夢示す・終編 冬風 狐作
「ん・・・くぅ・・・ああ・・・。」
 変わり行く海彦・・・俺は絶えず全身のむず痒さ、変わり行く体にこれまでに無い精神的な気持ち良さを感じていた。それは正直言って言葉に出来ない快楽・・・蘇り行く記憶と共に蘇る体は新たな段階へと俺を持ち上げてくれる。ふと薄目を開ければ目の前には瞳を閉じたまま口付けを・・・マズルを互いに斜めにして上手く咬ませ、互いにその中で舌を絡めあう相手、田彦の狐の顔。
 その狐色の鮮やかさとは対照的に俺の表面は透き通った様な青、水色・・・自分で思うのもおかしいかも知れないが爽やかだと強く感じられる。俺の表面は田彦の様に獣毛で被われふさふさとはしていない、むしろ真逆で田彦では隠されている獣毛の下にある皮膚がそのまま露出している。
 それが透き通る水色なのだ、染まり長く前へ向けて伸びそれに伴って滑らかで明らかに元からそのまま、と言う自然な勢いを見せている顔には何時しか一対の長い髭が出来ていた。長く細いその髭は気持ちよい今の心境を反映しているのかゆらゆらと静かに揺れては漂っていた。そして舌は緩みマズルは離れる・・・唾液の架け橋、それがわずかな生を終えた時には向かい合って互いの目を見つめていた。
 澄んだ色は金に緑と・・・そんな色をする互いの瞳に映るは当然互いの姿、狐色に白、そして焦げ茶の獣毛を蓄えた体、狐人の田彦。透き通る水色、長く豊富なそれこそ薄い水色をほんのりと浮かべた頭髪、鋭い眼光の輝く眼窩の後方線上にあるこめかみより伸びる根元は太く幾重にも別れし角。一対の髭を持つマズルを含めた全身は鱗に被われ、腹部は蛇腹・・・狐とは違うそれこそ太く終いに細く収束する尻尾と手足の太い爪、髪とは別に背筋首筋に沿う鬣はその存在が何であるかを明確に示していた。
 水彦・・・俺が竜人と言うことを、東洋竜がイメージされる姿をしている事に。
「うん・・・矢張り水彦はその姿が一番だよ、楽でしょう水彦だって・・・?」
「あぁ全くそうだな・・・んんっ。」
 俺は水彦に言われながら方を鳴らし体を解す・・・正直言ってこうも体に負担を感じなかった事はこれまでになかった。負担と言うよりも実感だろうか、とにかく体がありそこに在ると言う事は分かり認識している。しかしまるで空気の様な実感・・・不思議な、それでいて意識の中では慣れている不可思議な心地だろう。
「ん・・・。」
「ねぇ・・・。」
 解し終えて軽く息を吐いた所で再び田彦が擦り寄ってきた・・・そうだ、田彦は昔から俺に甘えてばかりだったとふと頭を過ぎり、俺の胸に顔をすり寄せて埋めるのをそのまま受け入れ包み込む。
「さぁどうしたい・・・?」
 俺は敢えて田彦が何を望んでいるのか、そしてどうなるのか全てを記憶の中に浮かべながら尋ねた。すると田彦はますますすり寄せては呟く。
「わかっているんでしょう・・・僕と・・・。」
「俺は不可分だろ・・・?」
「うん・・・だから。」
 俺はそこで言葉を遮った、どうしてかは分からない。そのまま言わせるつもりであったのに何だかそれが惜しくなって・・・としか言えない。だがとにかく話は進んだ、後はもう事だけが残っているのみ・・・俺は手を回す、耳にかすかな田彦の吐く息の音が届いた。
「さぁ・・・わかっているだろう?」
「うん・・・。」
 緩む手に動く田彦、そして向けられる尻尾・・・俺はその尻尾を掴みそのまま擦る。田彦の体がそれに合わせて痙攣し軽い喘ぎ声を漏らす。
"良い感触だな・・・。"
「あう・・・水彦・・・ぉ・・・。」
 ふとそれを味わっていると田彦の切なさすら感じる、それでいて熱を帯びた声が耳に届いた。それに対して俺は言葉としてではなく田彦の尻肉を揉む事で応じ行動で示す。
「んぁ・・・っ!」
「んぅ・・・はぁっ・・・。」
 1つになる熱、交差する声・・・それが呼び水となって熱は高まり声も上がる。竜狐相打ちそして時間は流れていく・・・。

「んー今年は凄い良い出来だな・・・何時もとは違う田圃のようだ。」
「本当だねぇ・・・あんな台風が来たのにまったく倒れちゃいないよ。」
 天高く馬肥ゆる秋・・・ その言葉通りとも取れる澄み切った秋の青空。そしてその下に広がる広大な金色の海・・・稲穂の波、稲刈る人々の姿。満足げにそして着実に稲刈る人々の車、そのミラーから下げられた携帯ラジオからは半月ほど前に起きた失踪事件について伝える声が流れ、風に乗って消えていく・・・。
 もうその事件の記憶はここにいる稲を刈る人々の記憶から薄れ掛けていた、それよりも目下の話題は今年の稲の出来・・・それは近年稀に見る素晴らしい出来だった。元々この地域は土地の質が悪いせいか米は出来ても質が余り良くないと言う欠点、加えて水の便もいまいちで正直言うと稲作に適しているとは言えない土地であった。
 そしてそれは多額の費用をかけた土地改良事業をしても変わらぬまま・・・もうこの土地でするしかないのだともう諦めてしばらく経った今、この素晴らしい出来にはただ驚きを見せる以外はなかった。
「改良事業のお陰かねぇ。」
「にしては遅すぎはしないかい?もう10年も前のことじゃないか。」
 休息の時間、人々はそう口にしあっていたそんな中で・・・。
「そう言えば近所の子供が言っていたんだが・・・白い雨が降ったらしいな。」
「白い雨?何時の話だ?」
「ほれ、半月くらい前の晩・・・酷い雨が降って川が溢れかけた時に。」
「知らんなぁ・・・。」
「雹でも混じって降ったのを見間違えたんじゃないか?」
「かもしれんなぁ・・・。」
 そんな会話の中でも風は吹き雲は流れて稲は奏でる・・・赤トンボ舞う秋の1コマであった。


 終
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