雪深き出会い・お使い第一章冬風 狐作
「ねぇ、孝彦少しお願いがあるんだけど良いかい?」
 彼女が不意にその様な事を言ってきたのは夕食を摂り終えての一時の事であった。
「何でしょうか?サクヤ様。」
「あーもう、また様なんて付けて・・・僕の事は呼び捨てで畏まらなくて良いからね、本当に。」
 いつもの調子で答えた彼に対して彼女は、サクヤは渋い顔をして答えた。それに対して僕は軽く謝りそしてこう言い直す。
「では改めて・・・何ですか、サクヤさん?」
 そう言い改めると途端にサクヤは嬉しそうな表情を浮かべて満足げに口を開いた。孝彦と呼ばれた彼にとってそう言った様子のサクヤは何にも増して好ましくそして安心させられる対象であった、そして孝彦も軽く微笑み尻尾をわずかに動かす・・・2人の異形なる者、一方は元よりもう一方は人よりその姿となった彼らの静かで遠大なる時間がそこには現れていた。そうサクヤはそして今や孝彦も人間ではない、その存在は人とは異なった物となっていたのである。そしてそれはその外貌からも明らかな事であった。
 彼らの外貌、それには幾分かの人の要素がある以外は完全に人と異なっていた。人と共通若しくは類似している点はと言えばそれは直立二足で歩く体の構造と全体的な体の構成であろう、そしてそれ以外は多くの点で異なる。まずその体の表面は皮膚ではなく鱗に覆われていた、それも一概に同じ色ではなくサクヤは白銀の孝彦は薄墨の色をしておりその下には適度に引き締まった逞しい筋肉が姿を見せていた。彼らの持つ頭髪は何れも腰ほどまでの長さを持ち鱗と比例した色をしている、それだから全体が統一されておりその印象を見る者により強く深く感じさせる強い一因になっていた。
 髪の生え際のこめかみからは一対の角が伸び、縦に鋭い瞳孔を浮かばせて鋭い眼光を放つ眼は無言の強さを象徴していると言えよう。その眼力の前に並大抵の人間はまず立つ事すら間々ならない、下手をしたら泡を吐いて気絶をしてしまう・・・それは大袈裟かも知れないが冗談とは言い切れない所からも2人の持ち合わせる人ならざる尋常ではない力の一端が垣間見えるのではないだろうか。その瞳に角、頭髪を持つ頭の顔は竜・・・そう人から竜と呼ばれ常識的には現実には存在しない仮想の存在である筈の生物そのものであった。
 竜・・・その有史以前より幾多数多の人を魅了しそして畏怖の情を抱かせ崇拝の対象とされ、更には常識に反して今を生きる者の心のどこかにその実在を疑えぬ気持ちを抱かせる神獣と人の巧妙に混ざり合った姿をサクヤと孝彦はしていた。最も元から神の一族であるサクヤに対して孝彦はその名前からも窺える様に生まれ付きこの姿であった訳ではない、ほんの数ヶ月前まで彼もまた多くの人々と同じ様に常識と心とで竜に対して相反する物を抱いていた極普通の人間に過ぎなかった。当然ただの人間に過ぎずそのまま人として生きて行く筈であった孝彦がサクヤの事を、そして反対にサクヤが孝彦の事を知る訳も無く互いに交わる筈の無いそれぞれの長さと世界の異なる道を歩みそれからも歩み続ける筈だった。
 だが数ヶ月前のある時に孝彦の浮かべたふとした思い付きがきっかけとなって2人は唐突に出会う。恐らくはそうして出会う事に加えてその瞬間に至ってもなお、その後に急速かつ親密な関係を築く事になろうとは互いに全く予想だにしていなかった事だろう。だがらこそそれを受けてから考えてみると元々そうなるのは既定の運命であったのではないかとも言う事は出来よう。しかし本当の所は皆目わかりはしない。確かにそれが見えなかった物が姿を現しただけなのかも知れないし、もしかしたら運命ではなくそれまで生きてきた中でお互いにその時の必要に応じて選び歩んできた結果の連鎖によって無数にある可能性の中から、それこそ偶然に導き出された生み出された新たな結果の一つに過ぎないのかもしれないからだ。

