棲家冬風 狐作
 首都圏近郊のとある都市の一角にその工場はあった。とは言え平成不況の煽りを食った会社の再建策の一環としての旧式で老朽化の酷かったこの工場は真っ先に閉鎖された。工場にいた正社員の多くは別の工場や現場へと再配置されたが、パートやアルバイトは適当な再雇用を斡旋されてここを去り一時は不動産会社への売却話や都市再開発の拠点とする計画もあった。とは言えそれらも諸所の事情により全て立ち消えとなって以来8年余り、高い塀に囲まれたその廃工場は荒れるに朽ちるにまかされて放置されている。そんな工場の事を何時しか周辺の住民の間では"お化け工場"と呼ばれる様になっていた。

 工場の敷地内には一つの川が流れている。この川は江戸時代に掘られた農業用水であり、昭和20年代までは本来の用途を成していたがその後は急速に進む都市化の流れの中でその役割を失い、一時は家庭や工場からの排水により奇妙に濁った異臭漂う川と化したもののその後の下水道の整備や工場の閉鎖、そして周辺住民の間での環境意識の向上により浄化が推進され飲みのは不可能ではあるが、田畑に撒く水として用いるには申し分の無い水質にまで改善されている。そして、この川は硬く閉ざされたこの工場の敷地内へ入る唯一の手段ともなっていた。
「ここか?」
「そうらしいな・・・。」
 深夜11時を回った頃、数人の集団がその唯一の入口である橋の袂に集まって工場の中を指差しつつ、ヒソヒソと話し合っていた。
「誰も来て無いぜ。」
「よし、じゃあ行くぞ・・・一列にな。」
「ういっす。」
 少し離れた場所から辺りを窺っていた1人が戻ってきてそう言うと、リーダー格と思しき者が全員に指示を与えて、自らを先頭にして川に落ちない様に気をつけつつ、彼らは工場の塀の向こうへと忍び込んで行った。敷地内へ入り込んだ集団は、かつてのグラウンドの跡である枯れ草の海を掻き分けて進み、ようやく道路へと出た。そして、辺りをキョロキョロと眺め回すとある奥まった建物の扉をそっと開けて、その中へと姿を消した。
「ここか、俺達の新しいベースは。」
「はい、そうです。」
「全く、いい場所があったな・・・ここなら何をやってもばれる事はねぇな。」
 部屋の中で電気をつけた彼らは口々にその部屋を見てそう呟いた。同じ服、つまり制服に身を包んだ7人の男4人女3人の集団はこの近くにある工業高校に通う高校生である。学校始まって以来の札付きの悪として有名な彼らはこれまで駅の近くの廃屋を隠れ家、つまり彼らの言う所の"ベース"として夜な夜な様々な・・・決してほめられる事ではない事をしている。
 しかし先日になってその廃屋は取り壊しになり、新たなベースを探していた所でひょんな事からこの廃工場の存在を知り、人気の無い深夜を狙って忍び込んだという次第である。彼らの殆どは始めてこの場所を訪れた訳であったが、以前の場所と比べると電気まで来ているという好条件にすっかり気に入った様で自然とここが彼らの新たなベースとなる事はすぐに決まった。そうとなったからには彼らは早速、この部屋を自分達好みの部屋に改装することに着手した。そして、数日の内にそれは完了し、何も無かった殺風景な部屋にはカーテンが張られ三脚のソファーと机、そして幾つかの簡易ベッドと箱が運び入れられた。そして買い込んで来たビールとつまみでささやかな宴会が開かれ、その晩は大いに楽しんだのであった。
 数ヵ月後の夏休み、家にいても親に小言を言われるだけの彼らは朝っぱらからここに集まり、なんやかんやと話をしては食べて時間を潰していた。
「あーつまらん。何か面白い事ねぇ?」
 女子ならともかく何時までも延々と続く話に飽きた1人の男子がつまらなそうに欠伸をして呟いた。
「俺も同感、何かねぇの?」
 もう1人の男子もまたそれに同調した。すると
「この周りを見て回るか?だってさ俺らこの建物以外に何があるのかしら無いじゃん・・・なんか面白い物があるかも知れねぇし、どうよ?」
 と更に別の男子が提案した。すると最初に言い出した男は顔に眉間を寄せる。
「はっ?こんなクソ暑い時に外に出る?何言ってんだよ、おまえ暑くてたまらんじゃん。そうだよな。」
「そうかしら、私達は賛成よ。ねぇ。」
「そ、そうか・・・お前たちがいいって言うんなら俺もいいぜ・・・。」
 その言葉を否定するようにそれまで黙って事の成り行きを見ていた女子たちが口を開いた。すると急にそれまで反対していた男子は意見を翻して賛成に回り、結局そのまま話は纏まった。そうして女子の提案によるかくれんぼを加えてまとめられるとすぐに彼らは部屋を後にした、つまりは全員が現状に飽きていたからノリは良かった訳で早速、鬼が決められると敷地内一帯を舞台としたかくれんぼが始まったのであった。

