渇きのお作法 冬風 狐作
「あれっあいつ飲まずに帰っちゃった・・・」
 春先だと言うのに初夏の様な急な暑さに覆われた日、ふとその部屋の主は玄関から戻るなり、部屋の中に残されたものを目にして呟きを漏らした。
「喉渇いたって言うから出したんだけどなぁ・・・まぁ良いや飲んでしまう、勿体無い」
 勿体無いと評したのは机の上に残された紙コップ、そしてその中身のジュース。ここにはつい数分前まで彼の友人が遊びに来ていた、遊ぶと言っても談笑する程度のものであるがしばらく盛り上がったところで、友人が、そして自陣も喉の渇きを感じた事から用意したものである。
「ああ、美味い・・・っ」
自身の記憶ではその間に、最初の1杯も含めて5杯位はついつい飲んでいた。だから友人もまたそうだとばかりに思っていたのだが、今、こうして友人に用意した紙コップを手にしてみると全く口が付けられていない、そう言う状態。
(本当、変わったやつだよなぁ・・・)
 それは友人に対する評価の1つとして、少なくともマイナスではないプラスの評価の一因として刻み込まれるに至る。そしてすっかり中身を失った紙コップは、自身が飲み干して使い回した紙コップと共にゴミ箱の中へと仲良く収まったのだった。

「うーん、暑かった・・・」
 さてその友人はと言えば、もうそう遠くは無い自宅へと帰り身を軽くしていた。自宅とは言えども学生らしい1Kのこじんまりとしたアパート、そこで鞄を投げ置くなりベルトを外し、上着を脱いで体にかかる重さを見る見る軽くして、その度に深い安堵の息を吐き続ける。最も服を脱ぎ続けていたものだからこれから風呂にでも入るのだろうか、と言う具合で見ていればほんの少し経った頃にはもう何一つ身に着けてはいなかった。
 体はほんのりとした汗臭さを放っていた。それは当然だろう、何せこの季節外れとも言える暑さであるから、本来であれば相応しい服装はたちまち過剰な、季節外れな代物に成り果てて軽く駆け足をしただけでかなりの熱を封じ込め、そして発汗を促してしまうのだから。そんな肉体は概して痩せている、と言う印象だが遊びと言うのは余り無く、体のラインに沿って適度な筋肉により締まった肉体である。
 そんな体を彼は軽く視線を下に向けて、己の肉体を見つめる。そして軽く背筋を伸ばして体を振るなり、屈んで引き出した棚の中から1枚の丸めたタオルを手にした体は、踵を返してその部屋から再び出て行った。