 しかし今の2人の関係をこうして見ていると出会ったのは偶然なのか、それとも運命なのかと頭を悩ませるのはどこか馬鹿馬鹿しく愚かしくも感じられる。何故なら例えどちらが正当であろうとももう後に戻る事は出来ないのだから、新たな運命にしろ偶然の結果にしろ既に賽は投げられた・・・新たな現実が現れそこから進む為の道を切り開いていく事しか出来ない。そしてその証拠に孝彦は人ではなくなった、三宅孝彦と言う人格と意識そして記憶こそ残ってはいるもののその肉体は人の姿を例え取る事はあろうともあくまでも仮初めの姿に過ぎないのだ。もはやその姿となった彼はある意味ではサクヤと同じ、いわゆる神様と呼ばれる部類に属するのである。
 全身を余す所無く薄墨の鱗で覆い腰までの丈の長さのある同じく薄墨の毛髪・・・そこには人間としての三宅孝彦はいなかった、竜人である孝彦の姿だけが存在していたのだった。そしてその傍らにいるサクヤもまた同様な姿をしていた、2メートル近くあるその巨躯は白銀色に染まり輝き眩いばかり。それはどこか物静かな落ち着いた印象の孝彦とは何とも対照的で異なるところで、更にはサクヤが女で孝彦が男と言うただ2つの点だけが2人が意識している違いだった。元は違う存在であった事や生きて来た時の長さに経験は2人の間に芽生え育まれつつある豊かな感情を前にしてもどうでも良かった。しかし何とか居場所だけはあった、最も居場所があると言う事に何らかの意味が無い筈が無い。当然それには非常に大きな意味合いが含まれているのは自明の事であった。
 何故なら彼らは経験などが元となって抱えていた様々な満たされずに抱えていた諸々の事柄を、2人となった事でお互いに補い合おうと意識的にも無意識的にも動いたのだから。そして格好の燃料として育まれつつある感情と言う火種に注ぎ込まれ、大きく燃え上がり炎の一部としてゆらぐ度にわずかであっても確実に埋め合わせは進んでますます障害としての意味合いは薄れて行った。だが彼らが望むほど劇的な動きをそれは見せないとはしなかった、まるで感情があってわざと焦らしている様にも思えたりもしたが実際には積年の様々な思いや出来事の積み重ねから成っていて半端な並大抵の量ではなかったからなのである。
 当然それを承知しつつもどこかで彼らは納得出来ずもどかしさだけが募るばかり。しかしその想いが新たに満たされない物となって新たに積み重なってしまうのは何とも避けたい・・・この相反する想いをその都度満たすべくサクヤと孝彦は互いに求め合った。ある時は初めて出会った時の様に、そして永年の盟友であるかの様に・・・その度の状況に応じて緩急をつけて2人はお互いの体を以って感情と募る思いを爆発させて昇華させた。そしてその様な日々の数ヶ月を経た今、2人の関係は最早親密さを越えた物となりそしてそれに包まれてもうどちらかが欠ける事はとても耐え難く感じられる以外の何者でもなくなっていた。

「まぁちょっと言い難いんだけれど・・・。」
「言い難いって・・・何か重要な事なのですか?」
「重要と言えば重要だよ、うん・・・全く寄りにも寄ってだよね・・・。」
 言い改められた事で機嫌を良くしたサクヤ、彼女は自分が神であるからとしてそういった視線で見られるのをとても嫌がる。だから事ある度に孝彦にそうしない様にとある意味では頼み込むのだが孝彦にしては今では自分も人ではないとは言え、かつては人であったという想いから呼ばない様に意識はしていてもついうっかり気が抜けていたりすると様をつけたり、どこか畏まった態度で接してしまう事がある。往々にして直後にそれに気が付くのだが既にした後なので時既に遅く、すぐに言い直してもしばらくは不機嫌そうにいる事の方が多い。だから今回の様にすぐに機嫌を良くするのは余り見られず珍しい事だった、そして一安心しつつ耳を傾けた。
「まっ言っちゃおう・・・ちょっと僕の代わりに行って来てもらいたい所があってね、行って来てもらいたんだけれど。」
 孝彦は軽く頷きつつ答えた。
「わかりました、良いですよ・・・何時行けば良いですか?」
