週末の過ごし方文 冬風 狐作 挿絵 でぃあす作
「それでは、部長失礼します。」
「おぉ、それじゃ気を付けて帰れよ。」
「はい、もちろんです。ではまた来週。」
 ある冬の日の夕暮れ時、1人の男が職場から家路についた。その男の名前は大宮一郎、28才の会社員である。入社3年目の若手ながら、その顔と巧みな言葉を駆使して常に営業成績のトップを行く周りから一目置かれる存在であった。
「はい、第一営業課です・・・あっ大宮ですか?ちょっとお待ち下さい・・・大宮ー電話だぞー。」
「おいおい、大宮さんなら今帰ったぞ。」
「本当か?なら・・・そうか。はい、お待たせして申し訳ありません。あのですね、大変申し上げ難い事なのですが大宮はただいま帰宅してしまいまして・・・。」
と電話に出た社員が電話向こうの相手に大宮の不在を詫びているのを見て、先日パート社員として来たばかりの一人の社員が呟いた。
「何で、大宮さんと連絡が取れないんです?自宅の番号を教えてあげれば・・・。」
「それがな、それは出来ないんだ。何でも奴は、週末は家にいないらしくて電話をかけても留守、訪ねて行っても不在なんだ。だから、ああ言うしかないんだ。」
「そうなんですか・・・変わった人ですねぇ。」
「ほんと、その通りだよ・・・全く、どこをほっつき歩いているのやら・・・ささ、とっとと仕事を上げて飲みに行こうぜ。」
「わかりました〜。」
そうして職場の中での彼の話題は終わった。

 さて、話題の張本人である大宮は週末は自宅以外のどこで過ごしているのだろうか。彼の足取りを追ってみよう。
 職場を出た彼は、数百メートル離れた地下鉄の駅から自宅とは逆方向へ向かう電車に揺られていた。車内はちょうど通勤ラッシュの最初の波の時間であり大変混雑しているが、運良く席が空いた所へ腰を下ろした大宮は立っている人を尻目に、口元を微妙に笑わせて静かに過ごしていた。
「次は、北松野〜北松野〜この電車は京武岡瀬線直通室井橋行き通勤特急です。」
 いつしか船を漕ぎ出した大宮を乗せた通勤電車は、地下鉄から私鉄線へと直通していた。幾つかの途中駅で大半の乗客は下車してしまい車内には地下鉄線内の様な熱気や息苦しさの変わりに、程良い空気が満ちている。
「次は、新中田〜新中田〜。」
下車駅のアナウンスを合図に目を覚ました大宮はしばし、ボーっと寝惚け眼で吊革を見つめて過ごすと不意に立ち上がり、大きな欠伸と伸びをして目を覚ます。すると上手い具合に電車は駅に到着し、着衣の乱れを整えた所でドアが開くのであった。そして、ホームの上に吹き荒れる寒風で完全に目を覚ますのである。
 他の下車客よりもやや遅れて改札を抜けた大宮は、先に降りた下車客達で混み合うバス乗り場を尻目に線路沿いの細道へと進む。高架の線路と住宅の塀に囲まれた人が横に2人並べば一杯になりそうな路地にはこれでもかと言うほど、北風が吹き荒れていた。
「うぅ、さぶい、さぶい・・・。」
 コートの襟を立てて手を深くポケットに突っ込み、体を小さくして彼は風に逆らう様にその路地を突き進んだ。高架線が左へそれ出し路地がやや広がり出した所の角を曲がる。曲がった先は舗装すらされていない塀と塀の間の路地であるが、幸いな事に塀のお陰で風が遮られるので少々安堵して、更に進む。そして、その路地は塀と塀とに挟まれたままついえる。しかし、それは大宮には関係なかった。何故なら、彼や彼の知る一部の人達にとっての道はまだ続いているからである。実を言うと、その路地の突き当たりは塀ではなくパチンコ屋の建物であり、そこには半ば錆び付いた青く塗られた扉があるのだ。
 無論、鍵はかかっており、監視カメラまで設置されているので大多数の人にとっては開く事の無い関係無いドアに過ぎないが、先にも述べた様に大宮を含めた一握りの人々のみノブを回すことが出来るのであった。

ガチャッ・・・ガチャッ・・・キィーッ・・・。
 ドアの鍵を解いた大宮は鍵をしまうと無言のままでその中へと足を踏み入れ、そして鍵をかける。完全に閉まった事を確認した彼は一息付くとその先へと続く細い鉄製の階段を伝って垂直に地下へと続く穴の中を降りていく。
カツーン・・・カツーン・・・。
足を滑らせない様に慎重に歩くことしばらく、水の激しく流れる音が聞こえた所で階段は平らな通路となり、鉄板の一枚下にはかなりの勢いで水が流れていく上を進むと再びドアがある。
「俺だよ。大宮だ。」
ドアの脇のブザーを押して、小さく開けられた覗き穴の下に声をかけるとドアは中ほどへと静かに開いた。

「おじさん、久しぶりだね。」
「あぁ、そうじゃのう・・・。」
 閉じられたドアの中で大宮は門番である1人の老人に挨拶をして、そのまま続く通路を歩いて幾つかある扉の中の1つへと入った。その中はロッカールームの様になっていてもう既に1人の先客がいた。
「こんばんは、メアリー。元気にしてたか?」
「ハァイ、イチロウコチィラコソネェ。」
「じゃあ、また後で。」
「OK〜。」

自分のロッカーにコートと荷物、そして背広をしまうと部屋の中にある別の扉へと進んだ。そして、再び幾つかある扉のうちの1つへ入ると、そこは個室なのだが反対側にもう1つ扉が付いているのが変わっている。
「さてと、始めますかな・・・。」
 何時しか服を全て脱ぎ終えていた大宮は目を閉じて軽く体に力を入れた。すると逞しいとは言えないが、それなりに均整の整ったその体は次第に丸みを帯びだし始めた。平板であった胸には膨らみが宿り出しそしてその股間に垂れていたペニスは何時しか形を消し、そこには女の秘所が姿を現していた。そして、続くように女とした体の各所から静かに毛が、純白の獣毛が湧き出し覆い尽くすとともに尾てい骨からは丸い膨らみが、そして顔もやや顎と鼻が前へと出て変形していった。

「人でいる時よりもやっぱり、こっちの方が落ち着きますわね・・・さっ今夜も頑張りましょう。」
 そう言ってその部屋から、大宮が入ってきた扉と逆の扉から1人の少女、全身を純白の獣毛で覆い、長い耳と丸い尻尾、そして自然な水色の髪の毛が特徴のウサギ少女は制服であるメイド服を着て、楽しそうに出て行った。
「いっちゃん〜久しぶりじゃない、元気していた?」
「カナちゃん久しぶり、うん大丈夫だよ〜」
カナという名の狐娘と話をしているいっちゃんことウサギ娘の、週末にしか現れないこの少女の正体を知る者は、経営者と本人以外誰もいない。


 完
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