動物園奇譚 解体前夜 冬風 狐作
「ねぇ、こんな所入っても言い訳?」
 やや秋が深まってきた時期の午後、新興住宅地から離れた郊外の田圃と幾つかの住宅が見られる地域の風に揺れる稲の穂音に混じってその声は聞こえてきた。そしてそれは田圃の海の中に浮ぶ巌の様な黒いか影の傍ら、割れた舗装の農道の傍らにある高く薄汚れた塀の所から響いていた。
「大丈夫だって、もう何年も放置されているんだからさ。警備なんて高尚な物はありはしないだろうよ・・・ほら開いた。」
ガゴォンッ・・・ギィィィッ・・・
 そう男が口走ったその時、金属の鈍い音と軋み音が風に乗って流れた。見ると男はその塀の一角に付いていた半ば錆び付き、所々にかつて全面を覆っていたと思われる緑色の塗装の残る扉の取っ手を力を込めて手前へと引いていた。恐らく長年に渡って塀に張り付いていたのだろう、路面を見れば扉の所には道路脇に堆積していた砂と苔の残骸の山が出来ており、本来存在すべき場所はそこだけ綺麗に空いていた。
 そして扉の剥がれた塀にはポッカリと長方形の黒い穴が口を開けていた、何処か室内に通じているのだろうか。中から漂ってくるのはどことなく饐えてこの季節だと言うのに生暖かさと埃っぽさを感じさせる空気、長い期間にわたって閉め切られた家屋の中等にて漂っている物であった。
「さてと入るか、誰かに見られた方がヤバイだろう。行くぞ。」
「えっ入るの、礼二が良いって言うなら付いてくけどさっ・・・てそんなに引かないでよ!」
 男は軽く女の右手を握ると中へと足を踏み込んだ。便りとなるのは男の持つ懐中電灯のみ、そして彼らの姿がその薄暗い空間へと消えると中から手が伸びて扉を引く、そうして扉は先程とは打って変わって素早く同じ様に軋みながら元通りに閉まった。一見すると扉が開けられたのかどうかは分からない、ただ唯一の痕跡として道路の路肩に苔と砂の残骸の塊がある以外は全く。

 扉をくぐった所は案の定建物の中であった、細長い通路をしばらく歩くと柵状の扉があり鍵が壊れていたのでそのまま開けて一際大きな通路へと出る。これまで歩いて来た通路に対して垂直に走るその通路は、軽トラ2台分程度の大きさがあり余りの大きさに2人は思わず驚きの表情を隠せなかった。
「ねぇ礼二、ここって一体何の廃墟なの?」
 通路を左へと歩いていると女が男、礼二にふと尋ねてきた。
「あぁ真奈美は知らないか。ここは昔動物園だったんだ、閉園したのが確か俺が5才の時。だからちょうど真奈美は生まれて一年足らずの時だな。」
「へーそうなんだ・・・で、何でその閉園した動物園に私達は入っている訳?」
「いやね、この動物園もとうとう解体される事になったらしくて懐かしみ来て見たのさ。先日の新聞に動物園跡地売却云々とあったからね・・・確か明日か明後日だったかな?解体されるのは。」
「そんな・・・じゃやばくない?もしかしたら誰かもう入っているかもしれないじゃない。」
「大丈夫だよ、入っては来ない。ちょっとその事は俺も気になってさ、知り合いに・・・市役所の都市整備課に勤めている知り合いに頼んで書類を見てもらったんだが、契約で開始日の午前9時を過ぎないと中に入れない事になっているから大丈夫だ。さてと外に出るぞ。」
 真奈美の心配に対して飄々と言ってのけると礼二は再び取っ手に手をかけた。今度の扉は最初の物とは異なりすんなりと、特に軋みもせずに開いた。そしてその先には秋の日差しが燦々と照るコンクリートに覆われて、一部は草生しているかつては多くの人で賑わったであろう広大な園内が横たわっていた。

