栄光の幕切れ冬風 狐作
「最後の第四コーナー、とんでもない事が起きております!先頭を行くはミスターホラエモン!通称、ミスホラですっ!続くは本日二番人気のモスタパ、モスタパです!一番人気のクロタロウは途中で大コケし脱落しております、さぁ直線に入りましたっ!ミスターホラエモン速い速い!もう完全に独走状態で今ゴール!何と本日最低人気のミスターホラエモンが独走状態を保って今ゴールしましたっ!場内には観客の叫び声が響き渡っております・・・。」
 その日府中競馬場で行われたダービーは、事前の予想を裏切り再開確実と見られていたダービー初出場のミスターホラエモンが1着となるという想定外の結果となった。当然の事ながら馬券を買っていた人はごく僅かしかおらず払い戻し額は史上最高を記録し、その一方で大量に一番人気辺りの馬券を買い込んでいた人々は一瞬で全て紙屑と化しショックの余り、気を失って救急車で運ばれる・・・という一幕も見られた。そして、この勝利に最も喜んでいたのは馬主の三富とその家族だろう。何せこれまで多大な苦労と犠牲を払って馬を維持してきたのであるから。

 それからと言うものミスターホラエモンは勝ちに勝ち、名のある数々のレースを制し続けた。それで稼がれた賞金を元に三富はこれはと言う馬を買い集め、それらの馬もまた読み通りに連戦連勝で席巻していた。それらの馬達の働きにより、三富は数多くの資産と馬を有する日本有数の馬主にして富豪としてその名を世に知らしめていた。そしてそのきっかけを築いたミスターホラエモンも現役を引退、種付け馬として余生を過ごしていたそんなある日の事、自宅で家族と共にくつろいでいた三富の元に牧場の方から一本の電話がかかってきた。
「・・・何だと・・・わかった、すぐに行く。この件は他言無用に。」
そう短く言葉を切ると三富は単身車を走らせて、自宅から数キロほど離れた場所にある牧場へと急行した。牧場に到着すると待構えていた職員と共に厩舎へと駆け込んだ。
「ホ、ホラエモンはどうした!?」
息を切らしながら三富はその場にいた獣医に声をかけた。すると彼は無言のまま首を横へ振った。
「そんな・・・馬鹿な・・・。」
信じられないと言った表情を浮かべて三富は静かに獣医の奥で横倒しになっているミスターホラエモンに近付いた。そして、軽く手を触れた。
「ホラエモン・・・本当に死んだのか・・・おい、嘘だろ?おい・・・。」
彼が声をかければすぐに飛び起きるほど、三富に懐いていたミスターホラエモンは微動だにしなかった。そればかりかその体は冷たく、そして重く生気というものが一切感じられなかった。硬く閉じた目蓋、冷たい体・・・その全てがミスターホラエモンに起きた事を、今をそっと物語っていた。三富は服が汚れるのも構わずにしばしそこで静かに泣いていた。
「さて・・・これからどうするか・・・。」
 その後、三富は事務室で1人牧場の一室にこもってこれからの事を考えていた。幸いにして、この件は今のところ自分と獣医、そして4人の牧場職員しか把握しておらず厳重に緘口令を布いて来たので当分は外へ漏れる恐れは無い。しかし、牧場で休養していたホラエモンには1週間後から立続けに30件もの種付け予約が入れられていた。料金の方はもう徴収してあり、馬が死んだとなるとその料金を返還し予約を取り消すのが筋と言うものであろう。しかし、彼は敢えてそれを選びたくは無かった。何故なら彼はそう言ったこと表面上は穏やかでも、裏では色々と面倒なことの引き金に成りかねないからであり、同時に信義に反するという彼自身の考えもそれを支援した。しかし、主役であるホラエモンはもうこの世に性は無い・・・彼の頭の中で2つの意見は平行線を辿っていた。
コンコン・・・。
「入っていいぞ。」
「失礼します・・・。」
悩み始めて数時間後、突然ドアがノックされて入室を促すと入ってきたのは獣医であった。獣医は口元を硬く閉じて彼の前に立つとふと口を開いた。
「あの・・・よろしいでしょうか?私に考えが1つあるのですが・・・。」
「あぁ良いとも・・・どういった考えだ?」
「ホラエモンの種付けについてです。」
「種付けか・・・まさか、常識的に徴収した料金を返還しろ、とか言うのではないだろうな?」
「いえ、違います。その逆です・・・種付けの件、私が成功させましょう。」
三富の自嘲気味の言葉を受けながら、獣医は毅然とした口調と態度で応じた。
「何だと・・・出来るのか?」
興味深げな表情で三富は尋ねた。
「出来ますとも・・・・実を言いますと大学の後輩にこの様な事を研究していた奴がいたのです・・・彼なら不可能を可能にするでしょう・・・ここは1つ任してくれないでしょうか?」
「本当に出来るんだな?」
「はい出来ますとも。」
「・・・わかったそこまで言うのなら任せよう、ただし期限は今日から1週間だ・・・この間に出来なければどうなるかわかっているな?」
「もちろんです。もう既に彼を呼んでありますのであと1時間もしないでここへ来ることでしょう。」

