緑谷 冬風 狐作 挿絵・黄泉比良坂作
 それは何気ない、ただふと気になって足を踏み入れただけだった。ただ自転車で日々行き来していると何時の頃からかその影が気になり始めて・・・時には緑で今は茶色ともかれたような色であるそれに対して。
 ちょうどその日は何もなくてただ時間だけがあって気分が向いた僕はその手に力を入れて、そのまま自転車のハンドルを斜めに回すとブロック塀とブロック塀の間の隙間とも言える冬枯れて乾き、変色した土と草を踏み分けながらブロック塀が尽きた先からの雑木林の中に突入しただけなのだ。すぐに戻るつもりで、しばらくしたら出て家に帰る予定で。
 しかし予定は未定とは正にその事なのだと僕は今思う・・・この冬にしては、そもそも日本にしては場違いとも言える湿り気と暖かさ。恐らく軽いサウナ室と言うのが適当に思える空間の中で僕は感じつつ、新たな体と共に封じられた動きの中で悶え言葉を漏らす。何時果てるとも知れぬ勢いの中に身を任せて。

"ああ懐かしいな・・・。"
 そこは懐かしい場所であった、かつて・・・と言ってももう10年も前の事だがまだ幼い頃に良く近所の幼馴染と連れ立って秘密基地ごっこ等と称してつるんでは遊んでいた場所。最後にここにそうして入ったのは恐らくその頃から間もない時だろう、その後の僕達は皆それぞれが忙しくてとてもこの様な場所に構っていられる余裕はなかった。
 なによりも元々この場所は不法投棄などがされることで大人達には知られていて、余り子供達が立ち入るのにはよろしくない場所として注意を受けていたのである。しかしそこは無知だからこその、欲しに欲する年頃だからこそうなずきつつも、大人たちの目がない昼間等に堂々と立ち入って大騒ぎしていたものだ。
 当然その中には確か高校の時ぐらいに撤去された不法投棄された残土の山もあっただろうし、そこにある物全てが自らの楽しみを補ってくれる有用な物としか見えていなかったのだから、今考えれば危険な物も楽しみの一環に過ぎなかったのである。それが理解出きる年頃になったからこそ僕達はここから自然と遠退いたのであろうし意識しなくなった。
 そしてそれを後押ししたのが周囲の環境だった。受験はその際たる物だしそれ以外にも娯楽としてのテレビゲームにカードゲーム、そしてパソコン、インターネット・・・様々な新たな世界が、僕達を取り巻き僕達はそれに時には飛び込み時には飲み込まれてやり合っていたのである。その中であの雑木林はもう記憶の片隅に追いやられ時折蘇る事はあっても、それは古きよき過去の楽しいセピア色の一コマに過ぎなかったのだった。
「まぁ・・・とにかくだ。」
 一息ついて僕は呟く。
「もうしばらく奥まで行って戻るとするかな・・・。」
 そして僕はゆらりと漕いでいた足に力を入れて少し加速する。カサカサと言う乾いた枯葉の音が油の切れた自転車のチェーンの音を隠すように響き、踏む物の影の消えた木立の中の細いカーブを曲がり次から次へとくねって何時しか夢中になっていた。

 確かこの森はかなりの広さを誇っていた筈だ、記憶が正しければそれは一日中彷徨っていても何度彷徨っても飽きないほどの雑木林。沼もあっただろう、旧日本軍の作ったと言う弾薬庫の跡もあった筈だ。全てが遊び場だった時の感覚を思い出し進む僕と自転車、それらはそれこそ止まると言う事を知らないかの様だった。
 そして一気に丘を下り下った先の急カーブへそのまま突っ込んだその時、前輪が衝撃とともに宙に浮いた。意図しない展開、行き場を失った力は瞬時に迷走し分散しそのまま斜めに道を外れて茂みの中に突っ込み・・・加わる新たな力、それは重力。そう丘はここで終わっていなかったのだ、段丘のあくまでも中腹に過ぎず地形になぞった道の下には道が下ってきた上部とは違う急傾斜。
 それを直角と言うのは言い過ぎだろう、少しは傾斜があるのだから。しかしそれはとても普通に・・・二足だけで歩ける代物ではない、這い蹲るようにして出ないと昇る事も降りる事も困難なほどの急傾斜は10メートルほど続いていた。そこを僕は自転車と共に、最も途中で分離して放物線を描いて落下して行った。その間の動きと行ったらそれは静かなスローモーション、何事も静かに動いていて不思議と余裕が漂っていた。
