おもいで

おもいで

 おんなのこみたいだ、という言葉は聞き飽きた。

 幼稚園にいたころはまだ女子と同じくらいの背―あの頃はみんなそんなに変わらなかったが―だったから、仕方ないと思っていた。そんなことを言われても、気にもしなかった。
 でも、オレはもう小学生に入ってしばらくたってるんだ。空手だって毎日やってちょっとは背も伸びたし、格好だって全然違う。でも、まだオレは名前のせいで女の子扱いされることがあった。

「なんだよーっ、オンナみたいな名前しやがって!」
「女じゃねぇって言ってんだろこのバカー!」

 ケンカは弱いくせに遠吠えだけは一丁前の犬っころが尻尾を巻いて逃げた後、ぜえぜえと吐いていた息を整えてブランコに乗り直す。隣ではいつものように、音が聞こえてくるくらいブランコをこぐ狼がいた。

「風月さー。そんなに自分の名前がいやなわけ?」
「だって、なんか弱っちそうじゃん。オレもお前みたいに強そうな名前がよかったのに」
「十分つえーじゃんよ、ケンカ。ま、おれの方が勝ってるけど」

 オレのパンチはいっつもこいつには当たらない。こいつが言うには、顔つきでもうバレてるらしい。攻撃をスカしてよろめいたオレの頭をこつんと叩いて、いっつもにやにや笑っているんだ。

「いいと思うけどなぁ、お前の名前」
「え?」

 いつのまにか、そいつはブランコをこぐのをやめていた。足でぐいぐいと地面を押しつけながら、ブランコのつなぎ目をぎしぎしいわせている。

「風は色んなものを運んでくれるし、月は夜にないと困るだろ。どっちもおとなしいけど、どっちもかっこいいじゃん」

 そんなことを言われたのは初めてだった。にひひ、とこっちを向いて笑うと、勢いをつけてブランコを飛び降りる。
 唯一文句をつけるとすれば、言っていることに全然説得力がないところだったけれど、それでもオレはうれしかった。

「何かあったらおれが守ってやっけどな。このりゅーせーパンチで!」

 パンチのマネをするそいつに、オレはちょっと照れ隠しをしながら言ってやった。

「さすがにねーわ、そのネーミングは」








「何笑ってんだよ。朝から気持ちわりい」
「昔の夢を見てた。お前が恥ずかしいこと言ってた時代のな」

 いくつか心当たりがあるのか、一瞬目を見開いた後にそれを恨めしげな視線に変えると隆星は布団を被って隠れた。すかさず中に潜って布団の主を捕まえると、それはすっぽりと腕の中に収まった。

 こいつの背を抜かしたのはいつだったろう。殴り合いの喧嘩をしなくなったのはいつだったろう。名前のことを気にしなくなったのはいつだったろう。簡単に心を読まれなくなったのはいつだったろう。
 守られる側から、守る側に変わったのはいつだったろう。

「今は気に入ってるぜ、自分の名前」

 言葉を返してくる代わりに、胸に頭を預けてくる。それだけで、答えとしては充分だ。

「でもあれはひどかったよな、あのりゅーせーパンチって―」

 直後に鳩尾に食らった必殺技は、オレを夢から現実へ連れ戻す最強の目覚ましになった。






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