ある女帝の話2冬風 狐作
 明くる日の早朝、彼女の部屋の隣室の住人は部屋が何時もより寒いことを感じて目を覚ました。そして、新聞をとりがてら外へ出たところで彼は驚愕の光景を目にした。そう、自分の隣室、つまり彼女が住んでいた部屋の区画だけがきれいさっぱりに消滅していたからである。
 驚いた隣人はあわてて部屋へ戻ると大家に電話をかけ、隣室が消失したと連絡した。その余りの内容に当初は、電話口で笑っていた大家であったが余りにそれを言うので、見に来ると大家もまた事実に驚き顔を青くして腰を抜かした。話はすぐに辺りに流れ、アパートの周りには野次馬の他に誰が連絡したのか知らないがマスコミまでも駆けつけてきて、ちょっとした大騒ぎになっていた。

「う・・・ん・・・。」
 彼女が目を覚ますと、部屋の中は薄暗くカーテンの隙間から日が差し込んでいた。
"夢だったのかしら・・・。"
と布団から這い出て思いながら、辺りを見回したが特に部屋におかしな点は無く、やはり昨日の出来事は夢であったのかと半ば結論付けて振り返ったその時であった、彼女の眼が玄関に何者かが腰掛けているのを見たのは。
「ひっ・・・。」
彼女は小さく、息を漏らす。するとそれに気が付いたのかその何者かはこちらを向いた、反射的に彼女は思わず自分の顔を背けた。どうしても、今の醜い顔を誰にも見られたくなかったからだ。
  "そんなにこっちを見ないで・・・見ないで・・・。"
 しばらくの間、彼女はその格好で固まっていた。だが、何者かの視線だけは強く感じられ、不意に声をかけられた。
「何を隠しているんだい。」
その声は昨夜のあの暗闇から響いてきた声とは別の声であった。彼女はその声を聞くと自然に体を解いてそちらを向いてしまった。そこにいたのは、漆黒のスーツを身にまとった1人の男であった。ただし、人間ではない、男の顔は獣・・・そう銀の獣毛に覆われた狼の顔であり、見れば背中の腰の辺りからは同じ色の獣毛に覆われた尻尾が突き出ていた。
「あなたは・・・一体・・・。」
彼女は驚きを隠せないまま、声をかけた。
「河野恭子さんだね・・・あなたにあえてうれしいよ。」
その狼、いや狼人は満足げな調子で立ち上がり、呟きながら彼女に近づいた。恭子は余りの急展開に付いていけないまま、その狼人を迎えたが不思議と彼に対する嫌悪感をほとんど感じなかった。

