インシデント〜後編〜冬風 狐作
   それから半年後の深夜、洋平の自宅の寝室で2人は交わりあっていた。電気の消された部屋の中で月の光のみを頼りとして快感を貪りあっていた。
 新たに設けられた子宮は申し分が無く、あの新薬を用いたお陰で全く拒絶反応等は起きはしなかった。元からある感じな子宮と共に睾丸にも手を付けたお陰で、一度に放出される精液の量は従来の数倍でしかも持続性が高まっていた。その為、もたらされる快感も半端ではない、子宮による女の快感とアナルと射精による男の快感・・・未知の快感で彼らはすっかり熟れてヒマさえあれば交わり続けていた。
 そして、時間は経ちて数ヵ月後、洋平はふとある事に気が付いた。収まらない勃起にふとした事で感じてしまう体・・・何かがおかしくなっていた。
"まっ気のせいだろう・・・ちょっと変なだけだ。"
だが、彼はそれを深くは捉えなかった。そればかりかこの所、少し交わり過ぎたかと思いその事に原因を求めてしまったのである。結局、その日は不満を言う修司を説得して久し振りに交わる事無く床へと就いた。

 しかし、事態は全く改善していなかった。翌日も、そのまた翌日も勃起は収まらず、感度も増し、心なしか睾丸が肥大化しているように感じられた。思い余った洋平は残業の最中に誰もいない事を見計らってトイレにて1人、自慰をして処理を試み、やや落ち着きはしたが放たれた精液の量は莫大な物で、和式便器の中が半ば精液で埋まり文字通りの白濁液となって流されて行った。その光景を見た彼はムッとむせ返る様な濃い臭いの中で、限界が近い事を密かに悟る事となった。
 この異常の原因は一体何なのか?彼はそれを1人悶々として、デスクに肘を立てて考えた。思い当たるのはあの手術のみ、しかし仮にそれが原因であるとしても何故手術の後すぐに出てくるのではなく、数ヶ月も経った今になって出てくるのか。そもそも数日前までは至って平常で、無論ふたなりになった事や感じる快感が半端ではなくなり、放たれる精液の量も増大した事は別としても、それ以外では何ら異常は無かったのだ。では、原因が手術ではないとしたら一体・・・洋平は頭を掻きつつ悩ませていた。
 だが、洋平はそれを突き止める事は結局出来なかった。とにかく、対処療法であるが定期的に出すのを繰り返そうと言う事にして、考えるのを止めた。後から見るとその行いは大変妥当な事であった、何故ならその異常の原因は洋平の考えや精神に起因するものではなかったからだ。彼が幾ら心掛けた所で落ち着く代物ではないからだ。
 確かに、根本となる原因を手術にあるとしたのは正しい、しかしそこから先が違っていた。そう、彼の勃起を始めとした性的な疼きの原因、それは彼の体に移植された子宮と使用された免疫抑制剤にあったのである。
 その当時、通常の男から女への性転換手術の場合は対象者の遺伝子を含んだ人工細胞を子宮へと分化させて、既に遺伝子を書き換える薬品を投与した対象者に、それを移植しペニスと睾丸を切除するのが主流であったが、ふたなりの場合はペニスと睾丸を残さなくてはならないので事前に薬を飲ませる事は出来ない。
 それでも正規の手術であれば性転換手術と同じく、子宮を作って移植するのであるが洋平の場合は非合法な闇の手術であり、その様な手間をかける事は時間的にも設備的にも難しい。そこで考えられたのが、免疫抑制剤を使用して他の生体からの子宮を移植すると言う古典的な方法であった。そう言った方法はもちろん闇ルートで手に入れるのだが、そう言った市場が各国の犯罪組織の支援の下に確立されており発展途上国、先進国を問わずに毎日の様に新鮮な臓器が供給され流通している。
 洋平と修司も事前説明の段階でその事を承知しており、恐らく彼らの体の中に移植された子宮は、本来ならどこか知らない人の中にある筈なのだである。しかし、これは噂に過ぎないがやや不足気味の幾つかの臓器に関しては、人の物と偽って獣の物が出回っていると言うのがあった。無論、子宮も心臓と共にその噂に含まれている。ここまで言えば殆どの人は気が付いてしまうと思うが、2人に移植された子宮・・・それはヒトの物ではない。獣より取り出された獣の子宮なのであった。そして、この時点ではまだ明らかになっていないが、使用された免疫抑制剤には重大な欠陥が潜んでいたのである。