 1時間後、一台の車が牧場へ到着した。中から下りてきたのはポロシャツにジーパンと言ったいでたちの30位の男であった。その男は出迎えた獣医と互いに肩を叩き合って久々の再会を喜び合うと、すぐに仕事の顔をして獣医から事情を聞きながら厩舎へと向かった。
「彼が今回の件を解決してくれるのかい?」
「はい、そうです三富さん・・・ご紹介しましょう、大学時代の後輩である川上義人です。」
「始めまして三富様、私がただいま吉田先輩より紹介頂きました川上義人と申します。遺伝子の研究をしております。」
「ほほう、遺伝子の・・・では川上さん早速お願いする、何とかして一週間後に迫っている種付けを無事に済ませられる様にしてもらいたいのだが・・・。」
「了解です、とは言え死体の状態を見てみないと断定は出来ませんが・・・見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、これがそのホラエモンだ・・・最も死んでいるが・・・。」
「わかりました・・・では、しばらくお時間を下さい。失礼。」
そう言うと川上は何時の間にやら取り出したノートパソコンを膝に置き、そこにあった粗末な椅子に腰掛けてパソコンから伸びた吸盤の様な物をホラエモンの体の各所へ貼り付けるとキーボードを叩き始めた。画面には何やら凄い勢いでデータが蓄積され解析されている状態が見えた。
「これは何を?」
「今、この馬のホラエモンの全身の遺伝子の状況を調べています・・・はい、完了です・・・見た所、可能ですね。」
「可能とは何が?」
「種付けがです。」
「どうやってするつもりなんだ?ホラエモンはもう死んでいるぞ、まさか生き返らせるとか非科学的なことを言うんじゃあるまいな?」
「いえいえ、そんな事はございません・・・ただそれに近いことは致します。1つ頼みたいことがありますがよろしいですか?」
「あぁ、良いとも何でもしよう。」
「1人・・・そうですね、健康な人間男でも女でも構いませんを1名、至急連れて来て下さい。」
「わかった、すぐに手配しよう・・・今回のことで君が何をしようとも私は一切口を出さないから、頼んだぞ。」
「どうもありがとうございます。」
その言葉を受け取った川上は嬉しそうに微笑んで頭を下げた。

 翌日、1人の若者が1ヶ月契約のバイトとして牧場に連れて来られた。不況から脱却しつつあるとは言え、以前就職戦線は厳しいが故に希望者は山ほどいる。そんな訳で人を求めるのはかなり楽な仕事であり、高額な給料を条件に昨夜に自社サイトで急遽募った所、5分で60人もの希望が来たので打ち切り、その中から川上の言った条件、健康な若い男女の何れか、牧場にすぐに来られる・・・という条件に合った2名を選び出して最初に返信のあった方をすぐに採用した。1ヶ月の短期バイトで月給25万以上、かなりの好条件である。
「村岡俊子さんですね?」
「はい、そうです。」
選ばれたのは21才の大学生村岡俊子であった、偶然昨夜求人関係の掲示板を見ていた所話題になっていたので応募したと言う。募集の時には牧場の手伝いとしか職業内容を書いていなかったので、一体何をするのか彼女自身は具体的な事を一切知っていない。ただ漠然と牛馬の世話をさせられるのではと予想していた。
「えーっと、ちょっとこの部屋で待機していて下さい。今担当者を呼んできますので・・・水は好きなだけ飲んで良いです。」
牧場まで俊子を連れてきた若い職員は彼女を牧場の厩舎の真横の一室に入れると、担当者を連れてくると行ってドアを閉めて外へと出て行った。部屋の中には一脚の椅子と机が置かれ、他には流しがあるだけの至って簡素な空間である。
「どうかね?あの子でいいか?」
部屋の隅に仕掛けられている監視カメラを通して、別の部屋から三富と川上は少女の様子を窺っていた。
「えぇ、無問題です・・・・これなら可能ですね。」
と満足げに川上は頷いた。
「そうか・・・それならいいんだが・・・彼女を一体どうするつもりなんだ?いまいちその辺りが良く分からないのだが・・・。」
とホッとしつつ三富は抱いていた疑問を川上にぶつけた、しかし川上は自然な表情のままさもありなんといった風情で答えた。
「百聞は一見に如かずですよ・・・さて、そろそろ始まりますよ・・・。」
と呟き子供の様に夢中になって画面に注目している川上の前では、俊子がちょうど机の上に置かれていたペットボトルの中からコップへと水を注いでいる光景が映し出されていた。

