森の王・終 冬風 狐作
"こっちだ・・・こっちにミルサが・・・。"
 その遭遇の少し前、そうミルサ目指して茂が森に突入して間もない時。茂はとにかく脳に直感として感じるミルサ、その気配に向かって突き進んでいた。こんなに自分はフットワークがよかったのかと言うほどの身の軽さを発揮しては、無秩序にある程度の感覚こそあれども林立している木々を回避して突き進む。そしてそれを彼は不思議と疑問に感じていなかった、むしろもっと速く速くなれると信じては地を蹴り正に飛ぶかのごとき姿。
 もし誰かがずっとそれに付いて一部始終を全て克明に眺めていたとしたら、恐らくそれを目撃した貴重な存在となり得たであろう。最初はただ走っていただけの彼の足が次第に地を蹴る様になっていたのを、そして実際に土が中を後方に向けて蹴り飛ばされていくのが見えた事だろう。あの白い足は次第にその色を濃くし何よりも動きがより大きく機敏となり、細さとそこにある逞しさを爆発させていた。
 そこには人には無い2つの節を持った馬脚と化したその両足、そしてその濃い色・・・つまり栗色の馬毛に覆われたのは人で言う足の付け根を通り越し腰を超えて胴体半ばまで達する。そしてそれと共に姿勢は極めて前傾となり、何時しかまだ人のままであった両手すらも地面を付いて完全なる馬と化した下半身が地を蹴ると共に地を蹴りそれを助けていた。そしてその時にはその馬らしい滑らかな曲線美の臀部よりサラリとした長い尻尾が後方へたなびき一層の速さを強調させている。
 そしてそれらと合わせるかのようにその首は太く伸びる、下半身の馬脚に人の顔のまま首だけを見れば肌こそ人の肌とは言え馬に近しく伸びた首の付いた上半身にラッパ耳。それが疾走する姿は全く奇怪そのもの以外の何物でもなかった。
"ああ・・・速い・・・速いけど・・・もっと・・・っ!"
 しかし飽くなき速さへの思いは今や渇望とも呼べるまでになり余計にその心にて求めていた、最もその速さには疑問をなんら感じていないのも相変わらずで、当然下半身が既に人外でありそれゆえの低姿勢と言う事には全く気づいていない。今やミルサのもとへ一刻一秒でも早く行きたいと感じるその気持ちが全てであり、その為には全てを対価として捧げる心地であった。そして体は不思議な事にそれに応えようとする、そう新たなる変化を以って応えるのである。
 次に現れた変化はまだ人のままであった胴体半ばから上にかけて、人の肌のまま地を蹴る両手はすっかり皮膚がボロボロに無残となり限界が近い事がもう見えていた。それは早急に何とかしなければこの速さすら、あわせて限界に達しかけていた骨と共に完全に破壊されその速度と共に茂もまた損なわれかねなかった。
 それを知ってか変化はそこから、そう新たなる皮膚が・・・頑丈な皮膚と言うよりも鱗に近いそれが芽生え始めて多い行く。色は黄色とも鮮やかな朱色とも取れる色をしていて五指の指はその鱗と共に癒着し四指へと、前に三指後に一指と言うこちらもまた人外・・・恐らく鳥のそれとなった。
 そして肘の付近まで鱗で覆われたところでそこを境に上は白の厚い羽毛、それらはすっかり埋め尽くして人の肌のままであった場所は馬の様に伸びていた首とその先端の顔すらも埋め尽くす。下半身とは対照的なふっくらさのある羽毛によって純白に染まり・・・顔の正面に羽毛が達しかけた瞬間にした軽い苦悶の表情の後、唇を競り上がらせる様にして中から突き出てきた鋭利な明るい朱の嘴は明らかな存在感を、その白い中で白を覆い隠すように首筋に噴出してきた黒い鬣と合わせて強く主張している。
「クェーッ!」
 一鳴、猛禽類のそれを響かせた次の瞬間にその背中から一陣の風があたりに広がり・・・その体は浮き上がった。鋭いその瞳の先にあるのは木立の生い茂った地面ではなく木々の間に見える青空、胴体部分の背中には巨大な翼が姿を見せて力強く羽ばたく度にその体はどんどん高度を稼いで森の上を何物にも邪魔されずに風を落として飛んでいくのだ。その姿、上半身の鷲に下半身の馬・・・その様な生物が居るとしたらその名はただ1つ、ヒッポグリフと呼ばれる存在、ただけそれ以外の何物でもなかった。

