偏愛の代物・第4話冬風 狐作
「ミュ・・・ウ・・・ゥゥゥッ」
 鹿の鳴き声ってこんな物なんだ、そう思えだしたのは何時からだろう。それは言ってみればそう考えるだけの余裕、そうこの現実を受けいれ始めた象徴であったのだと思う。
 あれから私は拘束されたまま弟に、それこそ嬲られ続けた。そしてそれが弟が口にした「これで終わる筈が無い」の中身だと信じてひたすらに受けて、女、いや一匹の牝へと何時の間にか意識が変わっていたのも気が付かないほどに、されている内にその時間にたまらない快感を覚えだして、ふと目が醒めた時には嫌悪感を自然に浮かべる事は出来なくなっていた。
 浮かべようと思って浮かべる事はそれでも出来た、しかしそれがどうも具合が悪かった。余りにも不自然に思えて逆にそれに嫌悪を自然と浮かべてしまったのだ、どうして嫌がるのか、あの、弟のイメージとは相容れないほどの太く長く、そして逞しい逸物を受け入れるのを。ふとした臭気の漂うそれを口に咥え大きく膨らまし、その匂いを深く吸い込んでトリップしてしまうのをどうして嫌がるのか、と。
 当然口に限った事ではない、その逸物の逞しさにすっかり私は魅せられてしまっていたのだから。この弟・・・いやご主人様の手で無ければ触れる事は出来てもわずかでも脱ぐ事の出来ない、レオタードの下に隠されている乳房の間、割れ目、そしてアナル。その全てに、されてもいないその時ですらあの強い感触は残っていて、常に犯されづつけているとの錯覚すら感じて1人発情してしまい、もう仕方なかった。
 そんな私をかわいいと言ってくれる、その言葉がもうたまらなく嬉しかった。だから私は今日もご主人様の帰りを静かに待っていた、あの部屋で、ご近所さんに迷惑になっては駄目だからね、と言われて付けられたギャグボール。その間から涎を垂らして熱い息を漏らし、焦がれた想いを浮かべるだけで火照って仕方ない体にまた発情し、カーペットに染みを作る。
(早く・・・帰ってきて下さい・・・ご主人様・・・)
 あれだけきれいにした部屋はもう汚れていた、物が散らかると言う意味ではなく私とご主人様の発情した液体によって。全ての匂いが敏感に分かってしまうのも、前述した様な状況を作る要因なのだろう。時計は何時の間にか外されていた、カレンダーすら外されていた、もう私に時間の流れなんて関係ないということだろうか・・・ああそう言えばその「時間」が理由で私はここに来た予感がする、でもそれは思い出せなかった。

「ただいま、今日は早く終わって良かった良かった・・・」
 ご主人様が帰ってくる時、それはもう耳で扉を開く前から分かった。最寄の駅から戻ってくる自転車のブレーキのかかる段階から、そしてそれを止めて階段を上って来る時の足音、そして鍵を取り出す音。順繰りに大きくなるその音は、もう目の前まで迫っていると分かるからこそもどかしさを掻き立てて、それこそ1人で留守番をしている中で一番興奮してしまう瞬間だろう。
「ミュゥゥッ」
 そして扉を開けて中にかけてくる声はどこにも飾ったところが無い、普通に家で主婦をしている妻に帰宅した夫が漏らす様なそんな音色であったと言えよう。私はそれにふとした快感を感じる、そう私はご主人様に認められているのだと、そうして自分の存在を改めて認識し、それを脳裏に刻み込むのだ。
「ふふ、ただいま、お土産買って来たよ?」
「ミュウウン・・・!」
 戻ってくるなりご主人様は私のギャグボールを外す、その途端に私は大きく息をすると共に、すっかり啼き声を、牝鹿の発情し切ってたまらないその音色を漏らしてその足に頬擦りしてしまう。そして今回はそれをしつつ鼻に香ってくる香り、待ち望んだご主人様の匂い、そしてその手に吊るされている箱の中身・・・新鮮な若草の香りに食欲を滾らせてしまうのだ。
 それを当然ご主人様は知っている、だが私がある事をするまで口にこそすれ開封はしない。私がその幾つかの蹄に分かれた指先、ようやく先日になって何とかまともに使える様になったそれを使ってご主人様のズボンのジッパーを下ろし、更にはパンツの中から・・・その1日使われた逸物を取り出し、それを舌で舐め回して咥えて「清める」まで、決してしてくれない。