「まだなの?長いわねぇ・・・。」
 腕時計を先程から幾度と無く見つめながら俊子は1人部屋の中にいた。あの若い職員が外に出てからもう既に20分が経過していた。担当者の姿が見当たらないとしても、幾らなんでも長くそして非常識過ぎる。一言くらい何か言いに来ても良いはずだと彼女は思っていた。
"でも、給料が良いからまだ許せるわね・・・これで給料が悪かったなら、この場で帰るわよ、本当に。"
としながら視線を漂わせていると机の上に置かれたペットボトルに目が入った、同時に自分がひどく喉が渇いている事にも気がついた。
"水飲もうかしら・・・いいわよね、さっき出がけに水を飲んでも良いと言っていた事だし・・・。"
彼女は500mlのペットボトルを手にとってコップへと注ぎ、2杯で全てを飲み干した。喉を潤し気持ちも落ち着かせて、軽く息を吐いて完全にリラックス状態になって椅子に座ったその時であった。
"あれ・・・何これ・・・。"
ふと彼女は自分の尻の辺りがごわごわとしているのに気がついた。パンツが捩れたのだろうと思ってスカートを捲くりパンツの中へ軽く手を入れて直したが、どうも上手く行かない。むしろ先程より強く感じられる様になったので今度はもう少し深く手を入れると、不思議な事にスベッとした皮膚の感触を手の甲に感ずる事は出来なかった、そればかりかなにやら毛の様な感触を感じる。
"おかしいな・・・こんな所肌荒れしていたかな?"
何が起きたのか分からないまま肌荒れかと思って触れるがどうにも感触が異なる、どうにも何か敷き詰められた毛・・・平べったくなった絨毯の様な感じを受けた彼女はそっとパンツとスカートをずらして中を覗いた。
「キャ、何よこれ!?」
パンツの下にはびっしりと細かい毛が皮膚を覆っていた。それだけでも恐るべき事であるのに、見ている前でその毛は上へ下へと俊子の体を侵食しているのである、驚きの余りそのまま見呆けていると毛は彼女の驚きに比例する様に早くも両足の膝やへその上まで達し、今度は股間が熱を持ち出した。
「な・・・何が起きているのよぅ・・・。」
パンツをずり下ろして股間を見るとワギナから愛液が勝手に漏れ出し、密かに大腿部に幾つかの筋を走らせていた。
「やだ・・・何興奮してん・・・のよ・・・。」
異様な熱気を漂わせるワギナの匂いを嗅いでしまった敏子は、恍惚として手を自然とワギナに伸ばして自慰を始めた。何時も1人でやる時と全く同じ筈であるのに、今回ばかりは熱に熟れたせいかいつもよりも調子良く感じが違う。床にへたり込んで手を激しく前後へと動かすと掻き出される様に愛液が漏れて行き、ますます気持ちは高ぶっていく。
「あ・・・なん・・・なの、これぇ・・・いい・・・サイコ・・・。」
途切れ途切れに吐く息を荒くしつつ彼女はワギナを弄り続けた。その影で次第に彼女の豆粒ほどのクリトリスは刺激を加えられる度に、伸びて太さを得つつあり時折彼女の手がそれに触れると感度が上がっているらしく彼女は小さな声を上げては、更に続けた。その内に毛は全身を覆いつくしておりその場には人の形をして全身を黒い、青毛の毛で覆った、知らない人が見たらとても人とは思えない姿となった俊子が盛んに興奮して自慰をしていた。彼女がその勢いを早めていくと、今度は骨格が静かに変貌し始め比較的ふくよかであった彼女の体の脂肪は削げ落ち、すっかり引き締まった。またワギナも消えて、代わりに2つのやや大きめな膨らみがクリトリスの下に姿を現し、ワギナを失った手はクリトリスを扱いた、余分な脂肪の無くなったその体では今度は骨が伸縮を始め筋肉もまたそれにつれて移動し、間接もまた形を変える。ほっそりとした足は大腿部が相当発達し、その下もそれには及ばないまでもしっかりと筋肉がついた。手もまだ同様であり、背骨が伸びて胴が長くなり首も伸び始めた。首の伸びは顔の変化も誘発させ、顎と鼻面が伸びて耳が上へと移動し手足はすっかり黒い蹄へと融合を済ませており、そこには立派に輝きを放った青毛の見事な牡馬が息を荒くして、横たわっていたのであった。かつての俊子が変貌したその牡馬の意識はすっかり馬のそれであり、俊子の意識は何処かへと消し飛んでいた。やがてようやく落ち着いたその馬は、立ち上がると所在無げにその狭い室内で佇んでいた。

