだき、腰に力を入れて門を開けようとする快感を原動力に彼女は求めるイメージを形作り、その姿に自分を変化させたいと必死で念じる。
なりたい、なりたい、あの姿に、あの姿に……。
そして、その姿が彼女の脳裏を、そして心一杯になった時。
ドバッ!
「うあっ!」
全身をそらしきった瞬間、門が開き、激しい水柱と共にそれは現れた。
門を破って現れた長く、たくましいもの。
おぼろげな記憶の中にある人間のそれとは違うもの。それは本来彼女が人としても、もちろん狼としても永遠に持つ事の無いはずのものだった。
「はぁ……はぁ……」
けだるさによいながらも彼女はそれを静かに見つめ、静かに触れる。
「あんっ」
人間の女性の体を持つが故の敏感さはその未知の感覚を強烈に伝える。
「ふぅ……ふふっ」
少し驚きながらも彼女は自分に現れたそれをいとおしそうに見つめ、それを守る様に足を組んで座り直す。これで自分は一歩先に進めた。その喜びが彼女の中に満ちてゆく。しばし月光欲を楽しんだ後、彼女は岩から降りると改めて両手を付き、全身をそらしながら。
「うお〜んっ!」
と一声鳴いた。今まで上げていた少しかわいらしい人間の女性のものではなく、一回りたくましい獣の声で。
もっとも、ここに来た当初はまだ恥じらいもあったのだが、行為を続けるうちによりたくましいものになってはいたのだが、今の彼女の声はそれをもはるかに越えていた。満ちていた。今まで以上にない獣の気が体に満ちていた。その喜びもつかの間、彼女の中に更なる願望が満ちていた。
だめだ。このままじゃ、こんな姿じゃこの熱いものを抑えきれない。
そう思うと彼女は再度座り直すとおもむろに両手でそのものをつかんだ。
「ああっ、はぁっ、はう……」
激しく両手を上下させ、彼女はさらに念じる。今それをつかむ細くて小さな前足、体をそらす度に揺れる乳房、それを支える後ろ足、そしてその行為が伝えるか細くもしびれる様な感覚とそれがもたらす細く甘い声……それら全てが今の彼女の「枷」であった。
それら全てを吹き飛ばし、衝動を解放したい。その衝動と一つになりたい。
その衝動と自分の意識が一つとなった姿を思い浮かべ、その中で自身をその姿に変えていきながら彼女は激しく体を動かす。
「あんっ、ああっ、はうっ、ううっ、うううっ、ううぉっ……」
そうするうちに漏れる声の形や太さもより獣に近くなる。
もう少し、もう少しだ。あと少しでわたしは……。
そして、彼女は二度目の臨界に達する。
「うおーんっ!」
絶頂の瞬間、その門からさらなる水柱が上がると共にその衝動は噴出した。彼女の細い前後の足、形のいい乳房やでん部が全て引き裂かれる様に盛り上がり、たくましい筋肉の鎧に覆われた四肢と胸板、腹筋が浮かぶ。
「うう……うおお……うおおお〜ん」
彼女―いや彼は再度立ち上がり、生まれ変わった自身を見回す。ほんの数秒前まで自分は人間の女性の体をした狼だった。さらにその数十分前は人間の女性だった。おぼろげにそれは覚えているが、それは全て今の彼には遠い記憶だった。
全身をたくましい筋肉の鎧に多い、その足の間からはそそり立つオスの証。まさに人間の男性の体をしたオスの狼がそこにいた。そう、それこそがかつて彼女が求めていたものであり、その為に今夜は今までかぶっていたメス狼のそれではなくオス狼のマスクを被りこの地に立っていたのである。
「うお〜んっ!」
改めて彼は両腕を大きく広げて月明かりに、草原にその姿を示す。生まれ変わった自分の姿を見せ付けるように。
「ぐっ!?」
不意に違和感を感じ、彼は身をかがめる。しばらくの間身をかがめていた彼だったが、さらに湧き上がる力に耐えられず、大きく身をそらした。
「ウオォーンッ!」
爆発と共に何かが吹き飛び、ヒラリと舞い落ちる。それは彼の被ってたオス狼の顔のマスクだった。その中にあった顔……それもまたオスの狼のものだった。もう彼を抑えるものは何もない。そのまま背を向けて走り出した彼の全身をいつしか獣の毛が覆い、尻の先からは獣毛に覆われた尻尾が生え、その四肢も地面を駆ける内に完全に四本足のものに変わって行く。
満月の元、全てを解き放った一匹の狼の歓喜の声がこだましていた……。
その数時間後、黎明の中で草むらの中から全裸の女性がけだるそうに起き上がる。女性は少しその気だるさに酔っていたが、少し名残惜しそうにきびすを返すと倉庫のある方向へと戻っていった。その数分後、朝日を背に倉庫を離れる一台の自転車にまたがる着衣の女性の姿があった。
意識の世界で新たな姿を手に入れた快感のはて、マスクを外して喜びに浸る喜びと楽しみに酔い乱れる全裸の女性の姿を納めたデジタルビデオカメラと共に……。それからも彼女は雌雄・完半を問わずここで狼となって自らを解き放っている。そしてデジタルビデオカメラはその度に生まれたままの姿で夜を駆ける一人の人間の女性の姿を映し続けている……。