「中々広大な敷地だったのね・・・開いている頃に来て見たかったわ。」
 二時間ほど掛けて園内を丹念に巡った二人は、今は葦が生い茂る沼と貸した池を前に臨む通路に設けられたベンチに腰掛けて少し遅めの昼食を取る。ここに来る途中で寄ったコンビニで買って来た焼肉弁当は半ば冷えてしまっているものの、これだけ動きわずかに汗ばんで熱のこもる体にとっては中々心地よい。早々に食べ終えると一つに纏めて傍らに置きしばし無言のまま空を眺めた、天高く馬肥ゆる・・・まさにその言葉が相応しい青く澄み切った秋の空がそこには広がっていた。
 再び園内を巡りつつ話等を交わしていると何時しか日は傾き、ほんのりと当たりに夕闇の気配が漂ってきた。礼二はそろそろ出ようかと言うがどう言う訳か真奈美は頑として聞こうとはしなかった、その代わりにここで一晩過ごしたいとまで言い出す始末。最初の頃の慎重な姿勢と正反対な彼女に礼二は戸惑いの表情を見せつつも同意すると、彼女は喜び勇んで彼の腕を引いてある所へと向った。取って置きの場所だと言って。

「で・・・ここがその取って置きの場所なのか?」
「えぇそうよ、何だかいい感じでしょう。」
 嬉しそうに微笑む真奈美と先程にも増して困惑の表情を見せる礼二、好対照な反応を見せる2人のいるのは動物園の一角にある建物の中、構造から見てかつては動物の飼育舎として使われていたのであろう。乾燥しきって糸の様に細くなった藁と冷たい鋼鉄の扉と格子、そして獣専用の通路、大きさから言ってライオンか豹と言った肉食獣の飼育舎でなかったのだろうかと想像出来る。
「私夢だったんだ・・・こう言うさ、廃墟と言うか、人らしくない所でエッチするの。ねぇしない?」
「なるほどその為の取って置きの場所か・・・本当にする気なのか?お前は・・・。」
「えぇそうよ。そうじゃなかったら、こんな所へは来ないわ。まぁ礼二に連れて来てもらったから、こんな素晴らしい所を見つけられたんだけど・・・どうする?ねぇしようよ、どうせ数日の内に解体されちゃうんでしょ?だから汚しても大丈夫だって・・・ねぇどうするの?」
 ここまで積極的な真奈美を見たのは久しぶりの事であった。普段は何をしようとしても礼二が段取りをつけてエスコートするのが当たり前、いつも受動的でどちらかと言えば後ろ向きがここまで積極的に・・・面白い。そう感じた礼二はニヤッと口元を歪ませると、手を腰のベルトへとやりながら答えた。
「そこまでお前が望むなら・・・付き合ってやるよ、今すぐに。」
「ありがとう礼二、じゃあ何時もよりも奮発してあげるわね。うふふ、私だってやる時は凄いのを見せてあげる。」
 そう言って彼女も上着を脱ぎにかかる。何時もとは違う妙な雰囲気のノリに乗った2人は恥らう素振りも見せずに、その場で服を半ば脱ぎ捨てて脇へ追いやり裸となった。明かりは脇に置いた懐中電灯の物と、天井の天窓から注ぎ込んでくる淡い桃色を帯びた光だけでそれらを除けば後は薄暗い闇があるだけ。
 その様な中で互いの白い裸体を見詰め合った2人は手を背に回して抱き合い、口付けをして舌を絡ませる。数分に渡って念入りに熱いディープキスを交わすと、一旦離れて横になり逆さになって互いの性器を舌で愛撫する。すでに熱と愛液で熟れた真奈美のワギナは礼二の唾液と舌のざらついた感触によってますます熱を帯びていく、礼二のペニスも真奈美によって舐められる度に固さと長さを増していきそして射精、久し振りの絡みであったので溜まっていた濃厚な精液が口内へ注がれそれを全て飲み干し満足気に口を離す真奈美。同じく息を吐く礼二、真奈美の口元に一本の線を引いていた精液の残滓を舌で舐め取って微笑みあう。
「どうする?」
「正常位でいいわ。美味しかったわよ・・・。」
 わずかな会話が交わされて姿勢を変える、真奈美は自ら四つん這いになると腰をアピールする様に礼二へと突き出した。そこから漂う何とも言えない濃厚な匂いと熱に酔う礼二は、何度かワギナを舐めると先程にも増す勢いのペニスの照準をあわせてそっと挿し入れる。厚い膣肉が進むペニスを揉み砕く、この感触だけは何度やってもたまらないものだ、そして限界まで入れると腰を降り始める。
 次第に激しさを増して行く内に彼も姿勢を変えた、当初こそ彼女の腰に手を置いていたがそれでは次第に姿勢がきつく感じられ、途中からまるで獣の交尾の様に礼二も四つん這いになり覆い被さる形で腰を振る。何時もは何も触れる事の無い真奈美の背中と礼二の腹が擦れ、未経験の刺激を2人に与えますます熱は上がって行く内に礼二は、そして真奈美はある事にも不満を抱き始めた。
 それは床についている膝、本来ならこの様な体勢で交わる事を想定していない人の体であるのだから致し方ないのだが、これが安定性を保証する一方でもっと思い切った腰の振りを制限しているのも事実であった。それに対して攻める方も受ける方も不満を固めて行きそして願った。もっと激しく、もっと強く獣の如く交われる事を・・・とことん追求できる事を心底願うのであった。