「ふふ、すっかり手馴れたね・・・口も手も」
 軽く息を漏らしながらかけられる優しい言葉、それにすっかり私は目を細めて舌でその恋しい、また望んだ形を舐め清めるのみだった。そして軽くご主人様が達したところで、何時も引き抜かれる。ふとしたほろ苦い味、それを口の中で丹念に味わってからその間にご主人様が用意して下さったお土産、新鮮な若草を食べる。
 それが食事だった、そうすっかり草食動物である鹿、それが私。ただ違うのはそれがご主人様と同じ姿、ヒトであるご主人様と同様な姿であるそれだけであったけど、それは好ましかった。

 私が食事をしている間にご主人様はお風呂に入りにいく。これは何時もの事で、戻ってくるといよいよ想うだけで発情してしまう、あの恒例の時間がやって来る。その舞台はあのベットの上、私は静かにその傍らの床の上で待っていて、戻ってきたご主人様がベットの上に上がって招き上げてくれるまで、そのままで居続ける。
「さって・・・今日は少し趣向を変えようか」
 招き上げるなり今日はそう口にされた。私が静かにその続きの言葉を待っていると、ご主人様は私の体に覆いかぶさる様にして組み伏せる。
「ようやくここまで整ったからねぇ・・・やり残している段階に入ろうとしよう」
「やり残し・・・んみゅっ!?」
 私が思っていた趣向の変化とは違う、その言葉。やり残している?その言葉がようやく「これで終わる筈が無い」と結び付いた時、ご主人様はしきりに私の、滑らかな頭部を撫で始める。
「ここは少し時間がかかるんだよね、文字通り成長するところだから」
「んんうう・・・っ」
 瞳を閉じて息を漏らすのみ、ただ滑らかの中に何か引っかかる物があるのに気が付いたのもその時だった。
「さ・・・頭に膨らみが出て来た、いい頃合だよ」
「な・・・なにです・・・ぅっ」
「何ってねぇ・・・鹿の頭にある物と言えば・・・?」
 鹿の頭にある物、それは耳ともう1つ、そうあれしかない。だがその時、私はそれが浮かばなかった。だから止む無く唯一浮かんだ耳、と言う言葉を口にするとご主人様は軽く頭を撫でてから、ふとデコピンをする。
「ミュ・・・!」
「もう頭の中まで鹿さんなのかなぁ・・・?角だよ、角。鹿と言えばそうでしょ?」
 そう角、鹿と言えばそうだ、と私は一気に思い出した。しかしここでふと気になった、どうして角なのだろうと。私は確かに鹿、でも牝鹿には角はない位は分かる。
「どうして・・・ぇ、私に・・・んみゅぅっ・・・!!」
 それは自然と口にされた、しかし撫でる場所が角が生えて来る膨らみ、正にその場所へと移っていた事で脳髄にほぼ直接伝わってくるが故に。そう刺激が、それは今までに無い強さと感じる物があってとてもまともにそれに耐えられず、言葉は大いに震えてしまう。
「どうしてって・・・?」
 そんな私に愉快そうな音色を忍ばせてご主人様はまたも、まるで自分は何も知らないから、とでも言外に言いたそうな表情すら見せて繰返してきた。流石に私はそれに対して憤りと言うよりも、どうしてわかってくれないのか、と言う悲しい気持ちを抱かざるにいられなかった。だからこそ私は改めて口にする、私は牝鹿です、と。だから角は生えないのです、と。
 そして言い切ってから思った、これで分かってくれると。これでもう納得してくれて何時も通りに・・・戻る物だとばかりに。それはここまで平然と答えている様にしつつも、その内面では触られるだけで興奮してしまう体の疼きに何とか耐えていた、だからこその切実な思い以外の何物でもなかった。故に次に続いたご主人様の言葉、何よりも動きを固唾を呑んで今か今かと、1秒が1時間にも等しいかの様に感じながら待ち望んだのだから。
「・・・じゃあ、終わりだね」
「お・・・終わりってぇ・・・」
「終わりは終わり・・・ご苦労様」
「いゃぁっ・・・!」
