いらっしゃいませ。おやまぁお久しゅうございますね、貴方様がここにやってこられるのは…最後にやって来られたのは確か神無月の頭でしたかな?
左様ですか、となると実に一月ぶりでございますね。いやぁ手前の頭ん中もまだまだ健在のようで。
近頃はめっきりと老けましてねぇ、少しばかり腰の具合がよろしくなくて…。もう若い時分の様な無茶はできませんよ。
え、なに。いやですねぇ旦那。そんなことおっしゃってもびた一文まかりませんからね。
あぁ旦那、すいませんがちぃっとばかし戸が空開いてるんで閉めてもらえませんか?そうそう…あぁありがとうございます。
ほら、例の老中様の御改革が触れ出されたでしょう…おかげで手前どものような店は随分と辛い目に合ってる次第で。
いくら亥三つ刻だからってどこで市中見廻りが見てるかわかりませんからねぇ…。
おっと、旦那にこんな辛気臭い話しても仕様のないことでございますね。それで、今日はどうなさいます?
……いつもの子でございますか、生憎あの子は今遣いにやらせておりまして…。あと半刻もせぬうちに戻るとは思いますが…。
よろしかったらこの子なんかどうでしょう?まだ入ったばかりでございますがそれもまた一興かと存じますが?
……旦那も好きですねぇ。半刻待つなんて。なんですって?その間何か話をしろとおっしゃるんですか?
そうですねぇ…では手前がまだ現役だった頃に同業者から聞いた話でも一ついたしますかね。



手前がまだ現役だった頃なんでざっと三十余年ばかし前になりますか、花魁の町吉原の方外れに一軒の陰子茶屋がございました。
今でもその茶屋があるのかは存じませんが…まぁそんな些細な事はどうだってよろしいですな。
水無月の、梅雨真っただ中のある晩、一人の男がその茶屋にやって参りました。
齢四十そこらだと見つけられる狼獣人だったそうです。見るからに堅気の人間では無く、その頬には一筋の刀傷がございました。
その晩は梅雨の例にもれずしとしとと纏わりつくような雨が一日中降っておりました。
そんな事ですから男の草鞋はすっかり濡れてしまって、着流しなんかは裾まで濡れそぼっておったようで…。

「店主よぉ! ここで一番の陰子をつけてもらおうかぁ! こちとら随分と溜まっててなぁ!!」

茶屋に入るや否や、外観どおりのドスのきいた低い声でそう店主に申しつけられたとか。
店主は大層面喰らっておったようでございます、それは当然でございましょう。
吉原の方外れにあるといっても、その店一番の陰子と一晩遊ぶには相応の金子が必要になりますからねぇ…。
その男は旦那のように金子を持っておるようには拝見できなかったようで…よほど悪どい人相だったんでしょうな。
しかし店主はさらに面喰らうことになるんでございますよ。
店主は一晩の大まかな金額を告げました。男は大した金子を持ってないとたかをくくっていたのでしょう。
その金額を聞いた男はおもむろに袖に手を入れ、なんとそこから一晩どころか五晩は遊べそうな量の小判を取り出したではないですか。
これを見た店主の顔といったら、それこそ鳩が豆鉄砲を食らったようでございましたよ。
そんな事で金子があるとわかると店主はすぐに男を茶屋の最奥にある最も絢爛な部屋に案内したのでございます。



男が部屋に入るとそこには既に一人の陰子が凛とした佇まいで待ち受けておりました。
待ち受けておりました陰子は「お静」と店で呼ばれている狼獣人でございました。
お静の毛皮は南蛮細工の人形の様な、白くそりゃもうよくよく手入れされた毛並みをしていたそうでございます。
流石その店一番の陰子、その美しさといったら本物の女と見違える程だったとか…。
男はお静を値踏みするように凝視し、気品のかけらも無い卑しい笑みを浮かべその隣にゆっくりと座りました。

「流石人気を博すだけはあるな…気に入ったぜ」

そういうと男はお静の肩に筋骨逞しい左腕をかけ、肉欲の浮かんだ瞳でお静の顔を覗き込んだのでございます。
しかしお静も手慣れたものでそんな男の行動など気にもかけず、あらかじめ用意していた杯に酒を注ぎ男に差し出しました。
肩を組んだまま盃を受け取った男は杯の中身を一気に飲み干し、お静にさらに酒を注ぐよう命じたようで…。
男は次から次に酒を飲みました。さながら神話の大蛇の様な飲みっぷりだったそうでございます。
お静も男から酒を少々勧められたり、共に遊戯をして楽しんだそうです。

二人がそうこうして半刻、酒豪の男にも酔いが回った頃でしたか…男が不意に昔話を話し始めたのは…
きっかけは男のありふれた問でございました。

「おいお静よ、お前は俺が如何様な生業をしていると思うか?」

相変わらずのドスの利いた声で男は尋ねました。

「私如きには皆目見当が付きませんねぇ…どうか教えておくんなさいまし」

お静は艶やかな声で男に聞き返しました。男はにぃと口を釣り上げ得意げに語りだしのでございます。

「ここだけの話だぜ。実はな…俺は盗人でなぁ! もう15、6年になるか…今だに番所は俺をお縄にかけれず俺はこうしてシャバを満喫してるってわけだ!」

人はどうしても自分の成した事を他人に話したがるもので。たとえそれが悪事であっても…その男も同じでした。
天下の往来では自分の悪行を自慢する事もできません。酒の力も相まってか…だから陰子であるお静に一切合財をお話したのでしょう。

