隣り合う存在・後編冬風 狐作
 どれ位か時間の経過した頃、彼女は潮の香りの中で目を覚ました。大分寝てしまったらしく足を垂らしたまま背後に向けて横たわっており、袖から先の露となっていた腕のコンクリートと接していた箇所はかすかに赤くなっている。そこから上体を起こし体を伸ばして眠気を覚ましそして気が付いた、彼女はその証に軽く微笑み足を動かすと・・・水飛沫があがった。見渡せば何と先程のタイルは全て水面下に沈みコンクリートの正方形の中全ての床の面が見えなくなっていた。
 まるで違う場所のようだが、彼女がここにいる事とあの先程入ってきた入り口が見える事からここが同じ場所である事が分かる。そして彼女は海水の中に浸しておいた足を抜いて上へ上がる、そのまま立ち上がりボタンを外しブラウスとスカートを脱ぎ捨て脇に畳んで積み重ねる。全てを脱ぎ去った体は一糸纏わぬ全裸、ほんのりと天井から灯された明かりが水面に白く反射し佇む様を前に全てを一瞥した彼女はそっと体を落ち込ませる。
 落ち込んだ体の先は水面に触れタイルの上に、そしてほぼ時を同じくして彼女は膝下10センチほどまでを海水の中に沈めて窪みより奥へ向かって離れて行き、中央の始めのまだタイルの上に海水が来ていない頃に境目として機能していた箇所まで来ると、それこそ手馴れている様に彼女はその暗い深みへと身を投じた。小さな水音と波紋を立てて彼女は一気にそこへ向かって足を漕いで行く、中々手順がいいと見えるが彼女の実家は漁師、彼女自身は陸の上にある会社勤めの事務員だったが幼い頃からの経験でこう言う事には手馴れていた。だから水中で長時間息を止める事には慣れているしその術はしっかりと身につけている。
 とは言えここではそう長く息を止める必要は無いだろう、何故なら目の前に目的の物が静かに姿を現したからであった。姿を現した物、それは水中にそれこそひらひらとなびく存在。一見するとそれはワカメや昆布と言った類の海草にしか見えるその中へと彼女は自ら進入していった。

 海草の中へと進入して行く際の水のわずかな流れに反応したのか、彼女の前に濃密に密集していた海草は揺らめき道を開く。その様はさながら紅海の海面が割れたと言う故事の如くで何の躊躇いも無く進み入る、しかし彼女の全身がほぼ海草の領域に入った次の瞬間異変は起きた。それまでただ流れに流されて揺らめいているのみと言う海草が急に元いた領域、つまり今彼女の体のある領域へと戻ろうと蠢き出したのだ。その動きは信じられないほど迅速で瞬く間に元いた場所へと戻り彼女の体は包み込まれて見えなくなり、海草達は何事も無かったかの様に再びその場で揺らめくのだった。
 揺らめきに取り残されたと言った格好の彼女、しかしその顔に焦りの感情は見られないむしろ何かを期待する様な笑みがほんのりと浮かんでいた。そして見つめる先のまだまだ濃密に海草が茂り平たい葉が、ぬめぬめとした感触を持って彼女の全身を自然と愛撫する様は一種の妖艶さすら感じられる。その動きは遅く彼女はもう既に足を漕ぐのを止めている、それなのにどうして動いているのかと言えばそれは海草の愛撫による蠕動で動いているのだ。蠕動に乗った彼女は非常にゆっくりとしたペースとして奥へ入り込んでいく・・・とそんな時、また新たな変異が彼女を出迎えた。
ヒュッ、ヒュルルルッ
 もし大気中であればそんな音が響いた事であろうと言う勢いで、その茂り蠢く海草の奥から複数の何者かが投擲でもされたかの様に一気に突き出てきた。その形はこれまでの海草群とは異なり丸く太い縄と言った感じだろう、似たような形として綱引きに使われる縄のそれも細いタイプを思い浮かべさせられる。それらは一旦彼女の体の脇を通過した後に急停止してその場で折り返し、今度は彼女の体に文字通り纏わり付き手足に巻き付いく物、その体の表面でうねうねと蠢きながら撫で回す物とに分かれただ一本だけが先端を開いてその口と鼻を包んだ。
 一瞬その際に口を抉じ開けられるからか不快な表情を浮かべるもすぐに元通りの顔になり、その接合部からはわずかに気泡が2つ3つ立ち昇る以外はその後には変化は無い。その覆われている顔は空気タンクを背負っているダイバーのそれに酷似していた、それはそうだろう。その口と鼻を覆った細長い海草は彼女に新鮮な酸素を供給し二酸化炭素を回収する為の役割を担っているのだから、まぁだから海草と言うのは不適切かもしれない。その姿は明らかに周囲にある昆布の様に平たい海草と一線を画している上に何よりも色が異なるからだ。
 それまで彼女を包み込み蠕動にて奥へ奥へと流していた物を黒と表現するならこちらは鮮やかな緑色、動きも一応は植物として流れに流されているだけの動きをするのに対して明らかに流れに流されない動きを見せていた。その気配は何らかの意思を秘めた物だった、だからその海草・・・いや触手はこれまでとは明らかに異なってその全身をものの数十秒とかからずに包み込むと、またそれこそ念入りといった具合にまたしてもゆっくりと静かな動きで引き摺り込んで行った。まだまだ周囲は平たい昆布状の林である。