「ミルサッ、探したんだよ・・・!」
    ようやくミルサに出会えた事で一杯の茂は、降り立つと翼を畳むまでも無くすぐに近寄り言葉をかけた。それに対してミルサと言えば驚きの余り呆然としてなんら動きが取れない、ただ見つめて驚きの表情を浮かべて立ち尽くすだけ。しかし気配ではひれが茂と言う事を理解して・・・それに対してなおも気付いていない茂は盛んに言葉をかけ、ようやくミルサも言葉を返せるようになった。
「茂・・・その姿・・・。」
 しかし小声ではそれは通じなかった、まるで子犬の様に首をその体に擦り付けてくるヒッポグリフと化した茂にはとても無理だった。故にミルサはしばしそれに身を任せた後、ようやく落ち着いた頃合を見計らって改めて声をかけた・・・その姿はどうしたのかと。驚きを強調しつつ冷静に尋ねた。
「・・・姿・・・え・・・あ・・・!?」
 ミルサに誘導されて水面に移った己の姿を見た茂・・・その時になって全てに気が付いた故の驚きは大きくしばしそのまま硬直する。その間にミルサはどうしてこの様な姿に茂がなってしまったのかと思いを巡らし、まもなく1つの回答に達した。そうそれは彼が50年前に経験した事、そうこの姿になったのと同じだという事である。彼は以前に虎と融合する羽目になったと茂に行っていたのを覚えているだろうか、そして結果として生き延びられたと・・・ではどうやって融合出来たのか。それはまだ語られていない。
 その語られていない事こそがそのまま今回のヒッポグリフと化した茂に当てはまるのである、そう大発生し人を滅ぼした虫。その中にわずかに存在する突然変異種に感染した物に寄生された者だけに起こり得る変異、人ではなくなる代償としての長命と新たな姿をもたらす突然変異種の虫に茂も感染していたという事だろう。
そしてその虫は宿主の強い思いを読み取ってかは知らないが、とにかく何か強い思いを念じたり或いは危機的な場面に遭遇するとそれに対応出来る様に宿主の体を作り変えてしまう性質を持つ。それがミルサの場合は事故による負傷であり、茂はミルサに早く会いたいと言う強い思いにより変化がもたらされそれぞれにあった肉体へと変貌してしまったと言う事だった。

「・・・と言う訳だ。」
 そう説明をした効果もあってか茂はすっかり落ち着いてお座りをした格好で水面に映る己を眺めていた。溜息などを吐く素振りは無い、ただ静かにじっと見入って何かを考えているようだった。その隣にミルサは座り尻尾を伸ばす、虎人にヒッポグリフと言う何とも有り得ない筈の取り合わせはしばしそこに佇み時間を過ごす。陽は西へ傾き辺りには薄暮、夕闇迫る一時の事である。
「まぁ気を落とすなって・・・なぁ茂。」
 何時まで経っても動かない茂に気遣う意味合いでミルサは声をかけ、肩に手を置いてなだめた。それに呼応する様に茂は体を寄せて擦り付けてくる、それにどこかくすぐったさと気恥ずかしさを感じつつ虎人は大きく手をかけて受け入れる。それで少しでも茂の気持ちを満たせるなら・・・少なくともそう沈黙を保っているのは衝撃故の物と思い込んでいたのだから、そうするのは尚更であった。
「んっ!」
 だが・・・それに続く行動は想定外だった。そのままずるりと滑った茂はその嘴で股間の、そうミルサの陰部を突付いたのだ。驚きの余りに動きを止めた隙を突いて斜めの少し無理のある姿勢を修正すると、微笑を薄く言葉として出しつつ立て続けにその場を刺激したのだ。嘴で突付きその中の長い舌を以って舐めて・・・呟く。
「・・・ん・・・ミルサぁ・・・会いたかったよぉ・・・。」
「は・・・それは分かったが・・・何をして・・・るっ。」
「ん・・・楽しい事・・・ぉ。」
 蕩けた様な甘い声と刺激、その前に思わずミルサは言葉を震わせて軽く震える。とてもそれを食い止められなかった、手を伸ばして顔を外させようとしたがそれすら出来ないほどの刺激が加えられ快感となってミルサの体を蝕む。そして思わず素直に久々の刺激に反応した体は・・・陰部より逞しいイチモツを起き上がらせてそそり立たせる。
