「んっ…も…」
「したかったのは…僕もだし…くちゅっ」
抱きついてからの口づけ、キスが深まるのは、もう瞬く間の事。ここまで見ればお分かりになる、とは思えるが「ボク」と「俺」はいわゆる同性愛、より言うなら両性愛者同士でどちらでもあり、女性も好きだけれど、との所でふとした縁から惹かれあい、こうした関係になってもう結構な年月が経つ。
今日も今日とて、「俺」の家に「ボク」が遊びに来た、とのところからこうした展開となっているのであるが、ただそれだけではないのをご覧に入れよう。そう今、口づけを交わしあい、その身を絡ませ合うふたりの肉体を良く見て、何かふとした事には気付かないだろうか。
「んん、はあイイ…」
「うん、もっとして…っ」
「ん…っ!」
勿論、最初に目の行くのはその絡み合う姿そのものだろう、そしてそこから発せられる囁きや喘ぎ、はたまた水音、そうしたものが耳に届いてくる。
しかし注目すべきではそこではない、その絡み合う肉体に、と改めて書くのもそれ故である。その肉体は良く見るとふと気になる点が幾らかある、まずはその胸。どちらも、特に「ボク」はその印象に比して、全体として「俺」に劣るところがないほどに締まった筋肉質の体躯をしているのであるが、その胸に膨らみが見られるのは見逃す事が出来ないだろう。
そしてそれは「俺」にも言える、筋肉質な「男性」的肉体にはどこか不釣り合いなサイズの胸のふくらみは明らかに乳房であった。丸みを帯びたそれが、何時の間にか生じていて、明らかにひとつの器官としてそこにあり、彼らが全くそこに違和感を生じさせていないどころか、開いている手が伸びてその膨らみの付け根、あるいは頂点を弄っては反応している始末なのだから。
「あくぅ、何時もよりも濃くない…んっ」
「そんなのない…ってあはんっ」
そして続くは「耳」である、口づけからずれた唇が、その一時の暇と言わんばかりに食んだのは耳たぶであった。それがどちらが、いや、どちらから、かは正直なところ定かではない。とにかく片方がして口を外したら、お返しとばかりに食み返す。その繰り返しが耳たぶにされにされた後、再び交わされた口づけの成されている顔の脇、そこにはふっとした飾りとも取れる形に変容した「耳」があった。
そしてその2つの変容、あるいは違和、とも言えるのを機に、その全身へと変化は及び出す。ふっと視線を逸らしたならば、その間に一気に進む、そんな具合にその肉体は瞬時とも言える速度での変化を急速に始め、そして包まれたのであった。
その始まりを告げたのはふとした「臭い」。香りでも匂いでもなく「臭い」、ふとした鼻につく臭いが仄かに香りだす中、その肉体はふっとした異なる色を互いに浮かべだしては、肉体的な変化をそれ以上に見せていく。
「んっ」
「んぐ!うう…んっ」
喘ぎが、呼気が、一瞬強くなった瞬間の変化はそれは大きなもの。それこそ全身がうねる様に痙攣を幾度か繰り返した途端、全身はそれこそ盛り上がっていく。
その原動力は脂肪ではなく、張った多くの筋肉が満ち満ちていく事によるものであり、「ボク」の方でこそより、それは急激なものだった。元々として全体的に細身の肉付きを、つまりスマートさを損なわず、しかしその薄皮の下にはおよそ、人としては例えるならプロの陸上選手、あるいは水泳選手。何れにしても筋肉の能力を、最大限にするのを生業とする存在に相当する程度のものを蓄えつつ、同時に示唆されるのはその骨格自体の強化、との変化を遂げているのは決して見逃せない。
その中でも幾か所かに、特に筋肉が集まった箇所が見える。それは背筋、また尾てい骨の、そして脛の辺りであったり、とにかく要所要所に集まった筋肉は、それだけでは止まりきれん、と言わんばかりにエネルギーを爆ぜさせる。そう、文字通りに決して無分別な爆発をするのではなく、筋肉とは異なる別の器官を体の表面へと生じさせる事で爆ぜ、またその居場所を形作ったのだ。