 衝撃的な光景を目の当たりにし、色々と悟らされた洋平は翌日の夕方1日ぶりに帰宅した。徹夜での残業は上司からの命じられた事として、本当は自分を落ち着かせる為に自ら志願したのであるが、昨日の内に家に居る修司には連絡済であったから問題は全く無かった。
 玄関の呼び鈴を鳴らしてしばらく待つ。以前は自分で開けていたのだが、修司が大体手術の後ぐらいからは自分が開けたいと言い出したので、以来如何なる時間であっても呼び鈴さえ鳴らせば何をしていても修司はすぐに鍵を開けて出迎えに来る・・・筈であった。しかし、今日は何時まで待てど暮らせども一向に鍵は開かず、そればかりか修司の出てくる気配すら感じられない。
"買い物にでも出かけているのか。まぁ、いい以前にも一度あった事だ。"
とかつて一度だけ、彼が買い物に行っている最中に偶然早く帰宅した事があったのを思い出しながら、久々に自らの鍵でその扉を開けた。扉は何時もと変わらず、修司の存在以外は、開いた。家の中には灯り1つ灯っていない、窓から差し込む夕日だけが妖しく一部のみを照らしているだけであった。

「おーい、今帰ったぞ。」
 洋平はわざと大声をして、家の中へと登りながら呼びかけた。しかし、返事は全く無く静けさが変わりに返って来た。
「おーい、どうした?いるのなら返事しろー。」
又も今度は廊下を歩きながら言う。今度もなかった、今と台所に誰もいないのを見ると2階の自室へ行き、着替えて荷を置くと手を洗って硬く閉じられている修司の部屋の扉をノックした。
コンコン
返事は無い。
「入るぞ、いいな。」
 そっとドアノブを回した時であった、突然力を入れわずかに中へと入った扉が強く押し返されたのである。たった数ミリ戻されただけで派手な音を立てて閉じられた扉は、ギシギシと尚も掛けられ続けられている強い力によって軋んでいた。
「おい!修司、いるのか?居るのなら返事をしろ、おいどうしたんだ?どうして、扉を閉めるんだっ。」
何が何だかすっかり分からない洋平は片手でノブを押しつつ、もう片手ではドアを叩いて大声で叫んだ。だが、依然として返されるのは無言の力、ドアは小さな悲鳴を上げている始末である。
"何だ・・・何が一体どうなっているんだ・・・修司の奴、どうしたってんだろう。"
とその時、扉の向こうよりようやく声が返って来た。それは短く聞き取り難い物であったが、洋平の耳には確実にこう聞こえた。
「開けないで!見ないで!」
その一言で洋平はこの力を加えているのは修司である事を明白に知った。同時に彼の身に何かが起きている事、それも他人には見せられない事が起きている事も。そんな事を思っている内にかけられる力はますます強くなり、ドアは更なる悲鳴を上げた。そして、とうとう気がついた次の瞬間、派手な音と共に木の扉は木屑となって加えられる力の前衛として、洋平を背後の床の上へと叩き付け降り注いだのである。