 触手によって絡め捕られ包み込まれ封じられた体、一見すると鮮やかな緑色の繭状の中では何が起きているのだろうか。そこには当然彼女がある、そしてその身体は触手の繭の内側の壁に無数に設けられている襞に包まれ細かな刺激を繰り返し与えられていた。繭の中は液体で包まれている為声を聞き取ることは出来なかったが、もし液体が無ければ触手の送気管の継ぎ目からわずかにその甘美な喘ぎ声が響いてきたかもしれない。
 と思えるほどに彼女は蕩けた表情を露になっている目元に浮かべて頬を動かしていた。そしてその度にかすかに気泡が一つか二つ漏れ出るがすぐに是正されるので呼吸に支障は全く無いようだった。その彼女を何時の頃からか襞とは別に姿を現した幾周りも太い触手が静かに、そして体表を品定めするかのように付かず離れずと言った位置を漂うと音も立てずにと言う表現の如く、気配を感じさせずに力無く落下し・・・牙を剥いた。
 急に目覚めたかのように一気に引いた触手は皆鎌首をもたげて構えると一気に突き進む、襞が飴なら触手は鞭だろうと言えるほどの緩急の差があった。数には余りに差があるからただ仮に表面を愛撫するだけなら、襞で十分感じているのだから触手は不要だしむしろその分も襞に転換すべきかも知れない。だが目的が違うとすれば2つの存在があった方が効率が良かろう、襞は全てを触手は幾つかの点を衝く・・・アナルとワギナ、そして乳首、この3つのポイントを触手は分散して急襲したのだった。
 3点を襲う触手、しかしそれらは皆一様な形をしていたのではない。まずアナル、ここを襲った物が恐らく一番太かっただろうしその表面は小刻みに蛇腹状の文様が刻み込まれており、それが抜き挿しされる度に腸壁にそしてアナルを刺激しては連続して微細な感覚を与え続ける。それも休む事無く激しく加えられて行くから瞬く間にして腰砕けの状態になり理性を急速に失わせ興奮させる作用があった、更にはこの全体から分泌される特殊な液体が媚薬とも弛緩剤ともなって体の硬さを無くさせ脂ののった柔らかい肉の如きへ変えていく。それも極めて強い快感の中で展開されていくのは言うまでも無いことだろう。
 そしてワギナ、ここを担当する触手はアナルと違い表面は微細な突起物、イボであり襞の如く無数に生えて一種のブラシと化していた。そしてそれらは決して中には入れられずその入り口を、クリトリスから秘口に書けてを絶え間なく蹂躙し続ける。そう焦らしていると言えようか、高みまで行くも完全には上りきらずそう言ってある程度よりは下にも落ちず達する事も出来ない・・・それをひたすら繰り返しては肉を解していた。
 残されたのは乳首・・・ここへの刺激に当たった2本の触手の形態はこれまでの2つが異なっていた様に全く異なり、その先端の口で乳首に覆い被さるとその周りに生えている長い毛の様な柔毛によって、均整の取れやや小ぶりの双球はその頂点の周辺を中心に細やかな愛撫を加えられる。そして乳首は口によって念入りに弄ばれ細やかな刺激が脳に叩き込まれるのだった。アナルの激しさ、ワギナと乳首の性質は異なる緩やかな愛撫・・・この2つの同時展開される緩急差のある刺激によってもたらされた快感は強く背筋を震わせ、脳をスパークさせ、快感物質を無尽蔵に放出させ如何なる刺激でも蕩ける様な快感しか与えない。
 快感の中でもう限界を超えたかは分からない、何度イった事か理性も本能も麻痺して唯一快感と捉える機能だけがその能力を超えて稼動している彼女は貪欲に貪り沈んだ。そしてまたしても味わおうと言う時・・・その時は来た。

