「ふん・・・相変わらずいかつい顔だなぁ、もう・・・折角の胸が台無しだぞ?ああ、ここがある時点でもうそうかな?」
男が久々に漏らした言葉は愉快そうであった、しかし手は動かないし今や自分よりもしっかりとした体躯となった相手に抱きついて身を擦り付けるのみ。
「もう何時もの通りなのに・・・あなたこそ早くなりなさいよ、ね?それに胸も紛い物ではないの、ごめんなさい」
「ん・・・っ、分かってるって、胸に付いては冗談だから・・・むしろ」
相手の声はどこか凄みとでも言うべきだろうか、相変わらずの丸みの一方でそう言った迫力が内包された複雑な物になっている。
「俺の方が紛い物だよね、ご主人様・・・ごめんなさい」
「ん・・・っ、大丈夫承知してるから、何時もの事だし、その通りにしてくれるなら何も問題はないの・・・」
先ほどまでのは一体なんだったのか、と出来る主従逆転と言えよう。あのどちらかといえば強気の口様でいた男が今、すっかり身に纏っていた衣服を脱いでそのほんのり濃い目の皮膚をすっかり外気に晒しては、屈み込んで相手の股間、あのイチモツの竿へと舌を走らせ始てめいるのだから。
それはねっとりとして、心底これが出来るのを待ち侘びていたと表現していたのかもしれない。そしてそれだけの事をしながら瞳は上目遣いに、次なる言葉が来るのはまだかと相手の顔を見つめて止まない。しかし相手、虎は何も言わない。言わないのではなく口は開いているのだが気持ちいいのか軽くあえぎ声を盛らすだけであって、恐らく男が期待しているであろう言葉は一向に吐かれない、と言う事である。
だから何時か、何時、声をかけられるのかと言う思いと共にようやく自らの心に抱えていた気持ち。そう強気な姿勢を演じる事で押さえていた「病気」な気持ちに、今度は突き動かされそれに忠実になろうともしていたのであろう。だから男の肉体にもふとした変化が生じ始めたのは決しておかしな事ではなかった。
彼の体の起きた変化、それは似た様な具合の毛並みが体の随所よりそれこそ生じる、と言う具合に生え広がり始めた事だろう。決してゆっくりではなく早く、早送りと言う具合に真っ黒な毛が広がっていく。それと共に明確な変化を見たのは矢張り顔、それも耳と口周りと言う点は虎と同じであった。ただこちらは口元を頂点とした具合で、口周り全体が隆起した様になるとかそう言うものではない。
むしろ鼻筋から額にかけてが盛り上がっている、と言えようか。そして耳は当然付け根は上にずれて縦長になり、窪みのある平たさを呈している様子は枝豆の殻の様である。また全体的に小柄になっていくと言えよう、そして紡錘型の尻尾がちょんと尾てい骨の辺りに生じたかと思えば一方で、股間にあった男のイチモツは見る見る間に消え、代わり縦長の2つに割れたほんのりとした、更にはそれを上回る膨らみが胸の辺りへと形成されて全ては整った。それは兎であった。
「さ・・・一旦立ち上がってよ」
「はい・・・」
だがその様な肉体に変化が生じている間も男、兎は口を忙しなく動かして竿を舐め続けていた。それは兎の本能なのか、それともその中身たる男の意思ゆえなのかは分からない。しかしその事実の間にすっかり肉体は変わっていた、そう大きな、片方は中折れとは言え特徴的な耳を筆頭に大きな茶色い瞳、前進を覆う真っ黒な毛並み、そして胸の2つの膨らみはどこを見ても黒兎であり、牝であった。
「うーん、我ながらよくもこうしたなぁって思うわ・・・・それだけあなたが魅力的な逸材だったんだけど」
呟くなり虎はその逞しい腕を伸ばして兎の顎を撫でた。それはあたかも典型的な男性と女性のイメージの対比でもあったのかもしれない、しかしどちらにも胸があり、それはあくまでも一面だけしか捉えていない光景と言えるだろう。
「あ・・・それは嬉しいです、ありがとうございます・・・ぅ。今年もその・・・年が明けると共に疼いてしまって・・・」
ただ撫でられると言う行為のみでどれだけ気持ち良さを感じているのだろうか?少なくともそれだけの嬌声、更には黒兎の股間を見やればもうそこはすっかり湿り気を帯びている事が黒色であるからこそ、明確に現れていてもう仕方ない。
「ふふ、まぁ毎年の事だもの・・・それでもあなた、兎は来年よ?今年は虎、私の年って事は知っていて黒兎なんてなっちゃったのかしら・・・?」
今や主導権が虎にあるのは明白過ぎるものだった。それは強い笑みの色合いをたたえていて、正に先ほどまでの、人の姿同士であった際のそれを入れ替えた、と言うのが強く感じられてしまう。
「う・・・ごめんなさい、でも何故だかこの姿に今年はなってしまって仕方ないんですっ」
その言葉と言うのは子供がうっかり自分のしてしまった事を親に告白している、そんな具合でもあった。だが虎は決して声を荒げる事はなかった、その黄金色の瞳でじぃっと見つめた後、軽く目を閉じて息を吐きつつ大きな手の平で頭を撫でる。
「それじゃあ来年虎になるのかしらね・・・もう、まぁそれはそれで面白いけど、とにかくは始めましょうか。今年最初の、ね?」
「は・・・はい、年神様・・・っ」
「ええ、私の可愛い使い魔ちゃん・・・」
その言葉と共に2人、虎と黒兎とは抱き合う。そして改めての口付けを交わして、その身を重ねていくのだった。それはまだ年も明けて半日も経たない日の事。元々人ではない虎、年神と見初められて使い魔に変えられてもう久しい黒兎、人であった者との交歓の場と時間が今、はっきりと幕を開けたのだった。そしてそれは年に数度しかない、普段は人の姿に身をやつしている2人がその力をふんだんに発揮する機会でもある。
よってその象徴として姿がその年の干支にちなんだ獣を象った獣人へと変わると共に、普段の性別には無い器官、年神は女神、よって人としての姿の時も女であるからイチモツを得、使い魔は人としては男であるのが完全に女へと変わる。そしてそれ等を以って身を交え、その年の安寧を生み出さんとするが故に彼らは敢えて言う、それは使命であると共に「病気」なのだと、この時間の果てるまで続けなくてはならない安寧を産まんが為の、すっかり人としての生活に馴染み、何故なら儚さの中での輝きに魅せられてしまい、強く好んでいるひと時を中断せねばならないからこそ「病気」なのだと。
その様な気持ちがあるとは上述の微笑みの中での言葉からは感じ取れないかもしれない。しかしその様な気持ちがあるからこそ言ってしまえ、浮かべてはばからないのは彼らの事実なのだった。