 昼食を挟んで午後も続けられたかくれんぼに彼らは思いの外熱中していた。鬼を決めて隠れて捕まえられてまた・・・という何処か子供っぽくもある単純な繰り返しが彼らにとっては妙に新鮮に感じられたからだろう。そして、もうすっかり辺りが夕闇に包まれた時、流石にそろそろ終えようと部屋に戻るとふと1人が人数が足りないのに気が付いた。
「おい、小暮と皆田、内藤がいねぇぞ。」
「あっマジだ。何処言ったんだあいつら?」
「先に帰ったんじゃないの?ほら、今日サッカーだし・・・。」
「そういや、あいつ等楽しみにしてたよな・・・全く、まぁいいや俺らも帰ろうぜ。」
「そうだな・・・下手に遅く出て見つかったらかなわんしな。」
「でも、今日楽しかった〜また遊ぼうね。」
 と彼らは3人は先に帰ったものと考えてその場を後にして家路へと付いた。しかし、いなくなった3人は決して家には帰っていなかった。まだ工場内に残っていたのである、それも意図的ではなく偶発的な理由によって・・・これについての始まりは数時間前に遡る。

"どこに隠れるかな・・・。"
 内藤厚志は小走りに隠れる場所を走りながらに探していた。
"あの管の所は博が隠れていたのを俺が見付けちまったからな・・・となるとあそこだな。"
 彼は幾度と無く繰り返されたかくれんぼの中で以前に見つけて置いたある場所の事を思い出した。
"まだ来てねぇな・・・行くか。"
 背後に誰の気配もしないことを見ると再び小走りにそう遠くは無い、その場所へ向けて動き始めた。一方、その頃小暮里美もまたどこに隠れようかと思いを巡らしていた。彼女の場合これまでに3連発で見つけられていたので今度こそはと・・・結構気合を入れていたのである。
"どこにしようかしら・・・あっあそこは良さそう。"
 彼女が辺りを見回すとふと上手い具合に管とタンクとで死角になっている場所を見つけ、そこへ行くと何とそこには先客がいた。それは皆田弘子で、お互いにしばし驚きの余りそのまま見合っていたが、ふと我に戻ると皆田が奥へ入り、小暮がその開いたスペースを拝借した。
「何であなたもここに来てるのよ。」
「あら、きちゃ悪かった?偶然見つけた、それだけよ。」
「・・・まぁいいわ。ひとまずここは鬼に見つからない様に協力しましょ。」
「そうだわね・・・わかったわ・・・もう少し奥に行って見ない?」
「OK、行くわよ。」
 小声でしばし打ち合わせた2人は更にそのパイプに挟まれた狭い空間を、奥へ奥へと進んでいった。最初は鬼から見つからない様にする為であったのだが、今となっては次第にどこまでも続くこの先はどうなっているのかという興味が強く湧いた事から進んでいるのであった。そう長くは続かないで、すぐに戻れる・・・その気持ちを抱いて。
 さて内藤はと言うと彼は彼なりに目的とした場所に隠れて息を潜めていた。煩くなく蝉の音に混じって人の足音が聞こえ、時折立ち止まっては辺りを覗いている様であるのが窺えた為に更に奥へと行こうとした時だった。突然、それまで頼りにしていた背中にそっての配管が後ろへと折れたのは。折れた先には何も無く、折れた配管が下へと続く巨大な空洞が開いており気が付いた時にはバランスを取り直す間も無くその空洞へと内藤は身を躍らせると悲鳴と共に落下していった。
「何か、人の声の様な・・・まぁいいか。」
 その声は外にも届いていた、折りしもその配管の入口付近を鬼は歩いていたのだが、ちょうどその時に泣き始めた油蝉の声にかき消されてしまったのであった。落下していく内に彼は体を激しくぶつけ、痛さの内に自分が坂を転がり落ちている事を感じつつ意識を失った。