 叩き付けられた洋平はその背中に強い痛みを感じた、肋骨でも折れたのだろうか、それとも筋が切れたのだろうか、何が起きたかは分からないうえにその痛みが二重苦三重苦となって彼を苛み、視野が朦朧としている時、ふとその視界の中へフラリフラリと体を揺らしながら黒い影が現れた。修司である、だが修司であるべきその影は一向にその場に留まって動きを見せない。倒れている洋平を助けようともしないでいるその影に、痛みを堪えつつ彼は言葉を口にした。
「修司か・・・一体どうしてこんな事を・・・したんだ・・・。」
 痛みによってすっかり弱弱しい声を出してから数秒の間が開いた、その間に全く動きが見えなかった事から洋平の心の中には、絶望と諦め、死への感情が芽生えかけたその時、ようやくその影は動いた。
「洋平・・・ごめん、こんな事しちゃって・・・するつもりは無かったんだ・・・でも、今の自分を見られたくない余りについ・・・ごめん。」
何だか何時もとはトーンの違う修司の声が聞こえる、それでもその声は俺の絶望的な方向へと舵を切りつつあった心に一服の清涼感を与えた。不思議と痛みも軽くなったよう鳴きもしなくは無かったが、矢張り痛い。結果として自分は、今度は修司を安心させてやれる事は出来なかった。ただ肯いただけ・・・これでは安心させてやれるどころか不安感を煽るだけであった。
 何とかしないと、と洋平が焦りを痛みと共に募らせているその時、突然修司は思いも寄らぬ行動に出た。それは正に驚嘆に値するものといえよう。
「な・・・なんだ・・・。」
「ごめん・・・もう耐えられないんだ・・・洋平と楽しめなかったこの数日、僕は必死に我慢した・・・早く洋平が帰ってくる事を願って・・・でも、帰っては来なかった・・・もう気が狂いそうになって、限界を超えたと思ったその時、突然目の前が虹色に輝いたんだ・・・そして気が付いたら、体が・・・体がこんな風になっていたんだ・・・それで、あんな事に・・・。」
 1人で念仏の様に唱え続けるその修司の影に、洋平はある種の恐ろしさを覚えた。そして、呟きながら修司は洋平のズボンを脱がす、いや裂いて服にまた同様にすると熱を持って勃起したそのペニスを軽く舐め、片手でワギナを弄り亀頭を口へと含むと縦にピストンを開始した。
"な、なんだこの気持ちよさは・・・初めてだ・・・!"
 洋平が修司にフェラをしてもらうのはこれが初めてではない、初めて交わった時以来、必ず欠かさずに互いにし合っている。しかし、今回のフェラはやや様相を異にしていた。普段よりも深く飲み込まれたペニスに当たる舌は、普段よりもざらつきが強くペニスに当たる度に微小な刺激を与え続ける。その刺激は神経を通じて、彼をより興奮させ痛みを和らげていた。快感による鎮痛効果、一石二鳥のその波は次第に洋平を包み込んでいく。
バビゥユッ!バシュッ、ビュシュッ!
 数分後、予てからの欲求と急激な快楽により彼は激しくその口の中へと精を放った。ほぼ一日ぶりに放たれたそれは、昨日よりも濃度が濃く白いはずの精液はかなり黄色がかって臭いもまた強烈、凄まじい淫気が辺りに充満し、アルコールの様に彼ら2人を酔わさせた。更に驚くべき事として修司はその精液全てを飲み干したのである、最早人間業ではなかった。一方、酔ったとは言え精液と引換に洋平は明確な視界を取り戻した、心なしか鼻や耳の感度も上がった様でかすかな音でも彼を刺激する材料となった。
パチッ
 電気がつけられた、立ち上がった修司が壁にぶつかって偶然スイッチが入ってしまったからである。そして、その電気により洋平は修司の体を久し振りに見、我が目を疑った。そう、確かにそこに修司はいたもののその姿は違っていた。
 確かにその股間にはワギナがあり、ペニスが激しく勃起しているのは普段交わる時と大して変わりはしない。しかし違っていたのはそれ以外であった、健康的な小麦色をしたその肌は無く、その体の表面にはのっぺりとした小麦色の代わりに、白に明るい茶色、そして黒が入り混じった複雑な模様ではない盛り上がりと凹凸を見せる毛で覆われ、顔と頭の頂点より出る三角形の耳はまさに猫そのもので、瞳は薄い緑、胸はどういう訳かCカップ程度に盛り上がりを見せていて、尾てい骨の付近からは猫の尻尾が垂れているのが足の間より見えた。ワギナからは盛んに愛液が漏れて大腿部の毛を湿らせ、若干の精液が付着しそれを舌で舐めり取っているその姿は、正しく猫であった。