 その時の表情はそれはもう、全ては終わったと言う清々しさすらご主人様はたたえていた、と言えた。その瞬間の絶望振りと言ったらもう、我を忘れると言う言葉その通りだったと私は思う。ここまで一緒にいた、もう全てを委ねきったと考えていた相手から捨てられる。そう鈍い頭の中で、ある種本能的に至るなり私は一叫して大きく震え、啼いては顔をご主人様の胸へとこれでもかと擦りつけた。
「いゃあ・・・捨てみゃいで・・・ううっ・・・捨てないで・・・みゅっ・・・!」
 その声と言ったらもう、これまでで一番滑稽な声であっただろう。人の声と鹿の鳴き声がそれこそ不規則に混ざり合って鈍りあった物であったのだから、だがそこまでしたと言うのにご主人様は姿勢を変える事無く、ただそれを見つめているだけだった。撫でて来る事もなく、突き放そうともせずにひたすら私がしているのをじっと見つめる、ただそれだけ。

 思えばそれは奇妙でもあったろう。あくまでも例として見てもらいたいが、心底愛想が尽きて捨てた犬が必死になって追いかけてくるのを追い払わない飼い主がいるだろうか?少なくとも追い払うであろうし、何よりも車とかに乗り込んでさっさと逃げてしまう、それがそう言うよろしくない飼い主のする事だろう。
 しかしご主人様はそんな事をしなかった、ただ何もしないでそのまま静観しているのみ。冷静になって思えばあれほど乱れる必要性は全くなかった、と私は思う。でもあの時は逆にその静けさが怖かったのだ。だからこそもう関心がないのではないかと思い込んだ余り、取ってしまった行動、恐怖に駆られて恐慌状態となって泣き喚く姿、ただそれを激しく呈して何もかもを忘れてしまったのは致し方なかった事なのだ。
 だからふと脳裏に感じた痛みも、そう言う混乱によって引き起こされたもの、そうだとばかり信じていたのは言うまでもない。めりめりっと、それこそ1秒と待たずに強まり、伸びていく感覚。何時しか自然と始めていた強く目を閉じては息を吐くと言う行動が、恐慌状態とは違う意味へと意識を変え様と促していた事に気が付くのは、そう遠い先の話ではなかった。
「みゅ・・・あ・・・あつい・・・みゅぅっ」
 痛み、続くは熱。それは身に纏っているレオタードの下で渦潮の如くたまって暴れていた。私が思わず涙目となったのも最早当然と言えて、涙すらもふとした熱を帯びている有様だった。
「あーあ・・・」
「!?」
 そんな矢先にようやく開かれたご主人様の口。そのふとした呟きとも言えるその動きを見て、そして耳にした途端、私はすっと背筋を伸ばして、今の今まで抱え込んでいた熱やら気持ちは遥か昔の物であったかの様に忘れてしまった。むしろ怖かった、そのただの呟きとも言える言葉が、意味の無い言葉であるからこそ果たして何を思っているのか分からない、そうそれが増幅させたのは違いなかった。
 それを知ってかご主人様は、にやっとした笑いを浮かべて手を伸ばしてきた。すっと伸びてくるその手、普段であれば自ら擦り寄っていくその手に脅えすら感じてしまい・・・思わず目をつむってしまった。
「ふふ・・・どうした、疲れたのかい?ほら・・・見せてみろ」
 一体何を見せろ、とようやく、予想とは逆の態度にキョトンとしていて気が付いた瞬間、中々動かない私に対して改めての微笑を見せつつ、その両手で私の肩を押して仰向けに私を横にした。それは新たな戸惑いだった、これまでの自分の反応、そうそれが誤解を元にしたものであったことに気が付かされたと共に、全てを否定された様な気配すら感じ取ってしまったからだ。だからこそ言葉が出なかったが、全てを露とした腹部を撫で回される感覚は嫌な物ではない。
 むしろ好ましいのだ、気持ち良いのだ、何よりも感じてしまうのだ。だから何時もの通りに戻るのには然程時間はかからず、スムーズで思わず見落としていた点があったほどだった。そう感じている点がこれまでと異なっていると言う、重要な点に。
「ああ、無くなっちゃったねぇ・・・」
 またしてもそれは問い返す時間を私に与えなかった。