 狼人は彼女の酷く変貌したその容姿と顔をじっと見て言った。
「全く、酷いものだ・・・なに、気にする事は無い。じきに直してあげよう。」
そう言って1人で悦に入っている狼人に恭子は恐る恐る言葉をかけた。
「あの、あなたは一体・・・そして、今はどういった状況なのか良くわからないのですが・・・。」
「おぉ、そうだったね。説明しておかないと。まず、昨夜の使い魔の非礼を詫びたい、怖がらせてすまなかった。あの馬鹿が変な様な真似をして・・・奴は有能なんだがちょっと配慮が足り無いのが欠点でな・・・何、懲らしめておいたから大丈夫だろう。」
「はぁ・・・それはどうも・・・使い魔ですか・・・。」
「そう、使い魔だ。恭子にも事が終わり次第持たせてあげよう。さて、まず私の名だがクラウト・フォン・バルッサだ。クラウトと呼びたまえ、今いる場所は私の所領だよ。詳しく言えば、人の住む人界に隣りあって存在している獣界と呼ばれる世界の中だな。」
「はぁ・・・ではクラウトさん。」
「さんなんて付けなくていい、クラウトと呼び捨てでいい。で、何故恭子の事を私が知り、そしてこちらの世界へ連れてきたのか。それは簡単なことだ、私はあちらの世界、つまりは人界の出身だからだよ。」
「人界出身?あなたがですか?」
恭子には目の前にいる狼人が人界、つまり彼の言う恭子のいた世界の出身であるとはとても思えなかった。
「そうだ・・・まぁ、正確に言えば偶然、こちらの世界で行われた大規模な魔術が人界と獣界との間に本来なら生じるはずの無いひずみを一瞬だけ発生させてしまい、その一瞬のひずみの落とし穴に自分は落ちてしまったのが全ての始まりだな・・・。」
そう言うと狼人ことクラウトは自分がこれまでこちらの世界に来てから歩んできた道のりを語りだした。
 彼に言わせると自分は落ちてくる際に浴びた魔力により、本来は獣界のものでありながら人界に転生し、眠りに就いていた獣の魂が覚醒しこの姿になったこと、落ちてからしばらくは苦しい生活を強いられたがその後に発生した戦争にて武勲を重ねたこと、そして、その結果が今の地位であることなどを詳しく語ってきた。また、何故恭子をこちらの世界に呼び出したかについては次の様に話した。
「余りにもかわいそうだったから。」
と、どうやら居場所の無い彼女に獣界に落ちたばかりの頃の自分が重なって見えたからであり、そして、人界に居場所が無いのであればこちらの世界に連れて来てしまえと思ったと語った。
「これで全てだ。少しは役に立ったかい?」
彼の問いに対し、恭子は答えた。十分に役に立ったと、するとクラウトは満足した顔を一瞬見せるとすぐに神妙な顔をしてしずかにこう告げた。
「ところで・・・条件について使い魔から聞いた限りでは了承してくれたとの事だが、それでいいのかい?」
「もし、断ったら?」
「もし、断ったら・・・その場合は、君を奴隷にしなくてはならない。この世界で人間は奴隷いや家畜だ、私はこの世界の獣人社会の最底辺にいた事があるが、人はここでは獣人以外の存在に過ぎない。獣人の最底辺よりも酷い奴隷として生きるか、それとも家畜として生きるかのどちらかしかない。」
「奴隷・・・家畜・・・。」
「もちろん、この世界に元からいない人界からの落下者も同じだ。野でこの世界の人間という名の動物に交わって暮らすか、それとも家畜、奴隷として獣人にこき使われるしかないな。どうする?
「・・・断るわけが無いでしょう、結婚しましょう。」
恭子は強い調子でそう言った。これは決して今のクラウトの言に従ったものではない、昨日了承した時点で、相手が誰であろうと約束を果たす決心をしていたからだ。
 その彼女の言葉を聞いたクラウトは安堵の表情を浮かべると、彼女に近づきそしてキスをした。

   それは深く、人間の男とでは到底感じることの無い気持ち良さの伴ったディープキスだった。ざらざらとした彼の長い舌に彼女は自らの短い舌を懸命に絡ませて、長い間それを続けた。狼である彼の長い口腔から涎が垂れていたが全く気にはせず堪能して、口を離すと2人の間にはさらなる唾液の橋がかかった、そしてそれは途中で切れて2人の服の胸の辺りを汚す。
「服が汚れてしまったわね。」
「いいさ、さぁ・・・。」
すっかり、気分の高揚した2人は無言で服を脱ぎ捨てると、全裸になって抱き合った。
 深いキスと抱擁を交わすと、既に臨戦態勢に突入した彼のペニスが恭子の腹にぶつかってくる。熱のこもったペニスを腹に感じながら、彼女も事故以来、数年ぶりである事に次第に興奮し股間からは液体が足伝いに漏れ出したなり恭子は尻を自ら突き出す。
 突き出された尻の一帯をクラウトはその長い舌で舐め回し、彼女を刺激する。2人の興奮はますます高まり、恭子から漏れ出す液の量も半端ではなくなった。そして、とうとうクラウトは立ち上がると膣口へと自身のペニスをあてがった。
「いくぞ・・・。」
「いいわよ・・・。」
そう言葉を交わすと、彼は一気に挿し込んだ。怒張し切ったペニスが狭い体内に突き刺さる。
「あぁ・・・。」

パン、パン、パン、パッパン・・・。
「あっハァ・・・いいわ・・・。」
「そうか・・・い・・・。」
パン、パン、パン、パン・・・。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・。」
静かな部屋の中には2人の肉と肉とがぶつかり合う音と吐息とだけが響きあっている。クラウトの獣毛が何も生えていない恭子の尻に当たる度に、こすれるそれすら快感となっていた。部屋の中には2人の発する体温と怪しい気配とで満ちあふれ、そして・・・。
「ぁっ・・・。」
ドビッシュ!ドジュ!ブシュ!・・・
クラウトの短い喘ぎと共に恭子は子宮に熱を持った高濃度のものが激しく叩きつけられるのを感じた、叩きつけられたものはしばらく子宮の中をさまようと吸収されていく。
 そして、20分近くも続いた長い射精が終わると彼はペニスを静かに余韻を楽しむかのようにして引き抜いた。ペニスが引き抜かれると恭子はバタッと床に倒れ臥し、息を荒くしていたこちらもまた余韻を堪能していた。その股間からは白い精液の残滓と彼女の愛液とが混じった液体ががとろとろと漏れ流れている。
しかし、そんな恭子とは対照的に、狼人であるクラウトは体力の違いからか平然としているのがまた印象的である。