「どうしたんだ・・・その体・・・。」
 信じられないと言った顔をしたまま洋平は覚束ない口調で修司に尋ねた。それを聞いた修司は恥ずかしそうに目を細め、耳を小刻みに揺らすとこう答えた。
「知らない・・・でも、ほら言ったでしょ、突然視界が虹色に輝いて、気が付いたらこうなっていたって・・・何が起きたのかは何なのか分からないけど・・・1つだけ、僕はもう人間じゃなくなっちゃったんだ・・・よ、きっと・・・。」
「そんな事は無い。」
悲壮感を漂わせつつある修司に、洋平は予想もしなかった強い口調で否定した。
「そんな事は無い、お前は人間だ・・・そう思える限り人間なんだ・・・そうに違いないんだ・・・だから、そう言わないでくれ・・・頼む・・・。」
「うっ・・・うん、分かった・・・でも、これって元に戻れるの?戻れなかったら、僕はこれからどう過ごせばいいの・・・。」
「大丈夫、きっと元に戻れるさ・・・だから、そう言う事は言うな・・・言霊になったら厄介だからな、それに多分、お前の性欲を満たせば元に戻れると思う・・・確証はないがそんな気がするんだ・・・やろうぜ、今度は俺がやってやる。お前のお陰でようやく気が治まったからな。」
「うん・・・お願い・・・。」
「よし、じゃあ早速。」
 痛みのすっかり消えた洋平が立ち上がり、向き合いそして下を絡めあいさせた、互いの勃起したペニスがぶつかる・・・そうして、第二ラウンドは始まりを告げた。
「アッ・・・アッアッ・・・。」
 交わり出してしばらく、もう既にこのわずかな時間で洋平と修司は3回もイッていた。床の上には2人の濃厚な精液と愛液が薄く延ばされて、妖艶な雰囲気を彼らの喘ぎ声と熱と共により深く濃く醸し出している。
パコッ、バコッ、パコッ・・・
 挿し込まれるペニスに愛液と注がれた精液が絡み合う、淫様な音を聞きながら洋平は密かにいつもより調子がいい、つまり感じがいいのを思った。時折、彼の体に触れる尻尾はまた絶妙な味を味あわせ、そしてペニスより伝わる絶対的な快感・・・ある意味それは地獄であり天国でもあった、いや地獄だろう絶えず膣の微妙な窪みと尻尾、獣毛より与えられる刺激・・・それは是非とも行きたい淫獄と言えよう。思考力はまるで融け、今や本能のままに2人は続ける。
 挿して抜き、挿して抜く、出しては出し、出されては出す、最高の循環がその場で展開された。そして何時しか、それらによって生み出された未知のエネルギーは洋平の遺伝子、骨格、思考、本能、その全てを犯し書き換えて行った。気が付けば、彼の体表はごわごわとした獣毛で覆われつつあり、胸は平坦な筋肉からBカップやや上へと豊満になり、顔の形は変わり、骨格もしっかりとしてやや大きくなっていた。口からはだらしなく涎と共に舌が垂れているがどうと言う事は無い、尻尾が伸びて耳は伸びる。歯は鋭く尖りて、爪も美しく黒に鋭くなった。腰の動きはそれまで以上に半端ではなくなり、とうとう限界が訪れた。
「イッ行くぞ・・・おぉぉっオッオォォォーンッ!」
「きっきてっ、うっはあっあっウハッあうっアァァ!」
ビュグルッ!ビドュッ、バシュッ、バジュッ、ビジュッ・・・
 その射精はそれまでで最大級の物であった、何かに終わりを告げ何かの始まりを告げる・・・声と雄叫びと共に何かが射精によって宣言された瞬間、そこにあるのは人と獣の形をした2つの性の虜と化した猫人と狼人の姿のみだった。

 その1件から10年が経過したある日、ある事実が極秘裏に発表された。それを知るのは一部の人間、各国政府の指導者層や医学・薬学会の重鎮達のみ、それを知った彼らは驚愕し至急な対策を取る事を相互に求めた。そして、「ヘルペルスヒ」に代わる新薬として「ヘルペルスヒEX」が発売されると各国は異例の速さで承認し、市場に大量に供給が成され、より効果の高くそれでいて値の下がった新薬に人々が飛びつき、注目を集めている間に「ヘルペルスヒ」は全て回収処分された。それ以後は生産される事も無く、永久に歴史の1コマとして記録されるだけになった。
【緊急、最高機密・・・新型免疫抑制剤ヘルペルスヒについて】
(中略)ヘルペルスヒの一部成分には極稀に性ホルモンと化学反応を起こし、重大な遺伝子及び精神への異常を引き起こす・・・(略)
 その遺伝子異常が何であるのか、それは事実を見つけた研究者と当事者以外は分からない。


 完
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