「なぁ・・・どうする?」
「どうするってよ・・・どうするんだよ。」
 無言で熱く絡み合う2人の傍らにて会話が交わされている、それは人の耳には聞く事の叶わない声。かつてこの飼育舎にて寝起きし生を全うした者達の声、2人の脱ぎ捨てた服の下敷きとなっている小さな石造りの石塔の周辺から響いていた。
「全く非常識な人間だ・・・突然入って来て、その挙句この様なことを繰り広げるとは・・・。」
「ここは我らが最後を迎えた場所、本来の土地から引き離された我らが・・・けしからん。」
 声は無数に響いてくる、それもそうだろう。2人が単なる飼育舎だと思っているこの建物は、かつてこの動物園が健在であった時、病気や寿命等で今にも死期を迎えるという獣達を収容する施設であったのだから。そしてここに収容された獣達は全てここで息絶えた、生きて出た者がいないのは当然の事である。そして遺骸は手厚く葬られ、同時に供養もなされた。
 本来生きるべき土地から引き剥がされて連れて来られた獣達はここから離れる事は出来ず、何処かで屈折した気持ちを抱いていたがこれまで我が身の分身も同然、と言った風に死ぬ間際まで接してきた人々への感謝の念も込めて静かに何もする事無くここに留まっていた。獣も人も本質的なところでは同じである、死後生前の行いで畜生に堕ちる人間もいれば人間へと上がる獣だっている。だから彼らは霊体として当然の姿勢で今日までの長い日々を過ごしていたのであった。
 だが久方振りに現れた人間はその静粛な雰囲気を物の見事に打ち破った、鍵を壊しかつて彼らが最後を迎えた場所へと遠慮なく入り、挙句の果てには情事に及ぶ。これは霊としてあった獣達の逆鱗に触れた、更に怒らせたのはその部屋に設置されていた小さな石塔の上に脱ぎ捨てた服を知らないとは言え被せてしまった事。最悪であったのは石塔の真上に乗っていたのが真奈美のパンティーであった事だった。そして憤った彼らは行動を起こした、折りしもあの忌々しい2人の人間が願ってやる事を叶えてやろうと・・・そしてそれを加えた代償として空き放題に酷使してやろうと誓って。

"今回は・・・長いな・・・。"
 腰を振りながら礼二はふと思った、これまで交わる事に夢中で何も思いはしなかったのだがあることで久し振りに脳が覚醒したのだ。そうそれは射精、先程放ってからかなりの時間が経っていると思えるのに一向にペニスから放たれない。そしてペニスは相変わらず勢いを保ち、自分でもこれほどまで大きくなった事があったかと同時に思う様になっていた。
"まぁいいや・・・長いのはまた面白いし・・・その内にでるだろ・・・。"
 そして礼二は再び腰に集中し力を加える、真奈美が喘ぐ声が聞こえる。その声は潤滑剤となって礼二の本能を刺激し、ますますのめり込ませて行くのであった。
「ふん・・・すっかり溺れているな、こいつらは。」
「所詮は人間と言うものなのでしょうね・・・では行きますか?」
「あぁそうしようでは、俺は男に、お前は・・・。」
「勿論女にですね。承知していますよ、では一旦。」
 そしてそれを上空から眺めていた獣達の中から2匹の獣が離れる。そしてそれはすぐさま2人の体の中へと消えて行った。