 快感の坩堝と化した彼女を納めた繭は何時の間にか海草の林を抜けて何も無い領域に入り込んでいた。その先には鮮やかな黄緑色をした巨大な球体が待ち構えており、その中から繭を構成する触手が飛び出ている。その周囲の変化に合わせたかのように繭の中で彼女を坩堝の中に堕とし続ける触手もまた変化を見せる、特にアナルに挿し込まれた触手の動きが緩慢になり今にも止まりそうになったその時、一気に押し込まれその先端から白い・・・やや黄色のかかった液体が噴出された。
 それは余りに量が多く腸内はおろか一部は胃、そしてアナルのわずかな噴出される度の振動によって開く隙間から漏れ出るが多くは腸内より体内へと急速に吸収されていく。明らかに尋常では無いペースで吸収された液体は、血液に混入し瞬く間に全身へと広がりそして養分と共に各細胞に吸収されていく。そしてしばらく続いた放出が終わると、静かに触手は唯一酸素を送り込んでいる送気管の役割を果たしている物以外は全て外れとほぼ同時に繭はその球体へと衝突し中に取り込まれていった。そしてその場で細胞は緩み始める・・・。
 中に突入した時点で繭はばらけ全身を愛撫され尽くした彼女の姿が再び露となった、その姿は何処か赤んでいて火照っているかのようにも見えなくも無い。だがその姿も長くは続かなかった、そのまま引き摺られていく形で沈んでいくと1つの球体の中に再び彼女の体は納められた。それは透明で少なくともどうなっていくのかはその硬く薄い膜越しに全てを見る事が出来よう、ほんのりと赤くなった身体はアナルから白い液を漏らしながら次第にその輪郭から角が無くなり曲線に変化する。
 それは硬い角張った岩が小石へと形を変える様に・・・大きさすらも変わって行き毛髪も何時の間にか消え去ってその頃には一介の楕円形の肉の固まりの様になった姿があった。しかし送気管は付いており変化は止まない、楕円形を更に楕円形に近づけて縦長とも言える形になるとやや横に膨らみその表面は変色して薄い灰色になる。頭部があったと思しき箇所の頂点には丸い1つの窪み・・・穴、そしてそのから90度ほど下では段差が付けられそのまま出っ張りは前へと伸び送気管の触手もそれにそって形を抱えた。
 出来た窪みの一直線上、窪みよりもしばらく後には曲線を組み合わせた三角形が縦に作られ脇からは一対の形で矢張り似たような形の大きさの異なる三角形、そして紡錘型となった体の一番端からも近接して一対の三角形・・・そう尾鰭、胸鰭、背鰭以外の何者でも無い形状をした物体が姿を見せたのである。頭の窪み、鰭、色、全体の形・・・目こそ閉じられてるがそれが開けばそこには円らなあの瞳があるのだろう。イルカの円らな瞳が見える筈だった。
 そして変貌し切った彼女から送気管が外れると球体は元来た道を浮上していく。黄緑色の球体を出、何も無い空間から海草の密集した空間に入り、そこを抜けた所で膜は溶け落ちイルカは一瞬水中を下へと下降する。だがそこでようやく瞳を開き軽く全身に力を込めてバネの様に身をくゆらせ、一気に水中を横切り水面へと顔を出した。新鮮な空気を補給し一息ついたのか鳴くイルカ、それはまるで歌声であるかのように長く続いては空間にこだまするのだった・・・。

「・・・ん・・・あぁ終わっちゃったか・・・うーんリラックス・・・。」
 目を覚ますとタイルの上に彼女は横になっていた、海水の残滓残るタイルは空気に晒されており徐々に乾いている。海水はここに入った時と同じく空間の半分に押し込められて何事も無かったかの様に装っていた、そして立ち上がるその姿は当然人間、全裸の彼女その姿だった。
「・・・じゃあ帰ろうかな、また来るね。」
 そう呟きしばらく物言わずに見つめていた水面に踵を返す彼女、服を置いてあった窪みの中にある真水で身体を清め軽く拭き、そっと服を着ては元着た格好でその場を後にする。ただタイルの表面が濡れている事、そして彼女が帰ろうとしている以外は何事も変わり無い様に見える空間の何の世界。しかし彼女は忘れない、あの全てを・・・ふとした偶然でここを見つけて以来の時たま来ては楽しむ一時の全てを忘れる筈がなかった。
カチッ
 電気は消え空間は暗闇の中へ、階段を登って行くかすかな足音が遠ざかる・・・そしてそこでは彼女を待つ存在が再び惰眠を貪る。隣り合う都市、その都市から見捨てられた空間にある唯一彼女だけが知り得る存在は今日も隣り合って在り続ける。


 完
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