 途中では以後から響く派手な衝撃音と振動は自転車が立ち並んでいる木々のどれかに衝突した音だろう、しかしこれだけ林立していると言うのに僕は木に当たらず静かに落下して行った。そして緩くなった傾斜の表面の冬枯れた腐葉土の上に勢い良くぶつかりそして転がる。
 転がる事何よりも地面に幾ら柔らかい腐葉土に落ちたとは言え、地面を構成する物とぶつかりその上を転げていると言うのに痛みも何も感じない。ただ転がっているという事象を感じているだけであったところに続けて、何かにぶつかったかと言う事象を感じ続くは落下・・・と言うよりも沈む感触。
 軽い、先ほどまで感じていた放物線にも近い軽さ。その後にある生暖かい包み込んでくる重さと言う事象の中、僕はそれに身を委ねて辺りに広がっていた視野の中の光景が、一点に縮小し収束して暗闇の中に包まれるまでを余計にぼんやりとして見つめていたのである。
 そしてそこまで至って僕はようやく意識が覚醒した、正確に言えばそれは目覚めたのと同じ感覚。目が醒めたの一つの言葉に言い表せられるはっきりとした意識と思考、それが今この時に戻ってくるとは何と残酷なのだろうか。まだ放射線を描いていた時に戻って来た方がずっと幸い・・・そう激しい思考を、込み上げて来る脱出したいと言う渇きに対する感情にも似た思いと、この得体の知れない暗闇に対する恐怖感とが錯綜する中で抱く。
 強まる全身を包み込む、どこかでは締め上げるような圧力にて僕は何も考えられなくなった。ただそれは考えられなくなっただけで、言葉にならない背筋どころか全身が震える恐怖感には変わりはないしむしろ強まっていた。そして暗闇を抜ける、途端に全身を絞り上げる様に包んでいた圧力からは解放された反面、宙をそのまま落ち着水。
 そこには明かりはあり暗闇はない。ただ赤い様な暖色一色にしか見えず液体と気体もそして恐らくは、それらを内包している空間も全てがそれであるかのように暖色以外には何も見出せない。その中で僕はそれまでとは違った心の底からくつろげる暖かさに今度は包まれ始めた、最初は両手を突いた尻餅姿勢であったのが何時しかそのまま寝転ぶ。
 心なしか何者かに見られている・・・そこでそんな感覚すらしたのは気のせいだろうか。何かが僕を丹念に見て、首をかしげているそんな感覚すらされる不思議な心地であった。しばし放置された後、人で言えばそれは首を傾げている様な勢いである。とにかくしばし迷った末か何者かは決断を下す。
 そして次第にかすかに聞こえ出す溶解音、炭酸の弾ける音にも似たあの音が響き、僕は赤い暖色の中に自らの体が融けているのだという事を悟った。ただ今度はそれに対して恐怖心とかは一切抱けない、恐怖心すら解かされてしまう暖かさの中で僕は全てを自ら緩めていく。全身から抜ける力に呼応するかの様に、意思も思考も理性も本能も一緒くたになって蕩けて・・・また動き出す。
 自分を溶かし自分であった成分が混じっているであろう液体と共に小さくなった僕は再び、今度は単体ではなく複数の中の一つとして新たに出来ていた口より、再び暗闇の中へ流れ・・・と思うまでも無くすぐに今度は白い明かりに包まれる。そして僕はまたしても液体から離れて自由落下し、柔らかい軟体の上に軟着陸した。

"・・・・"
"あ・・・起きなきゃ・・・。"
 直感的に前触れも無しに感じた意思、僕はそれにどこか弱々しく起き上がる様にして身を動かす。心なしかその体は己の物ではないかのように小さくて軽かったがそれが己だった、僕は口元の硬い物を包む白い物に向けてぶつける。こんな硬い物を自らは持っていただろうかと言う疑問は別にぶつけ・・・突付いて皹が入る。外の空気、光景・・・それが僕をますます張り切らせて文字通りコツコツコツと首を動かしている間に、それは壊れた。
