干支スーツ冬風 狐作
「おぅ待たせたな、何だいきなり電話してきて・・・何かあったのか?」
 大晦日の晩、その男はいきなり携帯にかかってきた電話を受けて女の家に向った。着いた先にてドアを開けた女は普段通りの様子で男を迎え入れる。
「いや特には何も無いのよ、ただ1人じゃつまらないからね・・・悪かった?急に呼んだりして?」
「そうか、まぁ俺も暇だったから別に悪くは無いが・・・あの電話の調子だと、何か大事でもあったのか心配してしまうぞ。」
「あら、そうだった?それはごめんね、少し演じすぎちゃったみたい、じゃあひとまずは上がって、お茶用意してあるから。」
「そうか、じゃあ失礼するぞ。」
 そう言って男は靴を脱ぎ敷居を上がった。

「で、何して過ごそうか?」
 お茶を飲んで一息ついている所で女が男に話しかけた、男は軽く息を吐くと残っていたお茶を飲み干して口を開いた。
「何して過ごすか・・・特には何も無いしなぁ。どうするって聞き返す訳だが・・・。」
 男にも妙案はないらしい、そして再びテレビの音だけが響く空白の時間が訪れる。何とも気まずい時間だが何とかしようと気持ちが競っても浮ばない物は中々浮んではこない、そしてそれを戻したのは矢張り彼女の方であった。
「じゃあ久し振りに如何?年越しなんだし記念にさ・・・。」
「久し振りにか・・・いいんじゃないか、数週間ぐらいご無沙汰だったしな。」
「新しいのも買ったわよ、多分似合うと思うわ。」
「何だまた買ったのか。楽しみだね、用意が済んでから見せてもらうよ・・・と言う事は風呂は沸いているんだな?」
 男の確認の声に女は静かに頷いた。なるほどその服はこざっぱりとしていて既に準備は済んでいるという気配が漂っている。
「そうか、じゃあ少し待っていてくれ。」
   そうして男は慣れた足取りでその場を後にした。その間、女は何かに取り掛かっていく。

   男が戻って来た時にはお互い既に全裸であった。男が声を掛けると女は傍らに捏ねてあったものの一つを手に取り、男へと手渡す。その丸められた布地の様なものを伸ばすとそれは何かの形を模った薄い膜で出来た代物であった、余り一般に見覚えのある物ではなさそうではあるが特にそう言った素振りは見られない。
「何時もの物よりもしっかりしているな・・・どうしたんだ?」
 触り眺めていた男か女に尋ねる。
「別の業者に頼んだのよ。何時もの業者と連絡がつかなくてね・・・それに戌年でしょ?だからそうしてみたんだけれど。」
 なるほど・・・女の説明を聞きながら男は納得していた。どうしても気分がノッて来るとついつい動きが激しくなってしまう、それも意識している内ならまだ良いのだが一度達してしまったりすればもう手に負えない。後は果てるまで運任せ、その為にこれまでに注文・購入したラバースーツの数十点の内半分近くは破れる等して使用不能になっている。
 また悪い事に彼らが好むのはただのラバースーツではなく特注の獣型ラバースーツ、要は獣の毛並みがプリントされ耳や尻尾などが付いていると言うただそれだけで、通常の物の倍近い値段を取られてしまうのだ。だから大切に手入れして使うと共にその品質にも神経を遣い、その要求にしっかりと応えられる業者はそう多くは無く見つけるまでが時間がかかる。
 だからこそ付き合いが始まったらそれこそ長く続けたい、と言うのが本音なのだがこの不安定な業界の手前中々それは叶わず長くて一年かそこそこ、短い時には一〜二ヶ月で連絡が取れなくなるということもしばしばであった。それでも注文したラバースーツが届かないと言う事は無く、注文流れによる損失は全く無かったのは唯一の救いと言えようか。
 そんなかんなでまた新たな業者を探すまでの苦労を承知している男は、自分の知らぬ間にこれまで全てを自分に任せてきた女が、一切を取り仕切ってここまでしていた事にある種の驚きを感じた。それはあの様な苦労をせずに済んだと言う安心感と共に、全く逆の一抹の寂しさの含まれた代物でもある。しかしそれを表に出さずに男は自らの中で片を付けると普通な口調で言葉を続ける。

