それはある悪戯・第2話 冬風 狐作
 立ち上がった香奈子、その体がまずした事はその両手を大きく開いた口に突っ込む事だった。突っ込まれた指はそのまま口角を掴むと一思いに引っ張る。両腕が震えるほどの強い勢いで加えられた力はしばらく口元を大きく歪ませるだけであったが、ある一瞬からそれは変わった。
 それは裂け目だった、唇の上下の窪みから縦に体が裂けだしたのだ。最初は躊躇いがちに、しかし上の亀裂が鼻筋に達し、下の亀裂が喉仏に達した頃には勢いをつけて裂けて行く。しかし血液は一切漏れない、悲鳴すら上がらない、気管が千切れた事によるヒューヒューと言う呼気の漏れる音すらしない。切断面はどちらも盛り上がった瘡蓋の様になっていた、そして先に脳天に達して完全に分離した上の亀裂に続いて胴体を真っ二つに股間に達してした途端、一本足になってしまいバランスを崩した両方の肉体はよろけて倒れる。
 しかしそれは完全に倒れなかった、片手を畳につけて支えるとどちらもほぼ同時に元の姿勢に戻ったのだ。更には向き合う形にまでなり顔が半分になって一つ目となった瞳が互いに見詰め合うなり、ふっと口元が微笑みあう光景は正にシュールでしかない。
 同時にほんの序の口に過ぎなかった。瘡蓋の様になった亀裂面、そう切断面へと視線を向ければ既にそこでは新たな異変が発生していたのだから。そこを見るとその盛り上がった断面が裂けて、まるで植物が芽生える様に無数の半透明な物体が姿を現しうねっているのだ。そしてそれ等は次第にまとまっていくと大きな塊となる、そう失われていた半分の人体へと姿を整えていく。
 腕に太腿、そして足、整えられたそれ等は形としては全く違和感なかった。ただ違うのはその表面が色に染まっていた事だろう、それは純白で墨の様な鮮やかな黒も伴っていてまだ人の肌の色のままをした半身へと広がっていく。その時点でのもう1つの変化は片方の肉体から乳房がなくなっていた事だろう、そしてその顔は香奈子の顔ではなかった。香奈子の見知らぬ男の顔で、そしてそれは冒頭に出て来たあの思いを浮かべた男の顔、と言えば分かるかと思う。
 しかしその顔すらも純白に染められていく事から逃れられなかった、それも皮膚が白くなるのではなく純白の豊富な毛によって覆われていく事から逃れられなかったのだ。平板な人の顔すらも失われていく、口元と鼻腔が突き出る事は上下の顎が突き出る事であり、人にはない形状の顔へと変わって行くのは獣の顔への変貌でしかなかった。
 そう獣の顔、突き出たそれはマズルと呼ばれる器官でしかない。耳も人では止まらない、ぴんと張った三角耳は細かな音も聞き漏らさないとの気配を纏っていたものになり、瞳の色も鮮やかな金色へと変わる。
 目立った変化があったのは顔の周りだが、体全体で見ても一回りどちらの肉体も大きくなったと言えるだろう。そして何よりも大きな変化は尻尾が生じた事だろうか、尾てい骨の辺りからは踊るそれは三尾の尻尾。豊富な毛並みをたたえたそれ等はゆらりゆらりと揺れていて、猫ならずとも思わず手を伸ばしたくなる衝動を誘う罪深さがある。
 最もそれはここに至るまでの流れを振り返れば些細なことに過ぎない、問題は香奈子が分裂した挙句、一対の人と獣の混ざり合った様な姿になってしまった事にある。どうしてそれが起きたのか、一体何があったのか、そこが肝心だろう。