「ふぐ・・・・あ・・・やめ・・・っ!」
 しかし止まらない愛撫、舌は素直に反応したイチモツを舐めて更なる刺激を加えてきた。思わず意識は朦朧として定かではなくなる、しかしその意識を覚醒させる・・・あの甘い匂いが鼻腔に入ってきたのもその瞬間だった。そうミルサを狩の時の様に興奮させる匂い・・・フェロモン、それを発するのは牝だけしか有り得ない発情を誘う甘い香りがまた彼を包む。そしてそれを発せられるのはその場ではただ1人だけ、そう茂しかいなかった。
「し・・・げる・・・・お前、牝のにおい・・・がぁ・・・。」
 何とか絞り出した声に応えるかのようなイチモツへの愛撫は一際鋭く大きく体を痙攣させた。間違いない、そう茂・・・いやこのヒッポグリフは牝に相違ないとその瞬間ミサルは悟った。恐らくは変化の際に姿と共に性別が変化したのだろうと、しかしあの朝のこの匂いはではどう言う訳なのだろうか。
 あの時の体は明らかに男であった筈である、しかし牝の香りを出していた・・・時間を超えてこの世界に来たせいなのかそれとも別の要因なのかは分からない、いや考えようとしても状況がそれを許さず絶え間ない快感によって阻害されていく。そうして一息の喘ぎと共にミサルはその逞しいイチモツより、ヒッポグリフの顔に向けて白濁した精液をぶちまけたのだった。そしてそれを舌を使って丁寧に舐め取るヒッポグリフ。
"これで満足・・・は俺が・・・だめだ・・・。"
 一度出して吹っ切れたのかは分からない、しかしその時のミルサはもう覚醒していた。数十年ぶりの性と言うものに、この本能に直撃してくる甘美な香りによってすっかり覚醒しもう歯止めは無くなっていた。何せそれは数十年ぶりなのだ、そしてその抑え切れぬ気持ちを読んでか茂・・・ヒッポグリフも立ち位置を変えて前屈して尻を突き上げ、正に馬の交尾スタイルとなって待ち構える。牡を、今か今かとフェロモンを濃くして誘い・・・瞬間を待つ。
「フグルゥ・・・いくぞ・・・。」
「きて・・・。」
 無言で立ち上がり腰に手を置き自然に合言葉であるかのように2人は声をかけて確認すると・・・ミサルはその指でどろどろに熟れた割れ目を撫でた。それに機敏に震えるヒッポグリフは余計にミサルの心の中のある所を揺さぶり、ますます気持ちを昂らせてならなかった。そしてその後は再び無言であてがい・・・腰を振った。
「ああああっ!」
 夕闇の中、ヒッポグリフの甲高い喘ぎ声と共に水音が水面に負けぬ位に辺りに響き始め・・・延々と続くのであった。そう一晩中、ヒッポグリフと虎人はひたすら交わりを続け体を絡ませ続ける、熱く本能としてぶつかり合うのだ。

  「あなた、ちょっと子供見ていてっ。」
「ああ、分かった。」
 そして数年後、あの洞窟の付近は基本的には変わっていなかったが色々と変化が生じていた。まず何と言ってもいいのがそこに多くの気配が溢れている事だろう、虎人とヒッポグリフの子供たちがひい、ふぅ、みぃ・・・と総勢8人に2人を加えて10人もの姿がそこにはある。それだけの人数を養うべく周囲の木々は幾らか切られて開墾されて畑の姿があり、また水も引かれて池が出来ていた。
 あの出来事の後、急速に情を深めた2人は今や夫婦としての日々を送る毎日。子供たちと共にすっかり・・・この地域全てを、他に誰も居ない事から生活の場として活用している。まるでそれは小さな王国、今またヒッポグリフのお腹の中には新たな卵が出来ている。もうじき産卵されそしてまた子供が増える事になるのだろう、そしてその子らを育み守るべく2人は種族としての違いこそあれその小さな王国の主・・・それは正しく"森の王"として滅びた土地に広がっていく始まりだった。


 完
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