真夏の夢MEI作
 私は向井真理。乗馬倶楽部で研修生をしている、「一見」普通な(普通、と言うよりも地味かも) 人間だ。しかし、それはあくまで見た目だけを判断した場合であって、中身はホントに普 通じゃない。何と言っても、恋人が馬なのだから……。

―― 真夏の夢 ――

「真理。今日はやけに張り切ってるな」
 朝、父が私にかけた言葉がふと過ぎった。私は滅多にしない朝シャンなどをして、今朝家を出たからだ。
(だって……、ねぇ?)
私は顔を上げて、恋人の瞳を覗きこんだ。
 彼は、れっきとした馬だ。栗毛のサラブレッド。名前は、ロック。もう20代と高齢だが、元気な牡馬だ。そして今現在、私が居るのはその彼の馬房の中。私はこの「恋人」の為に最大級のオシャレをしてきたのだ。勿論、この後には仕事が待っているから、このオシャレも台無しなんだけれど。朝イチで彼にこの姿を見せられれば満足だった。
「じゃあね、ロック。私は仕事してくるから。また後でね」
私は彼の頬に軽くキスをして、馬房の扉を開けた。厩舎を吹き抜ける風が、私のしっかり整えたロングヘアーを揺らしていった。扉が重く感じるのは、それが鉄製と言う事だけでなく、彼の傍から離れるのが、名残惜しいから。
 でも、今日は特別な日だから我慢する。今日は初めての宿直。つまり、乗馬倶楽部に泊まりこむのだ。夜、ゆっくりと二人で過ごせる。そう思うと、チャッチャと仕事を済ませたくなり、足元は軽くなった。
「じゃ、ね」
 馬房の扉を締め、彼に手をふる。彼は私が背中を向けるとおが屑に混じった細かい乾草を拾って噛み締めた。時計は10時を指している。昼飼いまではあと一時間。頑張れ、ロック。

 昼を過ぎると、私の仕事は一気に忙しくなる。厩務、騎乗、グルーム接客、初心者クラスのレッスン等々……。
 せっかくキメた髪型もあっという間に吹き出す汗で崩れてしまった。しかし、そんな忙しない中でも、私は彼の馬房の前を通る時は、少し歩調をゆっくりにして、彼と目を合わせた。彼も私の姿を追ってくれているから。そんな彼の姿を見る度、私は今晩の甘い時間を思い描いては気合いを入れた。

 そして夕方…否、夜か。お客様が帰ったのを確認して、最後の掃き掃除を終えると、解散の声がかかった。それと同時にスタッフ達がポツポツと減っていく。私は宿直なので、スタッフルームのレンジを使って温めたコンビニの弁当を食べていた。もうここに戻ってくる事は無いだろうから、早めの夕食とした。私の足もとには大きな荷物が転がっている。中身は、沢山の人参、大きな水筒、薄い寝袋、着替え一式。そう。私は一人での宿直を利用してロックの馬房に泊まる計画を前々から練って いたのだ。最後のスタッフが「お疲れ様」と言って部屋から出て行ったのを確認すると、私 は荷物を持って外へと出た。
 向かうのは、愛しい彼の馬房。きっと彼は私を待っている。

「ロック」
 私が声をかけると、ロックはゆっくりと振り向いた。8月の熱気が篭る馬房から少しでも逃れるためなのか、彼は後ろに空いた小さな窓から鼻先を出していた。しかし、私の姿を見つけると、優雅な動きで身体を回転させ、私の元へと鼻を寄せた。暖かい息が胸元にかかると、私は幸せで満たされた。馬房の扉を開けて全開にする。厩舎の全ては馬栓棒で塞がれているから、放馬してもたかが知れている。
 でも彼は走り出したり、ましてや暴れたりもせず、身を乗り出して私に強く擦り寄った。大きな顔をぎゅっと抱き締めて、私は彼にキスをした。心臓が高鳴る。これは、間違いなく恋をしている時の気持ちだった。
「ハァ……ロック。お前が人間なら、良かったのにね」
私は彼の頬をポンポンと叩きながら、普段は決して言えない本音を呟いた。
(僕は、君が馬なら良かったと思ってるよ)
「……?」
確かに私以外の声が聞こえた。そう思った刹那。
「グッ!?」
 私の心臓はいきなり破裂しそうになった。身体が熱を持っている。あまりの苦しさに私は思わず厩舎の通路にしゃがみ込んだ。何事かと思って手を見れば、中指がメキメキと伸びて、その他の指が腕の方に吸収されている。
「な、何コレ……。……ロック、ロック?大丈夫だからね。ちょっと待っててね」
 身体が変化して、厩舎の通路でもがいている私を、彼はじっと眺めていた。怯えているのかもしれない。私は精一杯の声を喉の置くから振り絞った。開けた口からはトロリとした粘液が垂れていて、かなりだらしなかっただろう。
 心臓の動悸が治まると、本格的に私の身体は変化し始めた。伸びた中指の爪が肥大して蹄を形作る。お世辞にも大きいとは言えない胸が、綺麗に無くなり乳首が腹を伝って足元へと移動して、それと同時に腹が大きく出てくる。全身には細かいグレーの毛が生えてくる。骨が変形する、鈍い音がどんどん大きく聞こえるようになる。服は容赦なくビリビリと破け、コンクリートの床を彩った。
「あぁぁ……」
 私の口からは何ともいえない声が漏れてくる。その声は、心なしか馬の嘶きに聞こえた。そして足もとから、肩、首……と徐々に変化は収まり、最後に視界だけがグンと広がって私の体の変化は収まった。視界の広がった目で自分の体が見えた。そこには、紛れも無く、馬の身体があった。芦毛の牝馬。……これは、紛れも無く、私なのだ。信じられない……けど。

