それは名は勿論、顔すらも解らぬ相手との行為だった。
相手と言うには若干語弊があるので、より正確に言うならばそれは名は勿論、顔すらも解らぬ獣達との行為だった。
華やかなネオン、ホストクラブのキャッチや飲み屋の客引き等、街の喧噪から少し離れた雑居ビルの一室。
その内部は意図的にであろうが、墨で塗り潰した様で余程の距離でなければ他人の顔すら目視し難い程だった。
唯一の例外が扉を潜ってすぐのマジックミラー張りのフロントの様な場所で、
そこだけはまるでこの空間には不釣り合いな眩い照明が煌々と天井から照らしている。
その奥に進むと一転闇に覆われた、だだ広い大部屋に辿り着く。
天井からはトランスのような、気分を昂揚させる音楽が大音量で響き渡り、どこか怪しげな雰囲気を醸していた。
大部屋の左右に隣接する小部屋には布団一枚引けるのがやっとのものや、
複数人入っても余裕のある広さのものもありそれぞれ扉が備え付けられている。
そして今、閉じた扉の内側では汗の香と精液が飛び散る獣達の饗宴が行われていた。



饗宴の中心には仰向けに寝転んだ、一匹の獅子。
獅子の周囲には獣達で取り囲まれ皆思い思い行為に耽っていた。
ある者は獅子の胸の毛皮から顔を出す突起をしゃぶり、ある者は獅子の口腔に肉棒を捻じ込み、
ある者は獅子のそそり立つ肉棒を舐め回し、ある者は獅子の肛門に指を挿入し、
ある者は獅子の毛皮に肉棒を擦り付ける。
獅子の毛皮にこびり付く白濁液は、現在行われている行為は今に始まったものでは無い事を告げていた。
互いが何者か明確に認識出来る訳でも無いのに、皆が皆完璧な連携を取り獅子を姦淫する様は宛ら狼の狩りを彷彿させる。
自然界ならば恒久に獲物と成り得ぬ筈の獅子は今や只の雄達の慰み物に過ぎなかった。
全身の性感帯を刺激されながら口に捻じ込まれた肉の詰め物を喜々として舐め回す姿には最早一片足りとも百獣の王としての威厳は無く、
性に溺れた売女の如き有様だった。
乳首を刺激されれば僅かな口の端から催促の喘ぎ声を出し、溢れんばかりの先走りを尚求める為に口内の肉棒を吸い上げ、
己の性を放つ為に腰を振り、腸壁を蠢く指を逃さぬ様に括約筋に力を込め、
肉棒が毛皮を擦る度に興奮を覚える。
すると突然、獅子の口を犯していた獣が動きを止めた。
限界に達し、獅子の口内に精を放つ。
その肉棒より滾る精液の奔流は獅子の喉を潤し、臓腑に吸収される。
溢れ出す精液を全て飲み終え恍惚とした表情を浮かべ暗がりに潜む獣を見上げる獅子。
一匹の獣の射精が引き金となったのか、獅子を含む獣達は一斉に動き出した。
獅子の口腔に射精したばかりの者は仰向けに寝そべり、自ら両足を広げ恥部を晒し出す。
獅子は一旦絡み付く蛇の如き指や肉棒から脱却し、寝そべる獣に覆わる様に四つん這いになり尻を突き上げる。
突き上げられた肉の間からはローションと腸液で濡れた肛門が新たな栓を求めひくついていた。
獅子の頭部に回り込みそそり立つ肉棒を眼前に突きつけているのは乳首をしゃぶっていた者と肉棒を舐め回していた者。
獅子の背中に覆わるように同じく四つん這いで跨るのは獅子の肛門を責めていた者、
その後ろには毛皮に肉棒を擦り付けていた者がその前方に在る尻に両手を添えいきり立つ肉棒を肛門に押し付けていた。
全員が行動し終えるまで言葉を話した者は一人も居なかったにも拘らず、照らし合わせたように次の準備を整える。
この暗闇の、互いの姿も明確に見えず、言葉も掻き消える場所で獣達は正しく一本の思考の糸で繋がっているかの様だった。
そして全ての準備が整った今、再び獣達の饗宴が始まろうとしていた……



口の中には二本の肉棒が突っ込まれ、同時に後ろには肉棒が一気に挿入され、
挿入された勢いに任せて前は誰かの体内に埋められた。
同時に下腹部の辺りから叫びにも似た呻きが聞こえた気がしたが、恐らく俺の気のせいだろう。
と言うのもこの空間の中は常に闇に包まれ、声を掻き消す音楽が絶えず流れているからだ。
今俺がいる所は発展場――見ず知れずの雄同士が一夜限りの相手を求め集まる場所。
もうどれ程経つのだろうか、単なる好奇心から初めてこの場所に足を踏み入れたのは。
そこで雄同士の性交の気持ち良さを教えられ、今では毎週足繁くこの場所に通っている。
今のように複数の雄と絡み合うことも決して珍しい事では無かった。
全員が発する熱と散々浴びた白濁液の所為か、身体は何時も以上に熱を帯び俺の感情を昂らせる。
俺に圧し掛かり後ろを責める獣が不意に白く染まった鬣に頬擦りし、喘ぐ。
本来ならば耳を劈くであろうその声も、響き渡る音楽の前には申し訳程度にしか届かない。
汗で、精液で湿った毛皮が触れ合う感触ですら心地よく感じられる。
喘ぎながらも腰を振り、打ち付ける度に言い知れぬ感覚が俺の身体を駆け巡り、
加えて其処から生まれる衝撃は全身に伝わり、それは下腹部に座する獣の悦びへと変換される。
口内の二本の肉棒に舌を絡め滲み出る先走りを舐め取り、臀部から伝わる衝撃が其々の肉棒に刺激を与える。
絶え間無く襲い来る快楽の前に理性を保つ事など出来はしない。
その例外に洩れず、俺はとうに思考を手放していた。
背中に掛かる重みが急に増したがそんな事は最早どうでもいい。
その原因が何であれ今の俺には全く関係無い。
ただ問題なのはそれと同時に肛門からの刺激が止まってしまった事だった。
受動から一転、快楽を欲し自ら腰を振る。
肛門の中の肉棒を締め上げながら腰を思い切り打ちつけ、口内の肉棒も忘れること無くしゃぶり尽くす。
名も、顔すらも解らぬ闇の中で身体が蕩け合う様なこの感覚――堪らない。
そして俺は昂る感情のまま誰の耳にも届く事のない咆哮を上げ、今晩幾度目か知れぬ射精を果たした。



獅子が果てるや否や、一斉に他の獣達も滾るその性を放った。
獅子の口内の二本の肉棒から溢れる精液はとても口内のみに収まらず、口端から溢れ出している。
蜜壺の如き肛門にはなみなみと精液が注がれ、腹を満たしてゆく。
それでも獅子は充足感に浸りながらもまだ満足し切っていないらしく、精液を飲みきると再び舌を絡め始めた。
恐らく獅子が満足するまでこの乱交は終わらないだろう。
そしてそれが何時になるのかは最早、当の獅子にすら解らない。