「胸・・・でもここに・・・っ」
「んあっ・・・!」
 いかにも楽しそうなその声は一種の調べと言って過言ではなかった。そしてずらした指先が触れている箇所、胸からそう股間へ動いた先にて蠢く。
「硬いね・・・もうこんな・・・っ」
「あ・・・ひっ・・・」
 そんな硬い物なんてあっただろうか、いや覚えがなかった。だがご主人様が指先で触れているのは明らかに私の股間に根元を持つ、レオタードを下から強く押し上げそのままの形を写している、長い棒と言える物体。
 触れられる度に痙攣する私の体はどうかしているのだろうか、そしてそれと共に感じた軽さ、そう胸にあるべき重さがなくなっているのにもようやく気が付いて、久々の快感にすっかり浸りつつも私はどこかで正気になっていた。何が起きたのだろう、とそして頭、頭部に感じる何か物を付けている様な感覚にも、同様の事を浮かべたのみだった。
「知りたい顔してるな・・・?」
「はぁ・・・い」
 答える時もその快感、股間からの今まで以上に強い異質な快感。それに浸っていたものだから間延びした形になってしまったが、私ははっきりとそう答えた。知りたいのだ、と。
「それはね、君がオスになってしまったからさ。もっと詳しく言えばショタ・・・かな」

「ふーん・・・こう言うのが好きなんだ」
「・・・」
 私がそれ、簡単にとめられた書きかけの原稿、から閉じて目を上げた時、目の前で弟はいかにも、今から首でも刈られてしまう、かの様な顔をして私を上目遣いに見つめていた。そしてその目には脅えの色が、これでもかと言うほどにたたえられていた。その姿は私をふと刺激した、何か色々と聞き出して見たい。この様な一面を知ったからこそ生じた、少しの気持ちがふとした衝動となったがそれを押さえて言葉を紡ぐ。
「で、どうするつもりだったの?」
「いやそれは・・・今度の夏に即売会で・・・」
「ふぅん同人誌ね・・・まぁやるのは良いけど、先に部屋を片付けてからしなさいよ」
「・・・うん」
 少し悪い事をしてしまったかな、と思いつつ私はそれを弟に、元々あった様に箱に入れて返した。再び自らの手の中に収められたそれを見て、弟はあからさまと言う位に顔色を元に戻して再び私の顔を見た。
「でも今は・・・早く仕上ちゃいなさいよ、その中には言っていた紙を見ると後数日で締め切りなんでしょう?」
「ああ・・・でも掃除を・・・」
 弟が真面目である事、それを改めて意識してしまった瞬間だった。だからこそ私は少しばかりの微笑を、原稿の中で「ご主人様」がしていた様にして返した。
「いいから、他の人に迷惑がかかった方が困るから・・・私がしておきます、だから早くしてしまいなさい」
「あ・・・わかった、じゃあ」
 更なる安堵の顔を見せて弟が机に再び向かおうとした時、私は読んでいてふと気になっていた事を咄嗟に思い出し、そのままの勢いで言葉としてぶつけた。
「・・・そうだ、作中の女ってモデルはいるの?」
 その瞬間、弟の動きが止まった。そして首だけを静かにこちらに向けると、無言のまま私を凝視する。
「ねぇ、どうなのよ?」
「・・・まぁその気を悪くしない?」
 そうなのだ、弟は不器用でもあったのだ。
「ええ」
「・・・姉ちゃんだよ」
「ふーん・・・じゃ、もっと見せ場を書いてよね?あと最後の辺り急ぎ過ぎじゃない?」
「え・・・良いの?ああ、それは姉ちゃんが来てから書いてたから・・・」
 まるでそれは立場が、あの中の立場が逆転したかの様な具合だった。不安な表情の弟が一々私の態度に一喜一憂している姿、それはもうまさしくと言う以外に何かあっただろう。とにかく弟は机に向かった、私はまだ残っていた山に取り掛かる。
 弟が服をかけていた事で見えずに気が付かなかったその場所の掃除に取り掛かりながら、ふと微笑が止まらなかった。そして気が付けば、外からは雨の音が激しく響いていた。


 完
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