「そろそろだね・・・。」
意味有り気にクラウトが呟いた。
「そろそろって・・・何がっあっはぁっ!」
クラウトの呟きに答えかけたその瞬間、突然その全身を強い熱が駆け巡り、勢い心臓の拍動が急増した。
"なにが・・・おきた・・・の・・・あつ・・い・・・。"
全身が燃えるように熱い・・・そう思っている内に、彼女の体の変化は始まった。
 背骨の付近から湧き起こるかのように青白い獣毛が生えると、尾てい骨が伸びて尻尾が形成される。顔も顎が伸び、鼻立ちがはっきりし、耳は縦に伸び三角形となって頭へ移動していく。爪は鋭く、全身の筋肉が発達する。骨格は大きくなり、絶え間ない激烈な刺激が全身を駆け巡る。
「ぁが・・・あぁぁ・・・ぁぁ・・・。」
恭子は口を半ば半開きにしてだらしなく涎を垂らしながら、小さく呻いていた。玉の様な汗を流し、目は半ば逝ってしまってる、思考力は殆どなくただ快感を感じるだけだった。
"耐えるんだ、恭子・・・。"
それを見ながら、クラフトは一心に思った。
元々獣界の魂を持ち、魔力の影響で本来の姿となったクラウトと違い、人界の魂を持つ恭子は肉体はおろか魂までもが獣界のものへと組み替えられて行くので、その刺激の凄さは計り知れない。
 クラウトが以前に読んだ過去の記録の中には、獣化したものの気が狂ってしまった例や死んでしまった例が幾つも紹介されていた。だが、いくらその者が苦しんでいても周りは何ともしてやれない。生粋の人界の者の獣化、つまりこちらの世界への適応が成功するか否かは全て本人の精神力次第であった。
"耐えるんだ・・・耐えてくれ・・・。"

 そして、獣化は終わった。時間にしてみれば10分足らずだが、恭子やそれを見守るクラウトにとっては永遠にも等しい時間であった。恭子のいた場所には、1人のそれは美しい青銀毛の女狼人がこれまでの出来事は嘘だったかのように静かに眠っている。
何時の間にか服を身にまとっていたクラウトはそれを抱えると外に出た。外には車が止めてあり、そこへ乗せると自分の館へ向けて車を走らせていった。

 数日後彼女は目を覚ました。心身ともに問題は全くなく、2人は大いに喜びあい改めて2人の関係を確かめ合った。それから数ヵ月後2人は正式に領民と臣下の前で式を挙げ、結婚を宣言した。1年後には2人の子供をもうけ、数年も経過すると15人もの子供が出来ていた。穏やかな統治によって領民・臣下の双方から慕われた2人は子供たちと共に幸せに暮らしていたが、クラウトは結婚から20年が経過した年に転機が訪れた。そう、不慮の事故によりわずか60才という異例の若さで死亡してしまつたのだ。
 彼の死後、規定に従い彼女が領主となったがそれに反発する一部臣下が反乱を起こしたが、難なく鎮圧平定し、その後に勃発した世界戦争には彼女の指揮の元、しばらくの様子見の後で参戦した。そして辺境に位置するその版図は次第に広がり、周囲の予想に反して連戦連勝を重ね、最終的には50年に渡る戦争に終止符を打った。
 世界を手中に収めた彼女は帝位に就く事を自ら宣言、国民も臣下もそれを承認した。ここに現在までの3000年間も獣界全体を支配する帝国、バルッサ朝クラウトリーア帝国が成立したのである。
 彼女自身は更に300年間帝国を統治し、引退してから10年後のある朝、静かに寝室にて眠りながら世を去った。
享年399才であった。
 クラウレリア1世女聖帝、本名クラウレリア・レン・バルッサ。人界より獣界を救いに現われた救世主・・・。
それが獣界の歴史に残り、今でも深く敬愛されている恭子の名前である。


 完
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