それは扇子の様にも見えた、しかし扇子はあくまでも道具であり、ここでは例えでしかない。なら、扇子の様に見える器官とは何か?そんなものを人間は持ち合わせていただろうか?勿論人間は持ち合わせるはずがない、しかし、世にはそれを持ち合わせた生物がいる事を忘れてはならない、そう、「鰭」と言う格好の、扇子に相似した器官を水棲動物は持ち合わせる。
「ボク」と「俺」の肉体に生じたのは正にそれだった、それもその体のサイズに見合った大きさであって、その付け根と言うか根元から、じわっとした輝きが染みだすのが続く。
実の所、その染みだす、との表現は絶対的に適当、とは言えないだろう。しかし、そうとして評せない様に現れた「輝き」はある種のぬめりがその正体であり、その広がりに合わせて皮膚はしっとりからてっかりへと変わりだし、薄らと生じ出していた「色」がはっきりしたものになり、それぞれの肉体を別個のものとせんばかりに染め上げていく。
「んんう、んふぅ…んっ」
それは苦しそうでもあった、しかしただ苦しいだけとは言えない響きが含まれているのも、良く耳を澄ませていたなら聞き取れたかもしれない。苦も極まれば悦楽と化す、そんなところであろうか。何もかもが麻痺していて、そして有り得ないからこそ有り得るのだろうか。
「ん…んぐ、んヴ…んっ、あはっ」
「ヒャぁ…あ゛あ゛…っ!」
息遣いは大体似たような物、となって来たのは互いの体に同様な変化が生じているからだろう。もうどちらかも区別がしがたいほどに交わされ、響きあう。
その時には首元に切れ込みが生じていて、それは「鰓」と言える形にまで急速に発達していく。 そして極めつけは尾鰭である、扇子の様な鰭の部分だけが鳥の尾羽の様に尾てい骨付近に生じていたのが、一気に根元を有して尻肉も多少巻き込んでぐいっと伸びたが最後、その絡み合う肉体はまるで弾ける様に別れた。
その時に出た喘ぎとするには大きく、悲鳴とするには小さい呻きの後、マットの上に上手く収まる形であるのはふたつの肉体、それはすっかり変容したふたりの姿であるのは最早、言うまでもない事だろう。
意識は混濁しているのか、少しばかり動きが緩慢なまま横たわる姿は、人でありながら、人では決してない、幾らもの特徴を有したものであって、列挙するだけでも紙幅を相当埋めてしまえるだろう。しかし、それ等をも全て包み込んでしまえるのが視覚的な「色」である。そしてそれは「錦」と冠せられる、とある存在そのものの色合いをしていたばかりか、包まれている者達の認識もそうであった。
錦と冠せられる―「ボク」は白地に朱に黒を、「俺」は白と言うよりも銀地に薄めの黒をあしらった、そんな具合の肉体は、蛍光灯の明かりの下、口と共に首筋の鰓をかすかに開かせつつ、全身にて光を呑み込んでは返していた。正にそれだけ取り上げたならば、色彩としての異形、それだけでも十分ではあろうが、そうと評せられる限りであろう。
そしてそれ以外にもその「異形」ぶりは及んでいるのは最早当然のこと。人の形をおおよそ残してはいても、色合いや光沢に限らず、扇状の鰭、そして長く太い尾鰭に鰭耳が伴われた姿は、同時に人ではない、見慣れない奇怪さと、しかしあるのはそれ等により、まとまった姿と言えるだろう。
何とも言えない腐敗臭、それは更にその光景に雄弁さを付け加える。あの市場だとかで水揚げされた魚の放つ、あの強い臭いが、わずかに異なる2つの臭いが、まるで目に見えているかの如くの調子で部屋を満たしていたのだった。そう、青いマットの上にある鮮やかな白に銀、朱と黒の錦な色合いと共に臭いが部屋を飾っていた。正にそれは二尾の錦鯉と人の相混ざった、異形の姿より漏れる声は、その意識レベルをまた語ると言えようか。
「ああ…」
「やっぱり、さいこ…ッ」
すっかり変わり果てた色合いと光沢に包まれた意識は今や、混濁の淵からすっかり戻っていたのは間違う事なき、事実であった。