「ねぇ弘子、何処まで続いてんだろう?」
「そうねぇ、確かに長いわ。もう結構経つでしょ。」
 先ほどからずっとその空間を進む彼女達は話したかと思えば、沈黙になったりとを繰り返しながら進んでいた。空気はすっかり澱んでおり、光すらももう見えない。そろそろ戻ろうかと2人共考えていたのだが、上手く切り出せないまま成り行きでずいずいと奥へ進んでいたのであった。
「ねぇ・・・」
「あっ光だ。光が見えるよ弘子。」
「えっ・・・あっ本当だ・・・。」
 ようやく決心した里美が前を行く弘子に声をかけ掛けたと同時に、弘子が里美の声を上回る声量で声を上げた。彼女の言の通りに前を見ればそこには薄っすらとだが白い光が見えていた。
「きっと出口だよ、さぁ行こう。」
 ホッとした様な声を上げた弘子は急にテンションを上げると前へ足を速めて動き始めた、後れを取らない様に里美もまたペースを上げて付いて行くと間も無く彼女らはその光の下へとたどり着いた、しかし急に弘子の動きが止まってしまった。
「どうしたの?弘子・・・あ、なるほど・・・。」
 その事を不審に思った里美が肩越しに前を見ると、そこでは自分達のいる通路と別の通路とがT字に交差しているのであるが何とこちらの通路には網がかけられており、進む事が出来なくなっていたのだ。
「何で、ここまで来てこうなのよ〜最悪〜。」
 と急な展開に悪態をついた弘子が共にその網を軽く足蹴にしたその時、まるで漫画の1コマの様にその網は脆くも外れて反対側の壁へとぶつかりやや足元をすくう様に滑って床に転がったのである。余りの唐突な展開に2人とも一時は唖然として、目を見合っていたがしばらくするとその網を踏んで新たに出現した廊下へと踏み込んでいった。

ヒュウゥゥゥゥ・・・ドボンッ!
 その頃、工場の一角弘子と里美のいる地点から間も無くの場所でそれまでの静寂を破った降下音と何かが水面へと落下した音が響いた。落下してきたのは1人の男、薄明るいその空間の中で薄緑色の怪しげな液体の湛えられ、相当上の隙間から一筋の光が差し込んでいるタンクの中へ落下したその男は無意識の中でどこか快感を感じつつ、力なく水中を漂っていた。

 弘子と里美はその通路を右へと曲がると話を交えながら歩いていた。その通路は開きはしないものの不透明の濁り硝子の窓が一定の間隔で壁の上のほうにあり、そこから外の光が差し込んでくるので先程の様な暗闇の中の恐怖と言うものは全く感じられなかった。
 それ故に余裕の表情で、すっかりかくれんぼの事を忘れた2人はこの先に何があるのかという好奇心に突き動かされていたのであった。やがて進む内に壁が行く手に現れ、通路は階段となって地下へ向って続いている地点に到達した。弘子はこの辺で切り上げようと言ったが、結局里美の思う通りにその階段を下る事となった。幸いな事に、その階段の入口の部分には非常用の懐中電灯が1つ置かれていてまだ機能したのも里美に味方した。
カンカンカン・・・。
 懐中電灯の光1つを頼りに2人は鉄階段で足音を響かせつつ、下へ向って降りていった。

 さて、再び話を先程のタンクへと戻そう。タンクの中の液体を漂っていた男、そう厚志の体に変化が起きつつあった、彼が身に着けていた衣服はすっかり溶けてその姿はなく薄緑色の液体の中で白い体に緑を怪しく反射させてしばらくはいた。だが、軽く全身を揺らした途端、傍目にも分かる様に急速にその白い肌には周りの緑が沈着し出し始めた。
 最初は単一的にまるで周囲の水と同化させて見分けが付かない様になって行ったが、やがてその単一の色にも変化が現れ腹や首筋の内側といった箇所に沈着した緑は白のかかった灰緑色へと変わり背中やそれ以外箇所では緑に黒がかかると共に、薄き色の斑が転々と浮かび上がり始めた。そして、胴が伸び始めると同時に尻も伸びて胴よりやや長いくらいの尻尾を形成した、全身には筋肉がつき手足の指は五指のまま平や甲の部分を侵食して一つ一つが長くなるとそれぞれの間に薄い水かきが現れ、人のままで残っていた首筋や顔も胴と同じ太さに一体化し始める。
 顔は全体的にのっぺりとし耳たぶは中へと吸収され、全ての髪の毛が抜け落ちた。目が眼球の形にやや皮膚を盛り上げ、鼻も耳と同じく顔の中へと落ち込み、首筋には鰓が現れた時全ては終わった。透明なビーカーの様なタンクの中には人の体型を残す、厚志であった物が巨大蜥蜴となってその瞳を閉じて静かに浮んでいた。