「あっいいのかい?なら良かった、じゃあ明日の朝から早速・・・。どこで話が漏れたのか知らないけれど孝彦の事が色々な所に知られていてね、すまないけれど山の向こうの総代の所まで季節毎に出るお使いとして行ってもらわなくてはならなくなってしまったんだよ。」
「明日からですか、また急ですね・・・一体何をその総代のところへしに行くのです?」
   孝彦は少し驚いた調子で呟いた、するとサクヤは途端にすまなそうに口を開き話し始める。
「今さっき報せが届いてね、すまない。まぁこれは春夏秋冬の季節毎にその季節始まりの挨拶をしに行くと言う事なんだ。かつては全員で行ったらしいけれど今ではその度毎に抽選で選ばれた所から、1人が全員を代表すると言う形で赴くと言う形になっている。僕はこれまで一人だったし何よりそう易々と離れてはならないから除外されていたのだけれど、孝彦の存在が知れて含められてね・・・そして見事にここに決まってしまったと言う訳さ。」
「そうでしたか、何だか自分のせいでどうもすみませんね・・・ご迷惑をおかけしてしまったようで。」
 するとサクヤは軽く首を振った。だが今度もまたこだわる事無く再び話を続けた。
「だからそんなに改まらないでって、僕の前では・・・まぁ総代の前ではしっかり頼むよ。ほら以前に教えてあげたでしょう?地上にいる僕をはじめとした連中と霊界にいらっしゃる竜王様の仲立ちをされるお方の事・・・それが総代だって、僕なんかよりずっと格が上のお方だからさ。まぁ僕よりも付き合いやすいかもしれないけれど・・・わからないなぁ。」
 そう言ってサクヤは黙り込んで視線を下に向けて何事かと考え込んでいた、孝彦は敢えて先ほどの言葉の中にあった少々気に障った内容を無視して所在無げに視線を漂わせる。彼としてはサクヤの役に立つのなら何でもする心積もりであるからある意味では喜ばしくもあった、しかしそうであると伝えたいと思いつつもどこかサクヤの様子がおかしいのが気になった。この様な存在となり共に暮らして数ヶ月を経て孝彦は薄々とではあるがサクヤの思う事を言われる前に悟る事が出来る様になっていた、この事は言う前に行動を取る己を見てサクヤも知った様で今ではちょっとした小事なら無言のままやり取りが行われている場合が目立ってきている。

 その様になまじに想いを読み取れるからこそこの様な態度のサクヤが心配でならなかった。最もこれは孝彦の勝手な思い込みであるのかも知れないし彼女にしてみれば別の事を考えているだけで、密かに思い通りの人の心を読める彼女はどこかで己の心を読んでこれを笑っている事すら有り得る。だがそれは無いだろうと孝彦は踏んでいた、それには漠然とした根拠すらない希望的な観測であったが不思議と噛み締められる安定感をそこに見出せていたからだった。
「・・・と言う訳でまぁ7日位に渡って孝彦はいなくなってしまうから・・・早めにしない?今日は・・・。」
   静かに考えから戻ってきたサクヤはちょっと恥ずかしげに・・・彼女の魅力であるその様な調子でそっと寄り掛かって来た。その瞬間に彼のペニスには力がこもりそっと下から袴の一部分を押し上げる、今の本性である竜人の姿をしている時でも普段は表向きの仮の姿として人の姿でいる時と同様に孝彦は巫士の青袴の装束を、サクヤは宮司としての女であるのに薄緑の狩衣に立烏帽子と言う男装をしつつ専ら纏っている。
 だが彼らはその下には何も纏ってはいない。下着等の一切を基本的に纏ってはいないのだ、だから夜の営みへもすぐに移れる・・・恐らくそうする為にしているのだろう。そして数分も経たぬ内に水音と着物の擦れる音、そして喘ぎ声が響き始めた。今日は着衣のまま始めてしまった様であった、そして今晩も熱く炎が燃え上がる・・・鱗を輝かし着物を大いに湿らせこれからの分を先取りでもするかの如く濃厚に。


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