「ふう・・・どれ、良い一対の姿ではないか・・・」
 口を開いたのは胸のない、そう男の方だった。だがそれはあの無邪気な声で先ほど、この体に変わる直前にあったあの男の顔の声ではない。そしてまるで応える様な具合に、具合と書いたのは応える言葉ではないくしゃみが1つ室内に響いた。
「クシュ・・・ッ・・・ん・・・あ・・・あれ・・・?」
 それは香奈子の声だった、そしてそこには完全な自然さと戸惑いが見えていた。特に戸惑いはこれまで全く見えなかったもので、瞳すらも不思議そうになっているのがうかがえる。
「ひ・・・え、化け物・・・っ!」
 だから瞳に映った姿、それは胸がないという以外はそっくりそのまま生き写しである姿へと叫んだのは言うまでもなかった。しかしすぐに口は閉じられる、まるで何かいけないものでも見てしまったかの様な困惑の表情と共に恐る恐る伸ばされた腕は、その手で自らのマズルを掴んだのだから。そして確かめるように掴んだ後、その場でよろけて壁を背に寄りかかったのはショック以外の何物でも無かったからでしかない。
「お前も化け物だよ、そう言うなら・・・ふふ」
 無邪気な声は1歩迫ってそう口にした。
「しかし納得していなかったんだねぇ、まぁこの男は徹底的に融合したからかもしれないけど矢張り女の方が強いな」
「ひ・・・い・・・なに、この姿・・・っ」
 香奈子はその瞳で互いの体を見て甲高い声を上げた。無理もないと言うものだろう、それは正に目を覚ましたらと言う展開なのだから。自分の体が全く分からない姿となっていて、目の前には同じ姿をした存在がいて話しかけてくる、そしてその存在が事情を知っているとなれば混乱に陥るのは無理もないだろう。
「この姿は俺がお前にあげた姿さ、正確には俺の姿・・・ここが違うだけだ!」
「ひ・・・いや、痛い・・・っ」
 その手は香奈子の胸、乳房を強く握った。思わず体をよじらせるその姿を男はにっと笑って手はそのままに言葉を続けた。
「へへ・・・何時も見ていたんだぜ?お前の体を、知ってるか?奥社に行く手前に俺が住んでた事を・・・知らないんだろ?」
「ひ、いや・・・しらないぁ・・・い」
「当然だろうな、幾ら俺が話しかけても反応すらお前しないんだもん・・・だからこうして来てやったんだよ、人間風情がありがたく思えよ!」
 香奈子に対する言葉は段々と強くなっていった、そしてその中でその声は自らを狐だと名乗る。奥社に続く参道の脇にかつてあった社に祭られていた存在であると、も付け加える様に。
「全く・・・なんで俺だけ忘れられなきゃなんないんだ、納得しないぞ、ああ好きな様にお前を弄らなきゃ気がすまねぇ」
 何時の間にか香奈子の体を起こすなり横にし、その声は自らの体もその上に合わせて大きく揺さぶる。
「いや・・・いやよ、何でこんな・・・元に戻して・・・っ」
「はぁ?する訳ないだろ、ほら覚えてるんだろ?さっき俺と一緒にいたのもな・・・1つの体の中に」
 そう言われた瞬間、何かが香奈子の中を過ぎる。それは漠然としていたが分かった途端、彼女は意識的にそれを強く否定しようとした。しかしそれは見抜かれていた、何故なら彼女の意識は全て筒抜けになっていたのだから。
「へん、隠し事なんて出来ないぜ・・・だってよぉ、お前の中にも俺の意識があってすぐにわかるようになってるんだからな。お前はお前であってお前で無くて俺でもあるんだ、あの男だって同じだ、要は俺とお前とあの男は皆交じり合ってるんだよ!」
「そんなの・・・ありえな・・・ぃっ」
「ふん、今過ぎったんだろ?全く身に覚えのない記憶がさぁ・・・お前が奥社の掃除をしているはずの時間に、この神社の近くのバス停に下りる男の記憶が何故か過ぎったろ・・・?」
 声が妙に丁寧になり、香奈子の口はまた噤まれる。確かにそれはその通りだったのだ、そして続いたのはそう彼女が奥社へ続く参道を登っているのを見ている光景だろう。それは紛れもない自分であり、そしてその時手にしている物は見覚えがあった。ほんの数日前に運んだ荷物であったのだから、見間違う筈が無かったのだった。

「続いたのが俺の記憶だな、どうだ?そして今、俺はお前の記憶を見ている・・・ははぁ、お前・・・」
「や、やめて!言わないで・・・っ!」
「何だよ、ったくほら見えたんだろう・・・?」
 得意げな声に香奈子は異形となった顔を縦に振るしかなかった。確かに見えたのだ、自分の記憶が、しかし第三者として見つめる様な形で。
「な・・・わかったろう?お前の記憶はもうお前のものじゃない、俺達のものなんだ。見ろ、男なんて俺にすっかり服従して吸収されちまってるんだ、だからさっきからろくに喋りはしない」
 見えてしまう記憶を見る限りでは確かにそれは事実の様だった。
「私にもするつもりなの?」
「うーん、ま、お前は違うな。俺にはもともとの肉体がねえ、だから格好の肉体として利用しているだけさ。意識は俺自身のがあるから邪魔だから、吸収したけど・・・お前には別の役目がある」
   そう言って見つめてくる瞳は妙に惹き付けるものがあった、思わず見つめ返してしまうととても逸らす事は出来ない。ただ見つめて、そう見つめて次なる言葉を待っている、言葉が来ないことにもどかしさを感じている己に気付き、しかしそれ以上の事を思わなくなった香奈子がいた。
「よしよし・・・お前はなぁ、俺の隠れ蓑になってもらう。幾ら肉体を得たとしても好き勝手に動き回るにはまだ不都合があるからな、整うまで隠れ蓑としてお前の中にいさせてもらうぜ」
「はい・・・」
「そうかぁ、良いんだな?」
「はい」
 何故だか分からないが香奈子はそう言う以外には考えられなくなっていた。意識のどこかでは疑問を浮かべられても即座にそれは正しくない雑音として追いやられ、正しい言葉を述べなくてはならない、そう意識が自然に動いたのだ。すると声の変わりようと言ったら何だろう、強く当たる棘のある部分は消えてすっかり丸くなった声がまた香奈子に向けられる。
「そうかそうか・・・嬉しいぜ、じゃあ戻るぞ・・・我が下僕」
「はい・・・ご主人様」
 香奈子の声のトーンはすっかり元に戻っていた、あの時、そう目覚めたばかりに口から出た声と全く同じになっていた。その口に声は、もう牡狐と言うべき存在は口付けを交わす。それに対して熱く応える様に深くマズルを咬ませた、すると今度は互いの体が一瞬色を失う。正確には半透明の黄色、そうあのゼリーの色合いになったかと思う間も無く、急速に収斂して1つの新たな姿へとなった。それは香奈子の人としての姿であった。