「…5年前には深川の問屋を襲ったな。そこの若旦那はそりゃ酷い臆病者でなぁ…ちょいと脅してやったらすぐに金の隠し場所を吐きやがった。
 後にも先にもあんなに楽だった仕事は無かったぜ」

「まぁ! 旦那ってとっても悪い人ね!」

お静は男の話に物怖じする事無く相の手を入れていました。現在の地位を手に入れる為、旗本からならず者まで様々な人間に抱かれておりましたからね…。
自然と肝が座る様になるんでしょうな。お静は男に尋ねました。

「…ねぇ旦那。長いこと盗人なんてやってるんだったら中には失敗した事もあるんじゃなくて?」

…お静が何の気無しに放った問いが男の命運を分けることになったのを、この時誰が想像できたでしょう?
まぁまぁそう焦りなさんな。旦那の逸る気持ちはわかりますが、手前がちゃんと順を追ってお話致しますから。

男はぼさぼさの髪を困ったように掻き毟り、答えました。

「ん……まぁあるっちゃあるな…。あれは俺が盗みを始めて3年もした頃だったっけなぁ。
 あの時分の俺は…その、平たく言うと自分の腕を過信してたんだよ。
 3年もの間で10数件押し込みをやったがその全てが多少の誤算はあったものの成功してたんだからな。
 そんなある晩、俺はろくすっぽ下調べもせずに日本橋あたりの銀細工職人の家に押し入ったんだ」

お静はというと…じぃと男の話に耳を傾けておりました。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも男は話を続けました。

「自分の腕を過信していた俺は『俺には仏さんがついてくれてるに違いねぇ』なんて本気で思ってたよ。
 今考えると馬鹿馬鹿しいがなぁ…まぁ押し入った先の職人の家で銀を何とか探し出したところまでは上々だった…。
 そのままとんずらしようとしたその時、提灯を持った職人の男と鉢合わせてしまってな…物音を聞いて様子でも見に来たんだろうよ。
 奴はいきなり大声を上げて人を呼ぼうと外に走り出そうとした。俺は油断してたせいか顔を隠すなんて事もしてなかった。
 俺は焦ったよ。咄嗟に思い浮かんだことはただ一つ。『このままコイツを逃がしてしまえば俺ぁ間違いなく伝馬町送りになっちまう』って事だった。
 だから決心したんだ。こいつは殺すしかないってな!」

「それで職人さんを…?」

「外に出られる前に急いで縊り殺したさ! こちとら狼人だし足には自信があったからなぁ…
 なんとか口封じ出来たんで獲物を持ってさっさと逃げ出したよ。
 それ以来俺は細心の注意を払って盗みを働いてきた。思えばあの経験のおかげで今の俺があるのかもな!!」

豪快に笑い飛ばす男の傍ら、お静は一言も発せずじっと口をつぐんでおりました。
心なしか両手に力を込め、何かに耐え忍んでいるようにも見受けられたとか…。

「まぁこんな話はどうだっていいじゃねぇか!
 酔いも良い塩梅に回ってきたこったし、お前さんの首から上も十二分に楽しませてもらったからなぁ…
 そろそろ首から下の方でも楽しませてもらうとしようかね!」

男はお静のそんな様子に全く気付かず、醜い淫獣の如く性欲をあらわにお静に顔を近づけました。
お静はふと我に返り肩に回された手からするりと逃れると、
ゆっくりと部屋の片隅行きそこに置いてある桐箱の中から何かが包まれた薬紙を2つ取り出し再び男の元に戻って参りました。

「ねぇ旦那。私、旦那みたいな強面で力強い人が大好きなの。だからこれは私からのちょっとした贈り物よ」

お静から薬紙を受け取ると男は不思議そうに尋ねました。

「一体こいつは何だってんだい?見たところ薬みたいだが…」

「お察しの通りよ。これは南蛮渡来の薬で長崎の南蛮人から手に入れた物らしいわ。
 なんでも使うと陰茎がそりゃもう疲れ知らずになるんですって。旦那は私の好みだからじっくり楽しみたいし…
 騙されたと思って飲んでみてくださらない?」

いつも通りの艶っぽい声でお静は男に懇願致しました。

「そういうことなら喜んで使わせてもらうかね!南蛮物なら効き目も確かだろうしなぁ!!」

男は薬紙の中身を酒と共に一気に飲み干しました。そして行燈の灯を吹き消すや否や、お静を押し倒したのでございました…。



その辺りの事を詳しく、ですか?旦那は本当に好き者ですねぇ…ですがその辺りの事は手前よりは旦那の方がお詳しいでしょう。
いつも御自分がなされてる事を思い浮かべて頂ければ二人が何をしていたのかを想像するに難くないかと…