 彼が姿を移した先、そこはその格好と持ち物にはそぐわない場所だった。当然、鍵のかかった玄関の扉の内である。しかし裸でタオルとなれば誰もが風呂かと思う事だろう、しかし彼は今、厳密に言えば風呂なのかも知れないがユニットバスのトイレの方に腰を下ろしている。
「はあ・・・やっぱ、これは外じゃ出来ないもんな・・・」
 便座に深く下ろされた腰、そして用を足すには不似合いなほどに開かれた股間。まるでふかふかの座席に少しばかりだらしなく座っている様な姿勢の中で、その手は股間から勃起した逸物に添えられ、根元に近い場所を手の平で掴んでは指先は掴むのではなく、細かく動かしてその裏筋を擦り続けている。
「うう、喉渇く・・・っ」
 改めて言葉を漏らした時、その表情は目はほぼ閉じられると言う程度まで細められていて、丸く開いた口からは明らかな音と共に熱を帯びた呼気が空気中に吐き出していた。全身、特に脚からは程よく力が抜けた気配が良く感じられる一方、一定のリズムと共にただ掴んで指を動かすと言う単調さは無くなっていく。そう我が身だからこそ分かる気持ち良さのツボ、快楽のツボを全てほど良く刺激せん、と無言の宣言をしているかの様で縦に扱いては隈なく揉む動きも入り、すっかり張った亀頭が大きく揺れる。
 改めて見える竿は当然、その凹凸をより明確にして熱い芯を以って軽く反り返っていた。掴む片手の中から軽く横端が盛れているほどだからいわゆる巨根と言う類なのだろう。その事自体には何か反応する動きはない、しかし時として指が触れる位置によっては胸の辺り、あるいは全身でビクッとした振るえとも痙攣とも取れる動きをしてしまう点から、彼が性的に体を熱くしている事はより内外に印象付けられ、その気持ちをより熱くし呼気を荒く喘ぐ様にしてしまう最大の要因なのだった。
「はあ・・・はぁ・・・っ」
 ある意味ではその光景は単調だろう、ただの自慰でしかないだから。だが見ていればそれは次第に姿を変えていくのが分かる、そもそも勃起した逸物を弄る手の動きは前述した通り、全て一様で常に同じ動きをしてはいない。つまり一見すれば同じ動きでも実は違う、と言うのは指の動きに限らず全てに言えるのだ。
 まずは先走り、大きく膨らんだ亀頭の鈴口、そこからじわっと染み出てきた透明な先走りは今や大きくあふれ出している。そして軽く乾燥していた亀頭と竿の表面を潤し、指にも纏わりついて一種の潤滑剤にすらなっていた。共に放たれる独特な香りが鼻腔に届くなり、ますます反応して興奮した体は快楽を欲し貪る。姿勢はやや崩れて、すっかり寄りかかる様に背中を預けて首も顎を突き出す様になって、口はますます締まりを無くす。
 だがそれはあくまでも普通の、思える範囲だろう。すっかり快感に酔っている姿でしかなく、最初と比べれば増えた身震いもまたその範疇である。しかしそれに収まらないからこそ描けるのだ、その掴む逸物が彼が喘ぐのに呼応しているかの如く、ぐいぐいと大きくなっていくその様が見られるからこそ描けるのだ。その変化を、見ている間に元々、人としても大きいと言えた逸物は太さで最早、人のサイズではなくなっていたし長さも直にそれに追い付くのはほぼ確実だった。
「ああ・・・ちんこ・・・気持ち良い・・・っ」
 口から再び言葉が漏れる様になったとは言え、それはただのうわ言。意味があるとすればそれは淫らである事の証でしかない、そして自らの中に羞恥心でも見出したのだろうか?それすらも燃料、と言わんばかりにますます竿を掴む手は、今やこう書いている間に長さも確保されて全体重を便座に預けた上で両手が宛がわれ、扱くのではなく激しく揉み弄ると言う表現の方が相応しい動きを見せている。
 そう竿全体が最早棒、表面は赤黒くなっていてそれはどこがグロテスクでもある。しかし一方では生命の証とでも言うべきだろうか、血が激しく通い生きていると言う事を証明している、そんな気配すら感じ取れる。ユニットバスの中に漂う香りは換気扇が止められている事もあって、幾分かの湿気と熱を帯びつつあった。最もそれが大仰と言うなら、独特の逸物から発せられる香りに満ちていてならなかった、と出来よう。
「くふう・・・はあ喉・・・喉渇いた・・・ぁ・・・んぐっ」
 そんな矢先だった、久々にうわ言ではない言葉が漏れたのは。ふと思えば彼がここに来たのは「喉が渇いたから」と言う理由であったのを思い出すべきなのだろう、そして続いて彼が取った行動はその口の中にその逸物を咥え込むと言うもの。最後の呻き声の様な響きは正にそれをした瞬間であり、股間から胸元まで伸びた太い逸物の太さはその口にすっぽりと収まり、上に下へとストロークされるのだ。
「フー・・・フゥゥ・・・フー・・・ッ」
 鼻息は相変わらず荒かった、もし太さとか表現がするなら正に太い、と言えるレベルでそれを放つ鼻の形もまた異形に成り果てていた。そう顔もまた、逸物に注目していた間に変わっていたのである。目鼻立ちは違う意味ではっきりとしていた、幅広い視野を得る事を可能とする大きな黒い瞳、鼻腔の穴だけがいきなり上あごの先端で盛り上がっている鼻、そして両腕で一抱えもある太い逸物を咥え込む顔の先端部と一体化して横に広がった口は人の顔ではない。
 それはラッパ耳、と書けば分かるだろう。そう馬の顔なのである、すっと通った顔の筋。目の間にあるひし形の白い模様がアクセントとなった茶色の馬毛、そして人の頭髪の代わりにやや眺めで乱雑な鬣がすっと走っている。変わったのは顔に限らない、首から下もまた人の体形のまま茶色の馬毛に覆われ、元々しっかりと付いていた筋肉はより整い精悍そのものの肉体を示しているのだから。
「んん・・・んぅっ!」
 そんな肉体、馬人と化した彼は不意に呻き痙攣もして静かになった。しかし全くの無音ではなく、新しい一定のリズムを響かせる新たな、それは喉を液体が流れ落ちていく音が今度は響き出し、口元からふと漏れる色を見ればその正体は最早明らかだった。そう白い液体、逸物から出るとなればそれは精液でしかない。喉がなるほどの大量の精液を今、自ら分泌して彼は体内へと流し込んでいた。目は改めて閉じられてしまっているから詳しい表情はうかがえないが、穏やかになった鼻息、そして愛しそうに逸物を掴む手つきを見ればそれは最早明らかだった。

 しばらくそのままの姿勢で彼は固まった。その間、まるで眠ってしまったかの様な舟を漕いでいたのは、精液を出し尽くした後の逸物を舐め清める為。そしてようやく口を外したのはもう最低でも20分は経過した、そんな時間だった。
「ああ・・・美味しかった、喉も潤ったし・・・ブルル」
 姿は勿論そのまま、馬人のままである。思わず鼻を鳴らして便座より立ち上がると、ようやく圧迫から解放された尻尾を誇示するが如く振り回し、体もまた大きく振る。それから口元に残った滴の痕跡を舌を回して舐め取ってからまた口が開かれた。
「さぁて・・・シャワー浴びちゃおうかな、体も潤さなきゃね」
 そして浴槽へと足を踏み入れる>カーテンを引いては蛇口を捻りお湯を出して・・・それまでの光景を知らない人が見れば、それは何の変哲もないシャワーを浴びている人の姿でしかなかったろう。しかしカーテンの向こうにいるのは1頭、否、1匹の馬人。いかにも気持ちよさそうに鼻を鳴らしつつ、その体をシャワーの温かさの中に清めていたのだった。


 完
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