 ただ一角だけとは言えそれは大きな展開。白一色の光景はあくまでも自分を包んでいる仮初の物に過ぎないとわかっただけで気持ちは高ぶり、勢い一気に破壊を進めた。そして上半ばを壊したところで僕は身をスクッと横である以外には窮屈なその空間から立ち上げ、そして残った下部を蹴破り表に出た。その生暖かい空気に包まれた世界に、今度は鮮やかに辺りの光景が見て取れる。
 そこは巨大な空間で人工物と土壌の混在した様な中、そしてその中はといえば見渡す限り緑色の巨大な蔓を持つ植物が満たしていてそれらが揺らめき、所々に何かを先端付近に包むなどしている。包まれている者は人の様な姿をして、様々な点で人と違う姿をしていた。体型こそそれは人と似ているが、各所の形に色が違う存在である事を静かに示していた。
 まずは全身を包む柔らかで締まったふっくらさ、それは明らかに肌と筋肉やら脂肪だけでは現せない美しさをたたえていて美しい。それらは毛、それもただ一本一本の独立した毛の林立とは異なる一つの核となる細長い幹に沿って隙間なく一方向に並んで生えた毛の集合体・・・その様な形であるのは言うまでも無くただ一つ、羽・・・それは鳥毛でしかない。
 何よりも尻を覆い隠すように扇状に広がった尾羽の存在、そして腕と一体化した翼、何よりも口元の嘴と膝から下の鳥特有の硬い皮膚がそうである事を物語っているだろう。つまり人ではないことを、鳥である・・・言わば鳥人と言う事を示しているのだ。そして僕は自らを見る、自らも同じ姿である事を。その色は主に黒に近い灰色、ただ首から上と膝付近から下がこちらは白に近い灰色で、首の付け根と膝のやや上付近にはそれこそ白い縁取りがある事のが見渡せた。そして大きな翼があった、翼を動かして嘴の存在をも・・・確認出来た。
 心なしか首は長い様だ、この様な配色で首が長い鳥・・・僕は頭をかき混ぜつつ何気なしに頭を上に向ける。するとそれを待ち構えていたかのように一際太い緑色の蔓が、それは一抱えもある巨大な物が僕に迫ってきた。、こす。  先端には丸い口があり、中は空洞のようで液が軽く滴っていた。それに僕は視線を全て奪われる、そして脳裏にあの白い空間・・・それは卵の中であったことは今となっては容易に想像出来る。そこで目覚めてすぐに感じた、あの脳裏への刺激よりも比較にならないほど強い意図と内容を含んだ刺激が脳裏に刺激以上の書き込みとなって刻まれ始めた。
"・・・ナンジハココニワレラガタメニユウキュウニトラワレシモノ・・・。"
"汝はここに悠久に囚われし者・・・。"
"・・・テンヨリワレラガクダルソノヒマデココヲイジスルミナモトヲウミダシヅツケルモノ・・・。"
"天より我等が下るその日までここを維持する源を生み出し続ける者・・・。"
   記述は確実に僕の脳裏で復唱され再び上書きされ刻まれる、そして内容は深まる。
"・・・ワレラトオナジスガタヲアタエタモウテキタルヒニワレラガイチイントシテソレヲムクワン・・・。"
"我等と同じ姿を与え給うて来る日に我等が一員としてそれを報わん・・・。"
 延々と続く書き込みと復唱に上書き、長いそれらは要約すればこの施設と施設を構成し維持させる装置である触手を、ここに築いた者達が天より・・・つまり宇宙と言うことだろうか、から戻って来るまで維持し続けるために僕は利用されるらしい。
 ただ今の姿はその天に去り再び戻って来ると言うその者達と同じだと言う、そしてその暁にはその者達の仲間として迎え入れる・・・かつて去る際にこの世界を任せた、奴隷の末裔である現在の生物の上に立つ存在の一員となれるらしい。

"・・・ナンジハミナモトヲウミシカラダ、ソノミヲモチテイザウミオトサン・・・。"
 そして最後だけは復唱は無かった、わざわざ復唱するまでもないと言う事だからだろうか・・・だが代わりなのか心なしか体が熱い。それは股間の辺りからじんわりと広がり、翼の先の手を当ててみればそこにはスリット。こうも興奮しているのに何時も元気に突き出すものは無く、ただ割れ目からは熱い液体がしとどに漏れている。