しばらく後、行燈の灯が映し出したのは塵紙の傍らの蒲団の中で汗ばみ、並んでいる二人でございました。
汗の雫が滴る逞しい胸を未だに上下させながらも男はお静に言いました。

「やっぱ大枚叩いただけあってお前はこっちの方も楽しませてくれるなぁ!この分だと一晩中じっくり楽しめそうだ…
 あの薬が効いてるのか知らねぇが俺の息子もさっき出したばかりというのにまだ物欲しそうにしてやがるしよ!!」

蒲団を勢いよく取り払い、再度お静に襲いかかろうとしたその時です。お静は静かな微笑みを浮かべ呟いたのでございます。

『そろそろかしらね…』と。

刹那、男の身体が強張りました。男も何が起こったのか分からず、ただただ茫然としているだけでございました。

「な、な…に………」

男は身体ばかりでなく声までも自由に上げられなくなっていたようです。
そんな異常な事態の中、お静は先刻と変わらぬ微笑みを浮かべておりました。そして、ゆっくりと男に顔を近づけ言いました。

「旦那ぁ…実はねぇ、旦那が先刻飲んだ薬ってのは、下を強くする薬なんかじゃなくて…痺れ薬と毒薬なの。
 南蛮渡来ってのは嘘じゃあないんだけどね。」

微笑みを浮かべ、お静は艶やかな声で悪戯っぽく男にそう告げました。

「何で私がこんな事をするのか…旦那、お分かりになるかしら?」

何故自分が陰子に毒を盛られなければならないのか、男にはてんで見当がつきません。
そんな男の様子を見て、お静が口を開きました。

「てめぇが先刻俺に話した日本橋の銀職人ってのはぁな、俺のお父だったんだよ!!!!!!!」

いやはや今までの艶やかな女声が一転、成人近くの男声でお静は…いや陰子の青年は叫びました。
そして青年は目を見開き驚愕の色を浮かべる男に対して話を続けます。

「あの晩、まだ6つかそこらだった俺はお父の叫び声で目を覚ました。そして寝惚け眼で障子を開いた先の光景を俺は一生忘れない。
 そこには提灯の灯りに照らされたお父が真っ青になって倒れてた。眠気なんて完全にすっ飛んだよ。
 急いで傍に駆け寄ったがすでにお父は息をしてなかった。騒ぎを駆けつけてきた大人が医者や番所に行ってくれたがすでに手遅れだった。
 番所の人間に聞いたところ家に保管してあった銀が全て無くなっている事から賊に襲われ殺されたんだということがわかった。
 そしてたった一人の肉親だったお父を亡くした子供の俺に自分の食いぶちを養う手段もなく、仕方なく一座に入った。
 そこで俺は女形の稽古をつけられたがどうやら俺には才能が無かったらしく、使い物にならないと判断した団長に陰子茶屋に売られちまったんだよ。
 自分と同じ男に抱かれながら俺は誓った。絶対に復讐してやる、とな! そうして十余年、まさかこんな形で復讐できるなんて思いもしなかったよ。」

積年の恨み辛みを晴らすよう青年は一気に捲し立てました。

「てめぇに盛った毒は死に到るまでざっと一刻…さっきので半刻は経ってるだろうから残りは半刻。
 半刻の間に俺が今までどれだけの屈辱を味わったのかみっちり教えてやるよ!」

そう言い放つと青年は男の股を開き、顕わになった菊門に自身の肉棒をあてがったのでございます。

「男に犯されるのがどんなに屈辱だったか…今まで犯す側だったてめぇにはわかんねぇだろうな。
 犯されながら殺されるなんて最高の辱めだよなぁ!」

そして再び行燈の灯が消え、仄暗い闇が辺りを包んだのでございます…



翌日の朝、とうに茶屋の閉まる時間だというのに昨晩の狼人が座敷から戻らない事をいぶかしんだ店主が座敷に足を踏み入れました。
> そこには例の狼人が裸で布団の上に横たわっており、その身はすでに冷たくなっておったそうです…。
後日、番所で死体の検分をしたところ直腸には大量の種汁が入っていたとか…所詮噂話ですからそこいらの真偽は定かではありませんが…。
そしてその茶屋の看板陰子であったお静はどこかに行方を眩ませ、未だに見つかっていないとか…。

…とまぁこういった話なんですがね、如何でございましたか?何分手前は話下手でございますから…。
おや、こんな話をしているうちに旦那の所望していた子が戻って参りましたね…それでは急いで支度させますから旦那は先に座敷に方へいらっしゃって下さい。
……え、この話は真か、と言いますと…あぁそういうことでございますか。どうでしょうね、こういった話は大概誰かの戯言だったり致しますから…。
手前には真偽の程を計りかねますな…。さぁさぁそんな事はどうだってよろしいでしょう。


              



それではごゆっくりお楽しみ下さいませ…



              



そう言って白毛の年老いた狼獣人は深々と頭を垂れた。