「・・・」
 ふらりと立ち上がる姿は紛れもない香奈子だった、辺りを見回すのも先ほどの全裸になった時と変わりは無かった。脱ぎ捨てた衣服には一向に反応しないまま彼女はふらふらと歩き出す、そして腰を下ろしたのは部屋の片隅に置かれていた頑丈な木箱の上で、すっと両足を広げると股間へと手を伸ばす。
 伸びた手の先にあるのは黒い茂み、そう陰毛だった。そしてもう一方の手はやや上の位置に延びて穴に、その様な所に穴、更には袋等ある筈がないのだがその袋を撫で回し、そして先端を飛び出させている赤い代物に触れてぴくんと震える。
「あ・・・」
「ふふ、俺のイチモツだ・・・獣のイチモツを持つ巫女なんて聞いたことがねえや」
「ご主人様のですから・・・光栄です」
 口から出るのは交互の2つの言葉であった、それは牡狐と香奈子の言葉できっと部屋の外で聞いている存在がいたら、2人の人間がいると思っただろう。
 だがそこにいるのは1人の肉体と2つの、正確には3つの意識を宿した肉体が1つあるだけだった。その香奈子の姿をしているが香奈子だけの物ではなくなっている肉体の指は、陰毛の中に潜む割れ目を、そしてもう一方の手はこれこそ体が香奈子だけの物ではない証とも言える、へその下に出来た袋の穴から飛び出つつある真っ赤なイチモツへと這わせる。
 そう刺激しているのだ、陰の割れ目と陽のイチモツ、2つを同時に刺激する感覚は激烈なもので香奈子の意識は次々に剥ぎ取られていく。それは純化されている、と言うべきなのだろう、そして牡狐に沿った物を埋め込まれ流され・・・気が付いたときには射精を向かえ、共に絶頂を迎えていた。
「う・・・う、きつねおちんぽ気持ちいい・・・瘤大きい・・・っ」
「へへ、俺も女の感覚ってのが結構気持ちいいぜ・・・ほら休むな」
「はぁい・・・ああんっ」
 イチモツを弄る手はすっかり袋からずれ、伸びきり根元に瘤を作った竿を掴み、割れ目を弄る手はすっかり愛液に塗れていた。そしてその全身には精液の飛まつが飛び散っていて、辺りにはあの濃い香りが漂う中をその肉体はひたすら自慰に耽る。尽きる事のないその行為は朝にまで続き、朝日が窓から差し込んでいるのに気が付いた時にはすっと止めてそのまま別の入り口から外に出る。
「はぁ・・・気持ちいい」
 そこにあるのは滝だった、天然の水量豊富な滝で身を清めつつ香奈子の声が口からは漏れる。そしてそれは続く声もそうだった。
「ご主人様・・・最高ですよ・・・」
 だが牡狐の声は返って来なかった、しかしそれでも彼女が取り乱す様子はない。そう分かっているのだ、牡狐は敢えて黙っているのだと。そしてこれからまた1人っきりに長い時間なるまでは肉体の中に潜んでいる、つまり私は下僕としてご主人様の隠れ蓑としての勤めを満足に過ごさなければないらない、そう彼女は意識していた。
 そしてふとへその下の袋、そう牡狐のイチモツを撫でては軽く悦に入り、深い息を吐いて滝を仰ぐのだった。

「大丈夫だったか?」
「はい、無事に。休むことは出来ましたから・・・」
 それから1時間ほどして下からやって来た人間に応じる姿は全くおかしな点がなかった。清潔な部屋の中、整えられた衣服、巫女服を纏った巫女たる香奈子。とても何か変わった点があるとは見えない普通の姿は何か違和感を抱かれることも無く、むしろ労われる形でその日1日を何時も通りに過ごし始める。
(くく・・・)
(ふふ・・・)
(ふふ・・・)
 ただ3つの意識が時折微笑みながらの姿だった。


  続

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