「どうですか?」
 監視カメラを通して一部始終を眺めていた山下は共に見ていた三富にそっと話しかけた。視線の先にある三富は信じられないと言った面持ちで、静かに震えている。
「・・・これは一体・・・人の女が牡馬に・・・。」
三富はそう口走ると続けた。
「川上さん・・・一体何をしたのです、私には分からない・・・。」
「簡単ですよ、馬の遺伝子・・・この場合はミスターホラエモンのですかを私の開発した特殊なナノ マシンを利用して、彼女の体内で発現させただけです。詳しい事は企業秘密なので言えませんが・・・まぁ言ったところで理解出来ませんでしょう。一言で言いますと彼女の遺伝子を馬のそれと組み替えたということですね、彼女の肉体をベースに・・・。」
「そうですか・・・では、彼女は一体どうなるのです?」
「それはですね、1ヵ月後にちゃんと元に戻りますから大丈夫です。今の状態は彼女の遺伝子を期限付きで眠らしているだけですので、えぇですから期限が来ればちゃんと元に戻りますよ。」
と混乱する三富を前に余裕の表情を浮かべて説明を続けていた。

「ヒッヒヒィィーン!」
バゴッバゴバコ・・・。
「よぅし、終わりー。」
 一週間後、牧場の種付け場では1頭の牝馬を相手に勢い良くミスターホラエモンは精を放っていた。その光景を見て双方の関係者はもう見慣れたものであるのでなんとも感じはしなかったが、唯一三富は無事に終わった事をこの目で見てホッと肩を撫で下ろしていた。
"受精能力のある事は検査で分かっていたが・・・実際に出来るかどうかをこの目で確かめない時が落ち着かないものだねぇ。"
と1人眺めていると背後から声をかけられた。
「やぁ、三富さん久しぶりですな。」
「あぁ、どうもこちらこそ久しぶりですね。大倉さんお宅の牝かなりいいじゃないですか。」
話しかけて来たのは馬主仲間の大倉であった。三富に自分の、今回の種付け相手である牝馬の状態を褒められると満更でも無い様な表情を浮かべた。
「ははは、それはどうも・・・三富さんほどの馬主に言われると家のクリステーナも喜びますよ・・・それに三富さんのミスターホラエモン、引退したというのに血気盛んですねぇ・・・前見た時よりも元気ではないですか。」
「いやいやそんな事は無いですよ、まぁ一週間の休養が効いたかも知れませんが・・・多少ですよ多少。」
「そうですか・・・そう言えば今度の・・・。」
三富が内心でヒヤヒヤしていると自然に大倉は話を変えた。ホッとしながら三富もそれに乗り、別の話題で2人は盛り上がっていた。

「どうもありがとうございましたぁ。」
 一ヵ月後、俊子は給料をその場で受け取って帰路へついた。彼女自身自分が馬になっていた事は全く気がついていない、彼女には自分はこの一ヶ月間牧場に泊まり込みで結構な重労働中心の日々を過ごしてたという偽の記憶がはめ込まれていた。偽の記憶とは言いつつも馬になった後遺症から、全身が比較的絞まっておりこの事がその記憶は事実であると彼女を納得させていた。川上は彼女が元に戻ると代金を受け取り、また何かあったら連絡下さいと言う名刺を残して牧場を去った。ミスターホラエモンの方も彼女と川上が立ち去って2日後に死去したと発表し、日本を代表する名馬であったとして大々的な葬儀が行われて牧場の一角の桜の木の下に葬られた。
「ふぅ・・・忙しない1月だったよ・・・。」
 全てが終わったある日、三富は窓を開けてすっかり緑になった桜の木を眺めつつ一連の出来事に加え、在りし日のホラエモンのことを想い返しつつ静かに緑茶を啜った。季節はもう初夏である。


 完
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