「そうか、まぁ後で教えてくれ。ここまで出来が言いと俺も個人的に頼んでみたい。」
「個人的にって何の獣?」
「何って・・・カモシカ、だよカモシカ。俺が好きなの知っているだろ?」
「カモシカねぇ、それは知っているわよ。でもあんたみたいに無骨な男が言うとちょっと違和感がある訳・・・あっ気にしないでよ、私がそう思っているだけだからね。」
"全くこいつは・・・。"
 女の言い訳とも取れない語尾で終わった言葉を聞いて男はその様に感じた、だがそれは決して怒りとかそう言うものではなく何処か慣れ親しんだ相手。互いに快く冗談を言い合う相手の間であるからこそ湧いてくる感情であった。そして気を取り直して・・・そうは感じさせずに呟く。
「まぁ人の好みは十人十色とは良く言った事と言う事だ。じゃあそろそろするか、そうこうしている内に年を越してしまうぞ。」
「あらそうね。それでは着て始めるとしますか・・・ふふふ、去年の鳥よりも楽しみだわ。」
「俺もだよ・・・さぁて良く塗り付けておいたからな。」
 言いつつ何時の間にやらローションを互いの必要となる箇所に手際よく塗った男は、片足をスーツの中に突っ込みながら言った。続いて女もラバーの中へ身を投じ一分と経たぬ内にそこには全身を獣型ラバー、コリーの毛柄がプリントされ照明の光に全身をテカらせた2人の姿が現れた。そうした用途に合わせて作られているので、秘部にはしっかりと十分な大きさの穴が開けられ、獣のペニスもしっかりと模されている。マズルもまた顎の動きに合わせて動く仕組みである優れ物。最も本物そのままの長さでは舌の長さが足りないので人仕様にマズルの長さは併せて短くされている。

 しばらく互いの姿に見入った人は抱き合いマズル同士を付け合い舌を絡ませる、顎を開けばマズルも開くので大きくし填める様な形の中で濃厚に絡ませて外す。その様な前座をしている内に元々のっていた気分はさらに上昇し、互いの性器はすっかり熟れ切って液が滴っている。女は四つん這いとなる。男はその滴ってラバーの上を垂れる愛液を口にし舌で焦らし、己の今にも破裂せんとばかりに膨れ上がったペニスをマウントして突き挿した。
 そしてグラインド開始・・・肉と肉のぶつかり合う淫靡な音が、ラバーによって増幅され厳冬された部屋の中を妖しい雰囲気に染め上げる。雰囲気の高まりは2人の心境をより深くさせ、思いの奥底に沈んでいた隠された望みを次々に行為へと現し託し始めたのだ。それも体勢は変わらずその速度等に現れつつあった、数十分もその体勢のまま何度イッても離れようとせぬ2人・・・愛液と精液だけが流れ移り変わる姿を見せていた。
 そうしてそろそろ小一時間は経とうとする頃、ラバーの軋む音が一瞬強く高まった。だがそれはすぐに止み全く気に止められず・・・そもそもここまで普段と違う様子を見せている2人に判断力があるかも疑問であるが、彼らは絡みを優先し継続したのである。数分もしない内にラバーの軋み音は減少していった、代わりに肉と肉との音がより強まって何か毛が摺れる様な音がかすかに混じり始めていた。

 何かの変化が起きつつある・・・それは誰にも、判断力さえあれば分かる事であるが冷静さを欠いている上にそれすらも疑わしい彼らには期待する事は出来なかった。ようやく形として現れるのはもう間も無く・・・愛液と精液が密着したラバーと皮膚の間に入り込んだ箇所から変化は起きていた。そうあの光沢間が消滅し代わりにしなやかな感触が見られつつあった、それは当然ながら獣毛・・・手触りも匂いも自然そのままである獣毛なのだ。  段々と獣毛の範囲は拡大し、ただ膨らみ垂れていただけの尻尾に力が篭って感情の動きにあわせて大きく振られる。そして気が付いた時には腰より先の全てが長いコリーらしい獣毛、白と茶色のそれにすっかりなって、骨格も激しいグラインドを隠れ蓑にしつつ何食わぬ顔で急激に変容し固定化する。次に腹、次に前の両腕、そして顔・・・光沢感の消滅は即ち中身の人から犬への変化に繋がっていた。
 その後の幾度と知れぬ回数にて達し激しい動きにされていたコンドームが外れた瞬間、男の精液が女の子宮へと奔流の如く注がれた。そのペニスの形状も既に人を捨て根元付近にて瘤が膨らんだ、皮も無くて赤向けて先端の尖った犬のペニス。あの模されていた獣のペニスそのままの形である。
 女の胎内も雌犬その物となり瘤がしっかりとワギナ付近に嵌り外す事が出来ない、そしてそのまま15分余り精液が続々と注がれて、その犬となった腹もかすかに膨らんだ様に見えて来た頃になってようやく外れた。その仕草、動き・・・正しく犬、コリーの性質が全て正確に表されている。人らしさは全く見られない、記憶も何も無くしてしまったのかも知れない。
「ワッワン」
 滴る精液を一舐めした雄犬が一声吠えた瞬間、デジタル時計の数字が"2359"から"000"へと変わった。年度表示も同じである、そう年が明けたのだ。2006年、干支は犬・・・戌年の幕開けであった。

 ・・・後日、伝え聞く所では三箇日も終わってしばらくした頃、大家の元に隣家の住人から犬の鳴き声が夜通し聞こえて五月蝿いと苦情が来たとの事だ。そしてその後、犬の鳴き声については全くどうなったかわからない。分かる事も無いであろう。


 完
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