「大丈夫だった?」
 不意に優しい声がした。振り返ると、そこには私の恋人が、いつもと変わらぬ姿で立っていた。
「ロ……ック?ロックなの?この声は」
「僕だよ。僕意外君と話したい馬は居ないからね。真理、やっと話せるようになったよ」
 私は、彼、ロックと話せるようになった喜びに気付くと、何故こんな事になったのかという疑問はすっかり忘れてしまっていた。それに多分、考えたって解らないだろうし。
「よぉ〜、ロック。その可愛い牝馬チャンは何処から来たんだ?」
隣の馬房に暮らしている、ラッキーが顔を出してきた。彼もロックと同じく20代の馬だ。
「止めろよ、ラッキー。それ以上茶化すと許さないからな。これは僕の恋人、真理だ」
「馬鹿言え。真理は人間だろ。……そうか、ロック。ついにボケたのか。お気の毒にな」
「黙って眠れ」
馬同士の囁きが、会話が、言葉となって聞こえる。私は、間違いなく馬になったのだ。
「ゴメン、真理。ラッキーはいつも五月蝿くて」
「知ってるよ」
 そう。私はラッキーの事も何度もお世話している。しかし、こんな軟派な性格だったとは。ちょっとだけラッキーが女性のお客さんにモテる理由が解った気がした。ロックと会話が出来る。ロックどころか、全ての馬と。
 私は試しに馬同士のコミュニケーションを取ってみる事にした。まずは鼻先を合わせて挨拶。そしてゆっくりと首を交えて、互いに鬣の付け根を甘噛みしあう。ロックのグルーミングはとても上手で、私はついトロンとしてしまった。
「あ……」
「どうした?真理」
「う、ううん。何でもない」
 どうした事だろう。私は急に腰の辺りにくすぐったい感覚を覚えた。まさか、とは思ったが、その「まさか」は次の瞬間、疑うようも無い事実として突きつけられた。
「ちょっと……待って」
腰がひとりでにガクンと落ちる。中腰になった私は、身体の奥が熱いのを感じた。
「どうした?」
「何でも……」
 無い、とは言えなかった。私はこの現象を、知っているから。紛れも無くそれは、(牝馬にしては)季節外れの『発情』だった。私の意思に反して身体は疼き、牡馬を誘う甘い蜜を垂らしてしまう。
「準備出来たみたいだね」
「え?」
 次の瞬間、ロックは私に覆い被さっていた。私のすぐ後ろでロックの荒い息遣いが聞こえる。
「痛……!!痛いよ、ロック!!」
 ロックは私の首元を強く噛んで、逃がさないように前足でシッカリ抱え込んできた。そして、程好く濡れた秘部に、ロックの逞しい先端を感じた。
「我慢して。すぐに良くなるから」
「いッ……」
イヤ、と言う前に私の身体はロックを飲み込んでいた。湿った音が厩舎に響く。じっくりとした前後運動は、私の理性を奪っていった。快感に溺れる中で、私はロックの声を聞いた。
「真理……!!明日からも、僕を……愛してくれるよね……?」
上から覗き込んできたロックの瞳は、とても潤んでいて美しかった。
「勿論だよ、ロック。大好きだからね」
 もう二度と交わせないであろう愛の言葉を囁くと、ロックは私の中で果てた。そしてまた、私もその熱い感覚で意識を失った。間違いなく、私たちは結ばれた。それだけで、私はとても満足だった。

―――…………寒い。

 私は冷ややかな風に起こされた。身体を起こして見ると、人間の姿の「真理」がそこには居た。しかし、服は着ていない。いくら真夏の8月と言っても、明け方は寒い物だ。
「ロック?」
彼は開いた扉の向こうで、夜が明け始めた窓の外を眺めていた。
「変な夢だった……のかな」
 とりあえず私は、着替えを荷物から取り出した。流石にこんな姿、他人に見られたらたまらない。反動をつけて立ち上がると、身体の中から何かが流れ落ちてきた。それは、白く濁った液体。極少量だったが(大量だったら、ちょっと困る)間違いなくそれは、彼の物。持ってきたタオルで身体を拭いて、私は素早く着替えた。着替えながらよくよく見れば、周りには破けた服の破片が散らばっている。
「夢じゃ……無かったのかな」
私が起きた事に気付いた彼が、ゆっくりと振り返った。その顔は、いつもよりも幸せそうだった。
「まぁ、いいか」
 そのの顔を見たら、私はそれが夢であろうと現実であろうと、どうでも良くなった。私は間違いなく彼と結ばれた。それだけで、十分満足だった。
 着替えを終えて、周りを片付けると、私はいつもの通り彼に挨拶した。
「おはよう、ロック」
 私は次回の宿直を楽しみにしながら、ゆっくりと馬房の扉を閉めた。もう名残惜しくは無い。
「じゃあ、また今度ね」
 私は軽くロックの鼻先にキスをして、厩舎の馬栓棒を外した。爽やかな8月の風が、厩舎の中と私の心に吹き込んだ。


END
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