 カツーン、カツーン・・・。
 一軒が落着し静寂の保たれていたその空間にどこか遠く上のほうから、規則正しい音が響いていた。その音の元は弘子と里美であり、彼女らはすっかり黙りこくってずっとその鉄階段を懐中電灯1つを頼りに降りて来たのである。
"気持ち悪いところね・・・何でこんな所に里美は来たがるのよ、人の迷惑ってのも考えてもらいたいわ。"
後ろを行く弘子はすっかり気分を曇らして前を行く里美を睨みつけて、更に一段足を下ろしたその時。
ガクッ
「キャアァァー!」
 何と足を踏み外してしまった弘子は里美の膝裏を蹴り飛ばす様にそのまま滑り落ち、里美を巻き込んで甲高い悲鳴と騒音を残して一気に暗闇の中へと進んでいった。懐中電灯はその途中で里見の手から外れて、柵の外へ飛び出し、彼女らも途中に設けられていた踊り場で里美をクッションにする形で上に乗っかっていた弘子は鞠の様に中へ飛ぶと、階段の手すりに体をぶつけてまた跳ねて強く一番下の床へと叩きつけられてしまった。
"い・・・痛い・・・痛いよぉ・・・いぃ・・・。"
 大きな音がすっかり止んだその空間には、2人の立てる呻き声が地獄の底からの叫びの様に響き渡っていた。

 その頃、工場の外では大雨が突如として降り出していた。弘子と里美、厚志の家では深夜になっても帰宅しない事を不審に思った彼らの家族が警察へと通報していた。だが、この大雨では警察も家族も容易に動く事は出来ず、歯痒い思いを噛み締めている間にも非常な事に探す事を阻んだ大雨は、3人の残した匂いを全て跡形もなく流し去っていたのである。
 そして、急な大雨に増水した川の水は護岸の壊れていた工場敷地内にて溢れ、敷地内に広がるととある水が地下へ落下したのを手始めに、各所の隙間から工場地下に造られていた地下室へ向けて滝の様に流れ落ちていった。流れ落ちた水が地下室の床の上に次第にたまり、痛さと苦しさの余り意識を失いかけていた2人の体を浮かせている間に、厚志の肉体を変容させたタンクの中にも別の箇所からの水が並々と注がれ、瞬く間にタンクから溢れた謎の薬品は地下室全体へと広がりを見せていった。
 地下室全体へ広がる薬品混じりの水、その事は彼女等と薬品が出会うのはもう避けられない事態である事を示していた。そして、とうとう薄れたとは言え緑をした薬品混じりの水との接触が起きた、最初に接触したのは里美である。里美も厚志の時と同じく、その緑が健康的な小麦色の肌に染み行き、そして変化が始まった。殆どの過程は全く変わりはしない、皮膚が変色し胴が伸びて首と一体化、伸びる尻尾と付く筋肉、そして水掻き・・・唯一異なるのは生殖器であった。厚志の時はペニスが二股へと分岐したが、彼女の場合はその乳房が薄くなり8つの合計四対へと数を増やしていたのだ。
 里美の場合は厚志と同じく意識の無いまま事が進んだので、その場では特に騒ぎはなかったが、弘子のときは悲しいかな意識があったのである。それも変化している只中に意識が戻ってしまったのである。
 全身に広がるヌルヌルとした気持ち悪さ、水の中にいて感じる体の火照り・・・彼女は水を飲み、苦しみと苦しみに喘ぎつつ変貌を遂げた。そのせいなのか知れないが、彼女の体の色は灰緑色ではなく真っ青な美しい色を顕わにしていた。水の中に沈みながら、僅かな光に反射するその青は何とも美しく宝石であった、そして更に彼女は2つのペニスと2つのワギナを持ち合わせた複根フタナリと言う、誰にも増した異形と成り果てていた。

 それから数日後ようやく彼らは目を覚ました。当初は自分達がどうなっているのか全く掴みかねていたが、気が付けば大きく驚き、皆一様に嘆きそして弘子は里美を責めた。だが、何時しかその体に慣れて来ると彼らの胸の内には性的な衝動が首をもたげ始め、何とか平静を保とうとしている内に厚志が乱れて里美へと襲い掛かったのをきっかけに全てが動き始めた。
 箍の外れた3人は水中での乱交に及んだ。複根複乳フタナリの弘子に厚志が注ぎ、弘子は複乳のみの里美へこうなった事の責任は全て里美にあると言わんばかりに突き刺し、そして犯した。最初はワギナのみであったが、行き場の無いもう1つのペニスはワギナへと何時の間にやらその場所を求め、地下室へと溜まった行き場の無い水は緑の薬品に汚された上に、彼らの吐き出す白濁液と愛液によっても汚染された。やがて彼らの排泄物とそれらにより汚れの酷くなった水は臭気を発せ始め、風に乗って敷地外へと流れた微かな臭いは、それを嗅いだ人間や獣に妙な気を起こさせる作用を持っていた。
 激しい交わりによって生まれた帯状に連なった受精卵の塊は、人の倍程度のサイクルを持って孵化の時を待ち、水底へと潜むのだった。まだ、誰も目前に迫った事態には気が付かないまま・・・。


    完
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