「フゥオゥッ!?」
「ハワッガッ!?」
 一瞬奇妙な叫び声が空間にこだました、何気にはもっていたそれは礼二と真奈美の口から出たもの。だが今見た限りでは以上は見られず、先程と変わらないままで交わりあっている。だがその瞬間、見えない内面の精神では変化が始まっていた。一言で言うなら白い球体、礼二の魂が何やら黒い塊に取り込まれつつあったのである。それは真奈美でも同じであった、彼らが抗する事も無く自らの根源とも言える魂を取り込まれ、ただ冒頭の叫び声を上げたに留まると肉体の変化へと舞台は移った。
 2人の変化は殆ど平行していた、まずは足。魂を取り込み精神を支配した獣の魂は彼らが先程強く願った通りに足を変え始めた、地面についていた膝から下の部分が縮み大腿部から上へと消えると共に大腿部も細くなって明らかに人とは異なる形へと変貌する。走りやすさを追求した細い足、しっかりと付いた筋肉、皮膚を覆う斑の獣毛・・・黄色に黒の斑の獣毛、それは豹であった。礼二の足は豹のそれへと変わり、いまだ人のままの胴も内臓が動いて四足で動き易い構造へと変わり尾てい骨からは勢いよく尻尾が飛び出す。
 やがて首から下は完全に豹になり、礼二はペニスと顔、真奈美も顔とワギナが人のままで残っていた。そして総仕上げで顔がやや盛り上がり、鼻は沈み黒い塊が顔の中央に出来る。歯は鋭くなり目は黄色く爛々と、顔が終われば残るは性器、礼二のペニスは雁が無くなり竹やりの様な形になると幾つものイボがかつて雁があった辺りから下の竿へと現れ、小振りでありながらピンと張り切った睾丸がその根元に出来た。
 そして真奈美もすっかり雌豹へと成り代わると2人は盛大な雄叫びを上げ、同時にイった。瞬間に放たれた精液はこれまでに無いほど上質で濃い物であり、放ち終えても間髪置かずに第二戦へ・・・ペニスに新たに出来たイボが膣肉を擦る度に雌は叫ぶ。今そこにいるのは完全なる豹の番、乗っ取った魂はここぞとばかりに久し振りの肉の交わりを堪能し果てて離れた。だがそれで終わるほど生易しくは無い、彼らの深い怒りには何の火消しにもなりはしなかった。
「次は俺達だな・・・。」
 中途半端に人に戻った辺りでまた新たな獣が宿り乗っ取る。次はライオン、そして馬、虎、シマウマ、ガゼル、ハイエナ、狼、狐・・・絶え間なく2人の体は変化し絡み合い続けた。魂も乗っ取られ続けた、もう一体どれ程の獣が宿ったのか皆目見当すら付かない。2人の肉体は余りの事に狂いつつあった、それは魂も同じであれだけ白かった魂は今では複数の色が混じりあった迷彩色、得体の知れない不気味な色に染まっている始末。
 そして獣達も一度の憑依では満足せずに、一巡どころか二順三順と憑依し続ける内に次第に闇へと堕ちて行った。かつては人間風情が性欲に飲まれている、等とのたまいていた獣達も憑依する度に現れるその肉体としての姿も回数を重ねれば重ねるほど、飲まれて本来の肉体美に溢れた物から何処か退廃的で荒涼とした姿へと変わっていく。仕舞いには待ちきれずに複数の獣が憑依する始末、そして穢れ正気を失った獣達は奇怪な姿の肉として交わり絡む。
 かつて神聖であり静粛であるはずだった空間は、このわずかな間ですっかり肉欲に塗れた淫妖なる空間へと変容した。彼の石塔は何時の間にやら破壊されそれの封じていた獣達の別の側面、そう恨みに満ちた怨念の魂が溢れ出し本来なら清らかなる片割れと融合する。本来の禍々しさを取り戻した彼らはより激しく残酷に交わりを深めた、おそらくそこに人が迷い込んだりでもしたら一瞬でその気にやられて倒れ、その者もまた肉体を乗っ取られてしまうだろう。

 そして朝が来た、天窓から差し込む朝日の下の空間に動きは無かった。ただ乱れた男女の服が一着ずつに割れた石の欠片が散らばっているほかは、普段と変わらない朝を迎えていた。彼らは何処へ行ってしまったのだろう、礼二と真奈美、そしてあの獣達・・・もうここにいない事だけは確かな事実であった。地獄にでも、異次元にでも消えてしまったのであろうか・・・。
 数日後建物は取り壊された、砕け散った石も脱ぎ捨てられた服も皆ゴミとして処分されていく。跡地のコンクリートは剥がされ、また別の新たな建造物が作られていく。年月が過ぎ動物園の事はおろか礼二と真奈美の事はすっかり忘れ去られた、遥か彼方の忘却の果てに全ては消え去ってしまった。


 完
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