 それは自ら嗅いだだけで恍惚としてクラッと来る強み・・・癖になり盛んに嗅いでいる僕に呆れたのかずっと同じ場所に止まっていた蔓、触手が静かに下り身に巻き付き一気に持ち上げる。反射的に慌て翼を動かそうとしてしまうが身動きは当然取れない、何よりもそこにいきなり現れた小さく細い触手が開いた嘴の中に少量の液体を注ぎこんだ途端、気持ちは一気に高揚し余裕が広がる。
 これに抗する事はないのだと、それは無粋なのだと言う自らの中から生まれたエコーが全てに響き渡りそして染まった。それと前後して触手は僕を解放しそのままゆったりとしたソファーにも似た、言ってしまえばそれは産婦人科にある妊婦の出産の時に用いる椅子にも似た触手の一部に据えられた。そこに逃げられないように・・・そんな気等もう皆目無いのだが、念押しと言う感じに両翼と腹部、両脚に綱引きの綱位の触手が二周りほどで巻かれて固定された。
 足は広げられて牝の証は無防備に晒され、落ち着いた所で何かが近づいてきた。それは牡だった、僕と同じ鳥人・・・姿は僕より大分小柄。色合いからして鷹か何かだろうか、しかし僕、どうも先ほど刻み込まれた情報からすると駝鳥だと言う僕とは明らかにサイズが違う。牡と牝の違いなのか、それとも種族の違いなのかは僕にも恐らく触手に囚われて痛々しいまでにイチモツを、その割れ目から高く突き出した牡にも分かろう訳が無い。

 ただ牡と牝が、互いの性器を存分に潤わせた状態で。何よりも興奮した、先ほどから相手は嘴から荒く息をしている・・・所でもう何が今から起きるのかは分かり切っている。そう僕が思考を片付けるのを待っていたかのように・・・牡を捕らえた触手は腰掛け、半ば横になった形でいる僕に接近し調整して宛がわせると僕を貫いた。
"・・・・!!!"
 初めての性体験、女の体を知らない僕がこうして女・・・いや牝の体を知る事になるとは。そう思ったのも束の間、激しいどこか機械的な突き上げに次第に気持ち良さを増して喘ぎ出す。動きが半分以上封じられているのが何とももどかしい、しかしそれは長く続く。それはこれから永くここにいなくてはならないのだという事を暗示するかの様で、また正確な鳥ではない事をまたしても刻み込む。今の僕、そして相手の体、容姿は全てかつてこの世界にあった支配者と同じ・・・人でも鳥でもない鳥人と言う姿。
 鳥の様に単純な性交では終わらず・・・人の様に半ば遊び感覚でない本能から来る快感は更にそれを硬く固定していく。そして果てたのはしばらく経過してから、その後はしばらくそのままで触手に弄られ快感を得続けていたそんなある日に僕は下腹部の違和感に気がついた。見れば視野の中に1つだけ様相を異にする触手、半透明なそれが僕の牝の割れ目に宛がわれるように添えられていた。僕は瞬時に悟る・・・産卵の時を、そして意識する事も無く力が入り・・・しばしの後に白い大きな卵が産み落とされた。
 僕・・・つまり駝鳥の卵は大きいので触手達に歓迎されているようだった。どの鳥の特徴を持った鳥人に改造されるかはそれぞれによる様だが、僕は肉体的に牝が向いていた事もこの様な体になった由縁らしい。そしてその卵は初めての産卵に喘ぎ余韻に浸る僕を尻目に、触手がすっと飲み込みそのまま去っていく。少しばかり惜しい気持ちもあったが、再び現れた牡の姿を見てすぐに忘れ・・・これからのあの繰り返しが又来る事に心潤させ、大きく息を吸うのであった。
 そして何時果てるとも知れない宴に身を投じる、緑谷・・・夏には緑に満ちる広大な森のどこかにあるその人知の外にある緑に満ちた施設にて、僕はただ時間を飲みその時を同じ境遇の、森の中にて幸運にも源を供給する存在を確保するための罠にかかった仲間達と待つのだった。何時までも続かないかと言う快楽に壊れた心にて、続けるのだった。季節の無い延々と続く緑と共に。


 完
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